>第8話

機動戦艦ナデシコ


変わりゆく過去




第8話









「ミナトさん、これでよかったの? アキトさんとルリさんって、仲が悪くなったんでしょ? 」


台所でミナトと共に料理の手伝いをしているラピスが、心配そうに尋ねてくる。
ラピスもミナトから詳しくはないまでも、アキトの誤解の事は聞いていたからだ。


「そうねぇ。 確かに、二人はそんなにお喋りが好きなタイプじゃないわよね。
 でも、今回の事に関しては、私とかが間に入るよりは当人たちで解決した方が良いと思うのよね」

「どうして? 」

「それは、言葉で説明するのは難しいわね。 でも、ラピスもいずれ分かるわよ」

「そうなんだ…」


ミナトの答えに不満そうなラピスであったが、これ以上聞いても自分が納得する答えは得られないと思ったのだろうか、
何も聞かずに止まっていたサラダの盛り付けを完成させる事に集中した。


「そんなに拗ねないの。 こればっかりは、説明するよりも経験しないと分からないものなのよ」

「拗ねてなんかいないよ」


ミナトは本心から言ったのだが、ラピスの方はからかわれていると思ったのか、完成したばかりのサラダを両手で
持ちながら、小走りに居間の方へと向かっていった。
その様子を見ながら、ミナトはやれやれと言った調子でから揚げの調理に専念する事にした。
だが、心底、呆れたわけではなかった。 むしろ、ラピスが取った行動に喜びを感じていた。

今も知らない人に対しては、以前の様に視線を合わせようとせずに、怯えるような素振りを見せるラピスではあるが、
顔見知りの者に対しては、今のような反応を見せていた。

まだ人との付き合いは、決して上手くないラピスではあるが、ここに来た時とは別人とも言えるだろう。
自分がやってきた事は間違っていなかったと思うと、嬉しいのと同時に安堵感を覚えるミナト。


「これが母親の気持ち、というものかしら? 」


まだ母親にもなっていないミナトだが、充分に母親らしい行動を取っている事には、
特に意識しているわけではなかったのだが、ラピスの他にもう一人面倒を見ている人物の事を思い出すと、
意識せざる得なかった。

その時、居間の方から妙な物音が聞こえてきた。 それは、控えめな音ではあったが、ミナトの耳には
食器か何かが落ちたような音に聞こえた。


「ラピス、また料理をこぼしたの? 」


料理をこぼす事は以前は良くあったが、最近はアキトの料理を手伝ったおかげか、それは無くなりつつあったのだが。
ミナトは作ったような怒り顔をしながら、居間の方へと向かってゆく。
これぐらいの事で怒りはしないミナトだが、こう言う事はしっかりしつけなければいけないと考えているからだ。

しかし、ミナトの怒った顔は居間を見た瞬間に、驚きと恐怖で凍りついた。


「ここに隠れているとはな。 ネルガルを監視しても見つからぬわけだ」

「ミ、ミナトさん、たす、けて…」


そこには、編笠を被った男がラピスの首を捕まえていた。


「ちょ、ちょっと…なに、しているのよ…」

「我らの理想の為…この娘は貰ってゆく」


ラピスを捕まえている男の異様な雰囲気に、ミナトは震える声で言うしかなかった。
それと同時に、編笠の男はミナトに向かって光る物体を投げつけた。

光る物体、短刀と思われる物体がミナトの顔めがけて放たれる。
ミナトは男の素早い動きにあっけにとられて、避けると言う事を思いつくよりも呆然と見つめる事しか出来なかった。




その時、ナイフが編笠の男の手から放たれたと同時に、居間にあったテレビを乗せた台が生き物のような、
猛獣を思わせる素早い動きで、ミナトの前に立ちはだかった。


「なに!? 」

「へ? 」


ナイフは、ミナトに刺さる事無く、テレビのモニターの中心に吸い込まれる様に突き刺さった。
ミナトと編笠の男は、そのテレビの動きにあっけに取られるしかなかった。


「木連式抜刀術は、暗殺剣にあらず…」


テレビの中から、呟くような、だが、力強い声が聞こえてくる。 それと同時に、テレビはナイフによって出来た亀裂から
中心にかけて真っ二つに割れる。
その中からは、長髪の白い学生服を見にまとった男が現れた。


