「どうしよう・・・・・・」

ナデシコ艦内、一室。少し暗い色調の部屋と声。

「あの日なのに。でも・・・・・・」




























ありがちなその日。












その日は少しだけ特別な日だった。

少なくとも、世間一般では。軍では基本的に祝う事の無い日だが、それでも夢見る男女にとっては。




そして、恋する(?)乙女達の城、機動戦艦ナデシコでは。









艦内、某所。

ここでは今、100人以上の男性諸君(特に整備班員)に囲まれて、一人の男がなにやら演説している。

「・・・・・・。しかーしっ!!我らにとって恋は日常のもの!いかに火の中水の中銃弾の嵐の中!!

我らにとって恋と愛にまさるものは無いのであ〜る!!」

・・・・・・。別に高尚な演説などではない。かといってアジテーションという訳でもない。

これらはいわゆる「前振り」というもので、何か企画を行う際にはよく行われるものに過ぎない。

そして、その企画を立てた男、整備班長ウリバタケが、多少劇場的演説に凝っているに過ぎないのだ。




やがて。男性諸君は口々に何かを言い合い、用紙を差し出し―――そして紙幣を差し出した。

集団の中央。フライウインドウの中のデータが刻一刻と変化。グラフが表示される。

「やはり押しの強い彼女が最有力ですか、元大関スケコマシのアカツキさん?」

「いえいえ、案外復縁の線とかも強いかもしれないですよ、ウリバタケさん」

好き勝手な論評。諸氏それぞれの分析がなされる中、オッズが確定する。

「・・・・・・うらやましい奴。4人も本命もらうのかよ」

「いやいや。まだこれは予想の段階に過ぎない」

「さて諸君。ここに神聖にして絶対不可侵なるオッズは確定した。

この艦で最もうらやましい、そして地獄に落ちるべき男、テンカワ・アキトが何人から本命チョコをもらうか。

1番人気は何とォ!!4人の女性からもらうというものだぁ!!」

「「「「「「「「「「うらやましいぞぉーっ、テンカワアキトーッ!!!」」」」」」」」」」

「オッズは4.5倍。一番人気にも関わらず高いな」

「まあ、何しろ確率から言えば0から28まである訳だし」

「再度ルールを説明するぞ。今回運営委員5人が当日テンカワ・アキトを気付かれないように監視。

その上で接近してくる女性をマークする。この場合の本命チョコは、女性による手渡し全部だからな!

期間は明日14日午前0時より23時59分59秒まで。丸一日の大熱戦だぁ!!

