元々私の居た研究所はネルガルの系列、その末端の施設だったのだが、そこの独断で私のような子供を創り出し、実験に使っていたようだ。

当然本社には伝えず、多くの命を弄んでいた。

何故そのような事が出来たのか? それはある重役がくりむぞんだかどこかの人間と通じていて、情報の横流しをする見返りに資金を得て、秘密裏に研究を行わせていたからのようだ。

きっと研究が上手くいっていたら、いずれ私もくりむぞんだかどこかに連れて行かれていたのだろう。

まあ、いくらなんでも何時までも隠しおおせるわけも無く、結果として私はアカツキの指示で連れ出され、その重役は社会的地位など様々な物を失ったらしい。

連れ出された私はルリと暮らす事になった。

ルリは色々と面倒を見てくれはするが、やはり手の行き届かない事も多い。当時は気になどしていなかったが、彼女の私の扱いはかなり拙いものだった。

当然と言えば当然だ。幼子の面倒など彼女は見た事など無いのだから。

それでも彼女はミナトなどに教わりながら、一生懸命に私のために尽くし、与えてくれた。

食事、洗濯、掃除など人として必要な事。

優しさ、厳しさ、温もり、安らぎ。家族として大切な、必要な物を。

ルリは私を大切にしてくれた。甘くなく、屹然とした態度で接していたかと思えば抱き締めてくれる。

そんな彼女を私は"お母さん"だと思っていた。

暫くした頃に私はイネスの所で勉強する事になった。

社会常識。一般教養。小学、中学生で学ぶ範囲。などなど私に欠落している部分を補うのが目的だった。

とくに深刻だったのは、知識があってもそれは本やコンピューターなどにある物をそのまま使っているだけでしかない、という事だろう。

そしてまともに人とコミニュケーションが取れない部分。

問題は山積みだった。

時にはイネスはそんな私を街に連れ出し、色々と歩き回る事もあった。

  「こういう事も知っておかないとね?」
などと言っては私を服のお店やらケーキの美味しいお店などに連れ込む。

最初の頃私は『美味しい』という事が判らなかったのだが、みんなのおかげで知る事が出来た。

もちろんご飯の美味しさはアキトとルリが教えてくれたのだが、お菓子の美味しさはイネスだったりする。

イネス曰く、「糖分、糖質とは脳のエネルギーとして最も重要な物の一つであり酸素と共に必要不可欠な物なのよ。私のような研究員などの頭脳労働専門の人間にとってその摂取は必然であり義務なの。だからこれだって本来なら必要経費で落としたいくらいなのだけどもケーキバイキングなんてあの極楽トンボはともかくエリナさんが認めてくれたりなんて(以下省略)」

と言われてからあまり聞かないようにしてるけどね。

…………なんであんなに食べて太らないんだろう、イネスって。私もあんまり体重増えないけど。

 「ふふふふふふふふ、私が何の努力もして無いと思って? きちんとメニューを組んで毎日適度な運動を(やっぱり以下省略)」

それでも十個以上は食べすぎだと思う。

こんな事をしてるけど、当然いい事ばかりではない。当時の私は気付いてなかった。いや、故意に忘れていた。自分の容姿が周りと違う事を。

…………自分が造られた人間だという事を。

 




優しさの中で

その三・藍色女神

 





ブリッジにミスマル・ユリカがボソンジャンプにより出現した時から暫く遡り、医務室。


目を覚まし瞼を開くと、白い天井が少女の視界に飛び込んでくる。

あたりを見渡すと、白いカーテンで周りを仕切られている。消毒液の匂いがツン、と鼻をつく。

(ここは……医務室、でしょうか? 私は一体……)

少女は身を起こしながら記憶を辿る。

履物を探し、綺麗に揃えてあるそれを見つけると、ベッドの端に腰掛ながら自らの足を差し込んだ。

(あ……そうだ。私はブリッジで……わ、私とテンカワさんの未来での赤ん坊を抱かせられて……)

思い返した記憶に顔を真っ赤に染め、火照る頬にぎこちなく手を触れて少女は立ち上がる。

(うううう、顔が熱いです……どーしてですか?)

