ルリとの出会いから数ヶ月経った頃、私はルリに妹として引き取られていた。

昼のうちルリは学校と言うところに行き、私はネルガルの施設に預けられていた。そこではイネスと言う人がいて、私に教育を施した。

社会復帰(復帰も何も、私は元々そこには居なかったのだが)した時に困らないために必要な、一般常識などの基本的な事が主だ。

イネスは本来研究者であり、何故私の面倒を見ているのかが不思議だったが、様々な理由で決まったとの事だ。

その一つ目は、民間の施設では私が様々な機関に誘拐されかねないから、ネルガルでも重要な人物であるイネスと一緒にしておけば同時に護衛出来る為。

二つ目は、ルリが会長のアカツキと言う人に頼んだから、らしい。ネルガルで一番偉い人なのだが、私には今一そうは見えない。

三つ目としては、イネス自身が申し出たから。「これでお兄ちゃんの心象に+1!!」とか言ってた。何の事だろう?

他にも理由はありそうだけど、誰も教えてくれない。どうしてルリが私を引き取ってくれたのかも、私は知らない。

たまにルリが私を見る時に、寂しそうで悲しそうな目をする事と何か関係があるのかも。

あれから何年も経つが、まだ私は何も知らない。

私にはまだ話せない事なのだと、私は思っておく事にしている。

 

その当時は毎日、誰かがルリの部屋に(六畳一間のアパートだったのだ)遊びに来ていた。

そう、私の面倒を見に来るのではなく、遊びに来るのだ。

私を着せ替え人形のように次から次へ服を着せる人や、組み立てると部屋中を飛び回って、最後には爆発する玩具を持ってくる人。

ルリに頼まれているらしく、食事の面倒を見てくれる人とか。

ルリに引き取られてから様々な人たちと出会い、その誰もが私を道具のようには扱わなかった。

その人達は私の知らない事、私の出来なかった事、そう言った様々な事をルリと一緒に教えてくれた。

その中でも特に優しい人がいた。私はすぐにその人が好きになった。

一番はルリだけど、私は彼、テンカワ・アキトが大好きだ。

アキトと一緒にいる時のルリも、大好きだった。

当時、私は誤解していた。彼らが私の父と母なのだと。

……ルリは姉であり、アキトは単なるお隣さんだった。

でも、ミナトが言ったんだけどね。あの二人がラピスの父と母だよ、て。

まあ、何年か経った時、アキトは義兄になったから、今更良いんだけど。

……やっぱり、娘と言うには歳が近すぎるのかな……?

でも、ハルナが生まれた時にラピスは今日からお姉さんだよ、てルリやユリカに言われた。

なんか、嬉しかったんだ……

私はいつも、ハルナの面倒を見ている。とても大切な妹だから。

とても優しい、ルリとアキトの子供だから。

私を大切にしてくれている、大好きな人たちの笑顔の源だから。

私自身が、ハルナの事が大好きなのだから。

だから、気づいた時にハルナがいなくて慌ててしまった。

いつも忙しいルリとアキトに、しっかりと面倒を見ると約束して預かったのだから。

…………これからどうしよう。帰れるのかな?

 

 

優しさの中で

その二・桃色妖精

 

 

「この子の名前はハルナ。テンカワ・ハルナ。ルリとアキトの大切な赤ちゃんだよ?」

 

 

少女の言い放ったその言葉はブリッジの時を止めた。正確にはその場の人間の思考を停止させただけだが。

誰も言葉を発する事も出来ず、その空間は時を刻んでいく。

「……ラピスちゃん、て言ったわね。こっちで詳しく話を聞かせてくれる?」

誰もが動かない中、ナデシコの操舵士、ハルカ・ミナトの思考が再起動する。

彼女はこの場において、もっとも適切な行動を取ったと言える。

……にやり、と表す他に表現は出来そうにない笑みを浮べて。

「うん、いーよ。……て、引きずらなくてもいいと思うな〜」

「…………」

のん気な声をあげるラピスと硬直したルリを引きずって、ミナトは少し離れた場所に向かう。

「オモイカネ、記録の方はよろしくね♪」

「……え〜と、それじゃあ、私も〜」

「面白い話が聞けそうね……」

他の面々に比べ、いち早く再起動を果した二人のパイロット、アマノ・ヒカルとマキ・イズミも一緒についていく。

(ふっふっふっふっ。アキトくん、私達が色々聞いておくからね〜)

彼女達の好奇心を満たすべく、行動が開始されていくのであった……

 