「貴様はツキオミ!? 」

「え? え? 」


編笠の男はテレビの中から現れたツキオミに驚きを隠せなかったが、ミナトの方はと言うと、
何故、自分の家のテレビから大の大人が出て来たのか、その事の方がさっぱり理解できなく、さらに呆気に
取られるしかなかった。
ついでに言うと、首根っこを掴まれていたラピスも、ミナトと同意見とばかりに目を丸くしている。


「ここもネルガルの監視下にあったという事だ…北辰も連れてくるべきだったな。 烈風よ」

「おのれっ! 」


ラピスを捕らえた烈風と呼ばれた男は、周りに視線を流しながら、大きく後方へとジャンプする。
その様子は、何かを待っている様でもある。


「無駄だと言っただろう? 北辰も連れてくるべきだった、とな」

「まさか!? 」


人質を取られていながらも、余裕の笑みを浮かべるツキオミの言葉に、どうのような意味を含んでいるのか
理解した烈風は、歯をきつくかみ締め、ツキオミの方を鋭い目つきで睨みつけた。
だが、その鋭い視線もツキオミはまるで気にしてないかのように、徐々に烈風のとの距離を縮めてゆく。


「それ以上ちかづくな!! この娘がどうなっても…」


ラピスの頬に、懐に忍ばせていた短刀を近づけ、腹の底か絞り出すような声で威嚇しようとした烈風だが、
その言葉を最後まで喋る事は出来なかった。


「え? なんで? 」

「久し振りだな、ミナト」


力なく膝から崩れ落ちる烈風の後には、ミナトも良く知った長身の男が立っていた。
何故か、彼にはまったく似合っていない、エプロンを身につけていたが。


「ミナトさん!! 」

「あ、ああ、大丈夫だった、ラピス? どこも怪我はない? 」

「うん…」

「運が良かったな。 ツキオミがいなければ、我々もこの男の接近に気がつかなかっただろうな」

「そう、みたいね……って、もしかして、まだ私を監視していたの? 」


ミナトの問いかけに、視線をそらして無視する長身の男性、ゴート・ホーリー。
しかし、その無言を貫く姿は監視していたと言っているようなものだが、ゴートにしてみれば、
これ以上話しても無駄と思っているからでもある。

ミナトの方も、自分が監視されている事は当然気付いていたのだが、未来から来たアキトのお陰で
ネルガルの監視の目から逃れる術は身につけ、ミナト本人が驚くほどうまく逃げきっていた。
この事により、つい最近ではネルガルの人間らしき姿は見えなくなっていたのだが、
流石にテレビの中に隠れているとは思わなかっただろう。


「答えるつもりはない、と言う訳ね。 ま、今回は助けてくれて感謝しているけど、何で彼がいるの? 」


これ以上詮索しても、満足のいく答えは出ないだろうと判断したミナトは
別の話題に切り替え様と、ツキオミを指差しながら質問する。
まあ、そう話している間にもタンスや天井裏から、ネルガルのシークレットサービスが出てくるのを見ていると、
どんな監視をしていたか聞いてしまうと、後悔してしまいそうな気がするから、あえて聞かなかったと言うべきかもしれない。

ラピスの方も、そんな怪しすぎる面々にミナトの腕の中で縮こまっている。


「ツキオミ少佐は、テロの犯人を捕まえる為に我々が協力を依頼しただけだ。 それ以上でも、それ以下でもない」

「ゴート…少佐はやめて欲しいんだが」


ミナトと顔を合わせるのが辛いのか、瞳を閉じながら答えるツキオミ。 
対するミナトの方も、ゴートの答えに多少は納得したものの、ツキオミに命を救われた事が不満だったのか、
その顔には不快感があらわになっていた。
彼女にしてみれば、自分の恋人を殺した張本人が目の前にいるのだから仕方がないだろう。
それにしても、彼を罵る事はないのだから、ある意味冷静と言えば冷静だろう。