少々落ち着かないままに、少女は息を殺してカーテンの隙間から部屋の様子をを伺う。その隙間からこちらに背を向け、椅子に腰掛けた金髪の人物がチラリと見えた。

その人物は楽しそうに書類を纏めている。

これからどうしようか迷っている少女の耳に、その人物の声が届く。

 「……ふふふふふふふふふふ。ルリちゃんが起きたら早速説明してあげなくちゃ……楽しみだわ〜♪ ……とと、ボールペンのインクが切れちゃったわね……予備は、と……あら? 切らしちゃってるわね。倉庫に取りに行ってこなきゃ♪」

その人物、イネス・フレサンジュが嬉々とした様子で部屋を出て行く。残された少女、ホシノ・ルリはカーテンの隙間をすり抜け、あたりを見回してみる。

 「誰も……いませんね。今のうちにここは離れた方が良さそうです。」

そう呟き、医務室を出て行く。廊下に出ると遠くにイネスの後姿が見えた。

その姿を確認すると、イネスとは逆方向へと歩き出す。

とぼとぼと、どこかへと向かうでもなく少女は通路を進む。

ただただ歩き続け、時折よろめく。

自分が何をしたいのか、どこに行きたいのかも分からず、ふらふらと歩いていた。

(ブリッジに行かないと……でも、テンカワさんに会いたい……)

何故、自分がこんなに悩んでいるのか。それは分かっている。

自分の想いをはっきりと自覚した筈なのだが、それを認め難い思いもあり悩む。少女は着実に成長を続けているが故に、考えすぎてしまうのだ。

(会って確認したい……私の気持ち。私はあの人のそばに居たい……だけど、それってなんていう感情? 本当に好き、なの……?)

