第7章
機動戦艦ナデシコ
一人時の中
第7話
機動戦艦ナデシコ。
地球上で唯一、木星蜥蜴に対抗できるこの戦艦は現在、火星へと進路を向けている。
何故、数少ない貴重な戦力を敵の手に落ちた火へと向けるのか?
その理由は火星の生き残りの救出と言う事であったが、たった一隻の戦艦で出来るものかと不安だった
クルーであったが、これまでの戦いで木星蜥蜴に連戦連勝を続けてきた事により、
その不安は徐々に薄らぎつつあった。
いや、最近では地球にいた頃の木星蜥蜴の恐怖さえも忘れている様にも見える。
「ふむ・・・クロキ、やはり最近のクルーはおかしいような気がするんだが、お前はどう思う? 」
「仕方ないんじゃないのか? この所の木星蜥蜴との戦闘も危なげなく勝ちつづけているんだからな。
それに、クルーは民間人だ。 ゴートの様に軍に入った事が無い者が殆どだしな。 考え方が違うんだろ」
クロキの部屋のちゃぶ台でお茶を啜りながら、台所に立つクロキに話しかけるゴート。
クルーたちの井戸端会場になりつつあるクロキの部屋。
ゴートもここ最近は仕事の話なども、この部屋でする様になっていた。
「それにしても、気が緩みすぎている様な気がするな。 艦長が一言何か言ってくれれば良いのだが…」
「期待するだけ無駄だと言うことはよく解った筈だろ? 」
「だな…」
ゴートの向かい側に自分用の湯のみを持って、座るクロキ。
サングラスで目元が隠れている為に、表情は完全には分からないが何かを悟りきっている様にも
ゴートには見て取れた。
警備も担当しているクロキの苦労は、ゴートでも伺う事は出来なかったが、今の顔を見る限り
苦労していると察すると、その後の話も短めに部屋を出る事にしたのだった。
「俺の時は…ガイの死やコロニー壊滅とかがあったからな…ある程度の緊張感は維持できた筈だが、
ここまで気が緩むとはな。 ルリちゃんも最近は気が緩んでいる様にも見えるし…」
ゴートがいなくなった部屋で一人呟くクロキ。 彼の本当の目的を考えると、それはさほど重要な問題ではない
かもしれない。
だが、冷たい態度に隠された彼の優しさはそれを良しとしなかった。
自分の世界での経験があるからこそ、今の状態は危険だと言う認識はゴートに言われるまでも無く分かっている。
しかし、人というのは言われて気付くと言うよりも体験して初めて、言われた事を理解する時もある。
それは、クロキも良く知っているからこそ、合えて言わない様にしている。
ましてや、ナデシコのクルーなのだから仕方が無いのかもしれない。
「あれ? 火星に到着する前に何かあったような気がしたが…なんだっけ? 」
何かを思い出した様に考え込むクロキ。 しかし、その何かを思い出せずに険しい表情を作る。
どんな人であれ思い出そうとする時に、上手く思い出せないと気分が悪くなるものだ。
もちろん、クロキも例外ではない。
「何だったかな…大した事ではなかった気がするけど…まあ、いいか。」
しばし悩みつづけるクロキ。
この後、ナデシコでおきるちょっとした騒動こそがクロキが忘れていた出来事だったのだが、
その現場に居合わせなかった彼が思い出すことはなかった。
「それにしても平和ですねぇ…本当は戦争が終わっちゃっているんじゃないかなって
思っちゃいますよね」
「あはは、ナデシコの一番偉い人でもある艦長がそんな事を言ったら駄目ですよ」
「え〜でもでも、火星まであと少しなのに木星蜥蜴も大人しくなっているし。
仕方ないんじゃないのかな? メグちゃんはそうは思わないの? 」
「油断大敵って言いますし…これから先、何があるか解りませんよ? ねえ、ミナトさん」
「まあねぇ、メグミちゃんの言うとおりだけど、この状況じゃ仕方ないかもしれないわね」
手鏡を見ながら、髪の乱れをチェックしつつ答えるミナト。
いつもであれば、メグミの言う事に賛同するであろうミナトだが状況が状況だけに
今回ばかりはユリカの言うことに同意の様だ。
もっとも、メグミ自身もユリカたちと同意見なのだったが、仕事している以上に
何よりも戦艦に乗っているのだと言う意識から、あえて口に出さなかったのだが。
「皆様、おはようございます! 」
気の緩みがブリッジにも浸透してきたような雰囲気の中、元気のよい張りのある声が
響き渡った。
「プロスさん? そんなに大きな声を出してどうしたんですか?
