アキトは遅くなってしまった仕事の帰りの電車ですこし変わった物をみた

客の影はまばらで座席は空いているというのに、座ろうとせず立ったままでいる女性、いや、少女かもしれない、ともかく後姿しか見えないので、はっきりとは言えないが

普段なら、それでも左程気にしないのだが、その後姿には何処か見覚えがある

ナデシコでは、複数の女性達に好意を持たれ追い掛け回されていたアキト

人はそれを羨ましい等というが、優柔不断なアキトにとってはそれはかえって苦痛でしかなく、結局は誰も選ぶことなく・・・いや、選べなかったという方が正しいだろう

結局、ナデシコを降りた後は、それらの女性達とも疎遠になっていた

もし、その後姿が、アキトを追いかけていた女性達の誰かだったならば、こっそりと車両を移っていたのだろうが

・・・あの髪の毛の色、ツインテール・・・もしかして・・・

「もしかしてルリちゃん?」

「あれっ、テンカワさん、久しぶりです、でも、どうしたんですこんな時間に」


天秤

第1話


それは、アキトの思った通り元ナデシコオペレーター、ホシノルリ

「仕事遅くなっちゃって、でも、ルリちゃんの方こそどうしたの?、こんな時間に」

「私も軍の仕事の帰りです」

「軍・・・」

正直に言えば、アキトは軍にあまり良い感情をもっていない

「テンカワさんは、軍にあまり良い感情を持ってないでしょうけど、贅沢は言ってられないですから」

まるで、アキトの心を見透かしたようにルリ

「贅沢はいってられないって、ルリちゃんだったら他に仕事はいくらでも有るんじゃ?」

「それが、そう都合良くもいかないんですよ」

ルリは、その特殊な生い立ちを買われ、まだ小さな頃にネルガルに引き取られ、ナデシコのオペレーターのとしての特殊な教育を小さな頃から受けてきた

確かにルリは『優秀』ではある、それはアキトも良く解っている

が、「形式上」のルリは義務教育すら受けていない上に、ナデシコを降りたばかりの頃のルリの年齢はまだ13歳

こうなると、仕事を探すといっても、そう簡単にはいかず、結局、ルリはネルガルのつてを頼り、宇宙軍に入隊する事に

話を聞いていてアキトは、なるほどと頷く

自分も、火星から地球にボソンジャンプして来た時、『身元の保証』の無い事で散々苦労した経験があるからだ

ナデシコを降りる時、様々なクルー達がルリを引き取るといってはくれた、結局、ルリは誰の世話にもならないと辞退したが

アキトも、ルリを引き取る事を考えた事も有るが、定職もなく将来の事も解らない状態で・・・と考えると、結局は何も出来なかった、それに男の一人暮らしで女の子を引き取るのはどうか?と思った事もある

「テンカワさんは、今どんなお仕事を?」

「あっ、うん、俺はホウメイさんに紹介してもらった店で働いてる、早く独立して自分の店を持ちたいんだけど」

「はあ、そうなんですか、では、もし独立する事になったら知らせてください、テンカワさんの料理食べに行きますから」

そういって、にっこりと微笑むルリ

どきりとして思わず赤面してしまうアキト

アキトがナデシコに居た頃は、まだ子供だったルリ

・・・すっかり綺麗になったな、ルリちゃん・・・

なんだか照れくさくなってしまう

「あっ、そうだ、ルリちゃん座らないの?」

内心を誤魔化す為に、最初の疑問をルリを尋ねてみる

「・・・こうやって、夜景を眺めているのが好きなんです」

「あっ、そうか、ごめん余計な事言っちゃったかな」

「いえ、お気になさらずに」

そのまま、しばらく沈黙が続く

なんだか気まずくなってしまったアキト、なんとか話題をと考えてみるが、何も思いつかない

「テンカワさん、あの・・・」

先に沈黙を破ったのはルリだった

「あの時の事、本当にありがとうございました、それにごめんなさい」

「えっ」

いきなりお礼を言われ、謝られ、面食らってしまうアキト

「あっ、あの、何のこと?」

自分にはお礼を言われるような事も、謝られるような事もルリにした覚えは無い

「テンカワさんらしいですね」

くすっと笑うルリ

「オモイカネを助けて貰った時とか、ピースランドの事です、特にピースランドでは私のせいで」

「あっ、いや、そんな事全然気にしてないから、うん(汗っ)」

アキトのそのリアクションをみて、「この人は変わっていない」と思い嬉しくなってくるルリ

「もし、テンカワさんがナデシコを降りる時に、私を引き取るって言ってくれたら、私はそのまま付いていったかもしれません、知ってます?、艦長コンテストの時の「あなたの一番になりたい」って、テンカワさんに向けて歌ってたんですよ」