そんな時、誰かがルリに呼びかける。

 「あっ、ルリ〜♪ 一緒にお風呂行こう、お風呂♪」
 「はは〜おふろ〜♪」
 「…………………………はい?」

今ナデシコ中で話題になっている少女と赤ん坊に、浴場へと連れさらわれる悩める少女ホシノ・ルリ、十三歳であった。




――ブリッジ。驚愕により硬直している面々を一人の美女が見回している。


 「…………あれ? みんな止まってる……やっぱり『ぶいっ!』とやった方が良かったのかな……?」

その人物は何かの装置らしき小さめのクーラーボックス程度の大きさの、いくつかのスイッチの付いた物体を脇に抱えていた。

のんきなボケボケとしたピントのずれた発言。網膜パターン、声紋、その他もろもろ……少々歳を取ってはいるが、彼女は間違いなくミスマル・ユリカなのだろう。

オモイカネは冷静に分析していた。同一人物が同時に存在する。その事に少々困惑するのだが『ま、いいや』と結論をだす。

なんともアバウト、ではなく。柔軟な対応をするAIである。

静寂の満ちるブリッジ。その静かな空間を切り裂く叫びが、みなの視線の集まる人物と同じ色の髪をした女性が発する。

 「…………も、もしかして生き別れか何かの私のお姉さんっ!?」

と、女性、若い方のユリカが言い出す。

 「そんな。お、お父様に隠し子がいたなんて!!」

何かショックを受けている様子で、いやいやするように両手を左右に振ると、その女性に飛びつく。

 「お姉様、お父様に認知してもらわないと!!」

 「「「「「「いや、違うって。未来のあんただってば」」」」」」

 「ほえ? 違うの? へ? 未来???」

ブリッジクルーの総突っ込み。微妙に艦長に対しての物ではない言い方だが、気にするような人物はジュン一人しかいないのでさらりと流す。


 「あ、あのですね。宜しければ今一度自己紹介などを……。艦長、とお呼びするわけにも参りませんし……」

ユリカを無視し、プロスは努めて冷静に対処しようとする。無意味に電卓を出してはしまっているので動揺しているのかもしれない。

 「では改めて。皆さんこんにちは。ミスマル・ユリカで〜す♪ ラピちゃんとハルナちゃんを多分十年後位から追っかけて来ました〜♪」

 「「「「「多分かいっ!!」」」」」

 「うわ、息ぴったし」

のほほんと呟くユリカにプロスは囁くように尋ねる。

 「ではミスマルさん。追いかけて来た、とは何年か後にはタイムマシンのような物が実用化されているのですかな?」

プロスは気になっていた事を尋ねる。先ほどのラピスとの話の時には聞けなかった事を。

何より彼女は幼く、あまり長々と事情を聞くわけにもいかなかった。

気が付いた時はかなりの疲労をしていたのだ。

……まあ、疲労の原因の多くはイネス女史なのだが。

 「そんな物、有りませんよ? 今回のは以前から研究されていたジャンプのトレースシステムで追いかけてきただけですもん、結構多いんですよ〜、ジャンプ事故って。それでその行方不明者の行き先を探し出すための物なんです」

のほほんと洒落にならない事を言い放ち、抱えていた物体を床に降ろす。

 「大抵はちゃんと人のいる所、つまり生存可能な所に出るみたいなんですけど、たまにまずいところに出ちゃう人いるんです。月面コロニーの外とか。そして稀な例として、過去、あるいは未来の時間軸に出る事もあります。多分、こちらのナデシコでも火星から戻ってくる時に経験した事あると思いますけど……これは精々、数年単位までですね。大抵は数時間、数日ずれた『同一世界』に出るはずなんですよね〜」

 「で、これがその為の、ジャンプしちゃった人をトレースして追いかけるための器械の試作品です。対になる機械の有る所に戻る事しか出来ないんで、タイムマシンてのは無理です……て、偉そうに言ってますけど、この器械の詳しい事は私も良くわかってないので、質問はしないでね♪  て、どーしたんですか、皆さん。そんな不思議そうな顔して?」

語尾を切り、あたりを見回すと呆然としたクルー達。未来から来たというユリカは、きょとんとする。

 「「「「「「いや、長い台詞と説明で、とても普段の艦長からは想像も付かないしっかりとした姿だったから……」」」」」

 「……もしかして私、酷い事言われてる?」

 「さてと、こちらの状況教えていただけますか? なるべく早く連れて帰らないと、向こうのルリちゃんが寝込んじゃうんで」

ブリッジの面々の言葉に、元から居るユリカは汗を一筋流しながら呟くが、黙殺されてしまった。

 「おお、そうでしたな。では、状況の説明を一つ。…………ドクターは来ませんな。では僭越ながらわたくしめが」

プロスがこほん、と一つ咳払いをして説明をはじめる。

 「簡単に言いますと、ラピスさんが食堂にてハルナさんのご両親の名を上げてしまい、ウリバタケ班長を筆頭にテンカワ氏を追い掛け回しています。そしてラピスさん、ハルナさん、それからルリさんの現在位置が不明となっています」

 「……ラピちゃん。やっぱりやっちゃったのね」

ある程度の予想をしていたのか動じる事無く呟くと、溜息を一つ吐きつつ未来のユリカはオモイカネに呼びかける。

 「まずは、ラピちゃんを抑えておかないとまずいですね。ウリバタケさん達と合流する人増やしちゃうかも知れませんから。てことだからオモイカネ、お願いね♪」

 『…………三人とも取り込み中。プライバシーの保護。命の洗濯』

 「あ、そなんだ。それじゃあすぐには通信繋げられないね。じゃあ三人の用事が終わったら通信繋いでね。それでアキトは?」

てきぱきと指示を出す未来ユリカ。

その目の前にウインドウが開き、件の人物が映し出される。


 『なんで俺がこんな目にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?』

 『待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! テンカワぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

