『紙一重』の続きになります

でも、私とアキトさん、あんまり変ってません

アキトさんが屋台を出す時、私が最初のお客さんになって味のチェックをしているのですが


日々


「あっ、ルリちゃん、今日はお代要らないから」

「はい?」

不機嫌そうに答えるルリ

「言った筈です、私がテンカワさんのラーメンを食べる時は、ちゃんとお金は払うって、そういうけじめはつけないと」

「いっ、いや、そんなに怒らないで、ほら、今日はルリちゃんの誕生日だし、今日だけの事だから(汗)」

「誕生日・・あっ、今日は7月7日でしたね」

ルリにとって、誕生日など、「1年の内の1日」でしかない、いや、「なかった」と言うべきか

「本当は、もっとちゃんとしたプレゼント用意したかったんだけど、今の俺じゃあこれぐらいしか出来ないし・・・」

今のアキトは、ルリにお金を返す為に収入のほとんどを渡している、嘘偽り無く、本当にこれが精一杯なのだろう

だからこそ、かえってルリは、けじめをつけたがる

『お金で縛っている』『お金の事を良いことに我侭を言っている』とは思われたくない

もっとも、ルリと同居しているアキトは、自由に使えるお金がほとんど無いだけで極貧生活という訳でもない

二人は既に結婚の約束までしている、だが、それでもアキトがルリに借金を返し続けるには理由がある

・・・お金の為だと思われたくない・・・

ちなみに、同居を初めてからルリ自身は誕生日の事を自ら言った事はない

アキトは、誕生日に気づいてはいたが、どうして良いものか解らず・・・・なにせ、プレゼントを買う余裕もなく、ここ数年、7月7日以降、数日自己嫌悪に陥るのが常だった

実はルリも、2月26日のアキトの誕生日の事を祝った事が無い・・・もし、なまじ祝ってしまえば、その御返しにと自分の誕生日の時にアキトがどんな無理をするか解ったモノではない

今までルリは、『気をつかわせないように気を使っていた』のだ、だから、今日は自分の誕生日と言う事を、知っていても知らない振りをしていた、だから、自分の誕生日だからといって何かされてもかえって困る

アキトは最初の頃、それらを『冷たさ』と見た、確かに最初の頃はそうだったのかもしれない

けれども、ルリの『冷たさ』はいつだって結果的にはアキトの為になっていて・・・

一見冷たい行為の裏のさりげない優しさにアキトが気づいた時、もうとり返しがつかないほど、アキトはルリの事が好きになっていた

もっとも、ルリから言わせれば、結果的にそうなっていただけの話なのだが

「でも、良いです、気持ちは嬉しいけど、ちゃんとお金は払います」

だから、ルリはそう答える、残念そうなアキトではあったが、こういう時ルリが折れない事は今までの経験で解っている


 


