第8章

機動戦艦ナデシコ


一人時の中




第8章




「ルリちゃん、グラビティブラスト発射! 」

「了解」


ユリカの声を引き金にナデシコの主砲、グラビティブラストが火星へと放たれる。
ナデシコから直線状に放たれた光の周りでは、無数の光が輝いていた。


「艦長、これで火星に降りられますな」

「そうですね。 着陸地点の木星蜥蜴もいまの攻撃で全滅したと思いますし。
 これなら、火星の生き残りの人たちを助けられそうですね」


満足げなプロスとユリカ。
プロスとしては、このまま何事もなく仕事を完了したいと内心思っているが、ユリカの方は
さっさと地球へと帰還してアキトに会いたいという思いもある為か、その笑みは本当に
喜びに満ち溢れていた。



「いよいよ、この航海も佳境なんですねぇ。 意外と楽でしたよね」

「そうねぇ、でも最後に大ピンチになるのがこういう場合のセオリーじゃない? メグちゃん」

「怖い事言いますね、ミナトさん…」


火星に到着するまでの道中、幾度も木星蜥蜴の攻撃に晒されたナデシコであったが、誰一人死亡することなく
ここまで来た事は、ナデシコクルーに対して大きな自信になりつつあった。
もっとも、相変わらずクルーたちの問題行動は収まることはなかったのだが。


「さあ、このまま生き残りの皆さんと助けて、ちゃっちゃと地球へ帰りますよ! 」




「よぉし! おめーら、エステの整備をしっかりしておけぇ! 今まで以上に重要な作戦とも言えるんだからな!
 出て行った後で通信できませんでしたとか洒落にならねぇぞ! 」


一方、格納庫の方ではエステバリスの出撃準備に追われていた。


「おーおー、整備班のやつらも張り切ってやがるなぁ」

「ま、当然じゃない? 火星の生き残りの救出って言う今回の作戦が最後になるかもしれないしね〜」

「最後…さいご…黄泉の国へ、さ、いご〜」

「イズミ…出撃前に縁起でもねぇ事言うんじゃねぇ! 」

「はいはい、いつもの事なんだし気にしない気にしない。 第一、私たちはナデシコの護衛なんだし」

「それもきにくわねぇ。 何でクロキとヤマダの二人だけなんだ」


ナデシコの護衛としてリョーコ達3人は待機命令を言い渡されていたせいで、退屈そうに整備されている
エステバリスを眺めていた。



「よぉ、クロキ。 お前の方は本当に陸戦フレームでいいのか? 砲戦フレームの方がバッテリー容量
 は多いぞ? 」


黒く塗装されたエステバリスのコクピットで最後の調整をしているクロキに話しかけるウリバタケ。
だが、その言葉を無視するようにモニターで各部のチェックをするクロキ。


「…その為にあのバッテリーを作るように頼んだんだ。 それに移動速度の事を考えればこいつの方が良いしな」

「そりゃそうだが、いきなり実戦で使うことも無いだろうに」

「別にかまわんだろ? これでデータも取れるし生き残りも助けられる、一石二鳥だと思わないのか?」

「そりゃそうだが…そんなに都合よく事が進むかぁ? まあ、お前ぐらいじゃないと無理かもしれんが。
 んじゃ、ヤマダの方を見ておくわ」

「ああ、後、あいつの方の準備が出来たらこっちに呼んでくれ。 打ち合わせをしておきたい」



ウリバタケが去ったコクピットの中、全てのチェックを済ませたモニターには以上が無いことを示す
文字で埋め尽くされていた。 その中でクロキは瞳を閉じ静かに時が流れるのを待つこととした。


「もうすぐで終わる…」




「ゴート君、本当に彼を出撃させてもよいのかね? 」

「はい? 」


徐々に火星に降り立つナデシコのブリッジ内では、久しぶりの火星であるせいか、はしゃいでいるユリカを中心
に火星の風景に様々な感想を言い合っているクルーたち。
しかし、その横ではゴートとフクベが火星での任務を終えた後の脱出経路について相談していた。
だが、話もまとまろうとした頃、急に話題を切り替えたフクベに対して、ゴートは無表情ながらも
間抜けな声を出してしまった。


「いや…すまない。 君やプロス君がよく許可をしたと思ってね」

「どういう意味でしょう? 」


フクベの言葉が誰の事を指しているのか瞬時に気づいたゴートではあるが、彼の話にそのまま付き合うことなく
何も知らないかのように振舞う。

ナデシコ艦内でも信用できる人物の一人と言えるフクベにさえも、ゴートは警戒せざるを得ない。
彼にしてみれば、この事は個人的な事と言うよりもネルガル全体にかかわる事とも言えるからだ。