逃げるアキト。追う整備班。

数人の整備班の手には、自作と思われる怪しげな機器が握られている。

 『ぬう、流石テンカワ。脚が速い!! 伊達に常日頃から艦長達に追い回されてはいないな!! だがしかし、だがしかーし!! こんな事もあろうかとその先には捕獲ネットのトラップが!!』

 『ぬお!!』『あ、脚がぁぁぁ!!』『うごぉ!?』『た、隊長!! 俺はもう駄目です!!』

 『て、お前らが引っ掛かってどうするぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!? テンカワ見失っただろうがぁぁぁ!!』

そしてアキトの姿はウインドウの外へと消え、残された整備員達は必死に網から逃れようともがき、より複雑に絡まっていく。

 「…………ま、いっか」

未来ユリカは一言呟くとウインドウを閉じ、ブリッジの面々に向き直る。

 「それじゃあアキトの予測進路を割り出して、先回りして保護するか、あの人達の邪魔するかですね」

 「あのぅ〜、なんであの人が指揮してるんでしょうか? 艦長は私なんですけど〜」

然程誰も気にせずに、アキト保護の作戦が未来ユリカによって立案されていくブリッジだった。




かぽ〜ん。ナデシコの誇る大浴場。その場所ではそんな音が響き渡る。

 「…………」
 「ふんふんふんふ〜んふんふん♪」
 「だぁだぁ〜♪」

湯気の立ち昇る湯船にのんびりと浸かる、三つの人影があった。

三つの影、二人の少女と一人の赤ん坊。彼女らは仲良く、広くゆったりとした湯船で入浴を満喫していた。

少女のうち一人は、ご機嫌な様子で鼻歌を歌っている。

 「お風呂はいいよね〜。人類の文化の極み、て奴?」

 「だぁ♪」

 「……………………はっ!? 何故のんびりと湯船に!?」

三人の内の一人、今まで呆然としていた少女が、ざぱぁと音を立てて立ち上がる。

 「はは〜、かたまでじゅうっ♪」

突然湯船から出ようとした少女、ホシノ・ルリを赤ん坊がその一言で止める。

そしてルリはゆっくりと視線を動かし、赤ん坊と、赤ん坊を抱いて湯に浸からせている少女を見つめる。

じっ、と見てみる。まずは赤ん坊を、未来での自分の娘だと言うハルナという女の子を。

自分と同じ色の髪、肌、そして、金の瞳。

これは確かに自身に良く似ている。似過ぎている。

柔らかそうなふわふわとした髪は、長く伸ばしたら自分と同じ、巻き毛ぎみの癖が出てきそうだ。

 「だぁだぁ♪」

赤ん坊は実に楽しそうに、ぱしゃぱしゃと湯をかき混ぜている。



続いて桃色の髪の少女、確かラピスと名乗った少女を観察する。

こちらも肌は白い。ルリの青白い、一種の病的な物を感じさせるそれと比べると、多少うらやましく見える健康的な白さだ。

顔を見れば自分と同じ金の瞳なのに、その輝きの現れ方は自分とはまるで違う。見ているとコロコロと眼の輝き具合が変わる。

そして彼女の整った顔を彩る表情達は、自分などよりも遥かに表現豊かなのだろうと思わせるものだ。

視線を降ろすと、胸は自分よりはある……これは当然か、歳がいくつか上なのだろうから。

痩せ気味ではあるが、それなりに肉の付いた肢体はルリの眼から見ても魅力的に写る。

おそらくは十三、四歳と言ったところか?(注・この時点だとルリはラピスの歳を知らないのです)

