第4章

機動戦艦ナデシコ


一人時の中




第4章



「やれやれ・・・・話はついたのか? 」

「だと・・・思いたいな。 とりあえず、提督の方は納得してくれたようだ。他はどうか知らんがな」


疲れた顔で椅子に持たれたクロキは、同じように疲れきった顔を見せるゴートに話しかける。
二人は、先ほどまでナデシコにおきていた騒動を治めるために全身全霊を尽くした為に、疲れきっていた。
もっとも体の疲れと言うよりも、精神的な疲れが大半を占めていたのだが・・・



二人が疲れる数時間前のナデシコで何が起きたのか?





「ふむ・・・まいったな。 話が付いていたはずなんだが・・・」

「軍が文句でも言ってきたのか? 」

「分かるか? 」

「いや・・・・コミュニケを通して艦長の父親の声が聞こえたしな」


相変わらず無表情に近い顔のゴートだが、ここ数日良く話すようになっていたクロキには、困っている事を見抜くと
苦笑交じりに返事をした。


「まあ・・・仕方ないな。 あの、おじさんなら・・・・」



ナデシコがドッグでの初陣を見事に勝利で飾った後も、木星蜥蜴の兵器を次々と撃破しながら宇宙へと
上がろうとしていた。
しかし、現在ナデシコは地球を出た所で軍に足止めをされていた。


「お父様、どうあっても駄目なんですか? ナデシコが火星に向かうのは? 」

「ユリカ、ナデシコが今の地球にはどうしても必要なんだよ。 木星蜥蜴をいとも簡単に倒してしまうんだぞ?
 あ、このケーキも美味いぞ。 食べてみなさい」

「は〜い」


重要な話をしているような雰囲気ではないようだが、ナデシコを足止めしている軍の司令官が親ばかの代表とも言える
ミスマル・コウイチロウ、ユリカの父親では仕方ないのであろう。
しかし、いつまでも終わらない話し合いと言う名の親子の一時に、ナデシコクルーだけ出なく軍の人間も苛立ちを覚えていた。




「いつまでも話しているのかしら? 全く・・・ネルガルは何でこんなに優秀な戦艦を隠していたのよ!? 」


先ほどからナデシコのブリッジでは、一人の軍人が男でもあるにも関わらず女言葉で愚痴っていた。
だが、ブリッジの面々は彼の言葉を聞かないようにしているのか、自分の仕事に集中していた、のだが・・・


「ミナトさん、あのキノコ頭のオカマな軍人さん、何とかできませんかね? 」

「そうしたいのは山々だけど、なんか変な病気が移りそうだから近寄りたくないし・・・ルリルリを部屋に戻らせておいて
 良かったわ〜あんなものを成長期の女の子に見せたら大変だものねぇ・・・・」

「そうですね、私もルリちゃんぐらいの年頃にあんな物を見たら、男の人を嫌いになったかもしれませんね」


メグミとミナトはキノコ頭の軍人、ムネタケ・サダアキをネタに暇つぶしをしていた。






『わ・・・・・・・・・・こ・・・・・・た・・・・・ア・・・』



『・・・さ・・・・・に・・・ア・・・・・・の・・・に・・・・いって・・・』






「・・・・また、あの夢・・・」


ミナトに即され、自室で仮眠を取っていたルリは自分の夢で起こされた。 ここ最近見るようになっていた夢だが
どうしても内容は思い出す事はできなかった。 


「馬鹿みたい・・・思い出せない夢で涙を流すなんて・・・」


涙を拭きながらベットから起きあがるルリ。 
ルリは自分の馬鹿馬鹿しさに嫌気を感じつつも、気分転換のために着替えて部屋を後にした。




「どうした、ホシノ・ルリ? 今の時間はブリッジにいる時間ではなかったのか? 」

「あ、ゴートさん、アキトさん」

「ん? ルリちゃん泣いていたの? もしかして・・・ムネタケに何かされた? 」


ブリッジへと続く通路を歩いていると、偶然にもクロキとゴートの二人と出くわした。
ゴートは、ルリがこの時間にブリッジから離れている事に不思議に思っていたが、クロキはルリの異常に
いち早く気付き、優しく声をかけてきた。


