第6章

機動戦艦ナデシコ


一人時の中




第6章




過去。 
この世界は確かに、ナデシコに初めて乗船した頃の世界と、全くと言って良いほど同じだ。
だが、一つだけ違う事がある。

俺が過ごした世界とは違うと言う事だ。 
それが、俺が存在する故なのかはわからない。
だが、これだけは言える。 

二度と同じ過ちは繰り返さないという事を。
あんな未来を繰り返してたまるか!





「ゴートさん、コロニーで補充したパイロットはどうなんですか?
 ヤマダさんよりは頼りになりますか? 」

「クロキが言うには問題無いらしい。 実力に関してはな…」

「そうですか、これで一安心ですね。 いつまでもクロキさんばかりに頼っているわけにも行けませんし、
 これで安心して進めますよね」


宇宙を漂うナデシコ。 現在はある場所を目指して航行中なのだが、3日前に立ち寄ったコロニーで
補充したエステバリスのパイロットの訓練の為に、一時的に停止をしていた。
しかし、プロスが直々に探してきたのだから、そのパイロット達の実力が不足していると言う事は、まずない。
3人のパイロットを受け入れた際も木星蜥蜴の襲撃があったのだが、3人の活躍により
コロニーが破壊される事は無かったのだから、むしろ不足と言うのは贅沢と言えるかもしれない。

だが、この結果を見たクロキは艦長のユリカに3人の訓練と一人の訓練を
再度行ないたいと強く希望していた為に、停止する事となった。


「ちょっとちょっと、実力に関しては問題無いってどう言う意味? 」

ユリカの質問に簡単に答えたゴートの言葉に疑問を感じたミナトが、ユリカに聞こえない様に
ゴートの側まで近づいて小声で話しかける。
ユリカ以外のブリッジのクルーは、まだ3人とはそれほど話していないのだから
ミナト以外の面々も彼女と同意見と言ったようで、二人の様子を見つめている。


「いや、性格のほうで若干問題ありと言った所らしい…」

「やっぱりぃ…まあ、あの挨拶は普通じゃないとは思っていたけど…本当に大丈夫?
 前の戦闘は上手くいった様だけど? 」


「クロキが言うには、ヤマダを含めた陣形で様々な事態に対応できる様にしておきたいそうだ」
 
「こんな短時間で大丈夫なわけ? 」

「一応プロだからな。 人格に問題があっても仕事に支障が出なければ問題は無いだろう」

「なるほど」


ゴートの言葉に納得したミナトは、ある人物へ視線を移す。
その人物を仕事中だけとは言え、何とか修正できたクロキの力ならば、何とかなるかもしれない。


「クロキ君って、教育係も兼任しているみたいねぇ…」


ミナトのこの一言が今のクロキの状況を表していると言っても過言ではないかもしれない。







「くそっ! なんで俺たちが束になっても勝てねぇんだよ!! 」

「まあまあ、落ちつきなよ、リョーコ。 私たちが勝ち越しているんだから、別に怒る事は無いでしょ? 」


ナデシコの一室から出てきたショートカットの女性が怒りに任せて、壁を殴る。
その様子からは、かなり頭に来ている様だが、後からついてくるメガネをかけた女性は
ショートカットの女性の怒りを特に気にする事無く、のんびりとした口調で話しかけている。


「怒る事はあっても、おごる事は無かれ〜昼食は〜」


その二人の後からは、髪の長い女性が何故かウクレレを弾きながら後についてきていた。


「何で、4対1で負けるんだよぉ…」

「いや…それでも、6勝4敗だから気にする事は無いだろう? 」


3人の女性の後から続く様に文句を言いながら出てくる男と、冷静に反論する二人の男の姿があった。


「ヤマダ、お前やリョーコちゃんたちはエステに乗って、まださほど経ってないだろう?
 俺はナデシコが完成する前からテストパイロットとして乗りこんでいた…それだけの差だ」


「くそぉ…何時になったら、クロキに勝てるんだ…」

全身から力が抜けたように、大きなため息をつくヤマダに対し、クロキは元気付ける様に
肩を軽く叩いて、その場を後にした。



先程までクロキは、ヤマダ達とシミュレーションで訓練をしていたのだが、どうやらヤマダたちは戦績に
まったく満足していない様だ。

もし、同じ条件で戦っていたのならば、そこまで文句は言わないだろう、ヤマダ以外は。
しかし、クロキはリョーコ達4人と一人で戦い、勝利を収めたのだ。
この結果は、パイロットとしてナデシコに乗りこんだ4人を多いに落胆させるものだった。