「それで、その変な格好の男達はテロの犯人と関係があるわけ? 」


アキトから未来での出来事を聞いてはいたが、編笠の男たちが何者であるかまでは聞いていなかった。
しかし、自分がネルガルに監視されて、この男たちが自分を襲ってきたのを考えると、アキトに関係があるのは
間違いがないとは感じていた。


「テロと関係があるかどうかは分からんが、ミナトを狙っていたと言う事を考えると、我々と同じ目的
 なのかもしれんな」


ゴート自身、ツキオミからこの男たちがかなり危険な者だと言う事意外、まだ聞いていなかったため、
その言葉は真実であろう。
そんな彼の足元には、部下のシークレットサービスが捕まえた、他の場所に隠れていたのであろう、編笠の男たちが
縄でぐるぐる巻きにされて転がっている


「何にしても、こいつらが動き出すと言う事は、よほどの自体だという事だ」

「ツキオミ、こいつらの仕事は裏の仕事と考えて良いのか? 」

「ああ、こいつらの存在を知っているのは木連の中でも極少数。 草壁中将のお抱えの暗殺部隊だ。
 もっとも、リーダーの北辰がいない事を考えると…他にも企んでいる事があるはずだが」


ツキオミの口から出た言葉に、ミナトたちは息を飲み込む様に編笠の男たちを見つめる。
格好からして、普通の人間ではない事は理解できるが、まさか木連に暗殺部隊という存在がいるとまでは思ってもいなかったからだ。


「ちょっと待ってよ…そのリーダーの北辰って、もしかしてアキト君を狙っているんじゃないの? 」

「確かに…我々はツキオミがテロの犯人と接触したからこそ、テンカワではないと言う事に気がついたが…」

「まずいな…ゴート、テンカワへの監視は続けているのか? 」

「いや、テロの襲撃でシークレットサービスは施設への警備で手一杯だからな。 今は監視はしておらん。
 …私はツキオミとテンカワの所に向かおう。 お前達は、この者たちを連れていってくれ」


ゴートに指示された黒服のシークレットサービスの面々は、一言、「わかりました」と言うと編笠の男たちを
抱えて、その場を立ち去ってゆく。
彼らを見送る事無く、ゴートは背広のから取り出した大型の拳銃を取りだし、弾数を確認すると、
ツキオミに目で合図を送る。

それに答えるかのように、ツキオミは何も言わずに外へと向かって行く。 だが、その足取りは
何かに警戒しているかのように、慎重な足取りだった。


「二人共…アキト君の事をお願い。 せっかく、誤解が解けたんだから…」

「知っていたのか、ミナト」

「ええ、だからお願い」

「わかっている。 だが、この事件が終わったらテンカワにそっくりの男の事を話してもらうぞ」


不安げに訴えるミナトに対して、いつもの物静かな口調で答えるゴート。
だが、ミナトはゴートの問いかけに答える事は無かった。 
全てを知っているが、話せるわけがない。 そう言いたげな顔をして見せるだけのミナト。

この事件が解決しても、まだ問題はまだ山積みだな。 内心、そう考えながらゴートは何も言わずに
ツキオミの後に続いて出ていった。


「ミナトさん…アキトさんは大丈夫なの? 」

「大丈夫よ。 あの二人は強いんだから…絶対に大丈夫よ」


不安そうにミナトに話しかけるラピス。 先ほどの会話とツキオミ達の緊張した顔から、
よほどの事がアキトにおころうとする事は察した様だ。
そのラピスを安心させる様に、優しく頭をなでながら答えるミナト。
だが、その言葉は自分にも言い聞かせる様にも聞こえた。