「えっ(赤)」

半分は、ルリの社交辞令でもある、が、残り半分は

「艦長・・・ユリカさんとは、今は?」

「・・・ユリカとは全然会ってもいないんだけど・・・」

「えっ」

今度はルリが驚いてしまう

ナデシコ降りた後、久しぶりにアキトと再会したルリは、アキトはユリカと付き合っているものだと思いこんでいた、だからこそ、そんな事を言えたのだが

アキトがユリカと付き合っていないのならば、自分の言った事は・・・

「あの、じゃあメグミさんかリョーコさんですか?(赤)」

「いや、俺は誰とも付き合ってないんだけど・・・」

「・・・・・(赤)」

こうなると、自分の言った事がすっかり恥ずかしくなり、真っ赤になって俯いてしまうルリ

その姿が、逆にアキトの心を鷲づかみにしてしまう

なにせ、ナデシコに居た頃の女性達は揃いも揃って押しの強い女性が多く、誰か一人を選ぼうにも、『その後』が怖くて、とてもそんな気持ちにはなれなかった

ナデシコを降りた後にアキトが感じていた物、それは、『やっぱりナデシコでの事は異常だった』ということ、あの後、アキトは別にもてるという事も無く、今は誰とも付き合ってはいない、逆に女性とは縁が遠くなったような気さえしている

「あっ、あの、ルリちゃんは今付き合ってる男とかいるのかな?」

「いいえ、誰とも・・・(赤)」

アキトは、自分の内心で、「よしっ」という心の声が聞こえたような気がした

アキトとて男である、別に女性が嫌いという訳ではない、ただ、ナデシコでは過剰に追いかけられていたせいで、引いてしまっただけの事

今はナデシコで自分の事を追い掛け回していた女性達とも疎遠、『その後』の事など考えなくても良いのなら・・・・もっとも、それでもアキトは優柔不断なのであるが

『あと一歩』それだけを踏み出していれば・・・そんな事がアキトの人生には何回もある

そして今回も・・・その後何を言って良いのか解らず、結局、後一歩を踏み出せないアキトではあったが

「テンカワさん、寄って行きませんか、私の家」

アキトが踏み出せない後一歩を、ルリの方から一気に突入されてしまうのである


 


・・・どうしちゃったんだろ、私・・・

一人暮らしの女が、男を自宅に誘う・・・・それがどういう意味に取られるのか解らないほど、ルリは子供でもない

・・・どうしたんだ、俺は・・・

アキトはアキトで悩んでいる

『男として見られていない、だから危険を感じられていない』のか、『誘われている』のか解らないのだ

おそらく、ルリ以外の女性ならば、なんだかんだと理由をつけて断ったのだろうが、ルリの瞳に魅入られるようについて来てしまったアキト

・・・はしたない女って思われちゃったかな・・・

ルリはルリで、自分でアキトを誘っておきながら、不安になってしまったりもする

お互いに不安を抱えたまま、ルリが住んでいるマンションに着き

「・・・」

圧倒されてしまうアキト

それは、今のアキトの収入ではとても住めそうに無い場所で・・・

「・・・ルリちゃん、結構高給取りなんだ・・・・」

思わず、ぽつりと呟いてしまう

・・・釣り合わない・・・

それがアキトの思ってしまった事だが、ルリはそんな事は思ってもみない

「立ち話してても仕方ないし、入ってください」

そういってアキトを促す


 


翌日、試験戦艦ナデシコBのブリッジでは

「なあハーリー、今日の艦長、何時もよりも機嫌良くないか?」

「そうですね、なんか今日は雰囲気が柔らかいです」

サブロウタの言葉に同意するハーリー

自分が憧れている女性が嬉しそうなら、自分も嬉しい・・が

「艦長、男でもできたのかもな」

にやりとしながらサブロウタ、ハーリーは一気にどん底に叩き落される

「そっ、そんなっ、艦長に限って!!」

「なに言ってるんだハーリー、『艦長だからこそ』だろ、周りの男が放っておくと思うか?、艦長みたいな女性の事」

「うっ・・(汗)」

確かにサブロウタの言うとおりと納得してしまうハーリー、そして納得出来るからこそダメージもでかい

サブロウタは、ハーリーという弟分をからかう事が楽しくて仕方が無い

「近い内に、「結婚するから退職します」とか言われたりしてな」

「うっ・・・(涙)」

涙目になってしまうハーリー

とまあ、11歳の少年の初恋はあっさりと終わるのだが・・・まあいいか、ハーリーだし(苦笑)

というか、ハーリーなんてどうでも良いから、ルリとアキトの話をしろっ!!、と読者の皆様に突っ込まれているような気がするのは気のせいだろうか?