何かあったんですか? 」
いつもののほほんとした表情のプロスであったが、必要以上の大きな声に少し
驚くユリカ。
まあ、ユリカだけでなくミナトたちも何事かと言う顔をしているのだから、
それだけ、プロスの言動は怪しかったと言えるかもしれない。
「おやおや、そんなに驚かなくてもよろしいでしょう。
皆さんの気が弛んできているから、喝を入れるためにもやってみたのですが…駄目でしたかねぇ? 」
「駄目も何も、いまさらそんな事をやっても意味ないでしょ。
あのクロキ君がさじを投げたぐらいなんだから」
失敗してしまったとばかりの表情を見せるプロスに対して、今度は爪のマニキュアを
塗りなおしながら答えるミナト。
彼女の答えどおり、プロスが珍しい行動をしたとしても意味はない。
その前から、ナデシコの警備も担当しているクロキが何とか喝を入れようと努力をしたのだが、
せいぜい出来たことと言えば、エステバリスのパイロットたちを
いつでも戦闘態勢に入れるように出来たぐらいだった。
もっとも、それも形だけと言えるかもしれない。
「いや〜それにしても参りました。 まさか、こうなってしまうとは」
「ほえ? 何に参ったんですか? プロスさん」
「今のナデシコと木星蜥蜴のあまりの大人しさにですか? 」
「おや、分って頂けましたか。 艦長もメグミさんを見習っていただきたいですなぁ〜」
「あはは…」
何となくプロスの心情を察したメグミに対して、ユリカはプロスの言葉に頭を掻きつつ
笑いながらごまかすしかなかった。
「あら? ルリルリ、さっきから通信が入っていない? 」
「はい? 」
プロスの小言をユリカに任せてのんびりしていたミナトは、モニターが
通信を知らせる点滅をしているのに気づく。
普段は、モニターの点滅と同時に音声でも知らせるはずなのだが、音声がカットされたため
気づかなかった。
しかし、ミナトが気づかなくともルリが気づくはずなのだが、彼女も
このところのんびりとした状況に感化されているのか、持ち込んできたゲームに夢中のために
気づかなかった。
「ルリルリ、ちょっと気が緩んでいるみたいね」
「…ミナトさん程じゃありませんよ」
どっちもどっちと言った状況の中、ルリは少し恥ずかしそうにしながらも通信回線を開く。
『おお、ルリルリか。 なあ、プロスさんはそっちにいるかい? 』
モニターに映し出されたのは、整備班班長のウリバタケ。
その口調はいつものウリバタケよりも強く、どちらかと言うと怒っている様にもルリには
見て取れた。
「プロスさんはこちらには、いませんが? 」
「ちょっとちょっと、ルリルリ、あんた気づいていないの!? 」
「はい? 」
ルリの返答に慌てて制するミナト。 その慌てぶりに何事かと思ったルリだが
ミナトの指差す方向を見て言葉に詰まってしまう。
「あ…」
『ん? どうかしたのか? 』
「あはは、何でもないわ。 プロスさんがちょうど今ブリッジに来たのよ」
『そうかそうか、そっちにいるんだな。 分かった、すぐにそっちに行く』
ミナトとルリの様子がおかしいとは感じたのだろうが、プロスに用事があるらしい
ウリバタケは、すぐにモニターを閉じた。
「ルリルリ〜今のはちょっと頂けないわねぇ。 私よりも気が緩みすぎていない? 」
「……すいません。 ちょっと、頭を冷やしてきます」
ミナトの指摘どおり、まったく気づいていなかったルリは恥ずかしさと同時に
情けない姿を見せてしまった悔しさでブリッジを飛び出してしまった。
「あれ? ルリちゃん何処いくの? 勤務中だよ〜」