続けてルリは自分の身体を見下ろしてみる。

青白い肌、平坦な胸。がりがりと言っていいほど細い手足。

ほとんど肉など付いていないものの、腹部のその丸みは自身の幼児体型を否応無しに自覚させる。

いまいち将来性を感じ取れない。

 「ん〜? どしたの、ルリ。じっと自分の胸なんか見て。湯冷めするよ?」

 「なんでもないです……」

ルリはそう呟くと再び湯に浸かる。

ちらちらと横目でラピスを伺う。

 「あのう、聞いてみていいですか? その未来の事を」

 「ほえ? い〜よ〜、なんでも聞いて〜♪」

多少ためらいながらルリは聞くのだが、ラピスは然程気にせずのんびりと答える。

未来を知る事への恐怖と、知りたいと言う想いがルリを不安定な心理へと追い込む。

 「あ、あのですね。本当にこの子は、わ、私の産む事になるあ、あああ、赤ちゃんなのでしょうか?」

ルリの顔は『赤ちゃん』の部分で朱色に染まる。

 「そーだよ〜。えっと、ルリは今何歳? 十三? じゃあ、あと九年先だね〜」

 「九年……私が二十二歳の時ですか。そ、それで私は一体何時頃テテテテテンカワさんとけ、けけけけけけけけ」

 「け? 毛なら生えるのは十……」

 「毛ではなく、結婚です!! てか一体どこの毛の事ですか!! テンカワさんと私は何時、結婚……するのか、です……」

段々とルリの声が小さくなる。

 「んとね、恋人になったのは十八でね、結婚はルリが二十歳の時」

 「二十歳……十八歳……まだまだ時間は有るのですね。なら、なら胸だ「あ、私より小さいよ。ルリの胸。それで最近は一緒にお風呂入ってくれなくなったのかな? どー思う、ルリ?」はうぅっ!?」

だかしかし、ラピスの言葉によって凍りついたルリは返事も出来ず、湯船に沈んでいった。




 「ううう、胸の事はもういーです」

口元まで湯に浸かり、ぶくぶくと泡を吐き出しながらルリは話を変える。

 「その、未来の私とラピスさんは、一体どのような関係なのですか?」

一往気になっていた事を尋ねる。

どうも話を聞いているだけなのだが、やたらとラピスが「ルリ」を信頼、慕っているように感じた。

現在の自分、"ホシノ・ルリ"はとても人に慕われるような存在ではない。

生意気無愛想、可愛げの無い存在。誰かと進んで交流を持つ事もせず、ただただ日々の仕事をこなすだけの存在。

誰かに好かれる事など、今まで考えも付かなかった。

本人としてはこう思っているのだからどうにも違和感が付きまとう。実際にクルーに聞いて回れば、かなり違う事を言われるはずだが。

人間、自分の事は良くわからないものだ。

 「えっとね〜、私どっかの非合法なラボに居てね、毎日いろんな実験させられてたの。ルリはね、そこから助け出された私をね、引き取って妹にしてくれたの。それまでナンバーしか無かった私に、名前もくれたんだ。えへへへ、日本語だとルリと同じ意味の名前なんだよ♪」

ラピスの話す内容。その中には眉根を寄せ、嫌悪する部分もあった。

だがそれ以上に嬉しそうに語る内容は、自分にとっては信じられない物も混じっている。

未来の自分は、自分よりも酷い環境に育った彼女に同情したのかとも思えた。

だが彼女の様子は、そう思う事を失礼だと思わせるくらいに嬉しそうだった。

彼女は、愛されている。ラボでの生活の記憶を吹き飛ばすほどに未来の自分に、その家族、友人達に愛されているのだと。

少し嫉妬するほど、彼女の笑顔が、ラピスの幸せそうな顔が眩しかった。

 「それでね。ルリは優しくて、しっかりしてて。それで暖かくて……私、大好きなんだ」

 「そう、ですか……」

戸惑い、困惑するルリ。本当にラピスの語る人物は未来の自分なのだろうか? 同じ名前の別人ではないのか?

