でもね、少しだけ......ほんの少しだけ。この私、見てよ
























Ruri, My fair fairy












「艦長?」




最初はただの立ち眩みだった。




「何でもありません、ハーリー君。それよりも敵勢力の集結状況は?」

その実必死に艦長席のアームレストに掴まっていた・・・・・・

あるいは、もしかしたら彼女自身はわかっていたのかもしれない。







「敵主力、位置出ました。火星軌道上です!」

「・・・・・・今度は手を出させません」












2202年8月。火星の後継者事件からちょうど一年。

残党起つ。それは戦力的には前回を上回り、統合軍はまたしても内部分裂、機能不全に陥っていた。

だが、前回と違う事―――彼らはボソンジャンプユニットには手出し出来なかった。

それが、今回勝敗を分けることになる・・・・・・













「ハーリー君」

「何ですか艦長?」

「ナデシコCの管制、貴方に任せます。前回と同じようにやっちゃってください」

「・・・・・・はい!」









ハーリーはこの1年でより自信をつけたようだった。頼りらしくもなった。

時は確実に一人の少年を、一人の男へと変えてゆく。

もし、もう少し時があれば・・・・・・あるいは彼は願いを成就したかもしれない。













「敵、射程距離に入りました!」

「全艦砲撃開始してください」

第7艦隊(ナデシコフリート)司令官、ミスマル・ユリカ少将の掛け声。

数こそ少ないが、強力無比、宇宙軍の一つの切り札である彼女達は期待されるだけの戦果をあげていた。

その彼女は待っていた。ナデシコB+の艦橋でただ、待っていた。

そして、ルリも・・・・・・











「・・・・・・はじめます」

宣言。そして一瞬の出来事―――火星の後継者残党艦隊は動きを止めた。

宇宙軍最高の切り札、ホシノ・ルリ。人間最終兵器とも呼ばれる所以である。











「来なかったね、ユリカ」

「うん・・・・・・」







「来なかったですね、艦長」

「ハーリー!」

「・・・・・・」







ジュンの言葉は単純にユリカを労わっての。ハーリーのは、彼自身の対抗心ゆえの。

サブロウタのハーリーを咎める声を、だが実際ルリは聞いていなかった。聞こえていなかった。

彼女に見えているのは、ただ彼女の慕う男性の、後ろ姿・・・・・・






























ちょっと熱っぽかった。少し、身体はだるかったかもしれない。









軍による戦勝パーティー。彼女、ホシノ・ルリ大佐は主賓として呼ばれていた。

だから、欠席する事など思いもよらぬ事だった。

彼女が参加しない戦勝パーティーなど、無意味、虚飾の宴とさえ言ってよい。

統合軍ならまだしも、宇宙軍、ミスマル・コウイチロウ主催のこのパーティーを休む訳が無かった。




幸い昼には熱がひいた。軍礼装を着込み、タクシーで会場に到着したのが午後2時半。

マスコミの攻勢を避ける為に裏口よりホテルに入る。時の人である彼女には必要な処置だった。

とりあえず中に入ってしまえば安心だった。ホテル全体が今回は貸切で、関係者以外立ち入り禁止なのだ。

―――その関係者だけでも2000名という、一大パーティーだったが。







「・・・・・・よからぬ噂もありますけど?」

何かハーリーが横で囁いていたような気がする。正直彼女は聞いていなかった。

別に意図して無視した訳では無い。ただ、展望フロアからの光景に、意識をとられていただけなのだ。

「噂は噂です。私達は事実だけを拾い上げて行動すべきですよ」

とりあえず適当に返して、東京を眼下に見下ろす。

夏であるとは思えないぐらい、嘘寒い日。前日まで雨が降り続き、今日はどんよりとした雲が街を覆っている。

「すみません、艦長。そうですよね、気に病みすぎですよね」









「ルリちゃん、お久しぶり!」

「お久しぶりです、ユリカさん」

意外に2人は会う機会が無かった。どちらも別の部署で、指揮官だ。星の海に漕ぎ出す事も多い。

今日は2ヶ月ぶりの再会だった。彼らの反乱の最中は通信越しだったのだ。

「最近どう?変な人達に追われていたりとか、しないよね?」

「大丈夫です。マスコミ関係は全部サブロウタさんが対応してくださっていますから。

それよりもユリカさん、少しお疲れのようですね?目に隈、出来てますけど?」

「あはは。気付かれちゃった?この頃書類仕事ばっかりで、昨日まで徹夜だったの。

もう、司令官なんかになるものじゃ無い。今更後悔しても遅いのだけど」

「全部終わったらおじ様に休暇を申請なされてはどうですか?温泉とか、たまには休まないと」

ルリは慣例でコウイチロウの事をおじ様と呼ぶ。ユリカの養女であるのだから、お爺様が正しいのだが。

もっともまだ十分に若いコウイチロウがお爺様では、彼も本望では無かろう。

「うん。でも、アキトが・・・・・・」

「闇雲に追いかけてもつかまりませんよ。たまには頭をスッキリとさせるべきです。

急がばまわれ、そういうことわざもあると聞きますし」

「・・・・・・そうだね!じゃあ、ルリちゃんも一緒に行こう!」

「え、私は」

「マスコミに追いかけられたりとか大変だけど、お父様にお願いすればきっと大丈夫!

大体ルリちゃんの方も働きすぎだよ。ここ1年、一度も有給を消化していないでしょう?」

その通りだった。ルリは一日とて休みを入れた事が無い。艦長であるので有給を消化せねば休みが無いのだ。

「どうしてそれを?」

「保護者の責任だもの。たくさん有給はあるんだから、消費しないと駄目。

大体軍も軍。労働基準法を平気で違反させてこんなに可愛い女の子を働かせているんだから」

もっとも、ずっとそうでしたけどね・・・・・・ルリの内心の呟きである。

研究所、そしてナデシコ時代からずっとそう。あの屋台でさえ、実はあのような夜遅くに子供が働いてはいけないのだ。




「・・・・・・それにルリちゃん、ちょっと顔色が悪いし」

「え?」

「あはは、何でも無いよ。ともかく休まなきゃ。ね?」

「あ・・・・・・はい」









その後、パーティーが始まって。数々の祝辞が述べられた。

連合首相、連合総会議長、統合軍議長、宇宙軍総司令、ミスマル・コウイチロウによるものも。

それぞれ思惑こそ違えど、基本的に全てホシノ・ルリ個人を褒め称えるものだったと言ってよい。

そしてルリ自身も褒められる事に悪感情を抱くはずも無く。

穏やかに会は進行していった。







ルリによる答辞。彼女が壇上に立った時、異変は生じた。

「皆様、本日はこのような場にお集まりくださり、ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げる。シャッターが多数切られ、カメラがまわっている。記者クラブ所属員によるものだ。