ああ、女性とテンカワアキトが2m以内に接近している時は、参加者は公平を期して5m以内に立ち入っては

いけねえ事になってるから、注意しろよ!!」

・・・・・・こうして。男達の静かなる、だがどこか間違った戦いははじまったのである。






























「ルリルリ、どうしたの?」

前日、午後9時40分。艦橋。

ミナトは隣の席に座る少女の溜息に気付いていた。

それはそうだろう、1日平均0.43回しか溜息をしない少女が、この日だけで18回も溜息をつけば。

「え、ああ、何でもありません」

そういうオペレーター、ホシノ・ルリの目は、どことなくとろーんとしてしまっている。仕事にも身が入っていないようだ。

今、艦橋にはミナトとルリしかいない。午後10時に今日は夜勤のゴートとジュンが来て交代になるのだが、

それまでは誰もここに入ってくる心配が無かった。

だから・・・・・・ミナトは隣の、可愛い年頃の女の子を相手にする事にためらいが無かった。

「そぉ?じゃあ、どうして溜息なんてついっちゃってるのかな〜?」

「本当に何でも無いんです」

「まったぁ、ルリルリが嘘をつくと鼻が紅くなるんだよ?」

「え?」

慌てて鼻を押えるルリ、その様子を見てくすくすと笑うミナト。

「ルリルリ、可愛い」

「・・・・・・ミナトさん、ひどいです」

「まあ、これでもお姉さんだからね、若い娘が何で悩んでいるかは大体見当がつくのよ。

・・・・・・バレンタイン、でしょ?愛しのアキト君に渡すかどうかで悩んでる」

「あ・・・・・・はい」

紅くなって顔を俯かせるルリ。約1ヶ月前の出来事が、脳裏に蘇ってくる。







ピースランド、私の一応の両親がいる国、「祖国」。そこでの、騎士としてのアキトさん。

私が「まずい」と言ったせいでぼこぼこにされてしまった。でも、私を庇ってくれた。

スウェーデン。私の育った場所。古びた研究所。そこでの、アキトさん。

私の為に、扉を蹴破ってくれた。その先にあったのは、私が確かに生きていた記憶。




とても気になりだした。正確には3ヶ月ぐらい前、オモイカネの反乱の時からだけど。

どうして、アキトさんはあんなに優しいの。みんなに優しい?それとも、私には特別?

どうして、アキトさんはあんなに素敵な笑顔をする?辛い事もあったのに。

どうして、アキトさんは会う度私の心をちょっと切なくさせるの・・・・・・?




だから半月前、想いをのせて歌ってみた。恥ずかしかったけど、でも。

たぶんこれが恋だとしても、叶わない。わかっていた、だから歌詞もあんなだけど・・・・・・

振り向いて欲しい。私はどこかそう思っていた。でも、アキトさんは変わらなかった。

鈍感だから。どうしようも無く、優しいけど、不器用だから・・・・・・。




そして、明日の特別な日。実は昨日まで知らなかった。

だけど、たくさんの女性が休みだして。ちょっと疑問に思って、オモイカネに聞いてみて。

私、知らなかった。そりゃそうよね、コンピューターを扱う、いわば部品として、私は教育調整されてきたのだから。

恋や愛なんて、それにまつわるエピソードなんて知らなくていい。そう、昔なら思えた。

でも、今は・・・・・・。







「思い切り、挑戦してみるのもいいんじゃないかな」

「え?」

伏せていた顔をあげて、ミナトに目線を合わせる。

「ルリルリだって女の子だもの。恋だってして、全然悪くない。

確かにアキト君とは7歳も差はあるし、成就するには難しいかもしれないって、それは正直に認めるしかない。

でも、ルリルリ。挑戦もほとんどしないのに諦めちゃだめよ」

「はぁ」

「チョコ、作ってアキト君にあげたいんでしょう?なら、お姉さんが教えてあげる」

「・・・・・・」

ルリは悩んでいた。そもそも、実際自分がアキトをどう思っているかさえ、まだ良くわからない部分があるのだ。

ちょっと振り向いて欲しい。好きでいて欲しい。でも、それが恋愛感情という奴なのかどうかはわからない。

「一生夫として側にいて欲しいか」という自問には、正直考え込んでしまうのだ。

そして、アキトが自分をどう思っているか。これも全然わからない。

ただ、私の「不幸な境遇」に同情しているだけでは無いのか?あるいは、妹として自分を見ているだけ?