「いえ・・・ミナトさんが休んできても良いって言ってくれたので・・・寝ていた時に変な夢を見たせいで涙が出たので
 別に変な事はされていません」

「そっか、良かった」


ルリの回答に心底ほっとしたような顔を見せるクロキ。
いつもの冷たい印象とは違うクロキの顔に、ルリもゴートも少し驚いていたが口に出す事は無かった。
クロキは普段、必要以上に冷たく周りに接するが、周りの人間に何かが起きるとその冷たい印象も吹き飛ぶほど、
優しく接していた。

この事によりクロキ本人は気付いていないが、ナデシコのクルーからは徐々に信頼を得ていた。



「ふむ・・・・我々はブリッジに呼び出されているのだが、どうするかね? 」

「そうですね。 部屋にいても特にする事が無いので私も行きます」

「ブリッジについている五月蝿い虫は俺とゴートで駆除するから、ルリちゃんは安心して良いからね」

「はい、ありがとうございます。 後、二人にお願いがあるんですけど」

「なんだ? 」

「何? ルリちゃん」


少し恥かしそうにするルリを不思議そうに見る二人。


「あの・・・泣いていた事は誰にも言わないでくれますか? 夢で泣いていたなんて子供みたいで・・・・」


ルリの言葉に納得と言った表情を見せる二人。 ルリの子供らしいとも言える言葉に二人はつい、笑みがこぼれていたりした。









「あっきたきた。 ゴートさん、クロキ君、この人に何とか言ってよ。さっきから同じ事しか言わないのよ。
 あ、ルリルリも来たの? まだ来ない方が良かったのに・・・・疲れるだけよ」

「いえ・・・部屋にいるよりはましかと思いますし、御二人がいれば安心ですから」



ミナトはブリッジに入ってきた3人を見つけるや否、疲れた顔で文句とも泣き言とも取れる言葉で話しかけてきた。


「ちょっとあんた、何言ってるのよ! あんた達が地球を置き去りにして、火星になんか行こうとするからじゃないのよ! 」


ミナトの声が聞こえたのだろうか、ムネタケはミナトの方へと詰め寄ろうとする。 
しかし、ゴートがミナトの壁となって立ちふさがり、クロキはルリを守るように立ちふさがった。


「何よ、あんた達は? 」

「私はこの船の戦闘指揮及び、艦内の警備をやっているゴート・ホーリーです。 こっちは、私と一緒に警備を担当している
 クロキ・アキトです」

「クロキ・アキトだ。 で、何をわめいているんだ? フクベ提督、用件は聞いていますか? 」

「このナデシコをこのまま、軍に配備させろとさっきから言っておるよ・・・・まあ、艦長が帰ってくるまでどうにもならんとは
 言っておるんだがな」


艦長席の横でのんびりとした様子でお茶を啜っている副長のフクベ・ジン。 
クロキかプロスが話しかけない限り物静かな老人だが、彼のアドバイスはユリカにとっては無くてはならないものになっている。


「ちょっと、フクベ提督、今地球がどう言う事になっているかご存知なんですか!? 
 今こうしている間にも、木星蜥蜴の攻撃を受けているんですよ!? 」

「確かに・・・だが、ナデシコが火星に行く事になっている事は軍も知っているはずだが? なあ、ゴート? 」

「ああ、我々は早く火星に行かなければ行けないのですが・・・・何故、こんな時に? 」

「あんた達ねぇ・・・地球の人間を見捨てて火星なんかに行くの? 」


ムネタケの言葉にゴート達は顔をしかめ、ムネタケを睨み返していた。 
しかし、クロキ只一人だけ、ムネタケの言葉に感心した様にうなづいていた。


「なるほどね、あんたの言う通りだ・・・・」

「クロキ? 」

「アキトさん? 」

「何よ!? あんた、どう言うつもり? 」


クロキの一言に、ブリッジの視線は彼に集中した。 だが、彼はそれに構わずに話を続ける。


「現在、地球上にある兵器でまともに木星蜥蜴とやりあえるのはナデシコだけだ。 それに、ナデシコと同等の戦艦を
 再度作るには時間が掛かる。 その間にも兵士は戦っている・・・ そう考えれば、あんたの言う事にも一理あるな」


