第5話

機動戦艦ナデシコ


変わりゆく過去




第5話




冬を思わせる冷たい風は徐々に少なくなり、春を思わせる暖かい風と陽射しが差し込む日々。
人々は戦争が終わり、普通の生活へと歩みだし、ようやく生活が落ちついてきた頃、とある人々は
そんな世間とは正反対に大騒ぎになっていたりもする。

この家でも丁度大騒ぎになっていた。 いや、見た目は静かな会話だが会話の内容は
そこらへんの口喧嘩よりも怖いものにも見えるかもしれない。


「ミナト…本当にそんな理由で私を納得させる事が出来ると思っているのか? 」

「だって〜しょうがないじゃない、本当の事なんだから」

「ネルガルから誘拐された娘がその辺をうろついていて、それをお前が保護したという事をか!?
 そんな言い訳を誰が信じると思う! 」

「しつこいわねぇ…それとお前呼ばわりはしないでくれる? 貴方とはもう関係ないんだから」

「む…」


ミナトの一言に対峙していたゴート・ホーリーは言葉に詰まってしまう。 
ナデシコに乗っていた頃に付き合っていたとは言え、その時の癖が仕事中に出てしまった事を
仕事人間とも言えるゴートは少なからずショックを受けた様だ。


「それに、ラピスをネルガルに連れ戻してどうするつもり? また昔のルリルリの様な子を作り出す気なの? 」

「そんな事はせん! 確かに我々もマシンチャイルドの研究はしているが、ホシノ・ルリの様な教育はせん」
 
「その意見って、ネルガルの企業としての考え? 悪いけど私はそうは思えないわ。
 それに、ラピスの様な子を企業の道具として利用する以外にネルガルは何かしてくれるの?
 今、私が何の仕事についているか知っているなら、どんな理由だろうとOKするわけがないのは分かるはずよね? 」
 
「むぅぅぅ・・・・・」


もちろん、ゴートはミナトが現在何の仕事についているのかは良く理解している。
だが、ミナトが教師と言う職についていなくとも同じ反応を示すのは分かっていたのだが、
ミナトの必要以上に強気な態度に押され気味の様だ。


「と、ともかく、ラピスはミナトが思っている以上に重要な子だ。 他にもマシンチャイルドを研究している
 企業はいくらでもある。 ホシノ・ルリの境遇を知っている我々がいるからこそ、ネルガルで保護した方が
 良いと思うんだが?・・・・」

