帰宅途中だったアキト達の前に現れた漆黒を纏った謎の男。
その黒衣を纏う姿に、何故かアキトは既視感を覚えた…
「黒い悪魔」劇場版
『THE KING OF DARKNESS』
後編
その男に恐怖を感じたのか、ミホシはアキトの服を裾を手で掴みながら震えている。
それに気付いたアキトは娘達の手を握り返してやりながらも、娘を守ろうと男を警戒しながら観察する。
身体には闇の様な漆黒のマントを纏い、顔の上部を覆う黒いバイザーを掛けている。
その姿に、アキトは自分の恥ずかしい過去を見ている様な気持ちになった。
マントを羽織っているので体型が判らないうえにバイザーがある為、顔を見ることも出来ない。
だが、アキトにはその男が誰なのか分かる。
すでに彼にとっての過去でしかないが前の世界で、その人物は彼に馴染み深い人物だったからだ。
アキト達に横を向けていた黒尽くめの男がマントを翻しながら振り向く。
同時に大きな風が吹き、マントが翻って下に着ている服が見える。
胸の部分に『娘LOVE』と大きくプリントされているのが見えた。
アキトはその異様な姿に微妙に恐怖を感じながらも、勇気を出して声を掛けてみた。
「えーと、ユ…じゃない。 艦長の…お父さんですか…?」
黒尽くめの男の正体とは、前の世界で彼の養父になるかもしれなかったミスマルコウイチロウだった。
「…君は…。 確かアキト君のお義父さん…だったかな?」
「俺の名前もアキトですけど、そうです」
二人とも挨拶をしたまでは良かったが、元々交流があった訳でも無かったので何を話せば良いか分からず沈黙してしまった。
お互いにどうしようかと思考していると、コウイチロウをじっと見ていたラピスが彼に近づいて行き…
無言で彼の脛に思いっきり蹴りをいれた。
「わっ!? 何してるんだラピス!」
なおも蹴り続けるラピスを、アキトは慌てて止めに入る。
ジタバタと暴れるラピスを羽交い絞めにしながら、何でこんなことをするのかと問い詰める。
すると、どうやら思い出のあるあの衣装をアキト以外が着ているのが嫌だったのが理由らしい。
それを聞いてアキトが苦笑いしながら宥め続ける。
若干一名の服装が可笑しいのを除けば、平和な日常の風景である、そこへ…
日常を非日常へ変える存在が姿を現す。
それは編み笠を被った七人の男達。
「迂闊なり、テンカワ・アキト…。我らが正義の礎となれ」
「おやじと娘は?」
「おやじは殺せ。娘は実験に使える・・・確保しろ」
男達の不穏な台詞に反応してか、アキトの身体が自然と浅く沈み、構えを取る。
さらに眉間に皺が寄り、平和ボケをしているような緩んだ瞳が細く鋭くなる。
アキトのこの急な変化に、北辰達が警戒する中、アキトが問いかける。
「…お前ら誰だ?」
アキトの言葉と共に北辰達へ送られた殺気は、とても素人の出せるようなものではなかった。
「我は…」
北辰はその殺気に心地よさを感じつつも、律儀に名乗ろうとする。
だが…
「ぱぱ〜、おなかすいたよ〜」
「すいた〜」
「家に付くまで我慢。家に帰ったらすぐに夕飯だからね。それに今日は食後のおやつにプリンがあるよ」
「わーい♪ ぷりん♪ ぷりん♪」
「すき…ぷりん…」
「…いつものやつもある?」
「ああ、大きなバケツプリンだろ? ちゃんと用意してあるよ」
「…それと、艦長のお父さんも食べていきませんか?」
「私がお邪魔しても、良いのかね?」
「作り過ぎて、いっぱいあるんで気にしないで下さい」
「ふむ…では、ありがたくお邪魔させて貰おうかな」
子供達の一言から、和やかな会話が始まり、北辰達は忘れられた形になってしまった。
完全に無視されてしまった北辰達は、その苛立ちを込めて襲い掛かる。
「我らを無視するなっ。 いけ、烈風!!」
「おおぉ!!」
掛け声と共に男が一人、雄叫びのような声を上げながら、アキトに向かって突進して行く。
それに対してアキトは、自分の後ろに居る娘達を守る為に、あえて避けようとはせずにカウンターを狙って拳を引き絞る。
しかし、それは無駄に終わった。
男がアキトまで、後数秒という距離に到達した瞬間。
突如、何者かが男の前に降り立ち。 クロスカウンター気味に拳を打ち込んだのだ。