「・・・・・・わからないんです」

「え?」

「自分が、アキトさんをどう思っているのか、そしてアキトさんが私をどう思っているのか」

少し考え込むミナト。だがきっかり30秒後、一つの問いを返してくる。

「ルリルリ、アキト君を見て、どこか胸の奥がキュンとしたり、しない?」

「・・・・・・はい。時々。鼓動が乱れます」

「で、夜、よくアキト君の事を考えてしまう?」

「・・・・・・はい。毎日、どうしても考えてしまいます」

お姉さん。そう、ルリはミナトの前だとなぜか正直に物を話す気持ちになれる。

他の人間、特に艦長であるユリカの前だと、なるべく冷静な、感情もほとんど無く接する事が出来るのに。




「それがね、どの女の子にとっても恋のはじまりなの。

誰もね、最初から『この人こそ私の運命の人だ』とか思わないものよ。まあ、変な例外はいるけどね」

日頃の「艦長」を思い出して、くすっ、と笑ってしまうルリ。

「だからルリルリ、その気持ちは大事にしないとだめよ。そして、育てていかないと」

「育てる?」

ルリにとってミナトの言葉は驚きをもって迎える物が多い。自分はやはり、まだ学び足りないという事か。

「そう。本当に好きなのかどうか、それは色々と経験しないとわからないもの。

だから・・・・・・ルリルリ、挑戦しましょう。これから、あいてる?」

「はい、大丈夫です」




こうして、ルリの戦いもまた、はじまる・・・・・・スポンサー付きで。






























そして、戦いの日。

朝起きて、午前中。これは全てはぶく。

流石のユリカ嬢も仕事をほっぽりだしてまで、アキトにアタックを仕掛ける事は困難だった。

勿論、背後にプロスペクターの眼鏡が光っているという事情もあるが。

一方のテンカワ・アキトは訓練とコック業を大過なくこなしていた。今ではどちらもプロフェッショナルの腕である。







午後3時。小規模な敵の襲撃。月の最終攻略の準備が進められる中、木連も必死の抵抗を試みている最中。

今あたったのは無人偵察艦隊。この宙域は月面基地から裏側に向かう航路に設定されており、準危険域だ。

「テンカワ機、出撃します!」

「ルリちゃん、グラビティブラストスタンバイ。エステバリス隊の進路を啓開します」

「了解、グラビティブラスト・チャージ」

ルリの手元、IFSパネルが光る。ナデシコは彼女の管制があってはじめて能力を最大限に発揮できる。





戦いそのものは単純だった。先制のグラビティブラストを敵中央に撃ち込み、エステバリスを進出させる。

敵バッタをエステバリス隊が引き付けながら、ナデシコは敵右翼から回りこみ、一隻ずつ確実に粉砕していった。

「お疲れさまでした。半舷休息にします」

「ナデシコ、進路を月面基地へ」

だが、ユリカは明らかに面白くない顔をしていた。貴重な2月14日、この戦いだけで1時間近くも時間を取られたのだ。

彼女の内心の憤り。それが次の作戦における相転移砲の使用の原因となった―――かどうかは不明だが、

少なくともユリカ自身がこれ以上の戦いを忌避して月面基地にナデシコを向かわせたのは事実である。







そして、午後6時。完全な安全域に入ったナデシコは通常のシフトに戻る―――勝負のはじまりだ。






























ウリバタケの「私兵集団」である整備班員。その中でも特に息の掛かった5人はテンカワ・アキトを徹底的にマークする。

まずアキトには発信機と盗聴器、そしてレーダーが服に秘かに付けられた。これのお陰で近づいてくる女性含め、

基本的にどのような場合でもアキトの周囲で起きた事を見落とすという事は無い。

プライバシーの侵害だが、ナデシコでプライバシーも何もはじめからあったものでは無いから、気にしない。

何しろかのお目付け役、プロスペクター自身がルリに依頼して、個人の部屋の秘匿回線を開き、

その結果艦内全部に木星蜥蜴の正体が広まる事になったのだから。







はじめに近づいてきたのは意外な事にリョーコだった。後ろ手に隠しているが、持っているのは明らかにチョコ。

ちなみに男性諸君のほぼ全員が、リョーコがアキトに渡す事を予測していたが、しかし一番初めで、かつここまで大胆とは!