「あらら、それだったらルリルリにも言えるわよね? ルリルリはどうでも良いの? 」

「いや、そうは言っていないんだが・・・・」

「はいはい、今日は私を説得するには無理そうね? プロスさん辺りと相談してからまた来たら? 」

「・・・・・・」


ミナトのこの一言により、ゴートの最初の説得は終わりを告げる事となり、これ以上何を言っても無駄と判断した
ゴートは大人しく帰っていった。



「な〜んか久し振りに肩が凝っちゃったなぁ。 あ、ユキナ、もう出て来て良いわよ」

「え〜と、なんか初めて見たかも・・・・ゴートさんの怒ったところって・・・」


奥の部屋から怯えた様にユキナが入って来る。 二人の静かだが激しいやり取りに何時もの元気な
ユキナの姿はすっかり消えてしまっていた。


「そういえば、私も初めてかしら? ゴートが怒った所なんて。 で、ユキナ、ちょっと話があるんだけど? 」

「何? ミナトさん」

「この事は絶対にラピスには言ったら駄目よ? あの子って、変な所で気にするから。 分かったわね? 」

「う、うん、分かった…絶対に言わない」

「口が滑ったとかそんな言い訳は駄目よ!? 」

「は、はい! 」


顔は何時ものミナトではあるが、その口調は何時ものミナトとは思えない程厳しいものだった為、
ユキナはオウム返しに返事を返した。


「よろしい、じゃ、そろそろ遅くなってきたからラピスを迎えに行ってくれる? 」

「は〜いって、確かアキトさんの所にいるんだよね? 」

「ん? 何か問題あるの? 」

「あ、何でもないよ、それじゃ行ってきます! 」


ユキナの言葉を少し不審に思ったミナトだが、聞き出そうとする前に逃げる様に出ていった
お陰で、聞き出せる事はなかった。


「変なの、何を慌てているのかしら? 」


未来から来たアキトと会っていた事をルリが知っているのは、アキトから聞いていたのだが、
もう一人の目撃者でもあるユキナには、まだ気付いていなかった。






「プロス君、彼、連れて帰ってこれると思うかい? 」

「さあ、どうでしょうか? 私としては無理と考えておりますが・・・・エリナさんはどう思いますか? 」

「知らないわよ。 それにしても、二人とも良く落ちついていられるわね? 」


ゴートが口喧嘩でミナトに打ち負かされた頃、ネルガルの会長室ではアカツキとプロスとエリナの3人が
今後の事について話し合っていた。 
ネルガルは謎のテロ行為により、主にボソンジャンプの研究をしている施設に大きな打撃を受けている。
その為、エリナは胃が痛くなる毎日を送っているのだが、会長であるアカツキはプロスと談笑していた。


「ま、焦っても仕方ないでしょ? イネス君の報告を聞く限りは、テロとラピスの誘拐は
 テンカワ君が最有力だしね」

「テンカワさんが犯人ではないとしても、犯人はA級ジャンパーなのは間違い無いのですから。
 まあ、私としては犯人はテンカワさんに罪を着せようとしていると、考えておりますけども」

「A級ジャンパーが相手じゃ、対応は遅れる、か・・・・でも、だからと言ってどうしてうちの会長は
 こうも能天気なのかしら」

「はいはい、エリナ君の心配は良く分かるけど、こっちはこっちでそれなりの手段を打ったんだから、
 僕らが出来るのは待つのみ。 だから、そんなにカリカリしちゃ体に毒だよ? 只でさえ老けてるんだから…」

「なぁに? 誰が老けているって? 」

「あ、いや・・・・」


アカツキの余計な一言にエリナは、溜まっていたイライラが小さく、そして少しずつアカツキに向かって
ぶつけられる事となった。


「はいはい、会長もエリナさんも漫才はそのぐらいにして、私の話を聞いて頂けますか? 」

「ん? どうしたんだい? プロス君」


いつもの変わらぬ笑顔から真面目な顔つきに変わったプロスを見て、アカツキも姿勢を正して
プロスの話に耳を傾ける。 隣では中途半端に喧嘩を止められたエリナは、何時もは喧嘩が収まるまで 
黙っていたプロスが仲裁してきた事に、不服そうではあるがアカツキと同じようにプロスの方へと向きなおす。


「テンカワさんの偽者に関しては、こちらの方では既に手を打ったので後は結果待ちですが、
 気になる事が一つ、ウリバタケさんからありました」

「あの発明マニアから? それがどうかしたの? 」


エリナにとって、ウリバタケは整備員というよりも発明マニアという印象が強い様だが
プロスが真面目な顔をして話す時に出る名前ではないと思っていただけに不審そうにプロスの方を見ている。
アカツキは、少し眉を動かしただけでエリナが話しの腰を折らないように、手でエリナを制し、それに
エリナも大人しく従った。


「はい、それが奇妙というか何というか、ミナトさんがテンカワさんと浮気をしていた様です」

「アキト君が!? 」

「まいったね、これは。 ナデシコに乗っていた時はあんなに真面目そうにしていたあのテンカワ君が
 浮気ねぇ・・・・しかし、よりによってミナト君とは・・・・いやはや、恐れ入ったよ」


今、ネルガルが直面している話題とは違う事ではあるが、元ナデシコクルーでもある二人を驚かせるには
充分な内容だった。
だが、話はまだ終わっていないとばかりに、プロスは話を続けた。


「まあ、テンカワさんがと考えれば、ですが。 どうにも納得できない部分があるんですよ。
 ミナトさんの元にラピスさんがいらっしゃる事を考えてみてください。
 何故彼女はラピスさんを警察に届けずに、ご自分で保護したのか? 」


「ちょっとまってプロスさん。 それって、ミナトさんも今回のテロと関係があるという事? 」
 

そこまで言えば、プロスが大体何を言いたいのか分かったのだが、エリナもアカツキも
途端に頭を抱え出した。
アキトとミナトの事を知らぬ人間ならば、二人が犯人と思うのだろうが、二人の事をよく知っている人間には
容疑者としても名前が出る事は無い。 