「ゲキガンマグナム!!」
「ぐべらっ!!」
何者かの一撃を受けた男は、もの凄い勢いで転がりながら北辰達の立っている位置まで吹っ飛んでいく。
元木連で現在宇宙軍に所属している月臣元一郎だった。
「木連流抜刀術は暗殺剣にあらず───」
「─言わば、そぅお! 熱血剣!!」
この世界の彼は、九十九暗殺イベントを通過していない為、熱血のままだった。
「俺達の熱血を愛する心が・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・熱き血潮を燃やし・・・・・・・・・・・・・・・
魂を揺さぶり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・(中略)・・・・・・・・わかったか!」
月臣のガイに迫る暑苦しいほどに熱い説教が一区切りついた所で、コウイチロウが彼に声をかける。
「おお、月臣君。どうしたのかねこんな所に?」
「匿名の情報があったもので…」
「それにしては九十九君は来てないのだね」
「九十九なら育児休暇を取ってます…」
「ああ、そうだったか…」
「奴は尻に敷かれてますから」
「そういう君はいい人居ないのかな?」
北辰達はまたもや無視されてしまっていた。
「我ら、また無視されておりますが…」
一応、月臣の部下達が北辰達へ銃を向けて、じっとつっ立っているのだが…
「所詮我らは影…」
そう呟く北辰の目には涙が滲んでいた。
「…跳躍」
北辰達が青い光に包まれていく。 あまりの扱いの悪さに任務を放棄したようだ。
「ボソンジャンプ!?」
「今更そのような反応…要らぬは…」
北辰達は悲しそうに肩を落としながら光の中に消えていった。
彼等が去った後、コウイチロウは月臣達に礼を言い、帰還させるとアキトの家にプリンをご馳走になりにやってきた。
無論、あの格好のままだったが、この辺りはロボットの暴走など様々なイベントが満載なので誰も気にしないのが救いといえば救いだった。
帰宅する時間が遅くなってしまい、もう夕飯時だった事もあり、コウイチロウはおやつだけでなく夕飯もご馳走になる事になった。
始めは料理の感想を言ったりして普通に食事をしていたのだが、何時の間にかアキト達はミスマルパパの今までの事情(現在の衣装の事を含む)を聞くことになっていた。
彼が言うには、ある日突然。彼の愛する娘であるユリカが、行方不明になったらしい。
それを自分の持ちうる全ての情報網を駆使して探していたが、見つからず途方に暮れていた所。
謎の人物からメールが送られてきて、ユリカが木連の残党と一緒に行動していると言う事を知ったという。
そして、新しい情報を手に入れたらすぐに送って貰う為に相手が出した条件が、あの衣装を着て幽霊ロボットである黒い機動兵器を使う事だったらしい。
要約すると、彼は家出娘を連れ戻す為に謎の協力者と取引した結果、コロニーを襲撃していたようだ。
関係無い話だが、この話を聞くまで、アキトは北辰の事を忘れていたりする。 彼は必要無い事は忘れることにしているのだ。
そんな事件が起きていた事に驚きと、コウイチロウ達の行動に呆れを感じたことで、些か疲れ気味の声でアキトは尋ねる。
「それだけの為にコロニーを襲撃したんですか?」
「あむ、あむ…」
「…おかわり」
「それだがね…」
「はむ、はむ…」
「おかわり…大盛りで…」
「いつもコロニーに着いた時には、すでにコロニーが爆破されていたのだよ…」
「もういっこたべていい?」
「はい、これで今日は最後よ」
「は〜い」
「ユリカの姿を目撃できたのは、先日の事件が始めてなのだ…」
今までの苦労を一通り話して思い出したせいか、コウイチロウは滝の様な涙を流しだした。
では、彼が泣き止むまでしばらく掛かりそうなので、その間に、
シラヒメ以外のヒサゴプランに関係するコロニーの、爆発事件の真相をお教えしておきましょう。
まず一つ目のコロニー…
「うわぁぁぁ!!」
「奴が居るぞー」
「来るなっ! 来るな〜!」
「あああああああ、こうなったらこのコロニーごと…!!」
ドッカァーン!