「へ〜、そこまで考えていたんだぁ・・・」

「確かに、クロキの言う通りだな。 ムネタケ中佐がそこまで必死なのもうなずけるな」


クロキの言葉に感心したように声を上げるゴートとミナト。 周りの面々も納得したように、クロキとムネタケを見つめていた。


「そっ、そうよ! 私はそう言いたかったのよ! あんた達も彼を見習いなさいよ! 
 じゃあ私は提督に話を聞いてくるから・・・・」


先ほどとは違うブリッジの視線に耐えきれなくなったのか、ムネタケは少し慌てるようにブリッジを後にした。
その時、ムネタケと入れ替わりにブリッジに入ってきた人物がいた。


「こんちわ〜ラーメンお届けにあがりました〜〜」

「テンカワ? 」

「だ〜れ〜? こんな時にラーメンを頼んだ人は? 」

「わしじゃ」

「私です・・・お腹空いちゃって」


フクベと少し恥かしそうに手を上げるメグミ。 ゴート達は少し呆れたように二人を見詰めていたが、なぜかクロキだけは
その光景を面白そうに見つめていた。
しかし、その後ではルリがクロキに鋭い視線を投げかけていた。


「ゴート、俺は格納庫に行ってみるよ。 ここはもう問題ない様だしな」

「そうか、エステの整備か? ヤマダの方は大丈夫か? 」

「ああ、今の所は、な」

「ふむ、奴の事だ。 また、何かしでかしているのかもしれんな。 私も行こう」


短めにゴートに答えると、クロキはブリッジをでて、その後にゴートも続いた。









「アキトさん」

「ん? ルリちゃん、仕事に戻ったんじゃないの? 」


格納庫へと向かって行くクロキの後から、ブリッジに戻った筈のルリが立っている。
最初は不思議そうに見つめていたが、ルリの表情から何かを感じ取ったクロキはいつもの冷たい表情へと切りかえる。


「俺に何か用かい? 」

「どうしてアキトさんはあの軍人に助け舟を出したんですか? あの人はアキトさんが言っていたような事は
 考えていなかったと思いますけど? 」

「・・・・だろうね。 でも、貸しを作っておくのも良いと思うからね」

「何故ですか? 」

「あんなのでも階級はそこそこ良いからね。 こっちの印象を良くしておけば、後々便利だからね」

「・・・汚いですね・・・」

「大人になると、綺麗事だけじゃ生きていけないからね」

「私、ブリッジに戻ります」


クロキの言葉に気分を悪くしたルリは、早々とその場を後にした。
残されたクロキは、少し寂しそうにルリの後を眺めるだけだった。


「クロキ、もう少し言い方があるだろうに」

「綺麗事だけじゃ生きていけない・・・・違うか? ゴート」

ゴートも流石にクロキの言い方を不快に思ったのだが、クロキの言葉に只黙るしかなかった。



「お〜クロキか、良い所に来てくれた。 あいつを何とかしてくれ、こっちの言う事を全く聞こうとしないんだ」


格納庫にたどり着いたクロキを見つけるや否、ウリバタケが疲れたような顔をしながら話しかけてきた。
クロキも、彼の顔とエステバリスの足元での騒ぎを見つけると、またか、と言った顔で騒ぎの中心へと向かっていった。


「止められなかったのか? 」

「ああ、あの野郎こっちの言う事はまともに聞くつもりはないというか、聞いてないからなぁ。
 力ずくで引っぺがすにしても怪我でもしたら厄介だからなぁ。 ま、後は頼むぜ」


「人格はともかく、腕は一流・・・・やはり人格もある程度吟味するべきだったな」


ゴートの呟きに、クロキとウリバタケは当然と言った表情でうなずいた。




「ヤマダ! 」


クロキが騒ぎの中心、整備員ともみ合っているヤマダにいつもより大きめの声で話しかけた。


「おお、クロキか。 お前からも何とか言ってくれよ。 俺がエステで訓練しようとするのを
 邪魔するんだぜ。 ったく、俺たちがナデシコを守っているのによう」


クロキに愚痴を言いながらも、諦める様子は見せずにエステのコクピットへと向かって行こうするヤマダ。
その彼の周りでは、必死に整備員が彼をエステから離そうと引っ張っているのだが、思っていた以上に力があるのか
その場でひき止めるので精一杯だった。