「ゴートさんの報告待ちですが、客観的に見たら関係があるといっても過言ではないでしょうが。
 それで会長にお願いがあるのですが」

「分かっている。 彼女にも監視をつけろと言う事だろ? でも、シークレットサービスの面々は
 他で忙しいからねぇ。 ま、そこら辺は好きにやっちゃって良いよ」

「分かりました。 では、その様に」

「何か頭が痛くなってきたわ。 アキト君の偽者だと思っていたらミナトさんが関係している可能性があるなんて。
 この事件、本当にあのアキト君が犯人かもしれないわね」

「どうだろうねぇ・・・・」

「私としては、テンカワさんの偽者にミナトさんが騙されている・・・・そう考えたいんですが」


考えれば考えるほど、謎が深まって行く今回の事件に3人は深くため息をつくしかなった。





ネルガルの会長室で3人の会話が行なわれた同時刻、ネルガルのとある研究室において
シークレットサービスの厳重な警備に置かれていた。



「今回はゴート隊長が不在なので私に従ってもらいますが、異論はありませんか? ツキオミ少佐」

「構わんよ、まだ君達の元に来て間も無いのだからな。 だが、一つだけ頼みがある」

「何か? 」

「私はもう木連の人間ではない。 よって、少佐は付けないで呼んでもらえるか? 」


ツキオミ、元木連軍所属の彼は、黒服の男に静かにそう告げると休憩室へ向かっていった。


「ふぅ…会長は何を考えているやら。 元敵を我がシークレットサービスに加えるなんて…」


ツキオミの背中を黙って見送った黒服の男は、ポツリと不満を漏らした。
彼だけでなく、他のシークレットサービスや研究所の所員も彼の意見と同じ様に、ツキオミを信用していなかった。
それも仕方の無い事で、ツキオミは戦争時には敵として戦った相手であり、地球人にとっては敵とも言える
人物なのだから、それも仕方ないだろう。
しかし、会長直々の命令とは言え、、警護にツキオミを加えた事に不満が残る黒服の男だった。



「あら、随分と暗い顔をしているわね? どうかしたの? 」

「私は木連の人間だった男だぞ? 貴方の様に普通に話し掛ける者などおらんさ」


ツキオミよりも先に休憩室で休んでいたイネスが、彼の顔を見ながら話しかけてきた。
彼自身は、周りの人間が疑いの目で接してくる事は当然の事と思っていたので、特に気にする事は無かったが、
過去の事件で、友人を己の手で殺害した事で今も心の傷となり、昔の彼とは違う暗い顔にしていたのだろう。


「それもそうね。 あ、そうそう、私も一応は警戒しているわよ? あの事件、忘れたわけじゃないしね」

「それは百も承知している。 正義という言葉に踊らされて友を殺めた事は一生をかけても
 償えないのは…」

「ふぅん、気にしていたのね。 まあ、ここで変な考えを起こしても周りにはシークレットサービスがいるから
 安心かしら? 」

「私に何か不穏な動きがあれば、後ろから撃たれても構わん。 会長とはそう言う約束ではあるしな」


何処までも冷たいツキオミの対応に、からかってやろうと思っていたイネスは拗ねた様にコーヒーを
口へと運ぶ。 


「そういえば、一連のテロの犯人は本当にあの男だというのか? 」

「ああ、アキト君の事ね。 全身黒尽くめの格好をしていたけど、間違い無くアキト君だったわ、一応」


ツキオミの質問にイネスはそっけなく答えた。 しかし、彼女は納得できない部分もあった。
アキトの事を良く知っているイネスだからこそ、目の前でラピスを連れ去っていったアキトの行動が理解できなかった。
また、アキトの行動は内部の情報に詳しくなければ出来ない手際の良さもあり、余計に彼女の思考を
混乱に陥れていた。

もっとも、未来から来たアキトの仕業という考えは、今の時点ではイネスでも考え付かなかったのだろう。
その為、イネス達、ネルガルの面々はアキトの変装をしたA級ジャンパーが
自分達を混乱させる為にあのような格好をしたのだと考えていた。


「ふむ、あの男がそんな事をするとは思えないが・・・・会えば分かるか」

「できれば犯人は捕まえてくれない? 何でこんな事をしたのかきっちり説明して欲しいから」

「説明? そう言えば、貴方の説明は聞かない方が良いと聞いたが、どう言う事だ? 」

「そう言えば、貴方には教えていなかったわね。 聞く? 」

「・・・・・・さて、そろそろ持ち場につくか」


イネスの嬉しそうではあるが、怪しい笑顔に危険を察知したツキオミは足早に部屋を後にした。
その判断は、長年軍で培った経験から判断したのだが、間違っていなかった事を思い知るだろう。
後日、イネスの説明を聞いたときに・・・・