そして、二つ目のコロニー。
「脱出装置のボタンはどれだっ!!」
「え、えーと、確かこれです!」
「これか!!」
ポチッとな。
「あ、それはヤマサキ印の自爆装置でした…」
ドッカァーン
そして、最後のコロニー。
「くそぉ!近寄るな〜!」
兵士らしき男が迫ってくる何かに向けて、ひたすらに銃弾をばら撒く。
「これならどうだ!!」
それでも一向に数が減らないことに、苛立った男は手榴弾を投げる。
だが、彼の居るここは弾薬庫だった…。
ドッカァーン!!
どのコロニーも襲撃を受けた訳ではなく、何かの存在に怯えた結果。自滅していたのだ。
では、彼が泣き止んだようなので場面を戻して…
今までの経緯を話した上に泣きまくってすっきりしたミスマルパパは、アキト達に迷惑を掛けたと謝ると帰っていった。
そして、その夜。 アキト達は情報を集める為に、オモイカネに連絡を取った。
すると驚く事に、オモイカネは今回の事をすでに知っていて彼らに伝えていなかったらしい。
しかも、コウイチロウに情報を送ったのは自分だと言い出し、さらに彼らを驚かせた。
どうやら、火星の後継者に対しての対処はしていたのだが、想定外のユリカが関わってきた為に父親である彼に頼んだらしい。
あの服装と機動兵器に関しては、雰囲気の問題らしく【なんとなく…】と大した意味は無かった模様。
オモイカネが言うには、すでに火星の後継者に対する準備はほとんど済んでいて、大した被害も無く終わる予定らしい。
彼からすると死人が出なければ、コロニーの3、4個消えたのは問題にならないようだ。
だから、もう子供が居るアキト達は危険な事をしないで、自分達に任せて置いてくれればいいと説得され、
とりあえずは大人しくしている事を了承させられた。
アキト達が不安を感じていた頃、宇宙軍では火星の後継者対策の会議が行なわれていた。
そこで決まった内容を、簡単に纏めると…
木連出身者は、前の戦争の降伏条件として封印と解体処分を望むほど、『黒い悪魔』を恐怖している事を利用して、
現在地球に残っている博物館行きの数機と、組み立て前のパーツとして残っている数十機分の機体を完成させて投入するのが、
心理戦で有利になり、圧倒的な数の差を挽回できる筈だと考えられたのだ。
それで無くともあの機体は一機だけで、一流の乗組員が扱うナデシコ級一隻とエステバリス一部隊を超える戦果を発揮出来る事から、
戦力的にも圧倒的有利になると予想され、この会議は楽勝ムードのまま閉会した。
会議終了後、すぐさまナデシコBを旗艦とした宇宙軍艦隊は火星に向けて出航するのであった。
唯一の不安は、ヒサゴプランを掌握され利用できない宇宙軍が、
火星に到達するまでの間の火星の後継者の動きだったが、何故か彼らに動きは無かった。
宇宙軍が火星に向かって航行している頃。
地球では、アキトとルリが計画を立てていた通りに温泉へ旅行に来ていた。
子供達も付いて行きたがったのだが、彼らの懸命なお願いと、予想していなかったラピスの援護により、
アキルリ夫婦(小)が新婚旅行から帰ってきて、まもなく二人だけの旅行が実現することになったのだ。
ナデシコに乗って世界中どころか、宇宙まで行った事があるのに、何故か温泉には一度も行った事の無かった二人。
かれらは、珍しがりながら旅館に入っていく。
玄関に入り仲居さんに部屋へ案内されると、すでに夕飯時になっており、すぐさま夕食を食べる事になった。
途中、この旅館の料理が予想以上に美味しかった為に、調理のコツなどをアキトが質問したりもしていたが、
久しぶりの二人きりでの食事に、子供達と一緒に食事する時に感じるのとはまた別の満足感を、二人は感じていた。
夕食を食べ終えた二人は、後片付けをしに来た仲居さんから、ある温泉を勧められて入りに向かった。
二人だけで入れる露天の家族風呂に…
「アキナも、もうすぐ小学生なるのか、早いなぁ…」
「子供はすぐに大きくなりますからね…」
温泉に入った二人は、ゆっくりと浸かりながら子供の将来の事などを話していた。
そして、話題は火星の後継者に関する内容にも移っていく。
「それにしても…この世界のユリカが、火星の後継者に協力するなんて想像もしてなかったよ」