「あ、あのな、アキト・・・・・・」

リョーコがテンカワ・アキトをアキトと呼び始めた時、艦内全体が実はお祭りになった事を、2人は知らなかった。

「どうしたの、リョーコちゃん。顔が赤いよ?」

「ば、馬鹿・・・・・・。こ、これ・・・・・・」

おずおずと差し出したのは、やはりチョコレート。これで、カウント1。

「あ、そういえば今日はバレンタインデーだったね。ありがとう、リョーコちゃん」

「い、言っとくけどこれは義理だからな!じゃ、じゃあな!」

通路を走っていってしまうリョーコ。ちなみにこのチョコレートは市販品を単純に溶かし込んだものだったので、食べられたそうな。

ともかく彼女が何と言おうと「本命1」である。これでオッズ142倍のひねくれ者1名の勝利はありえなくなった。







次に近づいてきたのはサユリ。正確にはアキトが厨房に入っただけなのだが、今は忙しい時を超えて暇でもある。

だが、ここで事故が生じた。渡したのはサユリだけで無く、ホウメイもだったのだ。

「ははっ!あたしが本物のチョコレートって物を教えてやるよ」

そのチョコレートはホウメイガールズも含めて消費されたのだが、意外なところで「本命3」となってしまった。




ちなみにサユリとアキトのチョコレート受け渡し時のやり取りは以下の通り。

「アキトさん、受け取ってもらいたいものがあるんです」

「あ、どうしたのサユリちゃん?」

わかってる癖に、余裕こきおって。うらやましいぞ、テンカワぁ〜!!監視員達の心の叫びである。

「今日、バレンタインデーですから・・・・・・。これ、食べて欲しいなって。お口に合わないかもしれませんけど」

「あ、本当にありがとう。こんなに作ってくれて。毎日食べてくるよ」

とまあ、極めて普通のやりとりであった。2キロにも達するチョコレートの量を問題の外に置けば。







午後8時。テンカワ・アキトに動きがあった。エリナ・キンジョウ・ウォンに呼び出されたのだ。

『ボソンジャンプですか?』

『ええ、ボソンジャンプの実験。あなただけなのよ、この技術を私達のものにする為に』

『そんな自分勝手だから!ネルガルは・・・・・・』

あまりいい雰囲気では無い。だが班長の指令とあっては、一言たりとも逃がす訳にはいかない。

忍耐の15分。とうとう諦めたようにエリナはその話題を終えてしまった。そして、何かをがさごそと取り出す。

『ああそう、ここまで呼び出したのは別の用もあって。やっぱり今日はバレンタインデーだし。

言っておくけど、これは義理だから。でも、あなたの場合は人気がありすぎて、中々義理でも渡せないのよね』

『あ、ああ。どうもありがとうございます』

エリナの本命を予測した人間は全体の3割ほど。これもまた、賭けにとって大きな分け目となりそうだった。

『で、どうせだから言うけれど・・・・・・。チョコの代金、あなたの能力で払ってくれるかしら』

『・・・・・・汚いですよ』

こうして月面最終攻略戦の最中、テンカワ・アキトはエステバリスによるボソンジャンプを行う事になるのだった。









イネス。なぜかこの時はこの大物は動かなかった。

「うふふ、アキト君にはちゃんと送っておいたわ、別のものを」

何か嫌な予感がするのは気のせいだろうか?

だが、その"別のもの"が効力を発揮する、推移と結果については・・・・・・また別の物語となる。






























そして、午後9時。散々待たされた真打(整備班員視点)の登場である。

自室に帰ったアキトを電撃的奇襲的に出迎えたのは艦長ミスマル・ユリカ。

『もう!こんなに女の子を待たせたなんて、今日はここで全部食べてもらうんだから!』

『別に待ち合わせなんか・・・・・・おいっ、この緑色のは何なんだ!?』

『何って、チョコよ。ユリカのラブラブスーパーダイナマイト本命チョコレート!!』

別に全員が全員本気でテンカワ・アキトの事をうらやましがっている訳では無い。

彼らとて生命は大事だ。そして艦長の魔の手の犠牲となるアキトを、内心戦士として認めているのだ。

(まあ、確実に昇天するだろうさ。ダイナマイトの名の通り)

そう考える監視員達、だがその側を一人の青年が通りすぎていった事が、アキトにとって運命の分かれ道となる。





『ユリカ!さっきの戦いの書類、まだ出してないじゃないか!!』

『ええ〜!ジュン君お願い!最高の友達だよね?だから、やっといて』

『(ぐさっ!)あ、ああ・・・・・・って駄目だよ!艦長のサインが必要な書類しか残ってないんだから!!』

『うぇぇぇえんっ!!ジュン君が虐める〜!』

『ゆ、ユリカ・・・・・・』

『なあユリカ、俺さ。仕事はしないといけないと思うんだ。それに、友達なら困らせていいものじゃ無いと思う』

アキトのとりなしもあって、ユリカとジュンの関係は修復(?)する。だが、これがジュンにとっては不幸となった。

『・・・・・・そうだね。うん、そう。アキトがそういうならそうしなきゃ!ジュン君、今までありがとう』

『あ、ああ。別に大した事無いけど』

『じゃあ、特別にこのチョコレート、ひとかけらだけ食べさせてあげる!だから、この場はちょっと見逃して』

『え!?て、それ、チョコレート・・・・・・うぎゃああああっ!!!