「……はっ!? こんな事してる場合じゃない!! さっきの子に話を……」

ようやく現世に意識が戻ってきた話題の人、テンカワ・アキトが正気に返る。

そして、彼女達について行こうとするのだが……

「アキトとルリちゃんの赤ちゃん……ルリちゃんは今十三歳……あは、あははははは、ははははは」

「アキトさんがルリちゃんと……だから私が迫っても手を出さなかったのね……うふ、うふふふふ、ふふふふふ」

「テンカワは年下の方が良いのか……でも幾らなんでも若すぎ……ロリコンなのか……いや、でも……」

その場に残された者達の内、約三名の言葉が彼をその場に留める。

現実逃避をしつつ、思いっきり人聞きの悪い事を口走っているのだ。気にせずにいられようか?

「そこの三人! なんで信じる! そもそもルリちゃんがいつ、その、あのね? お腹が大きくなったりとかね? してたんだよ!!」

強気なんだか弱気なんだか良く分からない叫びをあげ、青年、テンカワ・アキトは三人を現実に引き戻そうとする。

「「「うふっふふふふふふ、あははははははは、えへへへへへへ……」」」

「だあっ! こっちに帰ってこぉぉぉぉぉぉい!!」

どうやら彼の心からの絶叫は届いていないようだ。

 

「テンカワさん……」

どうにか彼女等を正気に戻そうとする彼に、声をかける人物がいる

「職務規定……」

じっとりと額に汗を浮べ、プロスペクター氏がにじり寄る。

「男女交際は手を繋ぐまでと……」

「……へ? …………ち、違う! 俺は知らない! 何もしてない!! ルリちゃんとは何も無いっ!!」

アキトは左右に激しく頭を振りながら否定するが、そんな事はお構いなしに話は進む。

「そうか……テンカワはホシノ君とそんな関係に……」

「ミスター。ホシノ君の年齢を考えると、職務規定以前の問題では?」

「だから俺は何もしてないと言ってるでしょうが!?」

彼の叫びを誰も聞いちゃくれない。

アキトの叫びをよそに、プロスペクターにゴート、ジュンの三人が今後の打ち合わせを始めていく。

「まあ、冗談はさて置き、とあえず先ほどの少女、ラピスさんのお話を伺いますか? 事実関係の確認と彼女がどこから来たのか、など聞き出しませんとね」

「そうですね、はっきりとした事を聞いてみないと、分からない事が多いですからね」

「ミスター。念のためドクターにテンカワ、ホシノ両名とあの赤ん坊のDNAを比較してもらうべきでは?」

「……とっく頼んでありますよ、ルリさんとの比較は、ね。あの容姿でしたから…。流石にテンカワさんの方は頼みませんでしたが……」

どこか疲れた様子のプロスペクターである。

「説明、聴きに行かなければならないんですよね……」

その言葉は聞かなかった事にする、ジュンとゴートであった。

 

「冗談って、プロスさん、あんた……」

彼等のやりとりの傍でアキトはようやく理解する。プロスペクターにからかわれていた事に。

……先ほど自覚無しに無視(前話を参照♪)してしまった事の報復なのだろうか? ちょっぴり涙するアキトであった。

 

そんなやり取りの中で、突然アキトの腕を引っ張る者がいた。

「ア・キ・トく〜ん、私たちと一緒に向こうに逝こうね〜♪♪」

アマノ・ヒカルが彼の右腕を掴んでいる。

「うわっ!? いきなり何を!?」

「……まぁいーからいーから」

戸惑う彼の左腕は、マキ・イズミがしっかりと掴んでいる。

「いーからって何が!? て、俺はまだプロスさん達に話が……」

にやり、とした笑みを口元に張り付かせたヒカルとイズミに左右を固められ、アキトは引きずられていく。

「ラピスって子が色々お話してくれるんだよ〜」

「テンカワ君、今後の為になると思うわ」

「今後って何だ!? お話って何!?」

残された男性陣三人は、引きずられて行くアキトをつい見送ってしまう。

「テンカワさん、試練です……」

「……ところでミスター。あの三名はいかように?」

ゴートはある三人の方を指差す。

「「「うへへへへへへへへへへ」」」

壊れてる。

「…………怖いよ……ユリカ……」

「……………ほっときましょう。後で記録映像でも見ていただけばいいでしょう」

あっさり見捨てるプロスであった。

 

 