というわけで、話は戻る(笑)


 


「座っててください、インスタントですけどコーヒーぐらいなら出しますから」

「あっ、うっ、うん・・」

緊張してしまうアキト

何気なくルリの部屋の中をぐるりと見回してみると・・さっぱりとしているというよりも『何も無い』といった方が近いかもしれない

本当に必要最小限の物しか置いていないという印象の部屋

「あの、あんまり見ないでください、恥ずかしいですから・・・」

テーブルに、コーヒーを置きながらルリ

「あっ、ごめん」

つい平謝りしてしまうアキト

「・・・何にも無いでしょ、でも、ここに来る事はそんなに無いから、かえってこの方が良いんです」

「えっ、なんで?」

「今、私はほとんどナデシコBの中で生活してますから」

「ナデシコ・・・」

懐かしい名

「私これでも、今はナデシコBの艦長やってるんですよ」

「艦長・・・」

アキトにとって半分は驚き、同時に半分はあまり驚いていない

「ルリの歳で」と考えれば驚きだが、「ナデシコで見たルリの能力」から考えればそれほど不思議でもない

そんな事よりも、アキトが強く思ってしまったのは、自分とルリの釣り合わなさ

ルリの事を知れば知るほど、今だコック見習いの自分の情けなさが嫌になってくる

こうなると、「誘われてる?」思ってしまった事も自意識過剰の思い上がりのように感じられてしまう

「今日だって、本当は帰る必要なんて無かったんです、でも、なんだか今日は帰った方が良いような気がして・・・良かった、こうやってテンカワさんと再会出来たんだから・・・」

アキトの心中も知らずに、嬉しそうに微笑むルリ

「優秀さ」など、今のルリにとっては自慢できるような物ではない

所詮、それは遺伝子操作で与えられた力、優秀さを褒め称えられた時にルリが感じているのは、むしろ優越感よりも劣等感

・・・自分は普通の人間とは違う・・・

それを思い知らされてしまう

とはいえ、だからといってそれに押し潰されるほどルリは弱くも無い、理由がどうあろうとなってしまった物はなってしまった物、なってしまった以上受け入れて生きていくしかない

アキトはアキトで、そんなルリの心中など解らない

再会したばかりのアキトには、『今の』ルリがどんな女性へと成長しているかなど当然解らない

唯一つ確かな事は、すっかり綺麗になったルリが自分に向かって微笑んでいてくれるという事で

「おっ、俺もホシノさんと会えて嬉しかったよ(赤)」

「ホシノさん?」

いきなりアキトの自分を呼び方が変わり驚くルリ

「いっ、いやっ、だって艦長までしてるルリちゃ・・ホシノさんに「ちゃんづけ」はどうかと(汗っ)」

「・・気にしなくて良いです、ルリちゃんでいいですよ、プライベートの時には艦長じゃなくてホシノルリですから」

微笑むルリ

『大人の態度』、アキトにはそう感じられて、ますますルリとの距離が遠ざかった気がする・・・が、再会したばかりだというのに『ルリへの想い』は益々強まってしまう

「あの、もしかして迷惑でした?」

今度は一転して、不安そうなルリ

「いっ、いやっ、そんな事無いっ、絶対そんな事無いっ!!」

慌てるアキト

「ほっ、ほらっ、ルリちゃん綺麗になったし、俺って女性の一人暮らしの部屋になんて入った事無いから緊張してるだけでっ!!(赤)」

「えっ(赤)」

アキトは慌ててしまって、自分が何を言っているのか解っていない

「あの・・・私もこの部屋に男の人入れたの・・・テンカワさんが初めてです・・・(赤)」

真っ赤になってしまうルリ、その意味する事は

・・・やっぱり誘われてるのか俺は、でも、もし違ったら・・・

ルリちゃんに嫌われてしまう・・・そんな事を思っていること自体、最早捕らわれている証拠で

ナデシコでは「押し」ばかりの女性ばかり見てきたアキトには、こういう態度を取られてしまう事には免疫が無いのだ

ルリは自分自身では無意識の内に、アキトの最も弱い部分に攻め込んでいる

陥落寸前のアキト・・・そして・・・

 

 

 

 

 

 

「俺って、とんでもない事しちゃったんじゃ・・・(汗)」

翌朝の事、昨夜なにがあったかは、あえて詳しくは伏せる

・・・再会したばかりなんだぞ、まだ、お互いの事良く知らないんだぞ、俺ってこんなにいい加減な男だったのか(汗)・・・

自己嫌悪に苛まれるアキトと対照的にその隣には幸せそうな寝顔のルリ

そう、これが、二人の物語の始まり・・・


後書き

自分の絵を見て色々突っ込みどころ考えてる内に思いついた話です

アキトがTVのラストで誰も選ばず、一度ナデシコのクルー達と別れて、ルリと偶然再会した所から始まるアキト×ルリ

この話が続くかどうかは、この後、ネタが思いつくか次第

04/12/14

短編から連載に変更しました

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