この時代のアキトが死んだら、彼は? そう思うと余計に不安を覚えた。 
その不安をよそに、開け放たれた居間の窓からは心地よい風が流れて、二人の頬に触れていたが、
何故かその風がうっとうしいとも思えた二人であった。


「アキト君…」











「ルリちゃん、今日はいっぱい食べたね」

「あの、久し振りにアキトさんのラーメンを食べれたから…美味しくて…」


嬉しそうに話すアキトと対照的に、少し恥かしそうに下をうつむくルリ。
二人は今、外を歩いていた。 食後の運動がてらルリを家まで送り届ける為だ。

何しろ、ルリはラーメンを3杯もお代わりしたのだから、アキトがそう言うのも仕方ないだろう。
もっとも、ルリからしてみれば、久し振りにアキトのラーメンを食べれた喜びもあったが、以前に食べたラーメンよりも
確実に美味しくなっていたのだから、アキトが悪いと思っていたのだが、そんな事は言えるはずもない。
悪いと言っても逆恨みと言う訳ではなく、食欲をコントロールできなかったルリの方が悪いのだが、
その事を恥かしく思っているからこそ、ごまかしで自分の心に言い聞かせているだけだった。


「ありがと、最近はラピスちゃんぐらいしか味見していなかったからね。 
 そう言ってくれると、自信が出てくるよ。 ルリちゃんは、ちゃんとどこが悪いか言ってくれるからね」


誉め言葉と言った感じで話すアキト。 先程から笑顔が絶えないその顔を見ていると、ルリに食べてもらえた事が
本当に嬉しそうであった。
だが、その顔を見れば見るほど、ルリは自分がアキトに対してしてきた事の酷さを再確認してしまう。
後悔しても、その事がなくなるわけでもないが、心のどこかでアキトはまだ気にしているのではないか?
そう考えてしまうルリだった。


「アキトさん、本当にごめんなさい」


やはり、罪悪感が消え去らないのか、アキトに向かって頭を下げるルリ。


「ルリちゃん…良いよ、気にしないで。 俺は誤解が解けただけでも嬉しいんだから。
 ほら、頭を上げて。 こんな所で謝らなくても良いし、もう終わった事なんだから」

「アキトさん」


手をルリの肩にかけて話しかけてくるアキト。 その顔は本当に気にして無いと言ったばかりに笑っていた。
その顔を見て、ルリはアキトの底無しの優しさを思い出す。
たとえ、自分がどんな目に合おうとも誰かを助ける為には、一生懸命なアキトだと言う事を。


「そういえば、もうすぐで公園の前だね。 ルリちゃん、覚えている? 」


人の心に鈍感なアキトであったが、さすがに今のルリを見ていると、よほど気にしていたのかと感じたのか
話題を切り替えようと、歩道の先を指さす。


「覚えていますよ。 ユリカさんと3人で遊園地に行く約束で待ち合わせた場所ですよね」

「そうそう、あの時は何で駅から遠いこの場所で、待ち合わせしたんだろうって思ってさ。
 ユリカとルリちゃんが来た時には本当に驚いたよ」

「私は止めたんですよ。 リムジンなんかで向かえに行く必要はないって。
 その時、ユリカさんがなんて言ったか分かります? 」

「あ〜多分…いや、何となく想像できるからやめておくよ。 今も恥かしいし」


頭を掻きながら、恥かしそうに答えるアキト。 正式に付き合っているとは言え、やはりあの台詞を
言われるのだけは嫌な様だ。
そのも仕方のない事で、その台詞をはじめて聞いたルリはユリカの事を変な人だと思っていたのだから。


「でも…本当に好きな人にじゃないとと言えないですよ。 ……私は言いませんけど」


ルリの答えに、困った様な顔を見せるアキト。 
好きだからこそ、人がいるまえでは勘弁して欲しいのだが、ユリカの性格を考えると無理と言う事は、、
一緒に生活しているルリも良く理解している。