「ふむ、君がそのような態度をしていると言うことは、ネルガルにとってもクロキ君は注意すべき人物なのだろうな」

「…提督はどの程度知っているのですか? 」


フクベに探りを入れるように低い声をさらに低くし、話しかけるゴート。 
その姿は見慣れない人から見れば、老人に脅しをかけている悪党の様にも見える。


「いや、わしは何も知らんよ」

「は? 」

「ただな、彼ほどの実力を持った男が今までフリーでいたのが不思議でな…
 普通に考えれば、どこかの組織に属していたと考えるべきだろう。 だが、君たちの様子を見る限り
 ネルガルに昔からいた人間ではない。 では、何者か?とわしも疑心暗鬼なんじゃよ」

「我々と考えは一緒ですか。 まあ、クロキを観察していればその結論に達するのは当然でしょう」


フクベの言葉に納得したように大きく頷きながら話すゴート。 
元軍人でもあるフクベなのだから、クロキの訓練されたような動きに目が行くのは当然の事だった。
しかし、このところナデシコクルーの毒気に当てられすぎたのか、昔のような緊張感が若干抜けている
ゴートはフクベに言われるまで気づかなかったのは油断のし過ぎといえるかもしれない。


「ゴート君、人間は死ぬまで勉強を怠ってはならんよ? 特に君のような立場の人間は」

「肝に銘じておきます…」


まるで教え子に教えるようなフクベの態度にゴートは素直に頷くしかなかった。
こうして、フクベの人生経験を交えながらの作戦会議は火星に到着してからも続いたのだった。





「え〜と、それじゃあ、クロキさんとヤマダさんは別行動で良いんですか? 」

『ああ、その方がいいだろう。 蜥蜴共に占領されていないコロニーはまだいくつかあるからな。
 それに敵の攻撃を受けた時の事を考えれば、都合がいいだろう』

「は〜い、それじゃそ言うことでヤマダさんもよろしいですか? 」

『んん? 別にかまわねぇよ。 今回は俺の活躍がメインじゃないしな』

「それじゃ、いってらっしゃ〜い』

「ユリカ、ピクニックじゃないんだから…」


まるで、この作戦の重要性を理解してないような明るさで二人を送り出すユリカをたしなめようとするジュン。
だが、それも無意味かもしれない。 ミスマル・ユリカとはこういう女性だと言うことをよく理解しているのは、
ジュンだからだ。




「やれやれ…何処に行ってもユリカはユリカか」

元気よく送り出されたクロキは、自嘲気味呟きながら黒く染まったエステバリスを荒れ果てた大地へと走らせる。
彼の本当の目的を成功させる為に。
彼が以前いた世界では、この時ユートピアコロニーへと向かったが今のクロキはそこに向かうことをしなかった。
只ひたすら、エステバリスを走らせる。
まるで、ナデシコから逃げるようにひたすら真っ直ぐに。

この間、彼の脳裏にはナデシコで過ごした思い出が蘇っていた。 何も分からずにユリカに会う為だけに
ナデシコに乗り込み、何も分からず流されるままに火星まで来てしまったこと。
そこでおこった様々な出来事。

悲しい事もあり嬉しい事もあったナデシコでの思い出。
しかし、今の彼には関係のない事。 今この世界で行おうとしている事は自己満足に過ぎないことも分かっている。
だが、自分の世界で起こったあの悲惨な出来事を繰り返さない。 只その為だけに今の自分は生かされたのだと考えていた。
そうでなければ、彼自身、この世界にいる事への説明が付かなかった。


「ルリちゃんには結局ボソンジャンプの事は話せなかったな…まあ、イネスさんが説明する、か? 
 …しかし俺の事と言い、ボソンジャンプには分からない事だらけだな」


走行中の中、クロキは自分の知っているルリとは少し違う彼女のことを思い出した。
その瞳は何か、悲しそうでもあり哀れんでもいる様でもあった。

この後、ナデシコクルーに新たな悩みの種が増えることを止める手立てが無いクロキは、
その事をほんの少しばかり心を痛めると、瞼を閉じ意識を集中し始めた。
直後、黒いエステバリスは光に包まれ消えていった。









「しっかし、クロキのやつ、何でこのコロニーに向かえって言ったんだ? ここは一番可能性の低いところの
 筈なのに? 本当に変わっているな、あいつ」

その頃、ナデシコで最も言われたくない人物に酷評されていた。
彼の本来の仕事である木星蜥蜴を撃破するという事では無い為か、先程から愚痴をこぼしながら
クロキに指示された場所へと向かっていた。


