第5章
機動戦艦ナデシコ
一人時の中
第5章
「すいません! 僕のせいでテンカワ君に怪我をさせてしまって! 」
ナデシコの艦内にある医務室の前で、アオイ・ジュンが土下座をしてその場にいる面々に謝っていた。
「君がそこまで気にする必要は無い、パイロットして前線に立てば
こうなる事は覚悟しておかねばいかんからな」
「うわ〜ん、アキトォ〜〜〜死んじゃ駄目〜〜」
「艦長、そんなに泣かないでくだい、アキトさんはきっと助かりますから、ね? ゴートさんも艦長の前で
そんな事言わないで下さい。 無神経過ぎます! 」
何時もの冷静な面持ちでジュンに言葉をかけるゴート。
彼にしてみれば、当然の事を言っただけの事ではあるのだが、ナデシコクルーの殆どが一般市民だった為か
ゴートの言葉に反発している様だ。
艦長を懸命に慰めようとするメグミも、この時ばかりは声を荒げている。
この時、テンカワと面識のある殆どの者が医務室に集まってきた為、ゴート一人一人だけ、鋭い視線の
集中砲火にさらされていた。
「ゴートさんよぉ・・・・おめーの言いたい気持ちもわかるけどよ、もう少し言葉を選んだ方が良いぜ?
口で何度も言っても、理解できる事と出来ない事の一つは二つはあるだろうが? 」
「・・・・すまない、言葉が過ぎた様だ」
隣にいたウリバタケに言われとどめを刺されたのか、素直に頭を下げるゴート。
冷静沈着なゴートは、あまり失敗しない為に謝る姿など滅多に見せる事は無い。
だが、その珍しいゴートの姿にもテンカワの容態の方が気になるクルーの面々は、あまり気にする事はなく
手術が終わるのを待つばかりだった。
「そういやクロキはどうしたんだい? ヤマダ、あんた知らないかい? 」
「いや見てないぜ。 格納庫でテンカワのエステをずっと見ていたけど、それからは・・・見てねぇなぁ」
医務室の前で集まっている面子の中に、クロキの姿がいない事に気付いたホウメイは、ヤマダの方も
彼の行き先はわからない様だった。
ホウメイは、その場にいる者達にもクロキの行方を聞いてみるが、誰もわからない様だ。
「そう言えば見ないわねぇ、クロキ君って、何か問題があると凄く面倒見が良いのに
今日に限っては珍しいわね? 仕事でもしているのかしら? 」
「私もそう思います。 ミナトさんの言う通り、優しい所はあると思いますけど
基本的にクロキさんは冷たいと言うか、何処か冷めたような印象を受けますよ・・・・って、あぁ、艦長、鼻水出てます」
ホウメイ以外の面々は、仕事をやっているのだろうという事で納得している様だが彼女の方は
どうやら納得していない様だ。
彼女も、クロキが意外と優しいのは良く理解している。 だが、テンカワに対しては特に優しいと思っている。
クロキのテンカワに接する姿は、はためにはかなり厳しく見えるのだが、クロキの言葉を
よく聞いてみるとテンカワを罵倒するような言葉は一つもなく、きつい言い方ではあるにしろ、
アドバイスをしていた。
その姿は兄が弟に言い聞かせている様にも感じていたホウメイは、
面倒を見ているテンカワの一大事にクロキがいない事を不審がっていた。
「あんなに気にしていたのに、何やってるんだか・・・」
そう言いながらクロキの事が気になっていたホウメイだが、今はテンカワの方が気になるのか
その場を離れる事は無かった。
そして、それから一時間を過ぎようとした頃、この場にいない人物がやっとで姿をみせた。
「どうやら、手術はまだ終わっていない様だな」
「クロキ、何処にいっていたんだ? ん? ミスターも一緒だったんですか? 」
「いやいや、申し訳ありませんねぇ、クロキさんがどうしても一緒にというので」
クロキだけかと思っていたクルー達は、プロスもいない事にたった今気付くのだが
それよりも二人の何時もの様子に気を悪くしている様だ。
「ちょっと、二人とも! 今どう言う状況かわかっているの!? アキト君が生きるか死ぬかの瀬戸際なのよ。
それをよくもまぁ・・・・そんなに普通にしているわね! 」
ミナトがクルーの心境を代弁する様に、怒りの言葉を二人にぶつける。
場の雰囲気を察したプロスはしきりに謝るのだが、クロキの方は謝るどころか医務室の方を見るばかりだった。
「ちょっとクロキ君、貴方は何とも思わないの? 」
「医者から死ぬ事は無いとか聞いていたからな、もしかして・・・・知らんのか? 」
「へ? じゃあ・・・・こんなに時間が掛かっているのは? 」
「命に別状が無いとは言え、重症には変わらんからしかたがないと思うが?