一部例外はあり、例えば妖精教教祖(?)のアララギ少将とその部下達による撮影もあるのだが、

概ね前より打ち合わせられた通りの写真撮影だった。

「・・・・・・連合と木連による新体制を揺るがし得る存在は今や無くなりました。

これよりは軋轢や齟齬さえあれ、基本的に長い平和が続く事でしょう。

いえ、そうあるように私達は努力しなければなりません。その為に私達は」




「電子の魔女、て〜んちゅぅぅぅぅうっ!!」

「危ない、艦長!」




会場全体に響き渡る発砲音と彼女が床に倒れ臥すのが同時。

「ルリちゃん!」

「艦長!」

ユリカとハーリーの声が重なる。

賊は3人。うち2人が撃ち殺され、1人が捕えられる。

会場は騒然。少しずつ薄れてゆく硝煙。そこで人々はやっとルリの姿を確認できた。

ルリは―――サブロウタの機転で撃たれる直前に床に押し倒されていた。

「大丈夫ですか、艦長?」

非常時とはいえ押し倒してしまった。サブロウタは彼女の身体より退くと、優しく上半身を助け起こす。

「失礼しました。それで、犯人ですが既に取り押さえられています・・・・・・え?」

反応が無い。いつもならば「大丈夫です」とか「ありがとう」とか、彼女は律儀に反応を返すというのに。




「魔女めぇっ!だが、俺の後にはまだ多数の同志がいる!!お前に安住の地は無・・・・・・へ?」

「ルリちゃん!?」

「艦長!?」

「ルリ君!?」




上半身を起こして、火星の後継者構成員に生気の無い瞳を向ける彼女。

直後、彼女の胸元に紅い華が咲く。白い生地を鮮血が染め上げてゆく

―――喀血だった。それも、凄まじい量の。





















会場は驚天動地の中に叩き込まれた。サブロウタに支えられながらルリは救急車の中へ。

当然パーティーは中止。ユリカとハーリーは取り乱し、後の事を放置して彼女の搬送された病院へ直行。

世間へ与えた動揺も大きかった。各局は従来の番組を取りやめて緊急ニュースを放送。

号外に踊った見出しは以下の通り。

「電子の妖精、倒れる!」「白皙の頬、血に染まる!」「ホシノ・ルリ大佐重傷」

この時マスコミのかなりは、襲撃が原因によるものと誤解していた。それほど情報は錯綜していたのだ。











ドアが開く。手術室、中から出てきた医師に、一睡も出来なかったユリカが縋り付く。

「ルリちゃんは!?」

医師は形容しがたい表情をしていた。それを見て、彼女は一瞬嫌な予感に取り付かれた。




そして、それは正しかったのである。






























「病状は最悪ね。ほんと、どう説明しようかしら」

ネルガル本社、会長室隣の秘書室。ここには2人の女性がいる。

「ルリちゃんがああなるなんて、ネルガルは対応策を用意していないわ。

勿論、アキトくんにどう説明するかも含めて、何も・・・・・・」

白衣の女性の差し出した報告書に目を通しながら、会長秘書エリナ・キンジョウ・ウォンは首を振る。

「とりあえず悪性も悪性の癌と病院関係者には伝える事にしたけれど、実際はそんな単純な病気では無いわ。

仮称としては劇症IFS敗血症。敗血症と名はついているけど、厳密には敗血症ですら無い。

概要としては、度重なるIFSの過度の使用、すなわちナデシコCによるハッキング時の

IFS高レベルリンクによってIFSを構成する多数のナノマシンに自己修復不可能な不具合が発生。

それらの暴走によるナノマシン・スタンピードという所。当然治療法は無いわ」

「・・・・・・公表できるはずが無いわね。私達が殺したようなものなのだから」







元々ルリに投与されていたIFSは少し気色が違っていた。

本来IFSナノマシンは地球人類固有の技術であり、21世紀初頭より続けられてきた

バイオテクノロジー研究、工学研究の成果として存在しているはず―――だった。

だが、ルリをはじめとするIFS強化体質者に投与されたものは、

古代火星文明よりの発掘品を翻訳したもの―――実は全て解読されたものでは無い、暫定的なものだったのである。

それが高い能力を発揮してきたのは間違いが無い。ルリ、ラピス両名の残した成果を見れば一目瞭然だ。

だが、あまりIFSの伝達能力を使いすぎた為に、特に何百隻を前にハッキングなどした為に、

決して安定していたとは言い切れない体内のナノマシンが相次いで限界を迎えてしまった。

検査の結果、ルリの身体中含まれるナノマシンのうち60%が死滅、10%が具体的に身体に対して

何らかの悪影響を与えていた。普通のIFSナノマシンが一生経ったとしても10%程度しか死滅しないのを

考えると、恐ろしい数値ですらある。想定外の数値であったといっても良かった。




その上でエリナの語る「私達の罪」とは、別に彼女をIFS強化体質に作り上げた事では無い。

彼女の場合はネルガルとは別のところで遺伝子操作されて誕生した訳で、

ネルガル傘下の人間開発センターが彼女に今回不具合を起こしたIFSナノマシンを投与した罪については

ある程度逃れられないものの、そういった事でエリナの心が痛む訳では無いのだ。

彼女の言う罪。それはアキトの感じるであろう感情とほとんど同一の物。







「そうね。私達が火星の後継者を叩き潰せていれば、ルリちゃんがナデシコCに乗る事も無かった」

アキトの考えていた事、目標。それは宇宙軍の干渉を許す前に、事態が表面化する前に火星の後継者を骨抜きにし、

ユリカを救い出してしまうという事。何故か?宇宙軍の干渉、すなわちそれは義娘を戦場に引っ張り出すという事だからだ。

だが、それは果たせなかった。結果としてアマテラス襲撃、それよりのクーデター鎮圧までの一件では、

ホシノ・ルリが全ての中心にいたのだ。ホシノ・ルリによって火星の後継者事件は解決した。

そしてその事は、アキトを直接援助してきたエリナ、イネスにとってもあまりに痛恨だった。

彼女を軍組織の中に組み込んで、籠の小鳥にしてしまう事を決定付けてしまったのだから。

1年前より彼女にはもはや自由が無かった。身を護る為に、常に宇宙軍の中にいるしか無かったのだ。

そう。本当ならば戦場よりは遠い日常で、学校で、家で―――微笑んでいるべき少女の青春を事実上奪ってしまったのだ。




そして、今日の事態。ホシノ・ルリは全てを奪われようとしていた。

わずか17歳。不治の病。他にもそういう可哀想な運命を辿る少女はいる事にはいるだろう。

ただ、それは極少数。そしてホシノ・ルリは残念ながらその極少数となろうとしていた。

「こんな事、とてもアキト君には教えられないわ。癌という事にしておいた方が無難よ」

教えられるはずが無かった。教えるという事は、エリナにとってはこのような事と同義である。