「……で、気が付いたらここに来てたの。お散歩の後は、ハルナのお誕生日のお祝いをするはずだったのに……」

アキトが引きずられていく先では、ラピス・ラズリがミナトとルリに話をしていた。

ここ、ナデシコへと来る以前の話をしていたようだ。

「起きた時、ハルナがいなくて慌てちゃったよ。どっかに連れて行かれたんじゃないか、て思って……」

話しはこれで終わりらしく、ラピスはお茶を啜りながら一息吐く。

「え〜と、つまり、その子はルリルリの子だけど、未来のルリルリの子、そーゆー事でいいのかな?」

ミナトは目の前の少女、ラピス・ラズリに自分の思った事を確認する。

「そーだよ、ミナト。どーして過去になんか来たのか良く解んないけど」

「……」

お茶を啜るラピス。硬直したままのルリ。そしてにやり、とした笑みを浮べるミナト。

ちょっと怖いかも知れない……

「なんか、話は終わってるみたいだけど……」

「大丈夫、オモイカネが記録してるから♪」

「あとでじっくり見ておいてね、テンカワ君……」

「ならなんで、引きずってまで俺をこっちに連れてくる必要が……」

「気にしない、気にしない♪」

少し離れた場所でアキト達がぼそぼそと話している。その様子をチラリ、と見てからミナトは次の行動に移る。

 

 

「ルリルリ良かったわねぇ〜。あなたの一人勝ちらしいわよ♪」

アキトには届かない程度に声を潜め、ルリに話しかける。

「……」

ミナトの言葉に反応できないルリ。まだ硬直しているようだ。

「初恋は実らないって言うけど、ルリルリは頑張って実らすのねぇ〜」

ミナトはルリの耳元に口を近づけ囁きかける。するとルリの小さな身体がビクッ、と動く。

「……な、何を言っているんですか、ミナトさん。私はテンカワさんの事なんて別に……」

ようやく反応らしい反応をするルリ。彼女はアキトの様子をちらちらと伺いながら、彼には聞こえないように返事をする。

その様子にミナトは(我が意を得たり!)と思い、続けざまに言葉を紡ぐ。

「またまたぁ〜♪ いつもアキト君の事を気にしてたくせに〜♪」

「……あっ、あれはたんにテンカワさんの行動が興味深く、観察していただけで、何か思う事があるわけでは……」

ミナトはにやにやしながら、頬を薄っすらと染めるルリの様子を眺めている。

そして彼女は懐から何かを取り出す。

こっそりと自らの目元に触れたかと思うと、彼女はラピスの腕の中のハルナを抱き上げてルリに向き合う。

「はい、ルリルリ♪ 未来のあなたの娘よ♪ お姉さん、嬉しいわぁ〜。ちゃんと幸せになってくれるみたいで……」

嬉し涙を流しながら、ミナトはルリに赤ん坊を抱かせる。

何故か片手に目薬を持ちながら。

「……………………」

ハルナを突然差し出されたルリは、戸惑いながらもその腕の中に受け入れてしまう。

(この子が未来での私と、テンカワさんの…………子供……?)

自分と同じ色の髪と瞳……白い肌に映えるふっくらとした頬の赤み。それらをゆっくりと観察していく。

小さな手の五本の指。その細い指先の、小さな爪……様々な箇所に目を向けていると、赤ん坊が彼女の頬をぺちぺちと叩く。

「はは〜」

ハルナと言う名のその赤ん坊は、嬉しげな声をあげている。

「…………はは、て……私はまだ……」

小さく呟くルリの頬が段々と赤くなっていく。元が白い分、周りにもその様子ははっきりと解った。

「テ、テンカワさん……」

ギギギギギ、と言う音が聞こえてきそうな仕草でアキトに顔を向け、声を掛けようとする。

「えっ? 何? ルリちゃん」

引きずられてきたばかりのアキトは、状況が飲み込めていないらしく、いつもどうりの表情で答える。

青年の目と自分の目が合った時、ルリの心臓は一段と強く鼓動を打った。

「……………………はうっ!?」

一気に顔中を(実は全身を)真っ赤に染め上げ、ルリの意識は遠のいていく。

「ああっ!! ルリちゃん?! どうしたんだ一体!?」

突然倒れこんだルリをアキトはとっさに赤ん坊ごと抱きとめる。

「あら? ちょっとやりすぎたかしら……」

「ミナトって、昔からこうだったんだね……」

暢気な事を抜かすミナト。

ラピスは一筋の汗を掻きながら様子を見ていた。

「でもやっぱりルリとアキトは昔から仲い〜んだね〜。抱き合うなんていつもの事だけど、いいな〜」

「……ラピスちゃん。その辺りの話もじっくり聞かせてくらるかしら?」

心配げなようすとは裏腹に、のほほんとラピスは呟きミナトは好奇心全開でがしっ! と彼女の肩を掴む。

「興味深い話ですな〜。あの彼がそのようになるとは……」

眼鏡の端を光らせながらプロスもラピスに声をかける。

「て、それよりもルリちゃんを医務室にっ!?」

かなりの慌てた様子で青年は叫ぶが……

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。ルリルリはちょ〜と刺激が強くて意識が跳んじゃっただけだから♪」