それから数時間後、施設に盛大な爆音が響き渡った。
襲撃に備えていたとは言え、立ちこめる煙の中では訓練された人間といえども満足に動くのは難しく、
シークレットサービスは所員を非難させるので精一杯だった。


「くそっ! おい、火元は何処だ? 」

「どうやら複数の場所でおきているらしい! 犯人の方は後回しだ! 消化と避難を優先させろ! 」

「分かった! 」


今までよりも大きな爆発に、シークレットサービスの面々は本来の目的のテロの犯人を捕まえると言う事は
全く出来ずに、被害を抑える方向へと集中するしかなかった。





大混乱な施設の中、全身黒尽くめの男が地下へと足を進めていた。
ここはまだ、煙も流れてきておらず、所員も既に避難しているのか、静まりかえっていた。
黒尽くめの男、未来から来たテンカワ・アキトはある部屋の扉の前に立ち尽くす。


「この頃から研究は始まっていたはずだな・・・・」

扉を開こうと手をパネルに置こうとした時、何かに気付いた様にアキトはゆっくりと顔を横へと向ける。
そこには、ツキオミが立っていた。


「ここは所員でも限られたものしか出入りできん筈だが・・・・上で爆発を起こした後にまっすぐにここに来る。 
 内部の人間が手引きしていなければ出来ぬな」

「こうも早くネルガルに拾われているとはな…歴史は変わっている様だ…」


ツキオミの言葉に答える事無く、アキトは彼の方を見て小さく呟く。


「その先に何があるのか知らんが、これ以上勝手な真似はさせんぞ」

「なら…力ずく手止めてみろ」


ゆっくりとアキトに近づくツキオミ。 アキトの方もゆっくりと近づき、手を伸ばせば掴める距離まで近づいた
その瞬間、今までのゆっくりとした動きから信じられないような動きでアキトの襟元を掴もうとするツキオミ。

対するアキトはそうなる事を知っているの如く、その手を捻り後方へと投げ飛ばす。
そのまま叩きつけられるツキオミ。 しかし、転がりながら素早く間合いを取る。


「貴様…木連の者か? 」


アキトを見つめるツキオミにの瞳には少なからず動揺の色が伺える。 
今、アキトが使った技は地球の柔術というよりも、木蓮の柔に似ている。 いや、全く同じだった事に
驚きを隠せないでいた。


「答える必要は無い」


アキトは小さく答えると、右手を抑えつつ、距離をとる。 
投げ飛ばした瞬間に、ツキオミに右手の間接を外された為にすぐには攻撃が出来なかったからだ。


「強いな…やはり」

「ますます不可解な奴だな。 だが、後できっちりと話してもらうぞ」


考えるのは後とばかりに、今度はアキトの方へと駆け出してゆくツキオミ。
だが、対するアキトはさらに距離を取ろうと後ろの方へとさがった。


「ジャンプ…」

「くっ!? 逃げるのか! 」


掴もうとした瞬間、アキトの体は光に包まれ、ツキオミの手が彼を掴む事は無かった。


「こうも簡単に引き下がるとは・・・・どう言うつもりだ? 」

「ツキオミ少佐、大丈夫ですか!? 」


いとも簡単に逃亡したアキトにツキオミは怪訝な表情で消えた後を見つめていたが、
そこにシークレットサービスの者たちが奥の方からやってきた。


「すまん、犯人は取り逃がしてしまった。 そちらの方は大丈夫か? 」 

「ええ、運良く爆発でスプリンクラーも壊れなかったので、思ったよりも早く鎮火できました」 

「そうか…だが、データなどは無事か? 」

「いえ、室内の方はまだ消火中ですが、恐らく研究機材はダメージを受けているでしょうね。
 まあ、バックアップは取っているので被害は施設のみという事ですが」

「今回は、我々の勝ちと思いたいな」

「今までの被害と比べれば、ですけどね」


被害を最小限にとどめた事に安堵する黒服の男とは対照的に、ツキオミは逃げていったアキトの事を考えると
決して楽観視は出来なかった。

過去の世界の彼らには、未来から来たアキトの目的など皆目見当もつかないのだから当然だろう。
ボソンジャンプをめぐって起きる、あの悲惨な未来を起こさせない為に彼が行動しているとは。