しかし、俺はルリちゃんに言っておいた筈なんだが、誰も聞いていないのか? 」
「あれ? そう言えば、ルリルリは何処に言ったのかしら? 」
この場にいなかったクロキの口から、テンカワの状態が聞かされた事にクルー達は唖然としているが
ルリがこの場にいない事に気付いた黒木達は周囲を見まわすが、何処にも見当たらなかった。
「あらら・・・・ルリルリ、ブリッジにでもいるのかしら? やっぱり、人と接する機会を
もっと増やさないと駄目ねぇ・・・」
「仕方がないさ、これから機会を増やしていけば良いさ・・・・・って、艦長、何か、様か? 」
ルリの行動に呆れていたクロキだったが、不意に横を向いてみると涙と鼻水を垂らしながら
自分の方を見つめているユリカの姿に、顔を引きつらせてしまった。
「ヒック・・・・ク、クロキしゃん、アキト、助かるん、でしゅよね? 死なないんですよね? だいじょぶですよね? 」
「いや、だから、大丈夫だって・・・・うん、流石にこのままナデシコに残るわけには行かないがな」
「ふえ? どうしてですか? 」
「艦長・・・・考えてみろ、テンカワは大怪我をしているんだぞ? ナデシコで治療が出来ても
リハビリするには何処か落ちついた所が良いだろ? 一応、提督にはテンカワを引き取ってもらう様には
頼んでおいたがな」
「あ、もしかしてクロキさんとプロスさんがいなかったのは? 」
「はい、そう言う事です。 テンカワさんをミスマル提督の方で面倒を見ていただく為に
あちらの方に伺っておりました」
クロキの提案に何時の間にか泣き止んでいるユリカ。 周りの人間も驚いた様にクロキとプロスを見つめている。
そして、誰もが感じた、テンカワの事を一番気にかけていたのはクロキだったのではないかと。
「良かったですね、艦長」
「うん、うん、メグちゃん、アキトは無事なんだよね・・・・ありがとうございます、クロキさん」
ペコリと頭を下げるユリカにクロキは照れた様に彼女に背を向ける。
「気にするな、仲間として当然の事をしたまでだ」
「じゃあ、後の事はクロキさんにお願いしますね、私はアキトに付き添っていきますから♪ 」
「・・・・・・・・・・何? 」
ユリカがテンカワをどれだけ思っているか、本当に好きだと言う事を知る事ができたクロキは
内心喜んでいたのだが、彼女の口から出た言葉にその喜びは一気に吹き飛ぶ事となった。
「ユ、ユリカ、何言ってるんだよ? 君はこの船の艦長なんだぞ!? 」
ユリカの言葉に誰よりも大きな反応を示したジュンが問いかける。
しかし、その言葉の内容を理解していないのか、のほほんとした顔で答えるユリカ。
「何言ってるのジュンちゃん、アキトは私の王子様なんだよ? その王子様が大怪我しているのに一人になんか
出来ないでしょ? やっぱり、こういう時は傍にいるのが一番だもんね」
「ユリカ・・・そんな理由で降りるのか? 僕が何の為に君にナデシコの艦長の座を譲ったのか、分かっているの? 」
「うん、分かっているよ、ジュンちゃんは私の友達だもんね。 私が艦長やりたいって言ったから
譲ってくれたんだよね、 御免ね、でも私はやっぱりアキトの方が大事なの」
あまりにもユリカの独り善がりとも言える言葉に、ジュンのみならず、周りの人間さえも開いた口が
ふさがらないとでも言った状態になってしまっている。
もちろん、その中にはクロキも含まれていた。 クロキ、別世界の未来からやってきたテンカワ・アキトでさえも
自分の世界で付き合っていたユリカとは、さほど変わらないと思っていた彼女の考えには呆れてしまっていた。
そして、彼の頭の中では、ユリカはそんなめちゃくちゃな事を言っていたか、必死に思い出そうとしている。
「・・・・・あった・・・・」
「ん? どうした、何があったんだ? 」
「いや、何でもない、何でも無いんだ・・・・」
様子のおかしいクロキに気付いたゴートが声をかけるのだが、彼はこめかみを抑えながら
自分に言い聞かせる様に呟くばかりだった。
「艦長・・・・本気で言っているんですか? 」
「うん、だって普通は、大好きな人の傍にはいたいでしょ? メグちゃんはそう思わないの? 」
「それはそうですけど・・・・艦長の場合、自分の仕事の重要性を考えてから・・・・」
「ホウメイさん、何とか言ったら? 」
「何言ってるんだい、私には無理だよ。 ミナトの方が説得してみたらどうだい? 」
「止めとく・・・」
「触らぬ神になんとやら・・・ってやつだねぇ」
メグミが果敢にユリカを説得しようとして、逆にまるこめている様を見ていたホウメイとミナトは
とっくの昔にユリカを説得する事は諦めている様だ。 いや、むしろナデシコから降りてもらっても構わないとでも
言っているような目つきだった。
「駄目だよ、メグちゃん。 仕事は何時でも出きるかもしれないけど、王子様は一人しかいないんだよ?