だが、クロキが全勝していると言うわけではなく、むしろ4人の勝ち星が多いのだが、
その勝ち星も運良く勝ち取った気がしてならなかったのが、不満を大きくさせている原因のひとつでもあった。





「あ、クロキさん。 訓練の方はどうでしたか? 」

「悪くは無いな。 この調子なら俺が出撃する必要もなくなるだろうね」


自室へ戻ろうと歩いていたクロキに気付いた青年、アオイ・ジュンが話しかけてきた。
あの事件、テンカワ・アキトが負傷した際に彼自身の申し出もあり、ナデシコのクルーとなり勤務していた。
クロキ自身、ジュンを予備のエステバリスのパイロットして教育しようと考えたのだが、
プロスやゴートが彼にはユリカのサポートして欲しいと言ってきた為、渋々ではあったがその通りにする事にした。

だが、その意見はクロキが本来の仕事以外にも、ユリカなどのクルーの面倒を見ている姿があまりにも
不憫と言うか、気の毒でならなかったからと言う理由からとは、クロキが気付く事は無かった。


「それって、凄く不安なんですけど…」

「大丈夫だろ。 性格には若干問題があるだろうけど、戦闘に関して言えば問題は無いさ」


そう言うと、クロキは笑みをこぼす。 今のクロキはナデシコに乗った当初と比べると、笑顔を浮かべる事が多くなった。
本人そんな事は全くは意識はしていない。
いや、むしろいつも通り冷たい印象を与えるような行動をしているつもりだったのだが、
クロキ、テンカワ・アキトの本来の性格なのか、何か問題があれば親身になっていた。
もし、この姿をクロキを知っている人物、未来の仲間達が彼の姿を見たならば、きっと喜んだだろう。

だが、この世界は彼のいた世界とは違う。 しかし、彼の胸の置くに秘めた優しさはこの世界の者たちにも
理解されつつあった。


「そういえば、フクベ提督が何処にいるか知っていますか? 」

「どうかしたか? 」

「いえ、コミュニケで呼びかけても答えてくれないので、何処に行ったのかと」


そこまで聞いたクロキは、フクベの居場所に心当たりがあるのか、ジュンを無言で手招きしながら奥へと進んでいった。
クロキの無言で手招きするその姿に、何時ものクロキらしくないと思ったジュンは
内心、笑いがこみ上げてきていたのだが、彼の真面目な性格も手伝い、何とか笑いを我慢しながら
後へと続いた。
この時ジュンに見せたクロキの姿はオモイカネに記録され、後にナデシコクルーの話のネタになったのは言うまでも無い。



「クロキさんの部屋ですか? 」

「ん、まあ、ここにいる可能性が一番だからな」


そう言いながら、扉を開けたクロキの後からジュンも続くが、部屋の中を確認した途端に、その顔は驚きで
凍りついた。 いや、凍りついたと言う表現は適切ではないかもしれない。
驚きで固まっていると言うべきかも知れない。


「やっぱりここにいたんですね、提督、ルリちゃん」

「おお、クロキ君か、どうかしたかね? 」

「どうも、お邪魔しています、アキトさん」


驚いているジュンを尻目に、クロキは二人が自分の部屋にいるという事を特に驚く事も無く、話しかける。
二人がクロキの部屋に入り浸るようになったのは、つい最近の事だったが、それには理由があった。


「クロキさん、凄い本の量ですね…全部クロキさんのですか? 」

「ああ、データディスクでも構わないんだがな。 やっぱり、こういう物は本の方が良くてね」


そう言いながら、本棚にあった本を手に取るクロキ。
その本は歴史を記した本のようだ。
ジュンが本棚に並んでいる本を良く見ると、その殆どの本が歴史に関する本だった。

「これ、全部、歴史の本ですね。 好きなんですか? 」

「まあ、世界の色々な事が分かるからな」


感心したと同時に尊敬の眼差しで自分を見つめるジュンに照れ隠しの為か、台所に向かうクロキ。
自分が知っているジュンとは違うとは言え、自分がまさか、ジュンから尊敬されるとは思っても
いなかったからだが、クロキにとってはこの膨大な量の本はこの世界の事を知る為の
手段だったのだが、何時の間にか本と読むと言うよりは、集める事が趣味になりつつあるクロキであった。