そんな昔話をしながら、二人が公園の前に差し掛かる。


「ルリちゃん、公園を通っていこうか? 」

「通れるようになったんですか? 」

「そうだよ。 前は工事中だったけど、今はもう終わっているから反対側の道は通れるようになっているよ」


以前ユリカと待ち合わせした時は、二人がいる公園の入り口の反対側は、事故かなにかで通行止めになっていた。
その時、ユリかとルリを乗せたリムジンはその工事中の入り口に止まったものだから、そこから歩いて反対側の
入り口までアキトを迎えに行ったのだ。 
すぐに、車で行ったほうが良いとルリは思ったのだが、ユリカはドンドン先に進んでいったので、
仕方なく一緒に歩いて迎えに行った。

その時の自分の馬鹿馬鹿しさと、ユリカの嬉しそうにスキップする姿を思い出すと、
笑みがこぼれてくるルリだった。


「んじゃ、行こうか」

「はい」


この状況は、ある意味デートと言えるかもしれないが、アキトと仲直りできた事が嬉しいルリは
そんな事に気付きもせずに、公園の中へと向かっていった。
もし時間がお昼頃であれば、他の人が見ても不審には思わなかっただろうが、時間がすでに夜を示す時間帯だっただけに
変な想像をしてしまう人がいるかもしれないが、一人の人物を除いて二人が公園に入ってゆくのを見ていなかったため、
アキトを警察に通報する者はいなかった。


しかし、これからおきる事を考えれば警察に捕まった方が良かっただろう。



「何時も思うんですけど、ここだけ空気が綺麗な感じがしますね」

「そうだね。 やっぱり、木とかがあるからかな? 木とか自然の植物って、空気を綺麗にするみたいだからね」

「そうなんですか? 」


何でも知っていそうなルリであったが、それは初耳らしく、目を丸くしてアキトに聞き返す。
アキトの方は、詳しくは知らないと言いつつも、ルリが知らない事を知っていたのが嬉しかったのか、
笑顔で答えていた。

その時、アキトの視線の先の林の向こうで何かが動いている様な気がした。


「ん? 」

「どうかしましたか? アキトさん」


アキトの視線の先をルリも確認しようと、顔をその方向へ向けた瞬間、アキトが突然前のめりに倒れた。


「アキトさん?……アキトさん!! 」


突然倒れたアキトに何事かと思ったルリであったが、その理由はアキトの背中を見た瞬間に理解できた。
いや、何故そうなったかまでは理解できなかったが、それが原因であるのは間違いなかった。

右肩の方に、この時代には珍しい短刀がふかぶかと突き刺さっていたからだ。


「あ…ぐ…」

「アキトさん、喋らないで!! 」


声にならないうめき声をあげるアキトを少しでも痛みを和らげる様に、右肩を上に向けるように
横向きにするルリ。
医療の知識があると言うわけではなく、少しでも痛みを和らげてあげたいと言う理由からだった。
それよりも誰かに連絡した方が早いはずだが、突然の事に混乱しているルリには思いつく事もなかった。


「ふん、我に気付いていてここに誘いこんだと思ったが…見こみ違いか」

「え? 」


声がした後ろを振り返ると、そこには先程ミナトたちを襲撃した男たちと同じ格好をした男が一人立っていた。
もちろん、今のルリにはミナトたちにそんな事があった事は知らなかったが、この男がアキトに短刀を
投げたのは間違いない事ぐらいは理解できた。


「何ですか、貴方は? アキトさんに何の恨みがあるんですか!? 」


アキトを守る様に編笠の男に立ちふさがるルリ。 しかし、その男の声と時代錯誤と言える格好に
不気味と言うだけでなく、恐怖と言う感情も沸きあがっていたルリは、心なしか言葉と体が震えていた。