戦死者一。どうやらユリカに無理やり押し付けられて、毒殺された模様である。合掌。

こうしてユリカはゴート他多数の男達に連行され、アキトが実際にチョコレートを口にする機会は無かった。

ちなみにカウントは、手渡しをしたのにはしたので、しっかりと数えられて、「本命5」である。









そして、大方の予想通り。メグミがアキトにチョコレートの手渡しをする事は無かった。

艦内全体が彼らの恋人としての仲が終った事を知っていたから、特に動揺も無い。

中には復縁の線を疑ってカウントする人間達もいたが、結局元によりが戻るはずも無く、本命カウントは停止した。




あとは有力者としてミナトがいたが、彼女は面倒くさがったのか艦内の男性全員に同じ量のチョコレートを

郵便受けに入れるという荒業をとったので、やはりカウントは刻まれず。

こうして、長き熱き夜も更けようとしていた・・・・・・。






























「ふぅ。今日は少し冷や汗かいたな。もう寝るけど、新しい制服に着替えて、出してくるかな」

午後9時半、事故発生。テンカワ・アキトは古い制服を脱ぐと、コインランドリーの中にそれを放り込んでしまった。

勿論、この時点で各種機器は無力化されてしまったのである。

「むぐぅ、こうなっては人海戦術だ!」

とはウリバタケの台詞。だが、このような大々的な動きをスポンサーが見逃すはずも無く。

「あなた達、そんなところでどうして突っ立ってるの?」

「あ、はい」

「あ、俺達は・・・・・・」

「30分も。ストーカー?それ以上そこにいたら、プロスさん達に艦でよからぬ動きがあるって、通報するわよ」

泣く泣く撤退。それが10時45分の事であった。




そして、ここでやっとヒロイン、お姫さまが登場する、その舞台が整ったのである・・・・・・。








































午後11時5分。テンカワ・アキトは自室で寝転がり、『ゲキガンガー3』を観賞している。

「見事だ、ゲキガンガー。さあ!止めを刺せ!」

「やめて、ケン!ロクロウ兄さんを殺さないで!!」

六郎って・・・・・・。何人家族で一番上の兄はいくつだ、あんたは。という突っ込みは厳禁である。

「どうして、どうして2人が戦わなくちゃならないの!!」

ぴんぽーん。

「すまない、ナナコさん。だが、今は暗黒ヒモ宇宙の戦士、シックース「ぴんぽーん!」」

「はい!ったく、誰だよいいところなのに

呟いてビデオを止める。起きて、扉を開いて・・・・・・。

「ルリです。やはり御迷惑でしたでしょうか?こんな夜遅くに」

所在無げにたたずむ少女を見て、早速さっき言った言葉を忘れるアキト。しようも無い奴。

「あ、そんな事無いよ。それでどうしたんだい?」









ルリとアキト。男の一人暮らしにしてはそれなりに綺麗な彼の部屋で、2人はちゃぶ台を前に向き合っている。

「あ、あの・・・・・・」

アキトの出したほうじ茶を一杯飲んでから、やっとルリは切り出す勇気になれた。

「もう、びっくりしちゃったよ。こんな夜遅くに、ルリちゃんが俺の部屋に来るなんて」

だが、空気を読めないアキト。ルリの開きかけた口が一旦閉ざされる。

「でも、よかった。最近ルリちゃん、少し元気がなさそうだったから」

「私が、ですか?」

少し驚いた風に聞き返す彼女。自覚は、無かった。

「うん。いつも顔を合わせると、どことなく辛そうだったし・・・・・・何か悪い病気でもしているの?