「私もユリカさんが非常識な行動を取る方とは理解してたつもりでしたが、
ここまで想像を遥か上をいくとは思ってもいませんでした…」
アキトのため息交じりの言葉に、ルリも同意して返す。
ユリカの行方不明になった時期から、二人は彼女が火星の後継者に参加した理由に心当たりがある事に思い当たった。
その思いつきに頭が痛くなった二人は、この事について考えるのが嫌になって別の話題へ移す。
「こっちのユリカさんは置いておいて、私達の知ってるユリカさんは、今頃どうしているんでしょう…」
「確かに命に関わる事態だったとはいえ、あれからユリカ、どうしてるかなぁ…」
ユリカのことを思い出す二人は、寂しそうにしているユリカを思い浮かべて、心苦しさを覚えた。
「そうですね……。てりょうり作りながら、アキトさんの帰りを待ってるんじゃないでしょうか?」
しかし、ルリが冗談で言った内容に…
──なにかよく分からない色をした鍋を、笑顔で鼻歌交じりにかき混ぜているユリカの姿。
──かき混ぜていた鍋の中身を、「食べて、食べて」と自分へ差し出してくるユリカの姿。
やたらリアルに感じる想像をしてしまった二人は、温泉に入っているにも拘らずに寒気を感じて身を縮ませる事になった。
「…うん、あいつなら元気でやってるよ。うん」
「…そ、そうですよね。ユリカさんですし」
それ以上あの恐怖を思い出したく無かった二人は、そう結論付けて忘れることにしたのだった。
未だに寒気がする二人は、不安を吐き出すかのように大きなため息一つを吐くと、夜空を見上げる。
露天風呂なので、壁に邪魔されずに見ることの出来るその満天の星空は、不安とはまた別のため息が出るほどの美しさだった。
それを見た二人は、肩を寄せ合ったままの姿勢で、のぼせる寸前まで夜空で輝く星を見続けていた。
初めての温泉を十分に満喫し、部屋に戻った二人を待っていたのは…
ぴったりとくっ付けられている二つの布団。 しかも、意味ありげに枕元に置かれている何か。
布団を敷いてくれた仲居さんが気の気を利かせてくれたようだ。
そのあまりの気に利き方にしばし硬直したもの、これでも数年寄り添った夫婦である二人。
これくらいではいまさら慌てる筈も無く、部屋の中に入っていった。
お茶を飲みながら言葉少なく過ごしていた二人だったが、
「お布団も敷いて頂いてますし、今日はもう寝ましょうか?」
「うん、そうだね」
早めに就寝に就く事にして、部屋の明かりを消した。
灯りが消え、暗闇になると同時に部屋もしーんと静まる。
しかし、二人とも眠ってしまったわけではなかった。
背中合わせに横になっているが、お互いに相手の事が気になっているのだ。
先に動いたのはルリの方だった。
アキトが後ろで人が動く気配を感じた時にはすでに、ルリが彼の布団の中へ潜り込んで来ていた。
彼の背中に寄り添うように身を寄せるルリは、一人呟く。
「今日は楽しかったです…。 旅行に行くのがこんなに楽しいとは思ってませんでしたから…。
料理も美味しかったし、温泉も、そこから見えた星も綺麗でした…。 それに…」
「それに?」
「──今日は久しぶりにアキトさんを一人占め出来ましたから…」
背中越しに聞こえた最後の一言に、狂おしいほどの愛おしさを感じたアキトは、
いきなり後ろへ振り向いてルリを強く抱き締めると、自分の唇を彼女の唇へ重ねた。
始めこそアキトの反応に驚いたルリだったが、気を取り直すと自分の方からも彼を求めていった。
口付けを交す二人。 ようやく満足したのか唇が離すと、アキトがルリに覆い被さっていった……
その次の朝。
「昨日、あの部屋に泊まった夫婦はとってもお盛んだった」と、旅館の仲居さんは語っていたそうな。
純白と青の戦艦を中心とした布陣で、宇宙軍艦隊が火星の大地に降り立つ。
「やっと来たか、待ちくたびれたぞ」
本当に待ちくたびれたのか、微妙に着ている制服までくたびれている草壁中将。
彼が何でこんなに疲れているのかというと…
ナデシコBを中心とした艦隊が火星に到着するまで、二ヶ月以上も経っていたからだ。
宇宙軍がボソンジャンプが出来ない事は解かっていたが、
何が起きるかわからない事を、彼等は前の戦争で身を持って知っていた為に、ずっと警戒態勢で待ち構えていたのだ。