「いいかげんにしろ、ヤマダ」

「お前の言う事には確かに一理あるが、訓練ならシミュレーションでも出きるだろうに。
 クロキにもウリバタケ達にも迷惑をかけるのは、いい加減にやめんか」


さらに反論しようとするヤマダに対し、クロキとゴートも整備員に加勢し、やっとの事で引き離しに成功する事となった。


「くそ〜! 離せ〜! 俺はクロキよりも活躍したいだけなんだぁ〜〜」


なおも抵抗するヤマダに対して、クロキ達は彼をロープでぐるぐる巻きにして身動きが取れないようにする。


「おまえら〜ナデシコが沈んでも良いのかぁ! 俺がいなかったらどうなると思っているんだぁ!! 」


「おめ〜がいなくてもクロキがいるだろうが。 それに最悪の場合は、テンカワにでも出撃してもらうわい! 」


それでも抵抗しようと陸に上げられた魚の如く、跳ねながら抗議するヤマダに対して、
やっとでヤマダと言う災害から自分の職場を取り戻せた嬉しさから、勝ち誇るようにはなすウリバタケ。



『ゴートさん、クロキさん、いらっしゃいますか? 』


ぐるぐる巻きにされたヤマダを取り囲んでいた時、不意にゴートのコミュニケにプロスからの通信が入った。


「どうしました? ミスター」

「そっちの方で問題があったのか? あんたがいたのに? 」

『はい・・・できれば、御二人の口からも火星に行く事の重要性を提督に説明して頂ければ・・・
 艦長は買収されそうですし・・・』



コミュニケのモニターに映し出されたプロスの顔は、それほど困っているようには見えないのだが、
交渉が得意なプロスにしては珍しく、自分達に助けを求むのは付き合いの長いゴートも初めてだった。

クロキも、未来のプロスからは交渉に関して泣き言を聞いた事が無い為、少なからず驚いていた。



「わかりました。 私もクロキと一緒にそちらの方に向かいます」

『はい、それではよろしくお願いします』


ゴートの答えに満足したのか、言葉も短めに通信を切るプロスの後で聞こえる楽しそうな声が
ゴートとクロキには聞こえたような気がしたが、その原因は軍の艦に行かねばはっきりしそうに無かった。


「早めに行った方が良いな。クロキ、エステで出れるか? 」

「ウリバタケ、俺のエステは使っても大丈夫か? 」

「別に構わないぜ。 お前さんのエステはそれほどダメージは無いからな。 とっくに修理は終わっているよ。
 んで、こいつはどうするよ? 」


クロキの質問に自信を持って答えるウリバタケは、自分の足元で転がっているヤマダを指差しながらクロキ達に
どう処分するか尋ねてくる。


「また暴れると厄介だな。 クロキ、すまんが一人で行っててくれないか?
 お前の方がミスターとは話は会わせやすいだろう? 私はこいつを見張っておこうと思うのだが」

「・・・そうだな。 流石に警備担当の人間が二人もいなくなるのも大変だしな。 分かった、何か問題があったらこちらからも
 連絡するから、後の事は頼むぞ」


このような問題は、ゴートの方が適任のような気もしていたクロキだが、断る理由も無くそのままナデシコを後に
ユリカ達のいる軍艦へと向かっていった。



「それはそうと、俺はダイゴウジ・ガイだ〜〜〜〜〜!!! 」


クロキが去った格納庫ではヤマダの声が響き渡ったのだが、その声がクロキの耳に届く事は決して無かった。



それから数時間後には、疲れきった顔をしたクロキとプロスと、嬉しそうなユリカの姿がナデシコにあった。
ゴートやナデシコクルーは、最初はクロキ達からどんな話をしたのか興味本位で尋ねようとしたのだが
プロスは部屋に戻るや否、そのまま眠りにつき、クロキも何も言わずに警備室へと戻っていった。