「貴方が火星の後継者を独力で打倒出来なかったから、ルリちゃんは巡りめぐって死んじゃうのよ」




そんな事、言えるはずが無かった。そのような事を言えば、本質的には優しすぎるアキトの心がどれほど傷つくか。

無論、オブラートには包む。だが、意外に聡い所のあるアキトは必ずやその真相に気付く事だろう。

「でも、きっと彼、最後には真相に気付くでしょうね。私達が言わなくても」

イネスの指摘にエリナは黙り込む。それもその通りで、嘘が明かされた時の方が、恐ろしい。







こうして彼女達は気が乗らないまでも、とりあえず結論を下す事にした。

アキトには何も話さない。その代わりルリの周囲の人間には折を見て少しずつだが真相を話しておく。

アキトが自然に気付く、その状況を作り出した方が、ショックは少ないかもしれない。

それが一応の言い訳ではあった。だが、実際のところは、自分の発言で傷つくアキトを見たくないだけ・・・・・・






























「艦長、入ります」

「どうぞ」

病室は白で統一されていた。ところどころの淡い碧の調度品が、花のようにも見える。

清潔感たっぷりの、だがそれでいてこの部屋の主の心を慰めるだけの優しさが籠められたレイアウト。

「お加減どうですか?」

「とりあえず大丈夫です。お見舞い、ありがとうハーリー君」

ルリは半身を起こしていた。彼女の言葉の通り、日常は彼女の身体も特に不具合は無い。

歩く事も出来るし、普通に物を食べる事も出来る。ただ、突如訪れる発作が問題なのだ。

「サブロウタさんにはご迷惑をかけてしまいましたね。ハーリー君にも」

「いえ。僕達にとっては、艦長が一日でも早く元気になる事が望みですから。

書類仕事だったら僕でも出来ますし、サブロウタさんも大丈夫です。心配せずに養生して下さい」

「ありがとう」




にこりと透明な笑み。何度も辛い目にあっても、純真さを喪わない彼女の表情。

ハーリーは吸い込まれるようにルリの笑みに惹かれる。そうなのだ、いつもこの人はそうなのだ。




どうして儚すぎる笑みだけをする?どうして多くは語らない?

もっと口で、「アキトさんが好きです。ハーリー君は弟です」そう言ってくれれば諦められるかもしれないのに。




ハーリーにも、実はわかってはいた。彼女の心を奪う事は、出来ないと。





用事を危うく忘れるところだった。包みから取り出したのはケーキ。テーブルの上に並べる。

「そうだ、これユリカさんからです。双葉屋のケーキだとか。

あと伝言をいただいています。行けなくてごめん、1ヶ月後、全部仕事が終わったらずっといてあげる、だとの事です」

「お気遣いありがとう、そう伝えてください。サブロウタさん達にもよろしく」

「はい。それにしても艦長、お元気そうですね。凄く安心してます」




知るという事は時に残酷だが、知らないという事もまた同じである。

マキビ・ハリはまだ知らなかった。そしてホシノ・ルリは知らなくてもわかっていた。




そこに温度差が生じる。




ルリの取り繕った笑み。彼女は本心を隠すのが上手い方だ。

サブロウタぐらいの大人なら見抜けただろうその笑みの意味も、所詮まだ少年のハーリーには解読できるものでは無かったのだ。

「・・・・・・そうですね。もしかしたら、早いうちに退院でも出来るかもしれませんね」

「退院の日をとても心待ちにしてますから。無理はしないで、ゆっくりと戻ってきてください。

あ、そろそろ時間ですね。すみません、仕事があって、あまりお時間がとれなくて」

「あまり気にしないでください、ハーリー君。今日は来てくれて本当にありがとう」

「いえ、礼を言われる程のものじゃ・・・・・・じゃ、そういう事で。お大事に」







ハーリーが去った後の病室。白いシーツをぎゅっと握り締めて、ルリは呟いていた。

「また、嘘を吐いてしまいました・・・・・・」









おかしなものである。この場合嘘を吐くのは本人に本当の病状が伝わるのを恐れる見舞い人の役割のはずだ。

だが、見舞い人こそ真実を知らない。いや、実のところこの病院にいるほとんどの医者が彼女の病の本質を知らない。

ルリは―――わかっていた。倒れた時に薄々感づいて、少し調べてみたのだ。

IFS端末を貰って触る。少し通信をした、次の瞬間。また血を吐いたのだから、聡い彼女が気付かぬはずが無い。

(私のIFSナノマシンは腐ってる・・・・・・)

実は似たような症例が一件だけ報告されていた。彼女も以前情報の海を泳いだ時に、その極秘ファイルを目にしている。

彼女と同じIFS強化体質者に関するレポート。それによれば一度"腐った"ナノマシンを体内に大量に保有する者は、

もはやナノマシンを取り除く事も出来ず、日夜苦しんで、苦しみ続けて死ぬしか無いというものだった。




今はまだ安定しているから、誰にも気付かれてはいない。だけど、彼女の身体はもはやボロボロだった。

ナノマシン・スタンピードの発作は血管を、細胞を食いちぎる。実際のところ、今はまだ普通に生活できるが、

それすらも毎日凄まじい量の痛み止めを打ってやっと獲得している安静状態だった。

それでさえも発作が起きれば彼女の身体は痛み出す。麻酔等も効かない。IFS経路を通じて直接痛覚を脳に伝達するからだ。

「あと、精々3ヶ月ってところですね。下手をすれば、明日にも死ぬかもしれない・・・・・・」

死が怖いわけでは無かった。だが、やり残した事があまりに多すぎる。死にたくなんて、無い。

しかし、身体は限界を迎えようとしている。そして、今も―――




「うっ!!く・・・うぅぅっ・・・・・・!!ああっ!!」

最初、1週間前は精々一日に一回だった。だが、この頃は2時間おきに発生する。

先程ハーリーと話している時、実は彼女は相当無理をしていた。補助脳に働きかけて発作を無理やり抑えていたのだ。

知られたくないから。その想いが身体に更なる無理をさせていた。反動は大きい。

「ううっ!!あぁぁぁぁあっ!!!くぅっ、あああああ!!」

担当の看護婦が駆け込んでくる。非常に面倒見のいい人で、彼女の部屋を綺麗に整えているのもこの看護婦だ。

「ルリさん!」

看護婦の握った瓶には「危険、準劇薬」との表示がある。もはや麻薬のようなものを使わなければ、ルリの痛みは軽くならないのだ。

脳に直接作用する薬。勿論、使えば使うほど、ルリの脳細胞は萎縮する。廃人になる恐れがあるが、使うほか無い薬でもあった。

注射。とりあえず痛みがある程度引く。それでもずきずき痛むのだが、内臓を掻き毟られるような痛みに比べれば遥かにましだ。

「うぅ・・・・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・ありがとう、ごさいます。いつも、いつも・・・・・・」