そもそも本当に彼女らは未来から来たのかも考えてみればわからない。

(やはりイネスさんに話を聞いた方が良かったのかも。でもね、チョット遠慮したいのよね)

 「さてと、私はそろそろ上がりますね」

それでも話を聞くしかなかろうと、ちょっぴり憂鬱な気分になりながら立ち上がり、脱衣所へと向かうルリだった。

 「あ、私も出る〜」

 「だぁ♪」

脱衣所へと向かい衣服を身に着けると、仲良く湯上りの牛乳を飲む三人。

 『ルリ、ブリッジから通信。三人に』

牛乳瓶を回収箱に放り込むと同時にウインドウが開き、そこにはルリにとって見慣れない、だが見覚えのある人物が映し出される。

 「あれ? あの方は一体……」

 「あれれ? ユリカがいる〜。どしたの? てかどーやってこっちの世界に来たの??」

ルリとラピスの目の前のウインドウに映るのは未来ユリカだった。

 「あ、ルリ。これが私の知ってるユリカ。ついでに三十路」

 「そうなんですか? この方が未来の艦長……て、三十路?」

藍色とも呼べる黒髪の美女は、困った様子の苦笑い(にがわらい)を浮かべ、ラピスに視線を向けると安心した表情を浮かべる。

 『あははははは、これとか三十路は酷いね、ラピちゃん。それとこんにちは、ルリちゃん。私がラピちゃんのいた時代のミスマル・ユリカです』

口では酷いと言ってはいるが、実は気にしていない様子である。

 『えっとね。イネスさんの作ったこれでラピちゃんとハルナちゃん追いかけてきたんだけどね』

そう言うと小さめのクーラーボックスを画面に映し、ラピスに見せる。

 『まずかったかな〜、やっぱり。未来と言うか、アキトとルリちゃんの話題になっちゃって、色々と話してたらこっちの私が『アキト〜!!!』とか言いながらブリッジ飛び出していっちゃったの。てへ♪』

 「えーと、相変わらずうっかりさんだね。ユリカって」

 「だぁ〜だあ〜♪」

のんきな会話をする未来の住人に、ルリはぼんやりと視線を向ける。

 「あの、それでテンカワさんは?」

兎角、ルリの心情はこの数時間で急激に動き始めている。

今まで淡く感じていた想い。それに火が点いたのだ。

怖くてはっきりとは本人には断言出来ないままだが、アキトに会えばきっと何かが解る。そう感じている。

 『えーとね、ミナトさんとヒカルさんとイズミさんに行ってもらったんだけど、急がないとこっちの私が何するか心配だね』

 「ユリカにユリカの事わからないの?」

 『えっとねラピちゃん。流石に私にもこっちの私が何考えてるのか読み切れないんだよ。多分こっちのアキトの所にまっしぐら!! だとは思うけど』

 「う〜ん、どうしよっか? やっぱり包囲殲滅?」

 「だぁ〜」

 『殲滅しちゃ駄目だってばラピちゃん。一往"私"なんだし。死んじゃったらこっちの世界の人たち困っちゃうよ? 自信ないから多分だけど』

 「……あのう、私もテンカワさんの所に行ってはいけないでしょうか?」

誰も止めないためいつまでも続くかと思われたボケた会話。それをを止めたのはルリだった。

 「どうしてテンカワさんが追われているのか解りませんが、私心配です。どうしてそう思うのか、はっきりとは私にもわかりませんけど心配なんです」

ルリの言葉にユリカは微笑を浮かべると、それが次第ににんまりとした笑顔に変わる。

 『うんうん。やっぱりそうだよね。じゃあルリちゃんとラピちゃんはオモイカネの誘導に従って、アキトのとこに行ってあげて』

 「はい。ではオモイカネ、お願いします。ラピスさん、行きましょう」

 「は〜い。んじゃお父さんのとこ行こっか、ハルナ?」

 「お、お父さんて……」

 「ちち〜? だぁ〜、ごはん〜♪」

 「さっき食べたばっかりなのに、しょうがない子だね〜♪」

のんきな会話をしながら、アキトの元へと向かう三人であった。

そして、閉じられたウインドウの向こう側で。

(こっちのルリちゃんは向こうのルリちゃんより自覚が早いね。ハルナちゃんのせいかな? まったく、あのままだとこっちの私はどうなるんだかね〜?)