「……え〜と、一応イネスさんには僕から連絡入れといたから、すぐに迎えが来るはずなんだけど……」

「……いーのかよ、おい!」

「…………私とテンカワさんが……う〜……う〜……」

「ちち〜はは〜? きゃははは♪」

テンカワ・アキト。

ブリッジで慌てているのは彼一人であった。

赤ん坊は喜んでるし。

 

 

――――――でもって、しばらく後の医務室。

ルリはベッドに寝かされ、ミナトやプロス、ジュン達がイネスの前にいて話を聴いている。

アキトはイネスの『問題ないっ!』 との言葉を信じて食堂に向かっていった。

ちなみにユリカたち三人は電気ショックで昏倒後、意識を取り戻してすぐにイネスの説明に晒されて逃げ出した。そのためこの場にはいなかったりする。

 

「……彼女、ラビス・ラズリの話からすると、彼女達は何年か後の未来から来たと考えられるわ」

イネス女史はラピスから色々と聞き出したらしい。

……ラピスはかなりぐったりとした様子だ……

「うふふふふふふ、せっかくブリッジに説明に行こうとしたとこに急患……じっくりと聞いてもらうわよ? 私の推論と理論、そして彼女から聞いた話から補強し、導き出された”説明”を……」

「いや、もーいーです。何とかわかった様な、わからないような……」

ジュンはイネスの言葉を遮り、話を終わらせようとする。が……

「そ、そんなっ!? 遅延波と先進波がどーとか平行世界がなんたらとか色々あるのにっ!!」

「……平行世界?」

ミナトがイネスの一言に反応してしまった。キラリ、とイネスの瞳が怪しく輝く。

「……ふっふっふっふ、そうなのね? 興味あるのねっ!? ならじっくりと説明してあげましょう!!」

しまった……ミナトがにやりと笑ったイネスを見てそう思った時には遅かった。

「まず、パラレルワールドと言う物の説明からしようかしら? 私たちの世界と同じ歴史を歩みながら些細な部分が変わってしまい、別の世界へと分岐…………」

怒涛の勢いでイネスの説明が流れていく。

「……ん〜と。私、お腹すいたから食堂行くね? オモイカネ、案内して」

『……了解』

「…………で、だから……この………………それで…………なの。そこで…………」

そんなイネス達をよそに、ラピスはハルナを連れて食堂に向かうのであった。

まだまだ続く、説明を後にして。

 

でもって食堂。中途半端な時間のため、かなり空いている。

「うー、うー、説明……赤ちゃん……うー、うー……」

ど真ん中のテーブルでミスマル・ユリカが突っ伏している。遠巻きに時間のずれた整備班の連中もいるが、近寄ろうとはしない。

「…………ユリカ、とりあえず邪魔だからとっとと出てくか、なんか頼むかしてくれ……」

「うー、うー、……火星丼一つ……」

食欲はあるようだ。

「……大丈夫か、おまえ?」

心配、と言うよりも何か引きながらアキトは呟く。

「う〜、う〜、パラドックスが平行世界で同列の素粒子がラプラスの……」

「ほんとーに大丈夫か? 本気で言ってる事がわけ分からんぞ?」

いろんな意味で不安になるアキトであった。

「……ま、まあいいか。ホウメイさん、火星丼一つ〜」

「はいよー! 火星丼ね!!」

一筋の汗を流しつつ、アキトは厨房に戻りつつオーダーを通すのであった。……ここは食券制だった筈なのだが。

まあ、いつもの光景と言えばいつもの事。整備班の連中が食事に集中する。しばらくすると食堂の入り口から見知らぬ少女がやって来た。

「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、あっ! アキト見っけ♪ アキト〜♪ ご飯〜ご飯〜♪」