残されたユリカに話を聞こうとしても、彼女は彼女で怪しい笑顔を浮かべるばかりだった。



そして、話は冒頭へと戻る。


「何か取引をしたのか? 」

「まあ・・・ネルガルに取ってはかなり無茶な要求だったな。 それ自体は大した事は無かったんだが
 そこまで話を持っていくのにな・・・プロスでも無理なはずだ」

「なるほどな、話の内容では無く、その話に持っていくまでに疲れたと言う事か・・・ミスターでもきつかったのだろうな。
 だが、艦長があんなに機嫌が良いのは何故だ? 」

「ああ、あっちで好きな食い物をたらふく食っていたからだろう。 俺達の話なんかまともに聞いていなかったよ。
 で、お前も疲れているようだが、ヤマダのせいか? 」


「まあな」

「お互い、苦労するな」


今日一日分の体力を使いきったのか、クロキもゴートも話し終わると、そのまま自室へと戻っていった。










「あ」

「どうしたの? ルリちゃん」


ブリッジから出ていったと思ったら直ぐに戻って来たルリは、そのまま何も言わずにずっと座ったままだったのだが
何かを発見したのか、慌しく作業を始めるその姿に不思議そうにメグミが問いかける。


「メグミさん、艦長を呼んできて下さい。 敵襲です」


ルリが言い終わるのと同時に、ナデシコ艦内には非常事態を知らせるサイレンが鳴り響いた。




「お? なんだなんだ? こんな所で敵襲か? 」

「みたいっすね。 どうします? 」


非常事態のサイレンに出前をウリバタケに届に来たテンカワは、慌てる事無く尋ねる。


「ん〜? エステの整備は丁度終わったし、後はクロキに任せておけば良いだろ? 何だったら、お前も出撃するか? 」

「いえ、クロキさんに怒られるから止めときます。
 料理人は料理人らしく、フライパンと戦っていた方がいいっすから」


ナデシコの初陣の後、クロキに叱られて以来エステに乗る事はなくなったテンカワ。
しかし、戦って木星蜥蜴を倒したいと言う欲求は、心の内に留めておいてるに過ぎなかった。
その時、大きな声で格納庫に入ってきた人物がいた。


「来たな、木星蜥蜴! このダイゴウジ・ガイ様が一匹残らず退治してくれる! 」

「ヤマダ? おめーいつのまに抜け出してきたんだ!? 」

「おお、テンカワじゃないか。 お前もついにその気になったか。 大丈夫だ、俺がシミュレーションで教えたとおりに
 戦えば絶対に勝てるからな! 」

「ガ、ガイ! その事は秘密だろ! 」

「テンカワ・・・最近ヤマダと仲が良いと思っていたら、そんな事やっていたのかぁ? 
 クロキに知られたら、どうなるか分かっているんだろうなぁ、お前」

「はははは・・・・・」


ヤマダの思ってもいなかった発言に慌てるテンカワに対して、二人がやけに仲良くなった理由を知った
ウリバタケは、何かを楽しむような目つきで二人を見つめていた。



『本当、アキト!? 私のために戦ってくれるのね。 嬉しい、アキトはやっぱり私の王子様だね』

「どわっ、ユリカ!? いや、俺はお前の為に戦うとは・・・」


何時の間にか3人の傍には、ユリカを映し出すモニターが現れていた。


『アキトが私の為に戦ってくれるのは凄く嬉しいけど、お願いがあるの。
 お父様の艦も守って欲しいの。 ナデシコと違ってまだ木星蜥蜴と戦える性能はまだ無いでしょ?
 だから、お願いね』