深く、とても長い溜息を吐く未来ユリカである。






彼は走っていた。

今も彼は追われている。時折振り返れば彼を追う人影がチラリと見えた。

食堂飛び出し、時折休みながら追っ手をかわし、ただひたすらに走り続けている。

何故自分は逃げているのか。何故追われているのか。今一よく解ってはいない。

確かにあの少女があげた赤ん坊の両親の名前は自分とルリだった。

だがアキトには身に覚えが無いし、ルリが子を宿したなどという事も無いはずだ。

だから少なくとも『今の自分』の子供ではない。

(ボソンジャンプ、か……)

思い至るのは自身の特異体質の事。自分はかつて二週間の時を越えたことがある。その事から考えればあの赤ん坊は未来からジャンプして来たということだろうか?

だがそれでもと、アキトは思う。

 『自分なんかが、人の親になっていいのだろうか? 自分なんかが、ルリちゃんに相手してもらえるはずがあるだろうか?』

あくまでも自分を低く見てしまうアキト。

普段ユリカ達から逃げてしまうのは自信の無さから。

何より、自分が臆病だと知っているから。何も出来ないと半ば思い込んでいるから。

それ故に彼は人より努力する。パイロットとコック(見習い)、その両立など半端な人間ではできる事ではない事柄。

だからこそ、彼に惹かれる者が多いのだが、彼は気付かない。

 「避けてっ!! テンカワ君!!」

考え込みながら走るアキトの前方にマキ・イズミが突然現れ叫んだ。サブマシンガンを乱射しながら。

様々な断末魔の声を上げて倒れていく男達。

 「イ、イズミちゃん、洒落にならないよ、それ……」

じっとりと汗をかきながら、アキトは恐る恐る声をかける。

 「……大丈夫よ、テンカワ君。これ、ゴム弾だから」

 「その『ウリバタケ印』が気になるんだけど、俺……」

 「気にしてはだめよ。……自分の改造銃で撃たれたのなら、彼も本望よ」

 「いや、その、ゴム弾って、普通の銃でも痛いし……」

 「……弾も彼の特性ゴム弾よ……」

 「はいは〜い。ウリピーたちは私達に任せて、アキト君はルリルリの所に行ってあげてね〜」

 「そうそう。お姫様がお待ちかねよぉ〜アキト君?」

何処からかヒカルとミナトが姿を現し、ウリバタケ以下整備班の面々を縛り上げていく。

ミナトが指し示す方向には、二人の少女が立ち並んでいる。

桃色の髪と、そして蒼銀の髪の少女たちが。



 

 


――ナデシコ艦内某所、ある女性の独り言――
 
 「うふふふふふふふ。待っててね、アキト。すぐ行くからね♪ そして私とランデブ〜♪ きゃあ♪」


正体がバレバレなこの人は、はたして何をするつもりなのか。

事態の収束はまだまだ遠い……

 

≪続くのか!?≫

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 後書き。

こんにちは、ADZです。

半年振りの更新で御座います(土下座)

それにしても、後書きって書くこと無いですね……

 

ではまた次回、お会いしましょう……(いつになるんだかね……)


b83yrの感想

う〜む、やっぱユリカってアキトとくっ付けないで、『ユリカのキャラクターだけ』を活かすようにした方が面白いキャラのような

そうそう

>>「二十歳……十八歳……まだまだ時間は有るのですね。なら、なら胸だ「あ、私より小さいよ。ルリの胸。それで最近は一緒にお風呂入ってくれなくなったのかな? どー思う、ルリ?」はうぅっ!?」

やっぱ、ルリはそうでなくちゃいかんっ!!(おぃ・・)

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