「ちち〜♪」

「…………へ?」

とてとてっ、と桃色の髪をなびかせながらアキトに近付く少女。少女はかなりの小柄で、青年の胸辺りまでしか背が届かない。

その姿に食事中である整備班の、とある人物が萌えているが、気にせず少女は口を開く。

「私はオムライス、ハルナは煮込みうどんね〜」

様々な面々が見守る中、少女は慣れた様子でアキトに注文をする。

「……え〜と、ラピスちゃんだっけ? ここは食券制で……て、IDもってないか……困ったな……」

少々困った様子で頭を掻くアキト。

「おや、嬢ちゃん。あんたテンカワの知り合いかい?」

「あ、いや、俺の知り合いと言うか、何と言うか……」

「あ、ホウメイさんだ。私、ラピス・ラズリ。こっちはハルナ。私の大事な妹だよ♪」

火星丼が出来上がったらしく、ホウメイがラピスに気が付き声をかける。そしてラピスはとても嬉しそうにハルナを紹介する。

「ほほう。嬢ちゃん、いくつだい? 若いのに赤ん坊を抱き慣れてるようだし、しっかり世話をしてるようだね?」

ホウメイがラピス達の様子に感心しながら声をかける。

「ほえっ? ラピス、十九歳だよ?」

「えぇっ?!」

(十四、五歳位だとばかり………)

ラピスの答えに思いっきり意外そうな声を上げるアキト。その声が元で食堂中の視線が集まるのだが彼は気付かない。

「う〜、う〜、不確定な未来の確定要素とカオス理論がファジーに核分裂……」

例外もいるが。てか、ほんとに何を説明された?

「? 何、アキト?」

「あ、え〜と。その子、もう色々食べれるの? 赤ん坊ならミルクとかの方が……」

自分に注がれる視線に気付かぬまま、彼は少女に話しかけてしまう。

その事が自分の運命を決定付けてしまう事に気付かぬまま。

「ハルナはもう一歳だよ〜? とっくに離乳食あげてるよ。ルリは母乳をあげたがるけど、アキトが「乳離れ出来なくなるからっ!!」ていつも色々作ってるし……」

「「「「「「「…………るり? あきとぉっ!?」」」」」」」

一斉に食堂にいる人間が、整備班の主だった者達が大声を上げて反応する。

「ぬわっ!? なんだっ! どーしたんだ皆!?」

アキトは事態の大きさに気付かずに、戸惑いの眼差しで回りを見渡す。

「……ほえ? どーしたのアキト? あれ? ここ食堂? あれれ?」

ようやくユリカが正気に戻り、どこかボケた様子でほえほえと話し始める。どうやってここに来たのか自分でも良く分かっていない様子だ。

だかその事は大した問題では無かった。彼らには、整備班の人間達には。

「……なぁ、嬢ちゃん……ラピスちゃんとか言ったか……? その赤ん坊の名前は何だっけ……?」

ゆらり、と眼鏡を掛けた三十絡みの男性が椅子から立ち上がりながら、少女に声をかける。

「テンカワ・ハルナ♪」

少女はなんの躊躇もためらいも無くそう告げた。

男性の視線は眼鏡に隠れていて、彼女からは見えない。

「……そのハルナちゃんの両親は、なんて名前だい……?」

「テンカワ・アキト♪ おかーさんはルリ♪」

ラピス、即答。一斉にアキトに視線が集まる。

「へ? へっ? な、なんすかウリさん?」

言うまでも無く、赤ん坊は彼ら整備班のアイドル、ホシノ・ルリに特徴が良く似ている。

そして、ラピスは母親としてルリの名を出している。結果……

 

 

 

 

「「「「「「「「「……………テンカワぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」」」」」」

 

と、こうなった。

「なんでじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

疑問の叫びを上げつつ即行で逃げ出す辺り、青年の普段からの生活が偲ばれる……

そしてその青年を追い、その場に居たほとんどの者が食堂を飛び出して行く。

「あれ? 追いかけっこ? いつも元気だね〜、改造おじさん」

「ラピスちゃん、今のは流石にまずいと寝ぼけ状態のユリカも思っちゃうんだけども……て、改造おじさんて、ウリバタケさん?」

「うん、ウリピーとも言うよね♪」

呑気すぎる彼女らだった。

「やれやれ、みんな食べかけだよ。後でみっちり絞っとかないとね〜」

「ホウメイさん、そーゆう問題ですか?」

一筋の汗を流しながらユリカはとりあえず突っ込んでおくのであった。

「はっ!? と、とりあえずオモイカネ!! ブリッジに繋いで!! ……あ、メグミさん? 何でもいいからアキトの所在のサーチと退路の確保を!! 私もすぐにそっちに行きます!!」