「…このコロニー周辺には地下施設が豊富だから、生き残りがそこにいる可能性があり?
 何でこんなこと知っているんだ? つーか、自分で行けって言うんだよ!
 俺がいなかったらナデシコはどうなると思って…どぅわぁぁぁぁぁ!! 」」


蛇行しながら、目的のコロニーへと進んでいたヤマダの砲戦フレームに換装されたエステバリスは
ヤマダの間抜けな声を響かせながら、突如崩れ落ちた地面へと転がり落ちていった。


『ばかねぇ…こんな地盤が悪い場所をこんな重装備で来るなんて。 何を考えているのかしら? 』


ヤマダの意識が途切れる寸前、外から聞こえた女性の声がモニターを通じて拾うことが出来たのだが、
彼は聞き取ることも理解することもなく深い眠りに付いた。





「艦長〜クロキさんに続いてヤマダさんのエステバリスの反応も消えました」

「え〜ヤマダさんも? やっぱり無理だったのかなぁ…エステだけで生き残りを捜索なんて」


メグミの報告を受けたユリカは言葉の割には、さほど驚いた様子を見せずに
レーダーに映し出されたヤマダが消えたポイントを見つめている。
他のクルー達もヤマダのエステが消えた事にはさほど驚いてはいない様子だ。
クロキのエステバリスの反応が完全に消え去った時は驚きを隠せなかったが、ヤマダの方は致し方ないと言った
酷い言われ様だった。

格納庫で待機しているリョーコたちに至っては、自分たちを出撃させればこんな事にはならなかったと文句を垂れ流し、
その横ではウリバタケがクロキのエステに積んだバッテリーの安否を気にしている様だ。

唯一、二人の安否をまともに気にかけているのは、フクベ提督、ミナト、ジュンと言ったナデシコを代表する
常識人だけであった。
ゴートとプロスも表面上は二人の安否を気にかけてはいるが、彼らの興味はクロキだった。
普通は木星蜥蜴に撃破されたと考えるのだが、クロキを信用していない二人、ネルガルにとっては
反応が消えた事が木星蜥蜴の仕業か、クロキ自ら起こしたことが判断が付かなかったからだ。

プロスの心境としては、このままクロキが消えた地点までナデシコで向かうべきだと考えるのだが、
そこに木星蜥蜴が待ち構えているかもしれないと考えると、ユリカに提案できないでいた。
もちろん、ヤマダに対しても理由はともかく結論は一緒であった。


「ルリちゃん、ヤマダさんの反応は完全に消えたの? 」

「いいえ、クロキさんの時と違って反応が微弱になって消えました。 おそらくは地下にいるかもしれません」


淡々と話すルリ。 しかし、その無表情とは裏腹にオモイカネと協力して必死にクロキの行方を追っていた。
他の者と違い、ルリはクロキのエステの反応が忽然と消えたことを知っている。
しかし、何故今なのか? 自分にボソンジャンプの秘密を教えてくれずに消えたことに憤慨していた。
だが、それだけではない何かが彼女を突き動かしている事には彼女は気づいていなかった。


「ねえジュン君、このままナデシコでヤマダさんのところまで行ってみようか? クロキさんの消えた
 ところより近いし」

「そうだね…でも、ナデシコで行くよりも先行でリョーコさんたちの誰かに見てきてもらったほうが良いんじゃないのかな?
 もし、木星蜥蜴が潜んでいたりしたら不味いと思うしね」

「なるほどねぇ…ジュン君はうら若き乙女の命よりもナデシコの方が大事なのねぇ…艦長もよぉく考えて男は
 選んだ方がいいわよぉ」

「な、何言っているんですか、ミナトさん! 僕はそんなつもりで言ったわけじゃなくて、少しでも被害が少ない方が…」


ジュンの言っている事は軍人としては間違ってはいないのだが、民間人が多数乗船しているナデシコでは
反感は必死だろう。 もっとも軍人らしい事を言っておきながら、最も軍人らしくないジュンの性格を知っているクルー
にとっては、良い暇つぶしになるのだが。


「大丈夫ですよ、ミナトさん。 ジュン君は基本的に口ばっかりなんですから、そんな酷い事は言いませんよ」

「ユリカ…それって…」

「艦長って、アキト君以外には何気なくきつい事を言うわねぇ」


ユリカにとって、ジュンは大事な友達だと言うことは皆にも知られているが、ジュンのユリカのへの気持ちは
彼の行動や言動からクルーの面々は重々承知している。
しかし、その想いを知らぬユリカの言動は、クルーたちにジュンへの同情を誘う事もしばしばある。
もっとも、同情を誘うのはそのときだけ。
殆どの意見は、もっと強気で行けと言うことなので、この件もすぐに忘れられてしまうだろう。