数日前の事

「よう、にいちゃん、あの娘はどうしたんだい?」

「今日は来てませんよ、残念ですか?」

「そりゃあ、男ばかりよりも綺麗な娘さんがいてくれた方が、ラーメンも美味くなるってもんだろ(笑)」

「はは、それゃそうですね(笑)」

屋台のお客さんとの、そんな他愛もない話

「ところで、あの娘さんってお前の恋人かい?、かなり仲良さそうに見えるけど」

「ええ、婚約してるんです」

嬉しそうに答えるアキト

今までもお客に何度か訊ねられた事はあるが、とてもそんな事は言えなかった、だから今はその質問がとても嬉しい

「しっかりした娘さんだし、美人だし、何処で捕まえたんだ?、まったく羨ましいったらありゃしない、うちの女房と取り替えてもらいたいぐらいだ」

「だっ、駄目ですそんなのっ(汗っ)」

慌てまくるアキト

「あほっ、冗談だよ、冗談、大体女房にそんな事言ったら、こっちが殺されちまわぁ」

「ところで、マジにあんな娘さん何処で捕まえたんだい?、かなり興味あるぞ、俺は」

「それは・・・その・・・・」

本当の事を言っても、あまり信じてもらえそうにない、自分でも夢ではないかと思える時がある

「おっ、もしかしてあれか?、もう尻に引かれてて、怖くて言えないか?(笑)」

「いっ、いや、そんな事は無い・・・と・・思い・・ます・・ええ(汗っ)」

そんな姿を見せていれば説得力は皆無である、故にこれ以上突っ込んでも話は進まないと判断した客は話をかえてみる

「でも、心配してくれてればこそ叱ってくれる女っていうのは貴重だぞ、亭主馬鹿にして身勝手に怒る女房は沢山いるけどな(笑)」

「ええ、本当にそう思います・・・俺ってルリちゃんに迷惑かけてばかりで・・・」

ルリが聞いていれば、死ぬ程恥ずかしかったかもしれない、なにせ最初の頃はアキトを馬鹿にしていたのだから

「だったら、幸せにしてやんな、それが世話になった女に対する男の勤めってもんだ、そうだろ」

「はい」

素直に心から頷くアキト

「それとな、夫婦生活を円満にするコツを一つ教えとく」

「はい」

つい、真剣に耳を傾けてしまうアキトだが

「女房が亭主馬鹿にして勝手に怒るぐらいの事で、一々気にしてるぐらいなら亭主なんてやってられるかっ(笑)」

本気なのやら、冗談なのやら、ただそれでもアキトには一つ解った事がある

・・・このお客さんは、不満もあるだろうし、問題も色々あるんだろうけど、なんだかんだいって幸せなんだなぁ・・と


 


1年前・・・・

「ところで、たまに手伝いに来る女とあんたいったいどういう関係なんだい?」

「えーと・・・なんというか・・一寸、複雑な・・」

お客さんの問いに答えられないアキト

「もしかして、訳ありなのかい?、人に聞かせられないような?」

「いっ、いえ、そんな事は無いんですが」

人に聞かせられないではなく、人に信じて貰えないような訳である

「もしかしたら、駆け落ちでもしてきたのかい?」

にやりとしている客、アキト的には、もしそうだったら、どんなに良い事か、駆け落ちならば、お互いに好きあっている同士の事なのだから、だが、今はアキトの一方的な想い(とアキトは思い込んでいる)

「違いますよ・・・」

元気の無い返答を見て、図星だったのだと勝手に勘違いする客

「まっ、頑張れよ、今時それだけの事をする二人なんて珍しいんだから」

「いえ、駆け落ちじゃないんですけど(汗)」

「解った解った、そういう事にしておいてやる、だから、ちゃんと幸せにしてやるんだぞ(にやり)」

「だから、違うんですってば〜」


 


ルリがラーメンを食べ終わるまで、昔の事を思い出しているアキト、お客さんから見れば昔からそれなりの仲に見えていたらしい、今となればなんとなく嬉しい

そしてルリがラーメンを食べ終わるとその出来を訊ねてみる

「ねえ、ルリちゃん、今回はどうだったかな?」

「美味しいです、でもまだホウメイさんのラーメンには敵いません」

「う〜ん、まだまだか」

実は、ルリの内心では、アキトのラーメンはホウメイさんのラーメンよりも好みに合うのだ、だがアキトに「その上」を目指して欲しいルリは、つい、評価が辛くなる

そして、ルリの採点の辛さ故にアキトは更に努力を重ね、今では常連も増えた

「相変わらず、採点がキツイねえ、あんたは」

「あっ、いらっしゃいませ」

ルリの背後から、今日最初のお客さんが話かけてくる

「まっ、愛情ゆえってのは、よ〜〜〜く解ってるから、安心しな(にやり)」

「あっ、あの、それは(赤)」

アキトに聞こえないように、耳元でささやかれ、図星を刺されて真っ赤になってしまうルリ

実はルリとアキトの仲をからかうのが楽しくて、この屋台を贔屓にしている常連さんも多い(笑)


 


「ふえ〜、つかれた〜」

「ほんと、つかれました・・」

自宅に帰った第一声がそれである

だが、疲れたと言っても嫌な疲れではない、むしろ、心地よい疲れ、今日も良く眠れるだろう

今日も繁盛していたアキトの屋台、それを忙しそうに手伝っていたルリ

今のルリは、アキトと共に汗水たらして働く事は嫌いではない、お客さんとの雑談も

本当なら、アキトはルリにアルバイト料ぐらいは払うべきなのだが、ギリギリでそんな余裕は無い、それに『好きでやってる事ですから気にしないでください』とルリに言われてもいる

正直、気の引けるアキトなのだが、それでも断り切れないのは、ルリと一緒にいたいから

今日もまた、何時もと変わらない日常を共に過ごした二人、そして日常に幸せを感じている二人

何も無い、平凡な日のお話


後書き

誕生日ネタなんですけど、誕生日だからといって何か特別な事があるんじゃなくて、特別な事なんて無くて、それでも何も無い事に二人の幸せを感じさせる話を目指してみたんですが、どうでしょう?

数年後・・・へ進む

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