「だが、おかげでこちらの研究も最終段階に到達した」
「後はお前達を倒して、我らの悲願を…」
火星の後継者達は、宇宙軍を撃退して後顧の憂いを絶った後に、悲願とやらを達成する気らしい。
さっそく、宇宙軍の攻撃が始まった。
「よしっ! 行くぞお前ら!」
ガイの掛け声で、ナデシコBからエステバリス隊と数機の『黒い悪魔』が発進していく。
もちろんガイはゲキガンカラーのアルストロメリアだ。
他の戦艦からも出撃した『黒い悪魔』が、エステバリス隊に先駆けて突進していく。
その力は絶大で、ガイたちの出番など無いかのように警戒中だった無人機を粉砕していく。
しかし、黙ってやられる訳にはいかない火星の後継者。 すぐさま草壁中将の指示が飛ぶ。
「我々も何も準備していなかった訳ではない!」
「対『黒い悪魔』用兵装準備! 換装した機体から順に出撃しろ!!」
「我らの悲願! 果させて貰う!!」
その指示を受けた格納庫では着々と換装が進んでいく。
主力であるステルンクーゲルの武装が、次々と取り替えられる。
右腕に平べったい板に輪がついたような武器を持たせると、
左手に円柱に細長いノズルの様な棒が付いている武器を装備させる。
そして、換装の済んだ機体から次々に出撃して行った。
火星の後継者が総力を挙げて作り出した兵器。
結論からすると、それらの新兵器は莫大な戦果を上げた。
今まで手も足も出なかった『黒い悪魔』を撃破することが出来ているのだ。
当然、被害は出ているのだが、その撃破数は五分と五分。
以前と比べれば、快挙と言うべき結果だった。
一機のステルンクーゲルが、小型の『黒い悪魔』を右手の武器で叩き潰すように撃破する。
その武器こそ火星の後継者の生み出した、アンチ『黒い悪魔』兵器一号。
平たい傍目からは飾りの付いた板にしか見えないその武器。
それは大昔から、奴の元となった生き物を倒す為に使われてきた道具の形を模したものなのだ。
その名はスリッパ!!
『黒い悪魔』を倒す為に使われてきた伝統的な物の一つである。
「わははは!! どうだっ! ディストーションスリッパの威力は!」
武器のかっこよさはいまいちなのだが、その戦果に火星の後継者達はノリノリだ。
そして、また別の機体が左手の武器で攻撃する。
遠距離武器であるそれから発射された物が、真正面から突進してくる機体に命中する。
すると、その機体は黒い渦の様な物に包まれ火星の大地へ落ちていき、爆発してしまった。
「そして、このグラビティスプレーガン! 敵を重力の渦に封じ込み押し潰す!」
缶のような外観をしているこれもまたあまり武器に見えない代物であったが、効果は絶大のようだ。
「ふはははは! 圧倒的ではないか、我が軍は!」
「よし! 一気に殲滅するぞ! あれを出せ!!」
草壁の指示により、新たにステルンクーゲルが四機がかりで巨大な箱を運んでいく。
四機の機体は箱を最前線まで運ぶと、その箱を地面に放置して、自分達はその位置から離脱していった。
「よし、起動っ!」
草壁の声と共に箱が開く。
すると、その近くで戦闘していた『黒い悪魔』が、餌に群がる蟻の様にその中に飛び込んで行く。
周りに居た機体が全て中に入りきると、箱が『黒い悪魔』ごと爆砕した。
「これぞ、『黒い悪魔』用最終兵器!黒い悪魔ホイホイ!!」
なんか聞いた事のあるような名前だが、その威力は抜群だった。
どうやらその原理は『黒い悪魔』を誘き寄せる囮を中へ入れ、それ自身が相転移して一緒に吹き飛ばす機能を付けた箱という、
凄いのか凄くないのかよく解からない仕組みのようだ。
これによって宇宙軍の投入した『黒い悪魔』は全て撃破されてしまった。
頼みの綱であった物がやられてしまい、宇宙軍は劣勢に追い込まれる。
「くっ!さすが最終決戦。こんな時こそ新兵器だっ! 何か無いか!!」
「そんな都合の良い物作ってるわけが無いだろが!」
「…万事休すか…」
宇宙軍のほとんどの兵士達が諦めかけたその時。
ずっと火星の大地に潜み続けていた何者かが目を覚ます。
【時は満ちた…】 【約束の時…】
突如、地響きが鳴り響き。 それと共に地面が何か強い力に押し広げられていく。
そして、引き裂かれた火星の大地から、純白に輝く装甲が見え始める。