アキトと仕事を天秤にかけるなんて、私には出来ないよ」
「あの・・・・言ってる事はまともなんですけど、何と言うか、艦長の口から聞いていると・・・」
「もういい、艦長。 とにかくあんたはここに残れ! 」
「ほえ? 何で怒っているんですか? クロキさん」
怒りの表情で近づいてくるクロキに、ユリカは何故自分が怒られているか理解できていない様だ。
「あんたは今、自分がどれだけ無責任な事を言っているのか分からないのか!? 」
「何ですか!? アキトの心配をしちゃいけないんですか? 」
自分の行動を否定されたユリカは、負けじとクロキの方を睨み返す。 元々、クロキもテンカワも
同じ顔をしているのだが、傍目から見ているとユリカがテンカワと喧嘩している様にも見えなくも無い、
何とも言えない不思議な光景だった。
「クロキさん、もういいでしょう。 艦長にはナデシコを降りていただいた方が宜しいかと思います。
このご様子では、まともに仕事なんか出来ないでしょうし」
珍しくも感情をあらわに怒っているクロキを諌める様に話す、プロス。
「いや、この際だから言わせてもらう。 艦長、あんたがテンカワを心配するのは勝手だ。
だがな、それを仕事と混同してもらっては困る!
第一、今回の事がテンカワではなくヤマダや俺だったらどうした? 」
「それは、クロキさんもヤマダさんも私の王子様じゃありませんから・・・・」
「当然、一緒にナデシコに降りるとは言わないな? 」
「はい・・・」
「だから、だ。 あんたはナデシコの艦長であるにも関わらず、テンカワとその他のクルーの命を
同列に扱っていない。 それがどう言う事か分かるか? 」
クロキの言葉に徐々に怖気づくユリカ。 そのユリカの姿は見ていると、クルー達でさえも気の毒に思えた。
「あ、そう言うつもりじゃなかったんですけど・・・」
「そうだな、無意識にだろうな。 だが、その姿は他のクルーにとっては不愉快以外の何者でも無いんだ!
もしテンカワがこの場にいたとして、あんたの言葉を聞いたらどう思う? 」
「多分、クロキさんやみんなと同じ反応をすると、思います・・・・」
「なら皆に謝るんだ。 あんな事を言っていた艦長はテンカワでも許さんだろうしな」
「はい、アキトの事ばっかり考えて、皆の事を置き去りにしてすいませんでした! 」
クロキにきつく叱られたたユリカは、クルー達に向かって直立不動に立ち、頭を深深と下げる。
もっとも、クルー達もクロキが自分たちの言いたい事を言い過ぎかもしれないが、代弁してくれたお陰で
すっきりとしていたので、それほど怒ってはいなかったのだが。
「いやいや、分かっていただけたら良いんですよ、艦長。 ねえ、皆さん」
「そうねぇ・・・私もその悪い癖を治してくれるなら何も言う事無いわ、ねえ? ホウメイさん」
「そう言う事さね」
他のクルー達も同感といったように頷いている。 しかし、一人だけ納得できないものがいる様だ。
「私は賛成できんな」
「おやおや、ゴートさんはお固いですなぁ、そんなに怒らなくとも良いではありませんか。
艦長はまだお若いし、これから経験を積んでいけば良いと思いますが? 」
「しかしですね、ミスター・・・・」
プロスがゴートをなだめようとするのだが、ゴートにとってはあのユリカの姿は指揮官の人間としては
致命的だと思ったのだろう。
「艦長の処分はフクベ提督と3人で話し合ってくれ」
「おや? クロキさんは艦長の処分はどう言う方向がよろしいとお考えなんですか? 」
「俺にはその権限は無いだろ? 決定に従うまでだ」
クロキはそう言いながら、医務室の前から逃げる様に去っていく。。
彼はユリカを何とか説得できた事に安堵しつつも、テンカワ・アキトの事になると
自分の世界に行ってしまうユリカを見ていると、恥かしさがこみ上げてくるからだった。
「ユリカのあの姿・・・・客観的に見ると痛いな・・・・あの性格は直した方が良いな、うん、そうしよう」
この世界に来て、もう一つ目的が出来たクロキは廊下を力強く歩んでいった。
「ルリちゃん、ここにいたのか」
「あ、アキトさん・・・・・どうしたんですか? 随分疲れた顔をしていますけど? 」
「いや、艦長がテンカワと一緒にナデシコを降りるとか言い出してね、納得させるのに手間取ってね」
クロキが格納庫へ向かうと、そこでは先程の戦闘でクロキが捕獲してきた
バッタをノート型のPCと繋げて何かを調べているルリの姿があった。
「そうですか? あの艦長なら別に降りてもナデシコ支障は無いと思いますけど?