「ルリちゃん、どうしたの? 難しい顔しちゃって」

「あ、メグミさん。 ちょっといいですか? 」

「何かあったの? 」 

「敵襲です」

「へ? 」


ルリの答えと同時に、襲撃を知らせる警告音がナデシコ艦内に鳴り響く。
火星の生き残りの捜索も終了していないまま、ナデシコは再び戦火の中へと身を投じる事となった。







「何故だ…何故、ここに無いんだ!! 」


その頃、クロキは何もない広大な火星の大地に立ち尽くしていた。
その顔には、怒り、悲しみ、絶望、あらゆる負の感情がにじみ出ていた。


「まさか…遺跡の場所が変わっているなんて…何故だ、火星の地形は俺の世界の火星と変わっていなかった筈なのに…」


その姿は、ナデシコで見せていたクロキとは別人と言って良いほど落胆している。
彼のこの世界での生きる目的でもあった遺跡が存在しなかったのだ。
もちろん、遺跡をどうこうしたからといって、この戦争が終結するわけではない。

彼の目的は、自分と同じ人間を二度と出さないこと。 只、それだけだったが彼には十分すぎる理由であった。



「馬鹿だな、俺は…この世界は似ているようで違うと言うことは、ナデシコで分かっていた筈なのに…」


まるで、自分がしてきたことをあざ笑うかのように、笑いながら地面に座り込むクロキ。

意味が無かった。

この言葉がこれほど今のクロキに当てはまる事も無い。
人とは何をか目標に掲げている時に、もっとも力を出すものだ。
しかし、その目標に力を注げ注ぐほど、失敗したときの落胆は大きいものだ。

クロキの場合、自分が生かされた理由はこの為だったと思い込んでいた。
いや、思い込もうとしていたと表現するのが適切かもしれない。


「俺は何の為に…生きているんだ…何故死ななかったんだ。 あの時…」


今のクロキ、いやテンカワ・アキトは文字通り生きる屍と化してしまった。
全てが終わってしまったかのように、空を見つめるクロキ。
この世界での彼が出来ることは終わってしまったのだろうか。

何もせずに空を見つめ続けるその時、大きな爆発音がクロキの耳に届いた。
音の大きさからして、かなりの距離ではあるがその爆発音が聞こえた方向には煙が立ち昇っている事も
クロキには確認できた。


「あの方向はナデシコか…イネスさんを助け出していれば問題は無いだろうな…俺がいなくても」


すでにナデシコにも興味がなくなっているのか、まったく動こうとしないクロキ。
彼にとって、この世界のナデシコは彼の知っているナデシコではないからなのだろうか…


「まてよ…俺の時は確かフクベ提督が戦艦に乗ってナデシコを助けたはず…」


自分の時との違う状況に気づいたクロキは、弾けた様にエステバリスに向かってゆく。
そして、エステバリスに記録された火星の状況を確認する。
だが、彼が確認するまでも無いことだった。 この世界はクロキの知っている世界とは似ているのであって、
まったく違う世界なのだから。


「あるはずが無いか…チューリップに入った戦艦はこの世界ではまだ無いはずだしな…」
 

画面を見つめるクロキの顔には徐々にではあるが、生気が戻りつつあった。


「いいだろう…こうなればとことんやってやる。 この世界で同じことを繰り返させてたまるか! 」


彼の考えを受け取ったかのように、エステバリスはけたたましい音を上げながらナデシコへと向かってゆく。
この行動が自分にとって、この世界にとって良いのかは彼には答えが出せない。

しかし、彼は選んだ。
戦い続けると言うことを。


第8章


あ、はっぴぃにゅういや〜。
お久しぶりの更新です。 忙しいと言うことを理由に半年近くも放置してしまって申し訳ありません。

これからは、もう少しペース配分を考えつつ執筆していきたいと思っています。

さて、久しぶりの「一人時の中」ですけど、実は今回で最終回にすることも可能なんですよね。
なんせ、アキトの目標は遺跡なんですから。 

でも、ここで最終回は面白くないですよね? まあ、この話の全体像を考えてから
今回で最終回に出来ると言うことに気づいたわけなんですが。

何にしても、これからが本番でございます。


それではここまで読んでいただいてありがとうございました。


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