それはゆっくりと浮上していき、少しずつその全貌が見えてくる。 それは二隻の戦艦だった。
一隻はナデシコBと似た構造をしている白と赤の戦艦。
もう一隻は純白に輝く剣のような形状をしている白い戦艦。
それはアキト達と一緒にランダムジャンプで、この世界に辿り着いていたナデシコCとユーチャリスの姿だった。
【さあ、パーティーの始まりだ】 【始まりだ】
戦場に居る全ての人間の前へ、そのウィンドウが開かれると同時に、再び地響きが聞こえてくる。
今度のそれは遥か地平線の彼方から、何かが怒涛のように押し寄せてくる音だった。
【君達は僕達の掌の上でよく踊ってくれたよ】 【くれたよ】
【そんな君達に僕達からのご褒美だ】 【遠慮無く受け取って】
【【さあ、舞踏会の始まりだ!】】
実はアキト達とオモイカネ達の間に、こんな遣り取りがあったのだ。
「本当に俺たちが手伝わなくてもいいのか?」
【大丈夫。 大丈夫。 この時の為に僕らがずっと用意してたんだから】
【僕達、ずっと暇だったからね。 これ位しかおもしろ…じゃない。 やる事無くって】
「そう。 私達の手が必要になったらすぐに言ってね」
【うん、わかった】
【OK♪ OK♪ 僕達に任せておいて♪】
火星の決戦の始まる数日前の出来事だった。
地平線の彼方より近づいてくる黒い壁。
だがそれはただの壁ではない。 無数の何かが視界埋めるほどに集まって迫ってきているのだ。
壁は、火星の後継者が陣取る極冠遺跡を全方向から囲むように迫ってくる。
集まってる何か。 それは数年前、木連を攻撃するのに使われた無人兵器。
木連の唯一と言っていい降伏条件として、厳重に解体と封印をされた悪夢の象徴。
そして、先ほどの戦闘で残存するもの全て破壊された筈の『黒い悪魔』。 その大群だった。
「残りは解体されていた筈では!?」
この奇襲に皆が混乱する中、戦闘が再開された。
新兵器を頼りに迎撃する火星の後継者達だったが、さっきまでとは数が違いすぎた。
その圧倒的な物量差の前に、火星の後継者達は押し潰されるようにやられていく。
「やめてくれ〜!」
「ま、またかー!」
「うわっ! 中に入ってくるなっ!」
「負けるかっ! ……やっぱり無理だ〜!」
「な!? 俺達も一緒にか〜!」
主戦場から少し離れた地点。
そこ活躍する為の何かがあると感じとったガイは、隠れていた六連を見つけて一人で六機と戦闘していた。
彼らの連携の取れた攻撃をなんとか凌いでいたガイだったが、
新たに現れた『黒い悪魔』達の活躍で、このまま出番が無くなる事を恐れたのか何かを叫びだす。
「よぉしっ! 俺様もアレを使うぜ!」
「ガァイィ! ハイパーモード!!」
これぞ、ガイが改造されて得た新たな力だった。 金色に光り輝くわけではないのであしからず。
その効果によって、ガイの身体能力、動体視力、反射神経、様々なガイの能力全てが二倍以上に跳ね上がるのだ。
「いくぜー!オラオラァ!」
今までとは全く違うスピードで、六連に突進していく。
「ぬ、強い」
「奴等がすぐそこまで迫っているというのに…」
1対6にも拘らず、ガイは六連を圧倒して押していく。
「ははは! このままキメるぜぇ…」
しばらくガイの優勢が続いていたが、突如押していた筈のガイの動きが目に見えて鈍くなっていく。
急激なパワーダウン。 そう、これがガイが今までこの力を使用しなかった理由だったのだ。
ガイ・ハイパーモード。 それは確かに圧倒的な力を発揮する。 しかし、それは欠点もあった。
ガイの肉体を強化しているナノマシン。 それが働きだすとガイのエネルギー。
つまり、体内の糖分が一気に消耗されて腹ペコ状態になってしまうのだ。
「あ〜、腹が減って力が抜ける〜」
この好機に一気に反撃しようとする六連だったが、 次の瞬間にはガイごと黒い波に飲まれてしまった。
「やっぱりこうなるのか〜!」
「転職しとけば良かった〜!」
「こらっ! 俺は味方だ〜!!」
その地獄絵を一人離れて見守る者が居た。
「奴等にあれがある以上我等の勝ちは…」
カッコつけてはいるが、実際は黒いのが怖くて離れてるだけだったりする北辰。
そんな彼だったが、脚本家は彼を見逃してはいなかった。
グァシャン!