むしろいない方が・・・・」
さらに言葉を続けようとしたルリは、クロキが自分を睨んでいるのを見て言葉を飲みこんでしまう。
サングラスを外したクロキの顔は、厳しい顔をしている。
だが、その瞳は何処か寂しげだった。
「ルリちゃん・・・人は最初から完璧じゃないんだよ。 ましてや、艦長はまだ若いんだ、
これから色んな経験をしてから、欠点を克服して行くんだ」
「・・・・でも、艦長はお年の割には子供っぽい所があります。 そんな人では火星まで
たどり着く事は難しいと思いますけど? 」
クロキに言いくるめられるのが気に食わないのか、少し意地になった様に反論するルリ。
「じゃあ、ルリちゃんが艦長になった方がましなのかい? 」
「私が艦長よりも劣るとでも言いたいんですか? 」
「そうだね、俺はルリちゃんが艦長になるのなら、ナデシコから降りるよ」
「どう言う意味ですか? 私の何処が艦長に劣っているんですか? 」
クロキの口から、ルリそのものを否定するとでも言うような言葉が出た事に少なからずショックを受けるルリ。
ルリは内心、クロキが最も自分の事を理解していたからだと思っていた。
自分をマシンチャイルドとしてのルリではなく、一人の人間として接してくれているクロキに
少なからず、信頼していたのだから。
だが、ルリは自分でユリカに負けている部分に心当たりはあるのだが、流石にそれは原因では
無いだろうとは考えている。
ユリカと自分の年齢を考えれば、それは当然の事あって劣っているとは言えないかもしれない。
「まあ、確かにルリちゃんと艦長、どっちが仕事が出来るかといったらルリちゃんの方だろうね。
でもね、それだけでは艦長としては駄目なんだよ。
しいて言えば、人としても立派じゃないと行けないからね。 それこそ、部下から人間としても尊敬できる様に、ね」
「それって・・・・艦長に当てはまりますか? 」
「今の艦長じゃ駄目だね。 でも、これから艦長の悪い所を直せば大丈夫と思うよ。
何だかんだ言って、彼女は艦長に選ばれたんだからね。
つまり、俺が言いたい事はルリちゃんは艦長とどっこいなんだよ。
仕事が出来ると言うだけで、さほど変わらないって言う事ではね」
「私が艦長と同じ・・・・・・」
クロキの言葉にルリはサラにショックを受けている様だ。
ルリは内心、艦長の事を馬鹿にしていたのだが、よりにもよってその艦長と同レベルと言う評価を
下されたのだから無理も無いだろう。
「でも、ルリちゃんもこれからだよ。 色んな事を勉強して、艦長にも負けない人間になると良いよ」
「私、負けたくありません。 艦長にだけは絶対に・・・・」
クロキがフォローをいれると、ルリは何とか気を持ち直した様だ。
そして、バッタに向かい再び作業に没頭する姿を見てクロキは、少し勘違いしていると苦笑しながらも
きつい事を言ったにも関わらず、ルリが前向きになってゆく姿に満足していた。
「ルリちゃん、そう言えばバッタがどうとか言っていたけど、何を調べたりしているんだい? 」
「はい、前にアキトさんから頂いたデータと少し違う気がしたので、それを調べているんです」
ルリがクロキから貰ったデータ、それはクロキが前の世界にいた頃、バッタに関して知っていた情報を記憶したものだった。
彼もそのデータがこの世界のバッタとは違う事に気付いていたものの、バッタ程度ならば
何とかなっていた為、気にも止めていなかった。
「じゃあ、データを取り終わったら俺にもコピーをくれるかい? 」
「別に構いませんけど、何に使うんですか? 」
「いや・・・ヤマダにもこのデータはあげた方が良いと思ってね。 その方が今後の為にもなるしね」
そうクロキが話したとき、ルリは顔をしかめて見せた。
「どうしたの? ルリちゃん」
「あ、あの・・・テンカワさんの事なんですけど・・・」
「それか・・・ルリちゃん、今後は大事な話しを聞いたら他の人にも伝えておいてくれよ?