「クロキ君、ワシは緑茶を頼む」

「あ、私はオレンジジュースでお願いします。 いつもの果汁100%で」

「いつもの? 提督もルリちゃんも何時もここに来ているの? 」


二人の言葉に、少し唖然とした表情を見せるジュン。 考えてみれば、この二人を業務以外で
艦内で見かけた事は殆どなかったのだが、その謎はここで解消されたのだが、同時にちょっとした疑問があった。


「あの、二人は何でクロキさんの部屋にいるんですか? 」

「いやなに、ナデシコは若い連中が殆どでな。 ワシのような年寄りには少し騒がしくてな」

「確かに静かですから。 ここって」


二人の答えに何となくではあるが、納得したジュンであった。
そして彼も、この部屋の本を利用するようになったりした。
この後、この話を聞き付けたナデシコクルーの中では、数少ない常識人たちが集まる憩いの場になってしまう事となった。

もちろん、クロキにとっては迷惑であったが、ルリと提督が居座っている時点で既に諦めている彼は
特に何も言う事無く部屋を開放したのであった。






「ゴートさん、お一人ですか? ご苦労さまです」

「おや、珍しいですね。 誰もいない時に貴方がここに来るとは」


ナデシコのブリッジで一人留守番状態のゴートに話しかけてきたのは、プロスペクターであった。
彼はナデシコの雑務をほぼ一人でこなしているのだから、のんびり出来る時間は
殆ど無かったはずだ。 だが、ここ最近はクロキがナデシコの風紀を取り締まっている所がある為、
こうして息抜きの散歩がてらにブリッジに来たのであった。


「たまには、散歩なども良いと思いましてね。 まあ、戦艦の中ではたかが知れておりますが」

「クロキのおかげと言うやつですか? 」

「確かに…人は見かけに寄らないといいますが…クロキさんは特別ですな」

「そうですね。 しかし、分からない事が多々あります」


何時も難しい顔をしているゴートは、この時、さらに難しい顔をして見せた。
特に怒っているわけではないのだが、何も知らない人が今のゴートの顔を見たならば、
激しい怒りを抱いているものと勘違いしてしまうことだろう。


「例えば…新型機のエステバリスへの適性とかですか? 」

「ええ、ナデシコに配備されるまで秘密になっていたあの機体をクロキは、いとも簡単に
 いや、まるで昔から乗っていたかのような動きでした」

「それについては私の方でも調べてみましたが、怪しい経歴は見当たらなかったのですが…
 逆にそれが怪しすぎますが」

「彼のあの行動が我々を油断させる為に行なっているかもしれません。
 私の方でもさらに警戒しておきます」

「頼みますよ、ゴートさん。 今、クロキさんに信頼されているのはゴートさんと…ルリさん…ですかね? 」

「そう言えば…彼女はクロキになついている様にも見えますね」


ナデシコクルーの信頼を得ているクロキであったが、ネルガルに来た当初から彼の事を知っている
ゴートとプロスにとっては、今だ油断できない相手だと言う事だ。
だが、彼がクロキの未来からやってきたテンカワ・アキト、彼の目的を知る事が出来るのであろうか。







「俺の時と違って火星へ向かう時間が早いな。 この調子なら、早く終わりそうだな…」
 

誰もいなくなった自室にて、クロキは一人後片付けをしながら呟いていた。 最初はルリやミナトが
食器は洗うと言っていたのだが、客に片付けを刺せるわけににはいかないと一人で行なっていた。
本音としては一人になる時間が欲しかったと言う事だろうが、最近のクロキはこうして片付をしている時が
もっとも落ちつく時間だった。

だが、落ちつくと言う事は余計な事も考えてしまうと言う事かもしれない。
クロキ自身テンカワの名を捨てて生きているが、この世界のクルー達は
彼が知っているナデシコの仲間達とは大きな違いは無かった。


「忘れられるはずも無いか…」

洗い終わった食器の水気をふき取りながら呟くクロキ。 
彼らと接すれば接する程、昔の事を思い出してしまう。 そう、昔の頃の自分に戻れるかもしれないと…


「くそっ! 何を考えているんだ、俺は! 」


自分の想いにいらつきを隠せないクロキは、その怒りをごまかすかの様に手に取っていた皿を叩き割る。


「思い出せ…ナデシコに乗ったのは、あの未来をここでも繰り返させない為だ…」


深呼吸をしながら、自分で割ってしまった皿を片付けるクロキ。
彼の決意は揺るぎ無い物だったはずだ。 しかし、この世界のナデシコに乗る事によって、その決意は
徐々にではあるが揺るぎはじめていた。 
彼の奥底では、求めていたのだろう。 昔のような生活を。 