「気を弱く持っちゃ駄目!ルリさん、貴女自身が諦めたら、誰が貴女の病気を治せるというの?」

励ましながらタオルで汗びっしょりのルリの顔を拭う。口からつぅ、と頬を伝う血も一緒に拭われ、彼女の身体が綺麗にされた。

「信じて。確かにこの病院の医者じゃルリさんを治せない。でも、きっと専門の人なら出来るって」

言葉は気休めにしかならないと言う。だが、今ルリに必要なのは気休めでもいいから、優しい言葉だった。

とりあえず酷く疲れた。眸を閉じて、暗闇の世界に意識を預ける。こうすれば、痛みも感じなくて、済む。

ふと、脳裏に浮かぶ人影。優しい顔。そうだ、この人に自分は会いたいのだ。会えるまで、死ねないのだ。

(アキトさん・・・・・・。今、どこにいるんですか?アキト、さん・・・・・・)





























「・・・・・・なるほど。結局統合軍の奴らは無駄な工作を打った結果に終わったわけだね」

「はい。ホシノ・ルリ暗殺計画は完全に失敗に終わりました。何しろルリちゃん自身が瀕死の病人だから、

狙う意味も無くなってしまったから・・・・・・でも、この確たる証拠が手に入ったのは、私達にとって僥倖ね」

ネルガル会長室。水面下で蠢く者達の、一つの中心。この部屋には今、会長アカツキ・ナガレとその秘書エリナ。

2名のみがいる、だだっぴろい空間。一般に言って、あまり策謀が行われるにしてはおおっぴら過ぎる場所だ。

「それで、これからどうするかだけど・・・・・・ここは我々ネルガルと宇宙軍の為に、統合軍の指導層は一掃するかな」

「統合軍の勢力を削る事は出来るでしょうね。でも、計画だけでは決定打が無いと思うけど」







火星の後継者の残党による襲撃事件を引き起こしたのは、統合軍上層部である事がわかった。

目的は、統合軍にとって宇宙軍に勢力逆転される一番の要因となったホシノ・ルリの排除。

何故統合軍によるものであるとわかったか。

まず、2000人もの重要人物が集まったパーティーの警備体制は当然厳しく、

内部よりの手引きがなければ3人の犯人は侵入しようが無かったという事。

次に、そのような襲撃にも関わらず犯人の武装は拳銃のみであったという事。

爆弾を持ち込めば確実に数千人のVIPを抹殺できたにも関わらず、である。よく考えれば不自然すぎる事だった。

最後に、ホシノ・ルリの死を利用して統合軍主体の国葬、その後の主導権を握る為に、

主要マスコミ各局に工作を行っていた事。この証拠をネルガルに掴まれたのだ。

こういった事情があり、ネルガルはシークレットサービスを使って調査を進めていた。

その結果何千何万もの物証、データが現れ、組織ぐるみの行為であった事が明らかになったのである。







「とりあえず宇宙軍に量産型スーパーエステバリス、アルストロメリア、そしてナデシコフリートの3点セット。

売り込みの方で勝負するしか無いんじゃないの?ま、ルリ君の件はおまけ程度で扱うのがやけどしなくていいと思うよ」

「ルリちゃんの生命をおまけ・・・・・・そんな事、アキト君には聞かせられないわね」

「ルリ君の為さ。大事になりすぎると、かえって彼女の身が危ないからね」

「ふぅん。どうせあなたの事だから、ルリちゃんの死すら利用すると思ってたわ」







ネルガルがルリを殺す。その犠牲をいかにも統合軍や一部政治家の策謀によるものに見せかける。

魅力的なやり方だった。ルリはこのまま放置していても、死ぬ。実行者の良心もそこまで傷まずに済むだろう。

なるほどここで一気にネルガルと宇宙軍の勢力を増させるには、統合軍を事実上解体ないし機能不全まで追い詰めるならば、

このような決定的なスキャンダルを作り出すのは悪くない事だろう。

だが―――







「僕ってそこまで冷たい男だと思われていたのか」

アカツキの声そのものは平静だった。だが、エリナは自分の発言が誤りであった事を知る。

「・・・・・・冗談よ。流石のあなたでもそこまではしないと思っているわよ」

「そう、ならいいけどね。本気で君がそう言っているのなら、そろそろ秘書の替え時と思っていたよ」

アカツキは明らかに怒っていた。ほとんどの人間はそうと気付かないだろうが、長い間秘書を務めてきたエリナにはわかる。

「・・・・・・ごめんなさい」

「素直でいいね。ともかくルリ君の周りはなるべく静かに。イネス博士からは何かあるかい?」

「特に。今はずっと研究室に籠もりきりで。口では処置のしようが無いと言っていたけど、最善を尽くすようね」

「イネス博士の全シフトを外して、ルリ君の治療の為に全力を尽くせるようにしてくれ。奇跡が起こらないとも限らないし」

「わかってるわよ」







知っている人に対して、人は冷血にはなりきれない。

それは超大企業群ネルガルグループ会長のアカツキ・ナガレとて例外では無かったのだ。




だが、彼の意図する事とは別に、事態は流れていく事になる・・・・・・
































「ルリルリ?」

ルリが倒れてから1ヶ月。ハルカ・ミナトはルリの見舞いを大体2日に1度のペースで続けていた。

1ヶ月間、すなわち16回の見舞いの中で、ミナトはルリの病状について楽観視するだけの感触を得ていた。

彼女を含めて、まだ旧ナデシコクルーはイネス達よりルリに関する病状の真実を聞いていなかったから、当然である。

ルリは血を吐いたと聞いていたが、とりあえずミナトの前ではいつも元気で朗らかで、どうして入院しているのか疑問にさえ思うぐらい。

だが。演技はいつか限界を迎える。そして、今がその時だった。




「うぅっ!!くぅぅぅっ・・・・・・ああっ!!ごほっ!」

「ルリルリ!!どうしたの!?」

ルリはシーツに顔を埋めていた。白い生地が、たちまち紅に染まる。

ミナトは動転してしまった。ルリの病室に入った途端、これである。そして、ルリの病状がこれほどとは予測だにしていなかった。

とりあえずルリの背中に手を回して、ゆっくりと支えながら背中をさすろうとして、気付く。

(ルリルリ、こんなに痩せてる・・・・・・!)