無駄な混乱は避けておきたいからね」
「はい、今後は気をつけます」
礼儀正しく頭を下げるルリの姿に、クロキはこれ以上忠告する事は無いと感じた。
いや、これからは自分のアドバイスが無くとも、ルリは今回のような失態はいないだろう。
そう思うと、クロキは彼女に辛く当たった事は決して無駄ではないと感じていた。
「おい、ゆっくりと運べよ! 絶対に安静なんだからな」
丁度その時、格納庫の反対側、艦内へと続く通路の方からウリバタケの大きな声が二人の耳に届いてきた。
「アキトォ、早く元気になってね。 私も早く帰ってくるからね、約束だよぉ」
「こらこら、艦長、今のテンカワには聞こえるわけねえだろうに。 少しは落ちつけよ、艦長らしくよぉ」
「う・・・・分かってはいますけど、でもでも・・・・」
ベッドで眠りについているテンカワの傍には、ウリバタケとユリカが付き添っていた。
本来は、他のクルー達も一緒に送り出そうとしたのだが、ユリカがテンカワを送り届けると
主張した為、格納庫へ戻るウリバタケのみが付き添っていた。
「手術は終わったみたいだな」
クロキはユリカ達のほうへと近づき、テンカワの顔を覗きこむが顔の半分は包帯で覆われており
表情を伺う事は出来ない。
「はい、本当はもう少し容態が安定してからの方が良いんですけど、私達もここにとどまっている訳には
いかないので」
「ま、目の前の艦だからすぐに終わるけどな。 にしても、こうやって見ると良く生きていたって思うわ」
「ああ、運が良かったと言うべきだな」
ウリバタケの意見にクロキは視線をテンカワの方に固定したまま、頷いて見せる。
そのテンカワは顔だけでなく包帯は全身に巻かれ、
体のいたる所に輸血や痛み止めのチューブが指しこまれていた。
「クロキさん、アキト・・・また料理できますよね? 」
「その為にテンカワを地球に送るんだろ? こいつは根性があるし、俺達が地球に帰ってくる頃には
元気になっている筈だ」
「はい! 」
不安げにクロキに聞くユリカであったが、クロキの言葉に安堵したのか元気良く返事をした。
「艦長、シャトルの準備が出来たようです」
3人が話しこんでいると、ルリがカタパルトに準備されているシャトルの方から駆け足でやってきた。
彼女だけは、テンカワの傍に近づかず、シャトルの準備を見ていた様だ。
「ありがと、ルリちゃん。 じゃあ、行ってきます」
「艦長、シャトルの操縦は俺がやろうか? 」
「良いんですか? クロキさん」
「別に気にする事無いさ。 テンカワは俺の仲間でもあるしな」
父親に預けるまで、片時もテンカワの傍を離れたく無かったユリカはクロキの申し出を快く受けた。
「あ、艦長」
「何? ルリちゃん」
「すいませんでした。 アキトさんからテンカワさんの容態を聞いていたのにお教えするのを忘れてしまって・・・」
「大丈夫、気にしていないよ。 私がアキトに夢中になっているみたいにルリちゃんもお仕事に夢中に
なっていたんでしょ? 」
「えっと、はい・・・・」
今気になっている事をユリカから言われたルリは、うろたえると言うあまり人には見せない姿を
3人の前で見せてしまった。
「あ、やっぱりね。 私も今後は気をつけるから、ルリちゃんも気をつけようね? 」
「はい・・・・」
ルリは、ユリカに自分の事を話したと思われる人物を少し恨めしそうに
睨みながら、ばつが悪そうに返事をした。
「艦長、早く行こう」
ルリの視線に気付かないようにしているのか、ユリカ達に背を向けながら声をかけるクロキ。
その姿は遠目からでは分からないが、近くで見てみると微妙に肩が震えているのに気が付くはずだが
彼はテンカワをシャトルに乗せようとしているので、離れているユリカとルリに気が付かれる事はなかった。
「じゃ、いってくるね」
「はい、いってらっしゃい、艦長」
「おぉ〜〜ユリカァ、済まなかった・・・私達を守る為にアキト君をこんな目に合わせてしまって・・・・」