「さて…クロキの注文通りに完成したが、テストはどうすっかねぇ」


地球時間では深夜に指しかかった頃、格納庫ではウリバタケがエステバリスのバッテリーパックの前で
腕組みをしながら、何やら考え事をしていた。
このバッテリー、普段装備されているバッテリーよりは一回りほど大きくしたものだった。


「どうやら、完成した様だな」

「ぬわっ! クロキ!? おめー何時からそこにいたんだ!? おどかすんじゃねぇ! 」

「ああ、すまない。 ちょっと眠れなくてな。 で、まともに動くのか? 」


ウリバタケの反応を特に気にする事無く、完成したばかりのバッテリーの方へと目を向ける。
彼が整備員と一緒にとは言え、ほぼ個人制作で仕上げたバッテリーではあったが、外見を見る限りでは
エステバリスの純正パーツと思える仕上げになっていた。


「おいおい、クロキィ。 この俺を誰だと思っているんだ? この俺の手に掛かれば、この程度の改造何ざ、へでもねぇよ」

「だが、テストがどうとか言っていたじゃないか?」

「いや、それはだな、どんなものにしてもそうだが、テストをしなくちゃ意味がねえんだよ。
 事故が起こらない様に万全の体制で制作はした。 だが、事故って言うのは予想外のもんだからな。
 いくら何でも、実戦でいきなり使う事はしねぇよ」

「じゃあ、今からテストしてみるか? 俺のエステに取り付けて? 」


クロキの言葉にバッテリーとクロキを見比べながら、しばし考え込む。
エステバリスの操縦技術は、今の所クロキがトップである事を考えると、さほど悩む必要は無い筈なのだが
珍しく何かに迷っている様だ。


「いや、やっぱり止めておこう。 お前の腕の信用していないというわけじゃなくてな、このだだっ広い
 宇宙空間でテストするっつーのはどうにもなぁ…近くに宇宙ステーションがあれば、話は別なんだがな」

「事故の事を考えると、地上の方が良いか…」

「そうだな、今は戦闘中とも言えるしな」

「じゃあ、火星に到着してからだな。 陸戦フレーム辺りだったら、何かあっても問題無いだろう」

「おう。 それまでには、さらに万全の体制にしといてやるよ」

「そうだな。 よろしく頼む。 それじゃ、俺は部屋に戻るよ」


結論が出たクロキは、足早に格納庫を出てゆく。 その姿を見つめるウリバタケも眠そうにあくびをしながら
彼が制作したバッテリーは格納庫の隅にそのまま放置されたままだった。
クロキは何故このバッテリーの制作を依頼したのは何故か? 
彼の目的と関係があるのだろうか、それは誰にも分からない。



「アキトさん、何であんな物を頼んだんだろ? 」

その二人のやり取りをオモイカネを通じて見ていた一人の少女がいた。
ホシノ・ルリ、クロキと仲が良いと言われる人物の一人。

彼女がクロキに興味を持ったのは最初の出会いの時からであったが、それ以降、中々ボソンジャンプの事を
説明してくれなかった彼に対して苛立ちを覚えた結果、こうして監視をしていたのだ。
もっとも、世間的にはストーカーとも呼べなくも無いのはルリ自身、重々承知している。
だからと言うわけではないが、常に監視をしていると言うわけではなく、気付いた時などに行なっていると言う次第だ。


「アキトさんって、何が目的でナデシコに乗りこんだんだろう? お金の為じゃなさそうだし…」


クロキが映し出されたモニターを消し、ベットに寝転ぶルリ。
彼女自身、周りの者からクロキとが仲が良いとは言われるが、本人はそんなに意識していない。
むしろ、クロキの事を特別に意識しているわけではない。
只、ボソンジャンプの事に興味があるからクロキにくっ付いていると言った次第だ。
もっとも、クロキに強く口止めをされていたので、そんな事は言えないのだが。