「お前、何言ってんだよ? クロキさんじゃあるまいし、そんな器用な事出来るか! 」

『アキトなら大丈夫だよ。 なんたって、私の王子様なんだから♪ 」


ユリカの根拠にもならない言葉に、その場にいた人間達は言葉も無く立ち尽くすしかなかった。
出撃前の慌しさも何処へやら、しばし格納庫は静寂へと包まれた。


『艦長、そんな事でテンカワを出撃させるのは止めてくれないか? 』


静寂を立ちきるように、もう一つのモニターが現れユリカを窘める。 その画面にはクロキの姿があった。


『え〜でも、只でさえ少ない戦力なんですから、アキトにも手伝ってもらった方が良いじゃないですか? 』

『それなら問題無い。 軍の宇宙ステーションからデルフィニウムが支援に来てくれるそうだ』

『でもでも、お父様に何かあったらどうするんですか? まともに戦えるのはエステバリスだけですよ? 」

『戦闘に不慣れな奴が戦っても足手まといになるだけだ。 それとも、テンカワに死んで欲しいのか? 』

『そんな事言ってませんよ! 第一、アキトは最初の戦いできっちり生きて帰ってきたじゃないですか! 』

『それは運が良かったと言う話だろう。 今回もそれが続くとは限らん』


モニター越しに始めた二人の痴話喧嘩に、テンカワを含めた人員は黙って見ていたのだが、不意にテンカワが
ユリカのモニターを遮るように、クロキのモニターの正面に立ちはだかる。


「クロキさん、お願いです! 俺も戦わせてください! 」

『駄目だ。 前にも言ったとおりにお前は料理にでも専念していろ』

「お願いします! やっぱりナデシコで大人しく待っているのは我慢できないんです! 」


モニターに向かって頭を下げるテンカワに対して、クロキは彼が素直に自分の言う事を聞くのは無理だと感じた。
何故なら、テンカワの姿はクロキの昔の姿とも言え、自分が以外に強情だと言う事は
自分の世界にいた時に散々言われたからだ。


『・・・何を言っても聞き入れそうに無いな・・・・好きにしろ』

「え?」


あっさりとテンカワの願いを聞き入れたクロキの返答に、テンカワは最初何を言ってるのか分からなかった。


『良かったね、アキト』

「よお〜し、テンカワ、俺がお前のバックアップをしっかりしてやるから、安心しろ! 」

「あ、ああ、頼むよ、ガイ。 クロキさん、ありがとうございます! 」

『ただし、お前はデルフィニウムの部隊と一緒に提督の艦を守る事に専念しろ。 それぐらいなら、出来るだろ? 』

「分かりました! 」

「んじゃ、早速準備に取りかかるぞ! 行くぞテンカワァ!! ゲキガン魂を見せてやるぜぇ! 」

「おお、ガイ! 」


二人はそう言うと、嬉しそうにエステバリスの方へと向かい駆け出して行く。


『頑張ってね〜アキトォ〜』

「やれやれ、何かあったらどうすんだか。 艦長、本当に大丈夫だと思っているのか? 」

『はい、絶対に大丈夫です! 艦長の私が言うんだから間違いありません。 アキトは私の王子様でもあるんですから』

「やれやれ、クロキ、お前もどう言うつもりだ?・・・・って、通信切ってやがる。 ったく、何考えてんだか。
 おめえら、予備のエステも直ぐに出撃準備だ! きっちり整備しろよ! 」


「「「「ういっす!」」」


ウリバタケの声に威勢良く答えた整備員達は、アキトの乗るエステへの調整を始め、慌しいいつもの格納庫に戻りつつあった。
こうして、アキトの二度目の出撃が決まる事となった。




「昔の俺は、あんなに無鉄砲なつもりは無かったんだが・・・・まあ、俺の世界とは違うからな。
 テンカワには気をつけてもらわないといけないか」


コミュニケを切り、格納庫へと急ぐクロキ。 先ほどの静かな艦内と違い、今はメグミの敵の接近を知らせる声や
非戦闘員の退避を呼びかけるアナウンスが鳴り響いていた。


「今回は、俺の知らない戦い、か。 まあ、それも良いだろう」


クロキは口元に笑みを浮かべ、格納庫へと向かった。






「来たなクロキ。 あいつらは先に出撃しちまったぜ」


クロキが格納庫にたどり着いた時には、既にテンカワとヤマダのエステバリスは出撃しており
残されたクロキのエステバリスがたたずんでいるだけであった。


「ウリバタケ、例のパーツの方はどうなった? 」

「ん? ああ、あれか。 一応、完成はしているがまだ組みあがったばかりの代物だからな。
 テストも何もしていないんだ。 あれを今使うなんて事は、俺は反対だぜ」

「ああ、分かっている。 この戦闘が終わってから改めてテストしよう」

「そうそう、ガイの奴はいつもの行動をしているから、頼むぞ〜〜」

「またか・・・」


ウリバタケの言葉に、呆れた顔を見せるクロキ。 
ヤマダの性格は熟知しているつもりのクロキであったが、やはり彼をコントロールする事は
未来から来たアキトでさえも難しいようだった。
ヤマダが自分が知っている時のような死に方をしなかった事は、素直に嬉しかったクロキだったが
それはそれで、新たな問題になってしまった事に頭を悩ませているが。