「ラピスちゃん、今度はどうかな? 」

「うん」


未来から来た自分がテロを起こしているとは知らずに、過去のアキトはラピスと共にラーメン作りに
没頭していた。


「どう? 」


小皿に分けたスープを味を確かめる様にゆっくりと飲むラピスにおそるおそる感想を聞くアキト。


「う〜ん、もう少し濃い方が良い気がする」

「そっかぁ、でも、味付けを濃くすると食べる人を選ぶからなぁ…」

「アキトさん、お塩をもう少し足してみよ」


ラピスが満足しなかった事に難しい顔をするアキト。 そんなアキトを元気付ける様にラピスは
自分が持ってきた小さなリュックからビニールパックに入った塩を取り出した。


「これ、どうしたの? 」

「これね、近くのスーパーで見つけたんだけどね、すっごく美味しいお塩なの。
 前にミナトさんがこれでオニギリ作ってくれたんだけど、他のオニギリが食べれなくなっちゃった」

「へぇ、天然の塩かぁ。 まだ試した事はなかったな。 ありがと、早速試してみるよ」


珍しそうに塩の入った袋を見つめるアキトとは対照的に、自身満々に塩を勧めるラピスであった。


「んじゃ、最初はこのぐらいの量が良いかな? 」

「うん、その方が良いかも」


この時だけは、アキトも自分に浮気の容疑が掛けられている事は忘れ、ラピスと一緒に
悪戦苦闘しながらも料理を楽しんでいたのだった。





「今晩は〜」


日も落ちてきた頃、スープも完成して二人が味見をしようとした時、玄関の方から聞き覚えのある
声が響いてきた。
もっとも、狭いアパートの中では玄関と台所は目と鼻の先の為、アキトは台所の小窓から外を覗く。


「ユキナちゃん、今晩は」

「あの、ラピスはいる? 」

「あ、ユキナさん、今晩は。 今ね、アキトさんとラーメンのスープを作っていたの。 
 ねぇねぇ、一緒に味見しようよ」


アキトが小窓から覗いて、ラピスはドアから自分を迎える姿に何故か笑いが出てしまうユキナ。
ラピスと一緒のアキトの姿を見ていると、自分が見たアキト、ミナトと浮気していたのは本当にこのアキトだったのか
つい怪しんでしまうが、ルリも間違い無くアキトだと言った事を思いだし、心の中で警戒しなおした。


「そうだ、味見ついでに夕飯をここで食べていったら? 色んな人に味見をしてもらいたいしね」

「え? でも、ミナトさんも夕飯の準備をしている筈だし…」

「じゃあ、ミナトさんも呼ぼうよ。 今度のスープは絶対美味しい筈だよ」

「それが良いかもね。 ちょっと待ってて」


ラピスの提案に気を良くしたアキトは、すぐに電話の元へと駆け出して行く。
対して、ミナトがここに来るという事を聞いたユキナは落ちつきが無かった。
彼女の中では、和気藹々とした雰囲気で食卓を囲む4人の姿というよりも、アキトとミナトが
自分達に関係を打ち明けるものだと思っていたのだ。


「ユキナさん、どうしたの? なんか、様子が変だよ」

「へ? い、いや、何でも無いよ。 うん、何でも無い」

「変なの…」


ユキナのあからさまにおかしい様子に、怪訝な顔をして見せるラピスであったが
今は自分も味付けをしたラーメンの方に気を取られていたので、すぐにユキナの事は忘れてしまった。
片方は複雑な事を考え、もう片方はラーメンの事を考えてテーブルでアキトの電話が終わるのを待っていると、
何やら残念そうな顔をしてこちらを向くアキトの姿があった。


「あのさ、ミナトさんはなんか用事があるから来れないってさ。 それでさ、ミナトさんはこっちで食べてきても
 良いって言うけど、ふたりはどうする? 」

「ミナトさん来れないんだぁ・・・・一緒に食べたかったのに」

「そっか、それは仕方ないわね! じゃあ、私達だけで食べよ! 」


残念そうにするラピスとは対照的に、何処か嬉しそうな顔をするユキナ。
鈍いアキトも流石におかしいと感じたのだが、ユキナが直ぐにラーメンの準備をする様にせがむ為
理由を聞く事は出来なかった。

もっとも、浮気疑惑以来、何処かイライラしていたアキトにとってはユキナの過剰とも言える
元気の良さと、控えめながらも子供らしい反応を見せるラピスのお陰で、久し振りに楽しく食事が出来たので、
さほど気にならなかった。