「プロスさんとゴートさんの会話を見る限り…何か目的があると思うけど…まっ、私には関係無いか」


ブリッジでのプロス達の会話を覗き見していたルリは、クロキがネルガルからさほど信頼されていないのは
理解していた。


「もしかして、ボソンジャンプと関係があるのかな? 」


その疑問が少なからず当たっていたのだが、彼女がそれを知る事になるのは無いかもしれない。







「はいはい、あんた達! 早くしないと朝食の準備に間に合わないよ! 」


その次の朝、宇宙と言う世界には昼夜は存在しないのだがナデシコ艦内にある時計は既に朝5時を過ぎていた頃、
厨房ではホウメイの大きな声が響いていた。
テンカワ・アキトがナデシコから降りて以来、毎朝こんな感じである。
一人しかいなかった男手がいなくなったのだから仕方ないと言えば仕方ないのだろうが。
10人にも満たない人数で、調理だけでなく出前なども担当するのだからいささか無謀と言うか、効率が悪いと言うべきかもしれない。


「全く…プロスさんももう少し考えて欲しかったねぇ」


愚痴をこぼしながら、中華鍋を片手に料理を進めるホウメイ。 ホウメイの判断でバイキング形式の
料理は準備しておらず、朝食は基本的に用意されたセットメニューの中から選ぶ事になっていたのだが、
それを差し引いても、作る量が半端ではない。 
まわりのホウメイガールズの面々も無言と言うか必死の形相で料理と格闘していた。



「おはよう、ホウメイさん」

「おんや、クロキかい。 今日も早いねぇ。 料理は何時ものテーブルに置いてあるから、好きにやっとくれ」


クロキを確認にするや否、食堂のテーブルをお玉片手に指をさすと、そのまま厨房へと向かっていった。
毎朝、ほぼ一番乗りで食堂にやって来るクロキにとっては何時もの光景である為、さほど気にせずに
自分の料理が置いてあるテーブルへと向かった。

食堂の一番奥のテーブルがクロキのお気に入りのスペースだ。
ここだと賑やかになった食堂でも、それほど五月蝿くないのが、今のクロキにとってはありがたかったからだ。
そして、雑誌を読むと言うわけでもなく、厨房の慌しさを眺めながら早めの朝食を取るのが日課になっていた。
クロキの食事は、お粥と味噌汁と焼き魚と言った定番と言えば定番の朝食だ。

もっとも、味覚の殆どが機能しないクロキはホウメイに頼んで、殆ど味付けはしてもらっていない。
最初は特に気にする事も無かったホウメイだったが、何となく理由を聞いてみた彼女は
クロキの答えを聞いて以来、彼の言う通り味付けは殆ど付けずに、そのままで出す様にしていた。

味覚が無いという事がどれほど苦しくきついものかは、体験した者にしか分かる事は無いだろう。
味覚が無くなった者が言うには、プラスチックを食べている様だという事だ。
今のクロキも恐らくそうなのだろう。


「ごちそうさま。 ホウメイさん、何時も大変だな」

「まあ、テンカワがいなくなったから仕方ないね。 それに、私らの仕事はこれなんだから、文句は言わないさ」

「俺が手伝おうか? 」

「へ? 」


クロキの申し出に、つい間抜けな声を上げるホウメイ。 周りのホウメイガールズは
厨房の慌しさに気付かなかったが、今の彼女の顔を見たら、クロキの言葉がどれほど彼女に衝撃を与えたかは
容易に想像がつくだろう。


「あんた、料理が出来たのかい? あ、でも、味覚の方はどうするのさ? 」

厨房の慌しさで周りの声が良く聞こえないとは言え、ホウメイはつい声を小さくして話しかける。


「味付けはホウメイさんたちに任せるよ。 だが、料理の下ごしらえぐらいは俺でも出来るさ」

「でもねぇ…あんたは忙しいし…これ以上仕事を増やすのもねぇ」

「まあ、無理にとは言わないが」

「すまないね、あんたの行為は嬉しいけど、これ以上あんたに迷惑はかけれないよ」

「ああ、じゃあ、俺はこれで」


クロキの今の状況を考えると、彼にこれ以上負担を増やすわけには行かないホウメイの言葉に素直に
従うクロキ。 若干、残念そうにしているのは心の中だけであった。


後日、戦闘が無い日には厨房に立つクロキの姿があったのだが、それがホウメイの意思かクロキの意思かは
誰も分からなかった。
徐々にではあるが、クロキの心境は変わっている様だ。 
もっとも、それが彼にとっては良い事なのかは、まだ分かる事は無い・・・・


第6章・完



どうも、KANKOです。 何やら久し振りの「一人時の中」でした。
いやはや、仕事が忙しくなると、こんなに時間が取れなくなるとは思ってもいませんでした。

とりあえず、宣告しておきます。


今年中に連載が終わるのは、100%無理!!


以上です。

では、ここまで読んで頂いてありがとうございました。

次話へ続く

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