「その話の何処が良い話なのかさっぱり解らないです、私には」
「えっ」
驚くアキト
7月7日、ルリの誕生日
何か、話題をという事で織姫と彦星の話をして返ってきた返答がそれだった
「だって、二人は結婚したら仕事しなくなっちゃったんですよ、天帝が怒るのが当たり前じゃないですか、自業自得です」
「いっ、いや、確かにそう言われればそうなんだけど(汗)」
「罰が厳しすぎるって言う人も居るかもしれないけど天帝の娘って立場なら当然です、そんな地位にいる人なら尚更下の者に示しのつく行動を取るべきです」
たじたじになって、何も言い返せないアキト
「私は、織姫みたいになんてなりたくありません、もし、私が誰かを好きになっても彦星みたいな人ならいずれ愛想尽かします、世の中には、愛があれば何でも許されると思ってる人も居る様ですが、私はそんな風に思ってません、仕事放り出して女性といちゃついてるような男の人相手なら、その場だけなら良いかもしれないけど、そんなのいずれ冷めて後悔します、貧しさは愛を憎しみに変える、それが現実です」
「七夕の話も、因果応報、自業自得、そんな意味で見るなら良い話かもしれませんけど・・・」
織姫と彦星と・・・
以前、ルリに言われた事を思い出しているアキト
ルリに渡すつもりの指輪を睨みながら
『結婚と恋愛は別』
この手の事を言うのは、むしろ、女性の方が多い
アキトはルリにそんな事を言われた事は無いが、ルリももしかしたら?と思うと怖くて仕方が無い
ナデシコを降りた時、自分がルリを引き取る事になり、そして、何時の間にか二人は『恋人』へと変わっていった
自分は間違い無くルリを愛している・・が、ルリが自分をどう思っているか?には自信が無い
そして、それ以上に自信が無いのが、自分がルリを幸せにする事が出来るのか?
まだまだ、半人前のコックである自分
『貧しさは、愛を憎しみに変える』
ルリに言われたその言葉が、どうしてもアキトの心にひっかかる
そして、そんなルリだからこそアキトはルリを好きになっていった
「はあ・・・・・なんであんな事いっちゃたんだろ・・・・・・」
ため息をついているルリ
今はアキトの、『恋人』
「・・・・・今なら、少しは織姫の気持ちも解るのに・・・・」
・・・俺は織姫にならないルリちゃんが好きだから・・・
アキトの言葉を思い出すと、どうしても『クールな自分』を演じ続けなければならない、ルリが昔言った言葉は自分で自分を縛ってしまった
「私だって、たまにはアキトさんに甘えたいのに・・・・」
これが、今のルリの悩み
「でも、アキトさんはユリカさんよりも私を選んだ訳だし・・・・」
それが、ますますルリを悩ませる
「アキトさんと艦長って、織姫と彦星のようにお似合いのカップルになれますよ、きっと」
「きゃ〜〜、やっぱ、ルリちゃんにも私達ってお似合いにみえるんだ♪」
能天気に喜ぶユリカと苦笑いしか出来ないアキト
ルリが織姫と彦星の事をどう思っているかを知っているアキトには、強烈な皮肉にしか聞こえない
その時点のルリには、まだアキトへの恋愛感情が無い為ユリカへの嫉妬の感情も無く、『思った事を素直に言っただけ』ではあるが、アキトには笑えない
確かに、自分とユリカでは、『織姫と彦星』になりかねない怖さがある
と言うよりも、自分が彦星にならないように気をつけていてもユリカを織姫にしてしまいそうな怖さが
それが、アキトがユリカを嫌いでは無いが、素直に気持ちを受け入れられる事も出来ない大きな理由でもある
アキトはユリカに、もっとしっかりして欲しかった
とはいえ、コック兼パイロットでどちらも中途半端という自分の立場を考えると、仮にも艦長という立場に就いているユリカに偉そうなことは言えない
この時の会話の為に、アキトはユリカをますます選べなくなってしまったのだが、ユリカはその事に気づいていない
ルリは昔の事を思い出すと、背筋がぞっとする
アキトに酷い事を言ってしまったと言うことだけではなく、自分が言ってきたことは、時にユリカとアキトの二人の仲の後押しにすらなっている事も多い、いや、実際に後押しすらした事が有る
『ユリカが、もう少ししっかりしてくれたら・・・・』
ユリカの話題を出すと、口癖のように出て来たアキトの言葉
その時のアキトの表情は本当に寂しそうだった
・・・アキトさん、本当はユリカさんのこと好きなんだ・・・
アキトに、そんな思いをさせるユリカに腹がたった事もある
だから、ユリカに何度も厳しい事も言った
『艦長、もっとしっかりとしてください』とそれとなく訴えかけた
結局、ユリカは変わらなかった、ルリにとっては幸いな事に、今にして思えば
そして、何時の間にかアキトとルリは共に居る事がごく自然になり、そんなルリに惹かれていくアキト
それなのに、自分とユリカの仲の後押しをしようとするルリの姿は、アキトを苦める
そして
『俺が、本当に好きなのはルリちゃんなんだ・・・』
アキトは、ついに言ってしまう・・・振られる事も覚悟の上で