駆け足でブリッジを去るルリを呼び止めようとしたユリカだったが、
聞こえないのか聞こえない振りをしたのか、ルリはそのままを出て行ってしまった。
「どうかされたんでしょうか? ミナトさん、何かあったんですか? 」
「え? あはは、何でもないわよ。 ちょっと気分転換に出て行っただけよ」
「そうですか」
ルリの様子に訝しがるプロスに対して、笑ってごまかそうとするミナト。
もし、今の事を喋ってしまったら当分口を利いてくれそうに無いからと判断したからだが、
ルリでなくとも、あのぐらいの年齢ならば笑い者にされるのは辛いだろう。
プロスも何となくではあるが、ルリが何かを失敗したと言うことを察したのだろうか、
それ以上、何も言わないことした。
「そうそう、そういえば、ウリバタケさんがプロスさんを探していたわよ」
「おや…そうですか…やれやれ」
ミナトの口からウリバタケという名前を聞いた途端、先ほどの元気のよさは消えてしまった。
その表情は、確かに元気が無くなった様な表情ではあるが、何処か鬱陶しい
と思っているような印象も受ける。
何にしても、プロスがこれほど嫌な顔を人前で見せることは珍しいだろう。
「プロスさん、何かあったんですか? 」
「いえ、大した事では…あるかも知れませんねぇ…」
「艦長、プロスさんがウリバタケさんの事で悩んでいると言えば、アレですよ」
「アレって何? メグちゃんは何かを知っているの? 」
「あれ? 知らないんですか? 結構有名ですよ」
「ええ〜そんなの聞いたこと無いよ〜教えてよ、メグちゃん」
「良いですよ。 でも、おおっぴらに喋らないで下さいね。 皆がこの話を
喋りすぎて、余計な噂も付いてまわっていますから」
「は〜い」
なにやら、プロスがウリバタケの事で悩んでいる理由に心当たりがあるメグミは、
ユリカが何も知らないのをいい事に、事実とはまったく違うことを吹き込んでいるようだ。
「あらら、メグちゃんが余計な噂を吹き込まなければいいけど…」
「いや、噂と言ってもウリバタケさんなら、ありえますからねぇ。
何にしても、今回は事情が違いますけど…」
「何かあったの? アレ以外で? 」
「おや、ご存知ありませんか? ジュンさんは知っている筈なんですが…いませんね? 」
「そういえば何処に行ったのかしら? 」
メグミがユリカがブリッジの隅で話し込んでいる傍ら、ミナトとプロスは
ウリバタケが到着するまで無言で待つ事とした。
それにしても、ウリバタケのあの顔から察するにプロストの間に何かがあったのかと感じたミナト。
彼女の考えでは、さほど大きな問題ではないと感じてはいるのだが、
今日一日ぐらいは退屈しないでよさそうだと思っているようで、むしろ楽しみにしているようだ。
それから、3分経過。
「よお、プロスさん。 今日こそ決着つけようじゃないか」
「ウリバタケさん、その話は昨日で結論が出たでしょう」
「ちょっとまて! いくら契約書に書いているからと言ったって、下のほうに小さく書いたら
意味ねぇだろうが!! 」
ウリバタケが到着したブリッジ内では、最近のナデシコには珍しく険悪な雰囲気が流れている。
しかも、ウリバタケの後方には他のクルーたちも後に続いていた。
「ですがリョーコさん。 契約書にサインをしたと言うことは全ての条件に
承諾したと言うことになりますが」
「リョーコちゃんは黙ってな。 プロスさんよぉ、この契約書の男女の交際の項目…
手をつなぐ事も駄目とか、そんなことはどうでもいい。 ただな…プライベートの事まで
指図されるのは気にくわねぇんだよ…」