ルリちゃんの年頃はまだ無理できるほど身体が出来上がってないから、よく休まないといけないよ」





・・・・・・結局、私の事を見ていてはくれない。私の想いに、気付いてくれない。

悪い病気だなんて、してないのに。ただ、あなたを見ると、どうしても心が、羽ばたいてしまって。

それを抑えるのに、無理をしてしまう。だから、あなたに向ける顔は、冷たい。でも・・・・・・。





「・・・・・・御迷惑、なんですか。やっぱり」

「え?」

「・・・・・・私、帰ります。これ以上ここにいても、無意味ですから」

そういって立ち上がってしまうルリ。驚いたようにアキトは彼女を見やる。

「え、じゃあどうしてここに?」

「いいんです。お茶、ありがとうございました」

ぺこりと頭を下げて、踵を返そうとして・・・・・・。





・・・・・・ルリちゃんは、やっぱりこの頃おかしい。

俺を見ると、辛そうだ。病気といってしまったけど、そうじゃない。

もしかして、俺を見ると不愉快になるのかもしれない。もう、二度と会いたくないのかもしれない。

本気で嫌っているのかな?少なくとも、今の反応はそうだ。

でも、それだからこそ・・・・・・もうじっとはしていられない。はっきりと、本当のところを聞かなければ。





がしっ。ルリの腕がアキトに掴まれる。

ルリ、驚いた顔。だが一瞬後には、振りほどこうと腕を振る。

「放してください。帰りますから」

「いや、そうはいかない」

「どうして?ともかく、痛いです」

アキト、真剣な顔。その眼に引き込まれるように、ルリの黄金の瞳、視線が、彼の同一直線状に並ぶ。

「・・・・・・ルリちゃん。もしかして、俺の事、嫌いなのかな」





ルリの身体を奔る漣。そんなはずがない。ルリは、少なくともアキトの事が好きだ。心配にもなる。

でも・・・・・・そうか、アキトさんは私の事、嫌いだったんだ。

そうよね、私、生意気で人を見下してる女なのだから。子供なのだから。

そして、アキトさんには何度もひどい事を言った。何度も迷惑をかけた。

アキトさんは、ただ私が子供だから、とりあえず優しくしてくれただけなんだ・・・・・・。

人形の私が、やっぱり人に好かれるなんて事、ありえなかった・・・・・・。




こんな惨めな気持ちになるなら。バレンタインチョコレートなんて、作るんじゃなかった。







「・・・・・・もういいです。わかりましたから」

「え?それじゃ、わからないよ。こっちは」

「いいんです!!アキトさん、今までありがとうございました。

こんな生意気な女、相手にするのは大変でしたよね?人形の癖に、そう思った事だってあったでしょう。

それなのに、今までいい夢見せてくれて。ルリは十分幸せでした!」

「え!?お、俺はそんな・・・・・・」

「放してください!!私、これでも人間ですっ!ゲキガンだかなんだか知らない人形みたいに扱わないで!!」

暴れるルリ。だが、尚も力のこもる男の手を振りほどくには、彼女は非力すぎた。

そして、非力でよかった。そうであったから。彼と彼女の間は・・・・・・。







ルリの右足が鞄を蹴る。その開いていた口。そこから床に落ちたのは―――不器用な、だけどハート型の、チョコレート。

彼女の、手作りの。昨日徹夜して、必死に。ミナトに教えを請い。どうにか作り上げた、それ。

そして、アキトの視線がそれにおちる。思わずルリの手を離して、チョコレートを拾い上げる。

「これ・・・・・・」

「はぁ!はぁ、はぁ・・・・・・。嫌いなんでしょう、私の事!?なのに、どうして引き止めるんです!!」

彼女らしくも無く、烈火の如く怒っているルリ。だが、アキトの意識は、もはやそれには濯がれていなかった。

「ルリちゃん、俺の事・・・・・・。好きだったのか」

鈍感な、そして恋愛ではまったく臆病な男。だが、だからこそ。この時は正確な答えを導き出した。

「!!そ、そんな事・・・・・・」

「ならどうして、手作りのチョコレートなんて作るのかな?そうか、ルリちゃん・・・・・・。俺、誤解していた」

「何を!」

「俺さ。ルリちゃんに会うといつもびくびくしてたんだ。いつもルリちゃん、俺に会うと辛そうな顔をするから、

もしかしたら嫌われているんじゃないかって。何か、悪い事でもルリちゃんにしたんじゃないかって。

・・・・・・嫌われたくなかったんだ。だから、もっと臆病になって」

「アキトさん・・・・・・」

どうやら、誤解に気付いたようである。ルリは落ち着き、アキトに向き直った。真剣なまなざしが、交錯する。





「アキトさんこそ、私の事、嫌いじゃなかったんですか?」