「誰か!だれかきて!!」

扉を蹴破らん程の勢いでいつもの看護婦が室内に飛び込んでくる。彼女でなければどれほど薬を打てばいいのかわからないから、

当然の処置でもあった。夜は―――別の若い医者が詰めている。ともかくルリの看病は24時間体制だった。

「げ、劇薬・・・・・・!そんなもの打ったら!」

「あなたは黙って。それにしてもこの所量がどんどん増えてばかり・・・・・・」

びくびくっ、と痙攣して、ルリは眠りに落ちる。この所起きている時間のかなりが激痛に苛まされる日々が続いている。





「ルリルリ・・・・・・ただの軽めの、若年性の癌じゃなかったの?どうして、嘘を」

呆然としているミナトの横で、看護婦は血に汚れたシーツを替えている。ルリは今、ベッドから降ろされてソファだ。

「一体ルリルリはどうしちゃったの!?あなた、知らない?」

「・・・・・・心配させたく無いんだって、そう彼女は言っていたわ」

看護婦は言う。ルリたっての希望で、なるべく周囲の人間には彼女の本当の病状がわからないようにしていたと。

「彼女は癌なんかじゃ無いわ。決して現在の医療では快復不可能な、ナノマシン関係の重病・・・・・・

こんな劇薬、私だって使いたくないわよ!そもそも医療用薬品じゃないもの、医療関係者のする事なんかじゃない!

でも、こうする他無いのよ。激痛で彼女の精神はボロボロ、精神科医によれば自我領域がもたないって」

毒を以って毒を制す。それすらルリの身体では通用しない。毒を以って誤魔化すぐらいしか出来ないのだ。

彼女に投与されている劇薬は数種。それぞれが複雑に作用しあい、ルリを中毒死させないで無理やり眠らせる効果を持っている。

だが、副作用はある。脳の萎縮、まあこれはいいとしよう。もう一つの副作用はルリより多大な体力を奪う事だ。

その為むやみやたらに投与する訳にもいかず、ルリは既に何度か薬が投与できず数時間苦しむ体験を数度もさせられている。

「ルリルリ・・・・・・どうして、そんなに苦しい思いをしなきゃいけないの?」

呟くミナト。看護婦はそれ以降一切話さず、病室棚の花瓶の古い花束をエーデルワイスに入れ替え、病室を出て行った。
































こうしてルリの本当の病状は知れ渡った。

今のところマスコミには、そして世間一般には詳しく知られていないが、

彼女の身の回りの人間は、彼女の生命が決して長いもので無いと認識し理解するに到る。

そして、それを知ればそれぞれの思惑に沿った行動をはじめるのは当然の事で・・・・・・





「ルリルリが、死んじまうなんて・・・・・・」

「班長!こういった時こそこんな事もあろうかと、ですよ!」

「ねぇよ、そんなの。俺達は無力だ。メカニックじゃルリルリの身体は治せねえ。精々祈るぐらいだな」

固く結ばれた唇。彼の誇る技術も、腕も、今回はあまりに無力だった。




「ルリ坊がねぇ。どうしてあの娘は他の娘みたいに、ずっと幸せな一生を送れなかったのだろうね」

「ただ遺伝子に手を加えられたぐらいで、人生の大部分がずっと自分のものじゃない物を送ってきて、

せっかく手にした幸せもぶち壊されて・・・・・・これからだというのに死んでしまう。こんな不幸があっていいわけないわ」

日々平穏。『休業中』の札が立てられた店内で、ホウメイとミナトはただスコッチを飲み続けた。




「ルリルリィ・・・・・・病気なんて、ぐすん」

結構仲の良かったユキナ。ここ2週間一度も電話が掛かってこなかったので、心配したのかジュンが珍しく

自分から電話を彼女にかけてきたのだが・・・・・・ユキナの様子に酷く困惑するしか無かった。

「あの、ユキナ。ルリちゃんは確かに可哀想だと思う。だけど、いつまでもそこで悲しんでいても」

「あんたに何がわかるっていうのよ!」

実際ジュンとルリの関わりの方がユキナのそれよりは長いのだが、ユキナの悲嘆に期間の長さが関わろうはずも無い。




「メグミ・レイナードさん!電子の妖精ことホシノ・ルリ氏が重体との事ですが、何かコメントを」

「・・・・・・」

「メグミさん!!」

追っかけまわす多数のマスコミに対して、一切無言のメグミ。

(そっとしてあげて欲しいのに・・・・・・こうやって色々と嗅ぎ回るのがルリちゃんの負担になってる事、わからないの?)