正論をキッパリと言うプロスに対して、それに納得がいかないウリバタケたちの怒号が響き渡る。
彼らの不満が噴出したのも、この所の暇な航海のせいといっても良いだろう。
木星蜥蜴の猛攻があった時は、彼らも戦争の最前線にいたと言う事でそれなりの
緊張感を持っていたのだが、この所の木星蜥蜴が大人しくなってしまった事により、
ブリッジクルーたち以外は、暇を持て余す様になってきていた。
それに加えて、ナデシコのブリッジクルーは正規の軍人ではなく民間人と言う
せいもあるだろう。
普通の軍人ならば、この程度の事は訓練で鍛えられている事もある為、
不満はあれど、それを上司に言う事はないだろう。
だが、その道のスペシャリストと言っても所詮は民間人。
プライベートまで軍人と同じ様には出来なかったのだ。
しかし、民間人を雇うからには、そのような不満が噴出するのを予想していたネルガルでは
ナデシコ艦内に娯楽施設を用意していたのだが、それだけでは無駄だった様だ。
「ウリバタケさん、ならびに皆さん。 皆様の言いたいことはよく分かります。
ですが、我々も艦内に娯楽施設を用意し、少しでも不満を解消しようと努力しております。
ましてや、今は戦争中。 これ以上望むのは贅沢と言うものでは? 」
ウリバタケ達が罵声を浴び競るかのように抗議をするなか、毅然とした態度で反論するプロス。
その様子に抗議する人の中には、気後れしてしまう者も出ている。
だが、この面子のリーダーらしいウリバタケだけは一向に気後れするどころか、
逆に噛み付くさまだ。
「おうおう! 言ってくれるじゃねぇか!!なら、言わせてもらうがな!
あのバーチャルルームは何の為に作ったんだぁ!? あらりゃぁ、カップルがメイン
の代物じゃねぇか! 契約書では手をつないでも駄目とか言っときながら
なんだありゃぁ!? それとも何か? そういう付き合いもOKなのか!? 」
「い、いや、あれは私ではなく、ネルガルの本社が決めた事でして…」
以前から気にしていた事を指摘されて言葉に詰まるプロス。
バーチャルルームは、さまざまな状況を再現出来る機械なのだが、考えれば考えるほど、
利用対象が限られているものだと言うものだろう。
カップルが利用するならば理解は出来るが、男が一人で利用する事はまず無いと言っても良い。
そういった経緯を考えれば、契約書に書かれている異性間の恋愛関係を禁ずると言う項目は、
ネルガル自ら否定していると言っても良いかもしれない。
もちろん、ネルガルは否定もしていないのだが。
「とにかくですね、皆様の要望はわがまますぎるのですよ。
ここは戦場であり、職場でもあるのですから」
「ちょっとまて! 戦場と言えど、酒を飲むくらいは良いだろうが!
それに、仕事中に飲もうなんて言ってはいねぇぞ! 」
プロスとウリバタケたちの怒号が飛び交う中、突然の事にあっけにとられている
ユリカたちは、事の成り行きを見守ることしか出来なかった。
「ん〜と、私は勤務時間以外ならお酒ぐらいは飲んでもいいと思うけど…
何でプロスさんは、あんなに抵抗しているのかな? メグちゃんはどう思う? 」
「艦長、多分アレですよ。 覚えていませんか? この前、リョーコさんたちが
ナデシコに来た記念の歓迎会を開いたじゃないですか」
「何かあったかな? よく覚えていないんだけど…」
ウリバタケの言い分を耳を聞いてみると、酒を飲ませろと言うことらしいが、
他の抗議している面々の言い分も良く聞いてみると、プライベート時の規則を
緩めろと言いたい様だ。
「む〜りよ、メグちゃん。 艦長もあの時は思いっきり酔っていたでしょ?