皆と食卓を囲みながら食事をする、それは何処にでも見られる光景ではあるが、
早くに両親を亡くしたアキトにとっては憧れに近いものだった。
目の前にいる少女達と食事をしていると、何時かはあの二人ともまた食事をしたいと思わずには
いられないアキトであった。







「アキト君、いるかしら? 」


一方、アキト達との食事を断ったミナトは久し振りに未来から来たアキトに会おうと
彼が隠れ家にしている、戦争によって立ち入り禁止になっていた港の倉庫へ向かっていた。

ミナトがラピスを預かった頃から、アキトの存在がばれるの恐れて会わない様にしていたのだが、
テレビで連日取り上げているテロのニュースを見るたびに気になってしまい、一人になれた事を幸いに
こうしてやってきた。


「ミナトさん!? 」


中を覗く様に倉庫の様子を見ていたミナトの後から、突然男の声が聞こえ、驚いて彼女が振り向くと
そこには右手を抑えた黒ずくめのアキトが立っていた。


「びっくりした〜〜脅かさないでよ〜ゴートにつけられたのかと思ったわ・・・・」

「俺の方こそ…来る時は連絡してくれと言っただろう? どうかしたのか? 」 

「ん、アキト君の事が心配になってね。 料理でも作ってあげようかなって思って、ね。
 味覚は無いとは言っても、ちゃんと食べなくちゃ」

「別に気にしなくても良いのに・・・・」


ミナトが笑いながら、持っていた買い物袋をアキトの目の前に差し出す。
その笑顔は、断っても絶対に作るとでも言いたげな表情であった為、アキトはため息を一つついて、
諦めたかのようにミナトを奥へと案内した。


「で、アキト君その手はどうしたの? 」

「いや…何でも無い…よ!! 」


ずっと右手を抑えているアキトにミナトが尋ねたと同時に、倉庫に嫌な音が鳴り響く。


「ちょ、ちょっと、アキト君…」

「手の…関節を外されたんでね…やっぱ、きついや。 これ」


自分で無理やり関節を入れたアキトは苦しそうに、パイプベットに倒れこむ。


「無理しすぎじゃないの? 少しは休まないと…遺跡もまだ見つかっていないんでしょ? 」

「ああ、でも、あんな未来は繰り返させない為にも・・・・これぐらいで、文句言ってられないからな」


小さなテーブルに料理を並べるながら、アキトに意見するミナト。 味覚が無いアキトを気遣って
その料理は豆腐や野菜など味付けが薄い料理ばかりだ。
だが、準備された料理に興味無いのかアキトはベットに倒れたまま、天井を見つめながら返答する。
ミナトも分かっているとは言え、料理に何も反応を示さないアキトを見ると、心が締めつけられるような
気分になってしまう。


「アキト君、とにかく少しは休まないと駄目よ? 君は確かに強くなったかも知れないけど、
 それは痩せ我慢でもあるでしょ? 」

「別に痩せ我慢をしているわけじゃない…俺は…」


ベットの側に座ったミナトに抗議をしようと起きあがったアキトは、ミナトの次の行動に言葉を飲みこんでしまう。


「良いんだよ…甘えても…誰も責めないから。 ううん、誰かがアキト君を責めたら
 私が守ってあげるから。
 だから…無理しないで、アキト君がやっている事は許されない事かもしれないけど、私だけは…味方だから」

「ミナトさん・・・・」


アキトの頭を優しく、だが自分の想いを伝える様に抱きしめるミナト。
その何処までも優しいミナトの口調に、アキトは緊張の糸が切れた様に体を預け、抵抗しなかった。


「ごめん…」

「馬鹿ね、こういう時に謝らなくても良いの」


この日、未来から来たアキトはこの過去の世界に来て初めて安らぎを得たのだった。





第5話・完


どうも、KANKOでございます。 何と言うか、連載を多数抱えていると
どうしても混乱してきますね。 只でさえ、このお話は過去アキトと黒アキトがいますから。

さてさて、このお話は元々短編の予定で書いております。
んで、今回のお話で丁度折り返し地点に来たと言う感じです。 
以外と早く終わるなと思われる方もいらっしゃるでしょうが、そこはそれ、連載が止まるよりは
良いと判断していただければ(笑)


では、ここまで読んで頂きありがとうございました。

次話へ進む

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