そこに降り立ったのはあの幽霊ロボット。 最強の親バカ、ミスマルコウイチロウだった。
「北辰、お前達のせいで、ユリカは家出した上に不良にまで…」
「ん、何の事だ?」
「大切な娘を悪の道に引き摺り込みおって!」
「まて、何の話だ? あやつは自分から…」
「お前に言い訳など聞かん!喰らえ!!」
オモイカネ達に何かを吹き込まれたのか、
怒り来るって人が乗っているとは思えないスピードで格闘戦を仕掛けるパパ。
だが、一応これでも木連最強である北辰。 その攻撃を紙一重で回避して距離を取ると、牽制のミサイルを撃ち込む。
しかし、なんとパパはミサイルの回避を行なわず拳で撃ち砕き、爆発をものともせずに距離を詰めに突進する。
それを見た北辰は、距離を取って戦う事を諦め錫丈を構えて迎え撃つ。
パパが拳を放てば、北辰が錫丈で逸らし、北辰が突けば、パパが受け止める。
互角の勝負を続ける二機であったが、機体の性能差はともかく腕の差は激しかったのか、パパの機体の方が被害が大きくなっていく。
このままでは不利だとさとったパパは、距離を取る。 北辰は余裕のつもりかそれを見送った。
「くくく、どれだけ良い鎧を纏おうとも腕の差は変えられまい」
北辰の挑発に反応せず、さっきより腕を後ろに下げた構えを取る。
その構えに、相手が最後の賭けに出た事を感じ取った北辰も挑発を止め黙る。
彼方の主戦場で起きた大きな爆発を合図に、二機が一気に加速して接近する。
先手は北辰だった。 ぶつかり合う直前、持っていた錫丈を投げたのだ。
さすがにこれは回避することができずに、幽霊ロボットは左腕を持っていかれてしまった。
パパはそれでも怯まず残った右腕で殴りかかるが、北辰は左腕を犠牲にして受け止めると右腕を振りかぶった。
「これで終わりだ…」
北辰の一撃がボディに突き刺さる。普通ならどう考えても致命傷な部分。
だが、まだ終わりではなかった。
「まだまだっ! ゆぅりぃかぁ! パパに力を〜!!」
ガゴンッ!
コウイチロウの魂の叫びと共に、幽霊ロボットの頭部だった部分が分離する。
分離して現れたその姿。木連の恐怖の象徴である『黒い悪魔』。
それは夜光天の頭部に取り付き、さらにその翅の部分を開かせて、その身に残された最後の武装を発動させる。
ジャワジャワジャワ……
それは大きさ数センチほどの対人用の『黒い悪魔』。 翅の裏に搭載されている数千機のそれが起動する。
目標のコックピット部分に群がり、内蔵されている高周波ブレードで内部に侵入していく。
その光景は、とてつもなくおぞましいものだったが、中に居る北辰の恐怖はその比では無かった。
「は、は、は、は、はははははは、ぐぉわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
恐怖のあまりに壊れたように笑い始めていた北辰は、黒い海に飲み込まれて恐怖の叫びを上げて消えていった。
そして、草壁他数名も同じ頃…
「や、やめてくれ! こ、こ、降伏するから! く、来るな〜!! う、うわあぁぁぁぁ〜……」
戦闘も殆ど終わり。内部を探索していた宇宙軍(ミスマルパパ含む)はその最深部でミスマルユリカを発見した。
一応、保護対象に入っていたのか、『黒い悪魔』に囲まれてはいるものの無傷のようだ。
そんな彼女は、黒いものに囲まれているにも関わらず、怯えもせずに何かの作業を続けていた。
「あれ? これかな? えっと、ここはこうで………」
「ユリカ〜」
「……お父様」
父からの呼びかけに、作業を止めて静かに振り返るユリカ。
「ユリカ…家出までして火星の後継者に協力するなんて、何がしたかったんだったんだい?」
コウイチロウは優しく娘に語りかけ、家出の理由を聞こうとする。
それに、なんとユリカは泣きそうに顔を歪めながら話し始める。
「だって…アキトがルリちゃんと結婚しちゃって…。 アキト、私の王子様だったのに…
それなのに、それなのに。 私、これからどうしたらいいか分からなくなって…」