これ以上苦しむぐらいなら全てを失った方がマシだと・・・
そして、ルリは、その時初めて自分の本当の気持ちに気付く
「考えてみれば、何時も遠まわしにしか言わなかったんですよね、私は」
確かに、ルリはユリカにもっとしっかりとしてくれるように促す事はしていたが
「・・・・多分、無意識の内に気がついていた・・・艦長は遠まわしな言い方に気づく人じゃないって・・・私、結構無意識の内に計算してたのかも・・・」
今にして思えば、ルリのやった事は全てアキトの気を引く物になっている、ユリカを反面教師として・・・
とはいえ、一歩間違えていれば・・・
「もし・・・本当に艦長とアキトさんが付き合い初めていたら、私はどう思ったんだろう?」
本当は想像すらしたくないがそれでもつい想像してしまう、そして心がチクリと痛む
昔の事を思い出すとルリの気持ちは、どうしても堂々巡りに陥ってしまう
「今日こそ・・・今日こそ・・・」
意を決して、ルリにプロポーズを・・・と思ってはいるアキト
今までも、何回も思っていながら切り出せなかった前科もあるが
自分が買った安物の指輪をみて、更に悩むアキト
今の自分の収入ではたいした物は買えない、だから、アキトは悩む
とはいえ
・・・何時までも態度をはっきりとさせないとルリ君に愛想尽かされるよ、はっきりとしない男を嫌う女性は多いからね・・・
元大関スケコマシに言われた事が、心に突き刺さる
・・・僕は、何時までも態度をはっきりと出来なくて結局振られた男なんて何人も見てるよ、テンカワ君もそうなりそうだね・・・
嫌な想像をしてしまい、頭をぶるぶると振ってその考えを振り払う
・・・7月7日、ルリ君の誕生日にプロポーズすれば、彼女への最高のプレゼントになるよ、テンカワ君
元大関スケコマシの言っている事も確かに正しい、それもアキトには解っている・・・・理屈では
アキトはアキトの方で、自分の考えを堂々巡りさせている
「ルリちゃん、話があるんだ・・・」
「はい・・・」
何時になく、真剣な表情のアキト
「ルリちゃん、誕生日おめでとう」
思い切って、ルリの為に買った指輪の入った小箱を手渡す
「ありがとうございます、アキトさん」
とても嬉しそうなルリ
「いっ、いや、そんなに高い物じゃないから、今の俺じゃそれが精一杯だし(汗)」
「もし、アキトさんが私の為に高い物を買って生活が辛くなるなら、私はそっちの方が嫌です」
ルリの言葉には嘘が見えない、本気でそう思ってくれているのだろう
だからこそ、そんなルリにこんな安物しか渡せない自分が情けない
「あの・・・・・これ本当は高い物じゃありませんよね?、私に気を使ってそんな事を言っているなら・・・私・・・」
心配そうな顔
「・・・・安物だよ・・・・・情けないな俺は・・・・」
ルリの様子に、かえってプロポーズをする気力が萎えてしまう
「私は、情けないなんて思ってません」
そう言ってくれるルリ
アキトには、そんなルリが愛しくてたまらない、だから誰にも渡したくない、そして、だからこそ、かえってあと一歩を踏み出せなくなる
『貧しさは、愛を憎しみに変える』
その言葉の呪縛が、アキトを止めてしまうのだ
だが
「あの・・・お願いがあるんですけど」
「俺に出来る事なら・・・」
「この指輪、エンゲージリングと思っちゃいけませんか?」
「えっ」
ルリに言う予定だったことを先に言われてしまったアキト
「でっ、でも、そんな安物の指輪」
「私はこれが良いんです」
そういって、アキトに指輪を渡し自分を指をさしだす
「アキトさん、この指輪アキトさんがはめてくれませんか?」
「いいの?、俺まだ半人前のコックだよ、ルリちゃんに苦労かけるかも知れないんだよ」
「好きな人と一緒の苦労を背負えるのはかえって嬉しいんです」
ルリはこれ以上はないほどの笑顔で答えてくれた
「・・・・・なんて、都合良くいってはくれないよなあ・・・」
自分でしてしまった、あまりに都合の良い想像に苦笑いするアキト
後に『テンカワルリ』は、その時の事をアキトから聞いて少しだけ後悔する事になる
・・・しまった、あの時そうしておけば良かったんですね・・・と
結局、アキトはその日にはプロポーズが出来ずに、まだ、少しの間ルリをやきもきさせる事になるのである
このまま次の短編へ進む
後書き
ちなみに、このSSはテイルモンさんのHP『猫の足跡』
に2004年7月3日に、先にアップしていただいていますので、もう読んだ事の有る人も多いかも向こうとこちらとは、後書きが違ったりしてます
七夕の織姫と彦星の話を、子供の頃最初に聞いた時の感想って、『自業自得じゃん、それ』だっんですよねえ、私
私って、ガキの頃から捻くれ者だったのか、それとも、同じように思った人も多かったのか、どっちなんでしょ?
このまま次の短編へ進む
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