『全周囲クリア、施設内敵性勢力無し』

「ご苦労。そのまま続けてくれ」

ルリの入っている病院より数百メートル。昨今最も生命の危機に晒されている彼女の護衛として、

1個小隊に匹敵するシークレットサービスが周囲に潜伏していた。

「しかし、本当に情報通りとなるのでしょうか?」

「ゴート君、油断はよくありませんよ。ルリさんが病弱の身であるからこそ、利用価値を見出す連中も多いはずです。

ルリさんは今まであまりに争い事の中心にいました。だから、最後の時ぐらいは、お静かに」

2人の男。裏の世界に生きる者達にも、血は通っている。ましてや、長く苦楽を共にした、戦友に対しては。

上司を含めた彼らに今出来る事、それは静かに見守る事だった。





「ルリちゃんが可哀想です!?何故、なぜそうなるんです!?」

「ルリ君が苦しんでいるからこそだ。彼女の死を、なるべく意味ある物にしたいと思わんか?」

東京の一角にて。男の左頬を照らし出した月明かりが、どこか哀しげだった。






























「IFSフィードバックレベルが10を超えると、体内補助脳の書き換え速度が予測値の100倍以上を示す場合が

ある事がわかったわ。その場合、伝達側のナノマシンで情報を保持して、直接各器官に情報を受け渡す事によって、

補助脳への負担を減らそうとする。でも、その際に伝達機能を果たすナノマシンのほとんどが電荷を帯びる事によって

それぞれナノマシンが相互干渉、焼ききれたり、あるいは物理的なエラーを起こすわけね。

エラーを起こしたナノマシンは同じくナノマシンによって構成している補助脳にも作用、その為に補助脳が

体内ナノマシン系統の制御を喪ったり、あるいはエラーを起こす事によって、ナノマシン・スタンピードが発生しやすくなった。

そしてナノマシン・スタンピードを起こす度にナノマシン間の関係がより崩れて、病状は螺旋状の悪化を辿る・・・・・・

それが今の貴女の状態ね。ま、症状の原因がわかっても、手の打ち様が無い事は認めざるを得ないのだけど」




夜。月明かりの射す病室。ベットの傍らに立って、ホワイトボード片手に説明するのは白衣の博士、イネス・フレサンジュ。

「仕方の無い事です。私の体内のナノマシンの数は多すぎます。例えナノマシンを取り除ける技術が存在したとしても、

いきなり体内からナノマシンが喪われるとショック症状を起こして死んでしまうでしょうし・・・・・・」




死ぬ事に関しては諦め受け入れるしか無い。ルリはそこまで覚悟はつけていた。

この一ヶ月、考える時間だけはあったから、自分の現状についても落ち着いて受け入れられるだけの覚悟をつける事は出来た。

勿論、死にたくは無い。その事を彼女の日常の仕草から読み取る事は出来る。生に未練があるのは、わかる。

だが、彼女の歳で未練が無い方が不自然だ。生に未練が無い、すなわち虚無と同義であり、決して褒められる事では無いだろう。




「はぁ・・・・・・貴女が相手だと、少し調子が狂うわね。普通死期の迫った患者ほど取り扱いづらい相手はいないのだけど」

「今更死にたくない、と叫んだ所で死は待ってくれませんから」

「覚悟がいい・・・・・・というよりも、可愛げが無いわね。ま、下手に悲劇のヒロインぶるよりはましだけど」

イネスの口調は変わらない。努めて明るくしようとしているのかもしれないし、あるいはそれが彼女の性なのかも知れなかった。

「ともかく貴女の場合は絶対安静というレベルですら無いわね。一日17時間睡眠、起きている5時間は薬漬け。

本来ならば数少ない余生を自由に過ごす為に敢えて退院、っていきたいのだけど、街中で倒れられてもね」

「それで、病室から出るのにもどこでも監視付き、ですか」

「自分の立場ぐらい、貴女だってわかっているでしょう」

この病院の中は一切取材禁止、マスコミを排除している。ネルガルの系列だからこそ可能な芸当だ。

「医者として一つ規定として聞いておかないといけない事があるわね。何か、望みはあるかしら?」

「遺言ってものですか?」

「まあ、言い換えるならばそうなるわね」

ルリは少しだけ考え込んで―――ほんの一瞬だけひどく悲しそうな、だが単純にそうとはいえない表情を覗かせて、

よどみの無い声で答える。イネスはこの表情の意味を、この時は捉えかねた。

「財産等の処分はその机、上から2番目の棚にある封筒、一枚目と二枚目に記してあります。

他は特に希望はありません。ただ、あまり大げさな葬式は好きじゃありませんが。火葬でいいです」

「そう・・・・・・何でも、望む事は叶えようと思っていたのだけど」

「いいんです。私は、ただ皆が、ユリカさんとアキトさんがそれぞれ幸せでいてさえくれれば。

でも、アキトさんにはそれを望むべくも無い事も、わかっています・・・・・・」

伏目のルリ。イネスはこれ以上会話を続ける事が出来なかった。彼女にとっても、あまりに苦しい話題だから。

「わかったわ。後は任せなさい。最後に、一つ言わせていただけるかしら?貴女は望まない言葉でしょうけど」

「・・・・・・どうぞ」




「・・・・・・治せなくて、ごめんなさいね」




「いいんです。やっと、私も決心がつきましたから」

そうルリが呟いた時には、既にイネスの姿は病室に無かった。





















深夜。院内、蠢く影。

数にして1個分隊程度だろうか、照明の落とされた空間を何人かが走り抜ける。

通路を巡回する夜勤の看護士。カツ、カツ・・・・・・歩みの音が、不意に途切れる。

ぐったりと床に横たわる影を乗り越え、より多数の影は確実に目標の部屋へと近づく。

ドア。自動開錠式の扉。表札には、『ホシノ・ルリ様』とある。その扉が、音も無く開いた。

部屋の中に入り込む影達。月明かりが表情を照らし出す―――全員男だ。そして、手には。

「隊長、目標を確認しました」

「・・・・・・安らかに眠ってくれ、大佐殿」