「恨みか…積もるほどある。 だが、今はどうでもよい。 さあ、テンカワ・アキトよ。
 見せてみろ、貴様の実力の程を。 
 ボソンジャンプが出来ると言うだけで、あそこまでの事は出来ぬぞ」

「何言っているんですか! そんな事をアキトさんがする筈がありません! 
 あれは、人違いなんです。 アキトさんにそっくりな人の犯行です」


男が何を言いたいのか分かったルリは、懸命に弁護する。
しかし、それで大人しく帰るとは思えないルリは、語尾が小さくなる。


「ほう…偽者とな? なるほど、尾行にも気付かぬ男がテロまがいの事を出来るか怪しいと思ったが、
 そう言う事か…まあ、良い。 それでも、お前を連れてゆけば少しはましであろう」


ルリの言葉に納得した男は舌なめずりをしながら、その視線をルリの方へと向ける。
その様子に、今まで経験した事のない恐怖を感じたルリは無意識の内にアキトの頭を抱きしめる。
その行為が今の状況下で、どれほど意味のない事かは知っているルリであったが、
何故か、そうしてしまったと言うしかなかった。


「安心しろ。 テンカワ・アキトも連れてゆくから、寂しくはないぞ」


男の手がルリを捕らえようと襟元に近づいてゆく。
ルリはその様子を体を振るわせながら、見つめるしかなかった。 
だが、男の手はルリを捕らえる事はなかった。


「誰が…お前なんかに…ルリちゃんを、渡す、かぁ…」


アキトが男の手首を掴み、ルリから引き離そうとしていた。 しかし、右肩の痛みを堪えながらの行動は
無理があり、徐々に押し返されてゆく。
いや、例え怪我していなくとも、今のアキトではどうにも出来なかったかもしれない。


「愚かな…下手に動けば死ぬぞ。 大人しくしておれば、命までは取らぬ」

「誰が、しん、じるかよ…そんな、こと、ば…」

「止めて…お願い、止めて…」


間近でにらみ合う二人。 どちら言っているのかわからないが、ルリはアキトの頭を抱きしめながら
呟くしか出来なかった。


「少し眠ってもらおうか。 二人共」


そう言いながら、腕を振り上げる男。 
その様子に、ルリは目をきつく閉じてアキトを抱きしめる力をさらに強くする。
アキトは、捕まえている男の手首を掴みながらも、出血の酷い右肩にも構わずに右手で頭を覆う。
ルリを守ろうとする右手から、徐々にルリの頭へと血が流れてゆく。
それはまるで、ルリが頭部に大怪我をしている様に見えてくる。


「そこまでにしておけ」

「何? 」


今まさに、アキトの首筋に手刀を叩きこもうとした瞬間、どこからか聞こえた声に、男は辺りを見まわす。 
その一瞬の隙を突いてか、林の方からナイフが男の右肩をかすめる。

「何奴!? 」

何者かの攻撃に、男は素早く後方へと飛びのくのと同時に、ナイフが飛んできた林の方へ
いくつかの短刀を投げつける。


「弱い者でも手加減なしか…貴様らしいな、北辰」

「…我を知っている? 貴様、木連の者か? 」


北辰と呼んだ男とアキトたちをさえぎる様に、短刀が刺さった木の向こうから一人の男が現れた。


「アキトさん? 」

「え?…あ…」


林の向こうから現れた男を見たルリが、驚いた様に声をだす。 その様子に、アキトも男の方を
見てみると、そこには全身を黒いマントで身にまとった自分の姿があった。
ルリはこうして見るのは、二度目であったが間近で見るのは初めてであったが、
こうして改めて見てみると、自分が間違えたのは当然だと納得するぐらいそっくりだった。


「すまない。 俺のせいで迷惑をかけたな」


視線は北辰に向けたまま詫びる黒尽くめの男、未来から来たテンカワ・アキト。


「似ておるわ…いや、同一人物と言ってもおかしくないな」


北辰も黒尽くめのアキトを見ながら、感心した様に呟く。
だが、それと同時に自分を知っていたこの男の正体は何者であろうか? そう考えていたのだが、
目の目にいる人物が未来から来たアキトであるのだから、北辰と言えども分かる筈がないだろう。