ユリカを知っている誰もが見たことの無いような弱々しい姿に、皆が呆然とする。
しかし、彼等は彼女を甘く見ていた…
さっきまで涙ぐみながら俯いていた筈のユリカが、急に顔を上げると晴れやかな笑顔で話し始めた。
「だけど、ボソンジャンプが時間移動なんだって知った時、思いついたの!」
「過去に戻ってやり直せばいいって!」
「そして、過去に戻ってアキトが人の道を踏み外したロリコンにならない様に教育するの!」
「まだ小さいアキトに『お姉ちゃん』とか『先生』とか呼ばれて…」
今度は涎を垂らしながら、「いやん」と身体をくねくねしながら妄想し始めた彼女。
その姿に呆然とする探索班の皆と、娘の教育の仕方を間違った事に今更気付いて頭を抱えて蹲るパパだった。
彼女の奇行にどうすべきか悩んでいたパパ達であったが、当の本人の反応は早かった。
「もう過去へ飛ぶ準備は出来てるの…」
ユリカは後ろを向き、そこにある装置のスイッチを押そうとする。
彼女を止めようとするが、距離が離れすぎていて誰も止められず、
「行って来ます、お父様…。 さようなら」
「ゆぅ〜りぃ〜かぁ〜〜!!」
その言葉を最後に、ミスマルユリカは光となってこの世界から姿を消した。
「オモイカネ、火星の後継者の件はどうなりました?」
【事件自体は問題無く終結。 しかし、火星の後継者に参加していたミスマルユリカが行方不明になっています】
「「え?」」
その報告に驚いたアキトとルリは、オモイカネに詳しい事情を説明してもらった。
「あ〜、ユリカらしいというか、なんと言うか……」
「でも、それが成功したら、今の私達どうなるんでしょうか?」
【それは大丈夫です。 ミスマルユリカが行ったのは過去ではなく未来のようですから】
オモイカネが言うには、始めはちゃんと過去を目標としてセットしていたらしいが、
起動する前の最終調整で、ユリカ自身が装置を弄った時に失敗した結果。 目標が未来になってしまったらしい。
「……まあ、ユリカの自業自得だし…(汗)」
「……そうですね(汗)」
二人は自分達にはどうすることも出来ない以上、彼女の分まで幸せになることが、
自分達に出来る事だと論点を摩り替えて現実逃避することにした。
三ヵ月後…
夫にそう告げる嫁の姿があった。
「三人目の名前考えてくださいね♪」
彼等は、また新しく家族が増えるようだ。
その子が幸せを運んで来てくれるだろう。
そして、肝心のユリカはというと、未来で思いがけない人物を出会っていた。
「ここは?」
「ほぇ〜」
「あれ、こんな所に鏡が…」
「私、鏡じゃないよ」
なんと、アキト達が元々居た世界に着いていたのだ。 彼らが飛んだのは、一応数ヶ月先の未来になりますから。
「私はかくかくしかじかで…」
「私もかくかくしかじかで…」
お互いの境遇を語り合ったユリカとその思いがけない誰かさんは、厚い友情で結ばれたようだ。
「「私達は同志」」
「「アキト〜、待っててね〜」」
次回!逆襲のユリカ?
続かないと思います(笑)
あとがき
続編は無いのであしからず(苦笑)
語ると何を言い出すか分からないので、これで。
では〜
b83yrの感想
う〜む、やっぱユリカとかガイとかってどたばたギャグの方が似合うような(苦笑)
アキトは人の道を踏み外したロリコンですか(笑)
・・・ん、そういえば前編で、ルリ(小)を賭けたアキト(父)とアキトとの壮絶な戦いがあったとか・・
もしかして、アレか!!、アキト(父)はルリ(大)とルリ(小)の二又を狙ってたのかっ!!
だとしたら、ほんまモンの外道やぞテンカワアキト(父)!!
まあ、『昔の自分』なんてものは、『今の自分』から見れば情けなく見える人も多から、『こんなんで大丈夫なのか?、昔の俺(汗)』って気持からアキトにキツク当たったんだろうけど(笑)
続かないって話だけど、どうせなら逆襲のユリカ?もやりましょ〜よ(笑)
『○○○の逆襲』へ進む
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