あんな状況じゃ、覚えている方がおかしいわよ」
ミナトに言われ、納得した表情でユリカの方を見るメグミ。
以前行われた歓迎会で、一部のメンバー除き殆どの者が酔っ払ってしまい、その直後現れた
木星蜥蜴との戦闘では生きた心地がしなかった事を思い出したメグミであった。
だが、酒を飲んでいなかったクロキやルリの機転により、何とか撃退はしたのだが、
この件以来、プロスとクロキの提案により飲酒は全面的に禁止になったのだ。
「プロスさんよぉ。 俺たちだって無意味に規制を緩めろとかは言っていないんだよ。
ただ! プライベートをどう過ごすかは自由だろうが。 それをどう過ごしたか、
書類にまとめろとかはおかしいんじゃねぇのか? 」
「いやいや、アレは形式的なもですよ。 第一、皆さんはまともに提出していないでしょう?
それに、深夜にナデシコ艦内を動き回るのは感心しませんし」
「まてまて、深夜に動き回ると言っても変な目的で動いているわけじゃねぇよ。
10時以降は仕事場以外は全て消灯とか、修学旅行みたいな事をするなといっているんだよ」
プロスの正論にも一向に引き下がらないウリバタケ達。
しかし、その様子を後方から見ているユリカたちには、どうにも本気で抗議している様には
見えない気がする様になっていた。
「なんか楽しんでいるようにも見えないような気が…」
「あ〜あ、残念。 もう少し強引な理由があってもいいのになぁ…その方が面白いのに」
「しょうがないですよ。 プロスさんと口論しても勝てるとは思えませんし」
「でもでも、ウリバタケさんの言う事も一理あるかも知れませんよ。
ジュン君なんか最近は深夜勤務が続いていたけど、お風呂まで使えないのは
おかしいって言っていたし」
「あれ? そういえば、ジュンさんはどうしたんですか? 」
「そういえば…艦長は聞いていないの? 」
ブリッジクルーでもあるジュンの事をすっかり忘れていた3人。
しかし、ジュンの事を切り出したユリカも彼の行方は知らないらしく、首を横に振るのみであった。
だが、彼女たちはさほど気にする事無く、当初の険悪な雰囲気とは違い、
徐々にいつものナデシコらしい騒ぎになりつつあるプロスと、ウリバタケ率いる抗議集団との口論を
お茶とお茶菓子を片手に観戦する事とした。
「久々に一人の時間が取れたな。 規則を厳しくしたおかげで静かになったし…」
一方ブリッジの騒ぎをよそに、クロキは久々の一人の時間を満喫していた。
たとえ暇な状態でも、何故かクロキの部屋には誰かが居座っていたため、一人で過ごす
時間は就寝中にぐらいだった。
「しかし…誰も来ないというのも妙だな? ゴートはフクベ提督の所へ行っているから
こないのは分かるけど…」
だが、毎日の訪問者になれてしまったクロキは、この静かな空間に慣れていない様だった。
「いやいや、変なことは考えるのはよそう。 こんな事を考えると誰かしらやってくるしな。
こういう時にじゃないと、火星の事も調べられないし……って、ルリちゃん? 」
「あ、お構いなく。 静かにしていますから、アキトさんはアキトさんでご自由にどうぞ」
「いや…それは良いけど、いつ入ってきたの? 」
「さっきです」
クロキは彼女が入ってきた事に気づかなかった自分に呆れつつも、さらりと答えるルリの姿にも
呆れてしまっているようだ。
「え〜と、ルリちゃん、インターホンは鳴らしたの? 」
「はい、もちろんです。 ちゃんと鳴らしましたよ。
扉はオモイカネに開けてもらいましたけど」
「…そう…」
ルリの答えにやはり気づかなかった自分が悪かったんだと思うようにしたクロキだった。
「まあ…別にいいか。 ルリちゃん、何か飲む? 」