クロキはそんな事を考えながら、エステバリスのコクピットへと向かう。
そのコクピットで、自分の気持ちが徐々に落ち着く事に以前は戸惑いを覚えてていたが、
今では、気持ちを落ち着ける為にコクピットの方へと向かう事もしばしばあった。

そして、彼の心の中では、先ほどまでのヤマダの事などが徐々に昔の事のように感じる。
目を閉じ、大きく深呼吸するクロキ。


「クロキ、出るぞ! 」


黒く塗装されたエステバリスが、漆黒の宇宙へと飛び立った。








「テンカワ君、艦の正面にバッタが多数確認された。 済まないが、迎撃を頼む! 」

「わかりました、アオイさん! 」


クロキが出撃した頃には、既にナデシコの周りでは激しい戦闘を繰り広げられていた。
テンカワの方は、クロキに言われた通りにユリカの父親の乗る軍艦の護衛をデルフィニウムの部隊と共に
護衛に専念していた。

デルフィニウムの隊長、アオイ・ジュンは最初の頃こそ、テンカワに対してあまり良い印象を持っていなかったのだが
彼の懸命に戦う姿に感化され、彼と一緒に戦うにまでなっていた。


「よっしゃ、バッタ撃破! 」

「凄いな、テンカワ君。 僕と同じぐらいの年齢でそこまで戦えるなんて」

『何言ってんすか。 全てはこのエステバリスのおかげっすよ』

「それにしても、それだけ戦えるのは君の腕が良いからだよ」

『ども。 でも、戦い方を教えてくれたのは、前の方で戦っているガイなんですよ」

「あの、何か叫びながら戦っている男が? 人は見かけでは判断出来ないねぇ」 


テンカワのエステバリスが指差す方向では、青い色のエステバリスがテンカワ以上の動きを見せながら
次々とバッタを撃破していた。

時折、通信からはそのエステバリスのパイロットの声が聞こえていたのだが、
内容としては、やれゲキガンガーがどうのこうと聞こえていた為、アオイ・ジュンは
先ほどの返答をテンカワに返していた。


『まあ、それ以外に出来るような奴じゃないですけどね。 でも、意外と良い奴ですよ』

「そうか、今度僕も会ってみたいなぁ・・・・・テンカワ君、また来るぞ! 」 
 
『はい! 今度も倒して見せますよ! 』





「ぬおおおおお! 食らえ、ゲェキガンナァックルゥゥ!! 」


その一方、ガイは敵の真っ只中へと向かい、次から次へと向かってくるバッタ達をなぎ倒していた。


「どうだ! クロキがいなくとも俺一人だけで勝って見せるわぁ! 」

『そう言う事は、ちゃんと戦ってからにしろ』

「なにぃ!? 俺が戦っていないと言うのかぁ!? 」


ヤマダが振りかえると、何時の間にか追いついたのかクロキのエステバリスが立っていた。


「クロキ、何時の間に? 」

『お前がバッタを撃ちもらしていなかったら、もっと早く着いたんだがな』

「ぐっ・・・いくら何でも、全ての敵を俺一人で倒せるわけは無いだろうが・・・・」

『ほう、何処ぞの誰かさんは、俺一人で全ての敵を倒せるとか言っていたような気がするが? 』

「ぐぅぅぅぅ・・・・」

『まあいい、ヤマダ、俺に付いて来い。 一気に敵の戦艦を叩くぞ! 』

「あ、待て、クロキ! 俺の獲物を横取りすんじゃねぇ!! 」


ヤマダを置いて行くように、先にへと進むクロキ。
それにおいて行かれないように、必死について行こうとするヤマダ。
顔を合わせたら、事ある事にぶつかる二人であったが、戦闘の際には不思議と息が合うよだ。