それぞれの手にあったのは軍用拳銃。しっかりと脇を締めて、布団の中の標的を狙う。

30口径。目標を一撃で殺すという面においては威力が多少不足気味の拳銃。

ただし、サイレンサーもあいまって音は一切鳴らない、暗殺には持って来いのものだろう。

「やれ」

一斉射撃。全ての弾丸は過たず目標の腹部から胸部に命中。




「・・・・・・ん?」

即死であるはずだった。だが、だ。目標に何の変化も見られないのだ。

人体の70%は水分。当然人体が損壊すれば、血液が損壊部より噴き出すはずである。

「隊長、これは!?」

「くっ、しまった・・・・・・」

次の瞬間、外より強烈な光源―――サーチライトが彼らの姿を照らし出した。




「諸君らは完全に包囲されている!」

「大人しく投降せよ!生命まで奪おうとは言わない」




唇を噛み締めていた男だが、一瞬の自失より立ち直ると部下に司令を下す。

「退路B−1を使用する。急げ!」

「「「「「「ハッ!」」」」」」











「このような事態が起こらないように、護衛監視を強化していたのですが。面目ありません」

ゴートの言葉。プロスペクターもいつになく難しい表情をして、呟く。

「これはいずれにしても、凄まじい失態ですな。無論、我々の」

血に染まっているべきシーツは穴がいくつか開いただけ。そして、どこから持ち込んだのか、人形。

そこにいるべき少女、ホシノ・ルリの姿はまるで霞のように消え去っていたのだ。






























ホシノ・ルリの失踪は記事にこそならなかったが、関係者各所に大きな衝撃を与えた。

まず、厳重に厳重を重ねた警備体制を敷いていたネルガル・シークレットサービス。

襲撃者達にも気付かず、ルリの出入りにも気付かなかった。つまり、警備システムが実質ダウンしていたという事になる。

特に病室に設置されていたカメラは、完全に電子的に無力化されていたのだ。ルリは、IFS端末をもう扱えないはずなのに。

少なくともイネス・フレサンジュはそう報告していた。ただし、彼女はルリがいなくなった後、こうも呟いているが。

「人の執念、か・・・・・・」




次に、旧ナデシコクルー。

「ルリルリが、消えたぁ!?」

「一体どこへ・・・・・・?」

「何を考えてるの、ルリルリ・・・・・・?」

言葉にすれば、以上のようになる。病床のルリが痩身を押して向かう場所。彼らでさえもわからない事だった。

更に死期を早めても、ルリがしたい事。あるいはしなければならない事。

いずれにしても、大人達は一つの予感で一致していた。

ルリは、もう二度と生きて戻らない、彼らの前で妖精のような微笑を見せる事は無い、と―――











そして、荒れ狂う感情の暴風。

「どういう事だ、エリナ!!?お前達は知っていて、隠していたのか!!?」

テンカワ・アキト。彼は全てを知るに到っていた。ホシノ・ルリの失踪が真相を彼に否が応無く突きつけたのだ。

「答えろっ!ルリちゃんがナデシコCによるハッキングのせいで死ぬ、その事を知っていたというの事なのか!?」

「・・・・・・そうよ」

エリナを壁際に追い詰めているアキト。その右手が翻る。エリナは、直後来る暴風を予測して目を瞑った・・・・・・

ドンッ!そういう描写が正しいのだろうか。エリナのすぐ横、壁にアキトの拳が突き刺さった。大穴が開いている。

「くそっ、くそっ!くそぉぉぉおっ!!」

連打。皮膚が破れ、血が腕を伝う。だが、彼は壁を殴るのをやめようとはしなかった。

「俺が、俺がルリちゃんを殺したっ!!!

俺が不甲斐無かったから。

俺が弱かったから。俺が火星の後継者を

根絶やしに出来なかったから!!!

そのせいで、ルリちゃんを

戦いに引っ張り出してしまった!!

なんて様だ。これで王子様だと!?

お笑いだ!!

自分から悪人にさえなったのに

結局ルリちゃんを護る事さえ出来なかった!

とんだ死神だ、俺は・・・・・・俺はっ!!!」

「アキト君・・・・・・」

「どうして言わない!?

お前がみすみすルリちゃんを殺したと!!

同情のつもりか!?血に汚れた俺に対して

同情だと!?それで、言わなかったのか」





「・・・・・・違うわ」

違わない。だけど、そう言う他無かった。世の中には、言わない方がいい事はある。

たとえそれが、わかりきっている事実だとしても。だから、彼女は話の中心をすり替える。たとえ、強引でも。

「ルリちゃんが、望まなかったから」

「ルリちゃんが、だと!?」

落ち着きなさい!!そうよ、ルリちゃんは貴方に前向きに生きてもらいたかった。

だから、自分の死について伝えなかった。そう、今の今までは!!」

それは正しく真実とは言えない。だが、ルリは決してアキトが側にいる事を口に出しては望まなかった。

そう、口に出しては。その実、それを心の底から望んでいたのだ。

国際的な犯罪者、テンカワ・アキトに最後一目会う。公的な身としては、望んではいけない事。

だから、今回の失踪―――彼女なりの、我侭なのだ。

気付かれなくてもいい。でも、気付いて欲しい。それが、彼女に出来る精一杯の自己主張だったのだ。

引き寄せなさい!!ルリちゃんの最後の我侭なのだから。彼女の下に行きなさい!

本当はルリちゃんは貴方の為を思って、死ぬまで貴方に会わないつもりだった」

そんな事は聞いてはいない。だが、きっとそう思っていたのだろう。エリナには確信がある。

会いたいけど、会わない。死の床に伏せる自分を見たら、アキトはきっと優しいから。自分の未来を捨ててしまう。

幸せを探すのを本当にやめてしまう。そう思い立って、会う事を我慢していたに違いないのだ。

勿論、それはエリナの主観によるものである。実際そうなのかはわからない。

だが、そういう事にしておきたいではないか。ルリは、きっとそのくらい優しい娘だと!

「でも、結局我慢しきれなかった。最後は感情に素直に生きたかったのよ!