「まさか!俺、ずっと気になっていた。ルリちゃん、いつも寂しそうだったし。

最初は同情だったかもしれない。だけど、この頃は・・・・・・むしろルリちゃんが笑うのを見るのが、楽しみになった。

そして、ルリちゃんの笑いに俺、癒されて・・・・・・。なんていっていいんだろう。でも、好きなんだ、ルリちゃんの事が」

好き―――それが恋愛であるのか、あるいは親友、兄妹のような情であるのか。そこまではわからない。

だが、紛れも無く。テンカワ・アキトはホシノ・ルリを好いていた。

「そして、ルリちゃんがもし、俺の前からいなくなったら。嫌ってしまったら。凄く寂しい・・・・・・」

「アキトさん・・・・・・」

ルリの右手が、アキトのそれに添いあわされる。

「・・・・・・そうです。私も、実は恐れていました。

アキトさんに嫌われているのじゃないかって。または、全然なんとも思われていないんじゃないかって。

でも。すっきりしました。アキトさんも、私と同じ臆病者。だったら、上手くやっていけるかもしれません」









「ルリちゃん?」

ルリの顔が急接近する。両手がアキトの背中にまわり、そして、アキトも優しく彼女の身体を受け止めた。

10センチ。2人の距離。そして・・・・・・心の距離。




「私、ホシノ・ルリはテンカワ・アキトの事が好きです。いえ・・・・・・愛しています」




距離、ゼロ。軽い、だが心のこもった口づけ。

2人の口が離れる。再び、10センチ。アキトが囁く。




「まいったな。ルリちゃんに先こされちゃったか。好きが、愛している、になるのが」





「・・・・・・馬鹿」

ルリの十八番。だが、その響きはとても甘く、そして柔らかいものだった。

(そんなアキトさんが、大好きなんです。鈍感だけど、優しいアキトさんが・・・・・・)





















かくして、ルリの2月14日は終わった。

なお、追記しておくがルリの本命はこの後2年間その事実が知られる事は無く、

賭けの配当金は倍率5.1倍、2番人気に賭けた者達20名程度が受け取った。

そして2年後、この時配当の恩恵にあずかれなかったウリバタケは、配当しなおしを求める運動を起こすのであった。



































































あとがき




やっとまともなものを一本。そして間に合った事に安堵。

やはりルリルリはアキトとのラブラブが似合いますね。うん、まさに至高、虚空の大天使(それちがう)。

で。今回は多く語りません。あえて少なくとも語るのならば、

「ありがち」という題名は質の低さを偽装する為の題名だという疑惑とか、

イネスの"別のもの"の描写をはぶいたのはただ面倒くさかっただけだろとか、

バレンタイン利用はアキト×ルリのテンプレだろとか色々とありますが、

どの疑惑についても作者本人はノーコメントです(おぃ)。

そして執筆時間が2時間41分(現時点)なのも公然の秘密です(馬鹿な作者)。




いずれにせよ、今回は比較的上手く纏められた方だとは思っています。

自分、ギャグはほとんど書けないので。これからもシリアス方面で攻めていくと思います。

そんなりべれーたーですが、どうか生暖かい末永い眼で見てくださると幸いです。

次もアキト×ルリで行こう!!




・・・・・・やっぱり、俺って性格微妙なんですかね。

一番最初のナデシコSSがルリ殺しだったり、すぐ話にシリアス入れたがるのは。

今日はそんな事を思った一日でした(適当な終わらせ方も考え物)。


b83yrの感想

ウリバタケさん、駄目ですよ、今更配当金見直しなんて(笑)

そうそう、メグミの事なんですが

ルリ×アキトの場合、ピースランド以降の話の事が多いようなイメージがあるんだけど、その頃にはもう、メグミってアキト争奪戦から脱落しちゃってるんですよね

なのに、何故か、メグミがまだ脱落していない話が多いような気がします

それって、『話の都合上の問題で、『解っているけど』あえてそうしている』のか、『ユリカとメグミのアキトの取り合いのイメージが抜けなくて、『気付かずに』そうなってしまっているのか』気になっていたりします

まあ、私はかなり前から、あんまりナデSS読まなくなっているんで、『今の』ナデSSが、どうなのかは、あんまり良く解りませんが

しかし、この時点で2人が付き合い始めたなら、アキト君、ロ・・・

いや、これ以上は止めておきましょう(笑)

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