てきぱきと指示を出しながら、食堂を飛び出して行くユリカであった。

「…………嬢ちゃん。この火星丼、食べてくかい?」

「うん♪ いっただきま〜す♪」

とりあえず、食堂は平和だった。

 

 

 

医務室。ベッドに横たわるその少女は、夢を見ていた。

その夢の中は、少女の想いが流れている。記憶、思い出、感情……

何かを望む事すら出来なかった、少女の想い……大切な想い達……

 

――――ただ、気になっていた。ナデシコに乗る他の人たちとは違う『普通の人』の彼が。

初めて会った時、また馬鹿が一人増えたと思った……

でも、気が付いたら私もその一人だった。

そしてあの人は優しかった。

時には辛辣な、ひどい事を言っているはずの私にすら優しかった。

……気が付けば私はあの人の事をいつも見ていた。

 

ピースランドの父母は遺伝子的には親であっても、家族にはなれない。

天涯孤独……自分には家族などいない。

あえて家族と言うならば、このナデシコの人たち。これ以上の存在など、得られはしないと思っていた。

だが、未来の自分は家族を、家庭を……娘と夫を得ている。

届かないと思っていた。得られないと思っていた。

それを手に出来る……自分には未来が、将来がある事にやっと気づいた。

 

自分の肉親、家族が得られる。それは自分がこの世にいた証、自らの血肉を分け与えた我が子。

自分は道具ではない一人の人間として、幸せになれる。

自分は一人の少女から、一人の女性に……一人の母になれる……

自分はもう、子供ではいられない。

自分は、流されるままに生きてきたから。

自分が踏み出さなければならない時が、近づいているから。

自分は…………あの人のそばに、いたいから……

 

 

ルリの意識が覚醒する。

 

 

 

 

ところ変わってブリッジ。ユリカはとっくに到着し、様々な指示を出していた。

「……とにかく、アキトの身の安全を最優先してください。整備班の人たちの動向は?」

「いまだにテンカワを追い掛け回しているよ。中には怪しげな装置を持ち出している者も……どうする、ユリカ?」

「整備班、数人が新たに合流!! 探索の範囲を絞っています!! アキトさんとの接触は時間の問題です!!」

「イズミさん、ヒカルさん。アキトの元に向かってください。装備は鎮圧用マシンガンと拘束用特殊ワイヤーを。イネスさん、ルリちゃんは起きましたか? 起きたら出来るだけ早くブリッジに……え? いない!? どうしたんですかっ!!」

ブリッジは戦闘中の如く騒然としていた。

と、そこへ緊迫した声をメグミ・レイナードが上げる。

「艦内にボソン反応! ……これは…………か、艦長の真後ろです!!」

「えっ?」

「まさか、木蓮のボソン砲か!!」

騒然とするブリッジの中に、キラキラと光る何かが実体化する。

「……うわ〜懐かしいな〜、ほんとにナデシコのブリッジだ〜。さっすがイネスさん、うまくいったみたい♪」

光の消えた後、青みのある艶やかな黒髪を肩で切り揃えた妙齢の美女が姿を現した。

「こんにちは〜♪ ミスマル・ユリカで〜す♪ ラピちゃんとハルナちゃんを迎えに来ました〜♪」

「「「「「「……………………………………………………まじですか?」」」」」」

事態はより一層、混迷を深めていくのであった……

 

 

≪次回に続くっ!!≫

次の話へ進む

ADZさんの部屋// 投稿作品の部屋// トップ2


後書きっぽい物。

 

こんにちわ、ADZです。

お持ちいただいた方には、長らく時間をかけてしまって申し訳ありませんでした。

ここに「そのニ・桃色妖精」をお贈りいたします。

え? 前のは「前編」だった? そんな事言う人嫌いです(笑)

修正してその一、その二に変わりました。色々書いている内に収まりそうに無くなった物で……(平伏)

 

次回、本当にいつになるのか判りませんが、早い内にまたお会いできるよう、頑張ります。

ではまた、いつの日にか。


b83yrの感想

ADZさん、黙っていれば気がつかない人も多いものを(笑)

でも、子持ちのルリって良いですよね、ルリは将来本当に幸せになれるんだって感じで♪

(04/02/15)

ヨグさんが挿絵を付けてくれました

ヨグさんの部屋でも絵を見ることが出来ます

次の話へ進む

ADZさんの部屋// 投稿作品の部屋// トップ2



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送