「いえ、大丈夫ですから」
「ルリちゃん、何かあったの? 」
「え? 」
ルリの様子に何か様子がおかしいと感じたクロキは、何となく聞いてみるのだがルリ
はクロキに聞かれた瞬間、体を硬直させるのを見逃さなかった。
「今は勤務時間のはずだし、ブリッジで何かあったんだ」
「いえ、何もありませんよ」
視線をそらし、クロキの追求から逃れる様に本棚から取り出した本に目を通すルリ。
クロキに言わせれば、ルリのその姿は何かあったと言っているようなものだが、
しかし、クロキはそれ以上追求することはなかった。
この状態になったルリは、決して話そうとしない事を自分がいた世界のルリで
十分理解していたクロキは、これ以上聞くことなく。そのままにする事にした。
ルリにブリッジで何かあったと言うのは予想できたが、ユリカやミナト辺りに聞けば
真相が分かると思い、火星を調べる為の資料を机に並べ、調べ物を再開する事とした。
一方、ブリッジにて一瞬だけ話題になったジュンは今、どうしているかと言うと。
「どうだ、ジュン。 ゲキガンガーは素晴らしいだろう! 」
「いや…まあ、良いよね。 古き良き時代のアニメって感じがして…」
「そうかそうか! お前もゲキガンガーの良さが理解できるか!
んじゃ、今日は最終回まで一気に観るかぁ! 」
「まだ観るの…」
「いや〜嬉しいぞ、ジュン! ナデシコでもゲキガンガーを語れる親友が出来て〜」
「僕は嬉しくない…」
この世界のアキトが負傷してナデシコを降りた為に、ガイとゲキガンガーの被害者は
ジュンへとターゲットが変わってしまったのだった。
また、アキトと違い、ジュンはゲキガンガーには興味がないのだが人の良い性格が
災いしてか、こうしてガイに付き合うことが多くなった。
はたして、ジュンも熱血になってしまうのだろうか。
「火星の地形は…変わっていないな。 提督が戦った場所も俺の記憶と
変わりはないか。 これなら、早く仕事も終わりそうだな」
「何の仕事ですか?」
「ん? ああ、ボソンジャンプに関する事だよ」
モニターに表示される火星を見ながらつぶやくクロキの後ろから、いつの間にか立っていた
ルリが声をかける。
「ボソンジャンプに関する何かがあるんですか? 」
「ああ、誰もが喉から手が出るほど欲しい物だよ。
まあ…詳しい話は火星についてから話すよ」
「…本当ですか? 」
「ん? どうかした? 」
自分を怪しむように見つめるルリに不思議そうな顔をするクロキ。
ルリからしてみれば、ボソンジャンプの事を教えてくれると言いながら、まったく話そうと
しなかったのに、火星に着いたら話すとあっさり返答したものだから、
何かをたくらんでいるのかと考えてしまったのだろう。
「アキトさんって、何者なんですか? 」
「そうだね…しいて言えば、悪者になるかもしれないね…」
小さく笑いながら答えるクロキの顔は、どこか悲しそうな印象を受けるルリ。
それと同時に、言い知れぬ不安が体を駆け巡ったのだが、何故そうなったかは
まったく分からなかった。
徐々に火星に近づいてゆくナデシコ。
それはクロキの本当の戦いが、始まろうとしている事を示していた。
第7章
ども、KANKOです。 前の更新から時期があきましたねぇ。
仕事が執筆意欲さえも奪ってくれるので、なんとも進みにくい状況ですが
次は早く更新できるかも知れないです。
今回の話はちょっとばかし、難しかったので。
それでは、ここまで読んでいただいてありがとうございました。
次話へ続く
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