「まあ、よい。 貴様を倒せば、我らの障害は消えるのは間違いない」

「…二人共、近くの入り口の方へ急げ。 ゴートたちがもう少しで到着するはずだ」


北辰の言葉に反応する事無く、アキトは後にいる二人に向かって突き放すような喋りで、何か小さな箱を放り投げる。


「これ…医療キット? 」


すぐそばまで転がってきた箱を手に取るルリは、黒い姿のアキトからゴートの名前が出た事に驚きを隠せなかったが、
小さな箱が医療キットだと分かると、すぐさまアキトに応急処置を始めた。


「ナデシコの…」


出血が酷いアキトの方は、未来から来たアキトの言葉をうまく聞き取れなかったのだが、
箱がどこかで見覚えのある物であった為、それに反応するかのように弱々しく呟いた。

ルリも、この箱がナデシコに乗船していた頃に個人に支給された医療キットであったのは
分かっていたのだが、何故持っていたかを聞くよりは応急処置をするのが先とばかりに、アキトの呟きを無視する様に
黙々と手当てを始めた。
もっとも、これほど大きな傷を治療した事がないルリは、精々止血するしか出来ないのだが。


「その男、放っておいて良いのか? その出血だと死ぬぞ? 」

「悪運は強いからな。 それに、貴様が黙って待っているような男か? 」


尚も、ルリたちの方へ視線も向けようとせず、まっすぐに北辰を見据えながら答えるアキト。
先程の行動で、二人は黒いアキトにとって、重要な人間だと察した北辰は
相手に揺さぶりをかけようと、軽く脅しをかけてるが、黒いアキトはずっとこちらから視線を外そうせずに、
全く隙を見せ様としなかった。


「アキトさん、立てますか? 」

「…ああ…」


北辰と黒いアキトのにらみ合いが続く中、ルリの応急処置が終わったのだろう、
彼女にはまだ大きすぎるアキトの体を抱えるようにして、一刻も早くその場を立ち去ろうとしている。
だが、アキトの方は出血が酷い為か意識がもうろうしている様で、ルリの問いかけにも視線も合わせようとせずに、
弱々しく答える事しか出来なかった。


「振り向かずに行け…」


黒いアキトの言葉に、何も答えすに振り向く事無くその場を立ち去ろうとするルリ。
だが、非力な彼女ではすぐにその場を立ち去る事は出来ない。

その脳裏では、アキトに死んで欲しくない、只それだけが頭の中を駆け巡っていた。
せっかく誤解も解けて、以前の様にアキトの料理を手伝える筈なのに…
何より、初めて好きになった男性に死んで欲しくない。 その想いだけが今のルリを突き動かしていた。
アキトの血により、真っ赤に染まった髪を振り乱しルリは、少しずつ公園の入り口に向かって歩いてゆく。





「さて…邪魔者は消えたな…」

「二人を狙ったのは、俺をおびき出す為か? 」


ルリの姿が見えなくなると、北辰を嬉しそうにアキトの方へと声をかける。
その嬉しそうな喋り方は、まるで今からおきる事に対して喜んでいるようでもあった。


「我の目的は、最初から貴様よ。 只、人違いだったと言う事だ」

「そうか…」


この時代の自分が狙われる事は予想していたアキトだったが、北辰が現れるまでは予想していなかった
アキトは内心、己の考えの甘えを呪った。
しかし、ここで北辰を倒せば確実に草壁の行動を抑える事が出来ると考えると、
腰を落とし、右手を腰の方へと添える。