それを証明するかのように、クロキが牽制したバッタをヤマダが撃ち落す。
この連携によって、バッタを次から次へと撃ち落す姿は、長年コンビを組んでいた様にも見えよう。



『だが、どうすんだ? 
 バッタはともかく、戦艦にはディストーションフィールドも装備されているんだろ? 』


徐々に戦艦へと近づく二人のエステバリス。
ヤマダもバッタを多数撃破して為か、意気揚揚としていたが、流石に戦艦と戦うのが初めての為に
少し気後れしているようだ。


「ディストーションフィールドと言えども、無敵じゃない。
 お前にバッタを任せる。 その間、俺の方には近づけるなよ」

『お、おお、任せておけ』


クロキの自信に満ちた言葉に、何か策があるのかと思ったヤマダはそのまま彼の言う通りに従った。




「サレナにはナイフは付いていなかったからな・・・・久し振りだな! 」


まるで何かを懐かしむように、笑みを浮かべながら戦艦へと接近するクロキ。
その動きは、傍でバッタの相手をしていたヤマダにも楽しそうに見えていた。



「まだエステバリスの動きには対応していないようだな! 」


ことごとく攻撃をかわしながら近づくクロキのエステに対し、戦艦はディストーションフィールドを展開しながら
船首をクロキの方へと向け始めた。


「その方が好都合だ! 」


怯むどころか、ますます加速するエステバリス。 
そして、その手に握られたナイフが戦艦のフィールドへと突き刺さる。




「おお!? 戦艦が・・・爆破した? クロキの奴の仕業か!? 」


バッタを相手にしていたヤマダは、爆炎が上がる戦艦をあっけにとられて見つめるしかなかった。
彼のエステバリスもクロキの機体と性能的には、大きな差は無い。

にも関わらず、数十倍の大きさの戦艦をたった一機で沈めたクロキ。
この一件以来、ヤマダは多少はクロキの事を見なおす事となった。 多少ではあるが・・・・




「ふう・・・ディストーションフィールドの強さは変わっていない様だったな」


コクピットの中で安堵のため息をつくクロキ。 
その時。


『アキトさん、御疲れ様です。 こちらでも戦艦の爆破は確認できました』

「ああ、ルリちゃんか。 そっちの方はどうだい? 」

「はい、大した損傷はありません。 後、出来ればいくつかバッタの回収をお願いしたいのですが』

「なんで? 何かに必要? 」

『はい、バッタのハッキングにはもう少し詳しいデータが必要なんです。
 ですから、実物があった方が良いので。 ウリバタケさんも賛成してくれました』

「ウリバタケに話したのか? しょうがないなぁ・・・他の人には言っていないんだろうね? 」

『はい、ウリバタケさん以外には話していません』

「分かった、出来るだけ良い状態の機体を回収してくるよ」

『お願いします』

「後、ルリちゃん、さっきの事は済まなかったね」

『いえ・・・アキトさんは大人ですから・・・仕方ありません』

「そっか」

『あ、後、一つだけあります』

「ん? 」

『テンカワさんのエステバリスが大破しました。 現在、デルフィニウム隊の方がナデシコに運んでいます』


「な、なんだと!? 」


余り見せないクロキの驚きの声に、ルリは体を跳ねるようにして驚いてしまった。


『あの・・・クロキさん? 』

「馬鹿な・・・どうして・・・」


ルリの問いかけにも答えず、クロキは只呟く事しか出来なかった。



彼は、自分の考えの甘さを呪った。 
ここは、自分が知っている世界とは似ているようで、全く違う世界である事を・・・・





第4章・完

はい、KANKOです。 え〜、予想以上に長くなってしまいました(汗)
いえね、今回の話が長くなってしまったと言う事もですが、なにより・・・・3章を8月頃に書いて以来
放置と言う形になってしまって(苦笑)

「変わり行く過去」に気を取られ、すっかり忘れておりました。
自分では、そんなに放置しているつもりではなかったのですがねぇ・・・

何はともあれ、お待ちしていた皆様、お待ちどうさまでした。
では、これにて。

ここまで読んで下さって、ありがとうございました。

次話へ続く

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