クロキ達を乗せたシャトルが到着した戦艦の格納庫では、既にテンカワの受け入れ態勢が整い
そこには、艦長のミスマル・コウイチロウ自ら出迎えに来ていた。
「お父様、アキトは私の為に戦ってくれたの。 だから、アキトを絶対に助けてあげてね」
「大丈夫だ、必ず助けてやるぞ」
「うん、じゃあ、アキトを医務室まで運んでくるね」
「ああ、いってらっしゃい」
戦闘前に会ったばかりなのに、久し振りの再開のような態度を取るコウイチロウに対して
ユリカは早くテンカワを医務室へ運びたいのか、会話も早めにその場を後にした。
「提督、テンカワの事頼みます」
「おお、クロキ君か。 ユリカにも今、同じ事を言われたよ。
しかし・・・驚いたな、まさか火星に済んでいた頃、隣に住んでいたあのアキト君だったとは・・・・」
「偶然ってやつでしょうね」
「偶然か、偶然と言えば君とアキト君は血のつながりが本当に無いのかね?
データの方で彼の顔を確認したが、双子みたいに似ているが? 」
運ばれてきたテンカワの顔は包帯で覆われていた為、コウイチロウ自身はまだ生身のテンカワの顔を
確認していなかったが、こうして改めてクロキの顔を見ると、そう思わざる得なかったのだろう。
「良く言われますが、俺とテンカワは他人の空似ですよ。 でも、ここまで似ていると親近感は沸きますけどね」
「そうかそうか、確かにあれだけそっくりだと、手助けしたくなる気持ちもわかるな」
クロキの答えに簡単に納得したコウイチロウは、答えながら豪快に笑う。
もっともクロキの本心としては、親近感と言うよりも自分の頃よりもしっかりして欲しかったから
と言う理由があったのだが、流石にそんな事は言えなかった。
「クロキさん、お待たせしました」
「早いな、もういいのか? 」
「はい、何時までもアキトの傍にいるとそのまま残っちゃいそうなんで」
意外にも早く戻ってきた事にクロキは驚いたが、ユリカの言葉に彼女は少なからず成長
したのかと感心した。
「ユリカァ・・・お前が火星に行く事もないだろうにぃ・・・アキト君の面倒も見たいだろう? 」
「あはは、そりゃ確かにアキトの傍にはいたいけど、私には艦長としての大事な仕事がありますから。
私のわがままでクルーの皆に迷惑かけれませんから」
「ユリカ・・・・流石は私の娘だ!! 見なおしたぞ!! 」
「お父様、ユリカは必ずこの仕事をやり遂げて帰ってきます! 」
大昔の青春ドラマの様に、強く抱きしめ合うユリカとコウイチロウ。
その姿を呆れた様に見つめるクロキとは対照的に、戦艦のクルー達は苦笑しつつも
コウイチロウの行動になれているのか、特に気にしていない様だった。
「人がそう簡単に変わるわけ無いな・・・・ユリカだし・・・」
ユリカの性格を修正する難しさは、クロキ自身良く分かっていたつもりだが二人の光景を見て
改めてその難しさを痛感したクロキであった。
「こう言う時に言うんだろうな・・・・ルリちゃんも」
クロキは青春をやっているユリカを残し、帰る準備をする為にシャトルへと向かってゆく。
その時、誰に言うのでも無くこう呟いた。
「ばかばっか・・・・だな」
第5章・完
どうも、KANKOです。今回、テンカワが怪我をしているシーンはあえて省きました。
本当は、テンカワには死んでもらう予定だったので書く気が起きなかったというのもありますが(笑)
読んで頂いてる方に、死なない展開でお願いしますと言われましたので。
ま、それはそれで違う展開を考えたので良しとしますけど。
さてさて、ここで素朴な疑問が1つあります。 イネスさんがナデシコに乗るまで医務室には
誰かいたんでしょうか?
そんな描写は一つも無かったので、ヤマダが死んだ原因もそれが原因では・・・?
それは無いでしょうけど(笑)
では、ここまで読んで頂きありがとうございました。
次話へ続く
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