「ほう…居合か…面白い」


アキトの姿勢から銃を使う事はないと判断した北辰は、アキトと同じように構えを取る。



「勝負だ!! 」



場に似合わない不気味な音が小さく響いたのは二人の影が重なった瞬間だった。
都会には珍しいこの静かな公園は、その音を吸収する様に木々がざわめく。

その音は、逃げるルリ達には決して届く事がなかった。














「アキト君…」


ミナトは、今、未来から来たアキトが隠れ家として使用している倉庫にやってきていた。
あの後、ラピスの前であったにも関わらずにアキトに連絡をいれたのだ。
そう、アキトが北辰の前に現れる事が出来たのは、彼女のお陰でもあった。
もっとも、それだけならミナトもここまで来ずに、連絡を待ったかもしれない。

しかし彼女は聞いてしまった。 未来でアキトを誘拐し、彼の人生を狂わせたのが北辰と言う男だと言う事を。
例え強くなったアキトとは言え、北辰と言う男に勝てるのか? 無事に帰ってくるのか?
そう考えると、いても立ってもいられずにここに来ていてしまった。

もちろん、ネルガルの尾行は続いていたが、それ以上にアキトの事を気にしていたミナトにとっては
ネルガルの事はもう、どうでも良かった。


「馬鹿だな…どうしてこんな風になっちゃったんだろ。 私…」


何時もの自分らしくない行動に笑うミナト。 だが、その笑みは力のないものだった。





「ミナト…さん? 」


子供の様に足を組んでベットに座っていたミナトに話しかける声が聞こえた。
だが、その声はとても小さく聞き取るのがかなり難しかった。
もし、ここが都会のど真ん中であったならミナトには聞こえなかっただろう。
しかし、その声の主を待ち望んでいたミナトには、確かに聞こえた。


「アキト君!? ちょっとしっかりして! 」

「二人は、助け出せたよ…」

「分かったから、分かったから……早く…」


震える声を出しながら、倒れかけるアキトを懸命に支えようとするミナト。
すでにその瞳には大粒の涙が溢れていた。 ミナトのその様子から、アキトの状態は見なくとも手に取るように分かるだろう。


「良いんだ…もう…」

「何、言っているのよ…遺跡はどうするの?…私に…また、同じ、思いをさせるの? 」

「御免…また、悲しませる事に、なって…」


サングラスに隠れて表情がよく見えなかったが、アキトの顔も悲痛な表情であった。
彼が苦しくない筈がなかった。 ミナトが以前、愛する男を失った事を。
それを知っていたからこそ、最初は彼女に対して冷たく接していたのだ。
そして、知っている人間が死ぬのを見られたくなかったからだ。


「無理、しすぎよ…馬鹿ね…そんな事したら、体…もたない、でしょう? 」


アキトの悲痛な表情に気がついたのか、少し怒った口調で話しかけるミナト。
だが、その顔は泣き崩れたままだ。


「御免…ミナト、さんの…言う通り…だ…」

「しばらく、休んで良いよ。 あれだけ、頑張ったん、だから、未来は、良い方向に…変わるわよ…」

「ああ…すこし、やすませて、くれ…」

「うん…お休み、アキト君…」


ゆっくりとまぶたを閉じるアキト。
そのアキトの頭を優しくさするミナト。 アキトの顔には涙が零れ落ちるが、拭おうとせずに
愛する者の眠りを邪魔しない様に、声を押し殺し、肩を振るわせながら……



眠りから冷めるのを、何時までも待つかのように、彼女は決してアキトの側を離れなかった…




第8話・完




はい、KANKOです。 当初は、この話も7話に収めるつもりでしたが
予想以上に長くなりましたので、2話に分けました。

後、この展開はこの話を最初に考えた時から予定していた事であって、「一人時の中」で
出来なかったからと言う訳ではありません(苦笑)

なかなか納得できないと思う方もいますでしょうが、まだ続きますので、
できれば、最後までお付き合いいただければ幸いです。

では、ここまで呼んで頂いてありがとうございました。


後、私は『バットエンド』は嫌いな人間だと言う事は理解してください。
何と言うか、救い様のない終わり方は嫌いなんで(笑)

次話へ進む

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