だから、ルリちゃんは貴方しか知らない場所に行ってしまった。気付いてくれれば、でいいと思って」

「・・・・・・そうなのか」

アキトは落ち着きを取り戻していた。嘘でも、真摯な言葉、である。エリナの直球は彼の心に届いたようだ。

「だが、俺にはルリちゃんを抱き寄せる資格は無い」

資格なんかじゃなのよ。最後は、せめて思いを寄せる人が近くにいて欲しい。

その手が血に穢れていようが、何だろうが構わないのよ。ぬくもりさえ、あれば」

「・・・・・・ぬくもりか。しかし、俺はルリちゃんの知るテンカワ・アキトでは無い」

「ルリちゃんがそんなに狭量な女の子だと思ってるの?」

一瞬の沈黙。重苦しい空気。そして、突き刺さるエリナの視線。それは、等しく女性の意地。

―――アキトは敗北を認めた。

「・・・・・・いや、思わない」







「まったく、どうしようも無い臆病者なのだから・・・・・・」

去って行くアキト。その後ろ姿を見つめながら、エリナは呟く。

だが、臆病な部分、優しすぎる部分を含めて、エリナはアキトが好きだった。愛してさえいた。

だから、ここまで肩入れする。単純にルリの為では無く、ひいてはアキトの為に。

勿論、悲しみの再会となるだろう。アキトの両手には、死の感触が残るに違いない。

しかし、エリナが見るに、それは必要な通過儀礼。アキトが前に進む為に、避けられない路。

避けるのは楽だろう。だが、最愛の義妹の死を直視しないのは、後に大いなる後悔となる。確信していた。

「エリナ、アキト帰ってくる?」

傍ら。薄桃色の髪の少女。彼女はいつも恐れている。アキトが戻ってこない事を。

そして、ホシノ・ルリがアキトの心まで連れて行ってしまう事を・・・・・・

「わからないわ。でも」

「でも?」

「帰ってくるって、信じていけない道理は無いわね」






























「いやぁ、わざわざすみませんね。閣下だけで無く、愛しの娘さんまで御同席くださるとは」

「・・・・・・」

ルリ失踪より20時間、夜。宇宙軍総司令部、総司令オフィス。

落ち目の宇宙軍とはもう一昔前の常識。度重なる統合軍の不祥事により、

今や宇宙軍は12個艦隊、機動戦力の8割を抱える一大組織として生まれ変わった。

無論、これもそれもルリのお陰である。ルリによる火星の後継者に対する勝利があればこそ、だ。

ここにいる3人、総司令ミスマル・コウイチロウ、ミスマル・ユリカ、そしてアカツキ・ナガレは皆、

ホシノ・ルリの活躍によって多大な利益を受けた人物達の筆頭である。

復権を、生命と自由を、そして莫大な社益を。

ルリのお陰だ。それにも関わらず、彼らは彼女に十分な礼を出来ていたとは言えなかった。

それは彼ら自身がよく知っている。ルリが望むのはユリカ、アキトとの平穏な生活。それは、実現できなかった。

そして、迫るルリの死。この失踪が終わった時、ホシノ・ルリはもはや生命の炎を燃やし尽くしているのだ。




「うむ。それでアカツキ君、ルリ君の行方は掴めたかね?ネルガルの方で」

「面目無いですね。ま、ルリ君の本気には誰も対抗しようの無いという事です」

「そうか・・・・・・無事でいてくれるといいのだが」

「・・・・・・」

ユリカは無言でお茶汲みをやっている。その瞳はどこか虚ろ。そして、アカツキにはその意味がわかっていた。

「無事でいて、悲劇のヒロインになってくれなければ困る、ですか」

「・・・・・・!」

ユリカの手が震える。隠しようも無い動揺。

「失礼。こちらにも時間が無いもので。それにしてもいいシナリオですね。

ルリ君を暗殺して、それと同時に統合軍が暗殺計画を立てていた証拠を一挙に提示する。

まあ、確実に統合軍は解体、ぶら下がっていた政治家達も全員終わり、連合軍は宇宙軍を中心に

再編されて、地球圏に覇を唱える、ですか」

「・・・・・・黙っていてくれるといいのだが、ネルガル会長閣下」

「ネルガルにとっては一番の手です。何しろ連合軍市場はネルガルが独占中。今まで以上に大儲けが出来る。

まあ、会長の身としては何とも嬉しい限りです。当然邪魔はしませんよ」

「なら、何故敢えて話すのだ?」

コウイチロウの重々しい声。不思議な事にその声には不快感は含まれていなかった。

むしろ、自分を罰するような、辛い響きが込められている。少なくともそれを感じ取れて、アカツキは内心安堵していた。

その上で、勿論彼は真面目に返答する程お人良しでも無い。無言の女性に問いを振る。




「艦長、いえ今は提督か。ミスマル・ユリカ嬢。全ての証拠は挙がっていますよ。貴女の指示ですね」

茶飲みの割れる音。彼女は顔を伏せアカツキの目線を避ける。表情は―――蒼白だ。

「・・・・・・はい。私が、ルリちゃんの暗殺を指示、しました・・・・・・」

「ふうん。家族だったのにねぇ。それほどルリ君が目障りだったのかい?」

この言葉はアカツキの本心では無い。そんな事、信じているはずが無いのだ。

だが、同時にアカツキはユリカに逃避を許すつもりも無かった。だから、敢えて酷い言葉も投げかける。

「・・・・・・」

「自分と父親の出世の為に愛娘すら悪魔に売る。立派な商売人になれますよ」

「・・・・・・そんなんじゃない。私は!ルリちゃんが可哀想で!!

「苦しんでいるのを見て、これ以上苦しませたく無かった」

コウイチロウの言葉。

「そして、どうせ死ぬのであれば、せめて意味のある死にさせてやりたかった。

本人にとってはあまり心慰められる事では無い事はわかっている。この私の利益が混じっている事も。

だが、彼女の憎んだ、彼女の幸せをぶち壊しにした不正と悪徳を消し去ってやりたかった。

私とて彼女を家族としてみていた。だからこそ、こうするしか無いと・・・・・・」

「・・・・・・幸いにして、統合軍も暗殺計画を実行に移していました。

だから、罪を着せるのは簡単。あのホテルでの襲撃は実際に統合軍によるものだったから。

それで、私達は決意しました。ルリちゃんを、私達が殺すと。統合軍の上層部なんかに、やらせないと・・・・・・う、うう・・・・・・」







重苦しい空気。それを作り出したアカツキ本人もまた、気分は優れない。

なぜ、敢えてそうしたのか?どうして、語らなければいけなかったのか。

時々アカツキ自身、自分の事が良くわからなくなる。そっとしておけば、傷は化膿しないのに。

だが、何か違うと思っていた。ルリの事を、自分達がどうこうするべきでは無いと、思っていたのだ。

「それでお二方は、ルリ君の苦痛、不幸を取り除く為に敢えてルリ君を殺す、と」

「・・・・・・そうだ。偽善でしか無いだろうがな。殺人は、殺人だ」

「それでも断固やる、と」

「・・・・・・はい」

一つ盛大な溜息をつく。それこそ、演技のように。そうしてはじめて、思うところを言うだけの決心もつく。

「僕はルリ君が不幸であるとは、単純には思えませんね」

「どういう、こと?」

「何、簡単な事です。病身を押してまで、生命の灯火を全て燃焼してでも、したい事が、彼女にはある。

確かに彼女の人生は不幸の連続だったかもしれない。家族も、愛する男も結局得られなかったのだから。

得ようとしても、実際得ていても、全てぶち壊しにされたのだから」

沈み込むユリカ。思い当たる節が、やはりあるのだろう。ルリのアキトへの思いを知らないふりしていただけ、なのだろう。

だが、アカツキはそんな彼女を横目に断固言い切った。言葉を、ルリへのせめてもの手向けにする為に。

「でも、全てが不幸だった訳じゃない。そして、今。彼女は幸福だ。本心のままに行動できる、その時を持ったのだから」









それから無言の室内。コウイチロウは固く手を結び、ユリカは泣き続けている。

突如一人の士官が入室する。敬礼、ユリカに向き直り報告。

「ホシノ・ルリ大佐の足取りが掴めました。スウェーデン、ストックホルムに2時間前、立ち寄っています」

それは一つの指示を待つ為の言葉。だが、とうとうその指示は下される事が無かった。

「・・・・・・ご苦労さまです。総員ストックホルムにて待機」

「閣下!」

「いいのだ。最後ぐらい、ルリ君の自由にさせてやろう」

コウイチロウの言葉。それを受けて、士官はこの上なく綺麗な敬礼を決めて、退出してゆく。

そう。誰一人としてルリの死を願う者は、この場にいるはずが無かったのだ。





(あとは、君次第だよ。テンカワ君・・・・・・)

アカツキの呟きは、半ば口の中で消えてしまっていた。








































水音。生命の営み。私の音。




彼女の目の前には、川。鮭の遡上、それが彼女に聞こえてくる音。

生まれ、4歳まで育てられた場所。そこにホシノ・ルリの姿はあった。

(おかしいですね、いい思い出なんて、一つも無いのに)

ホログラムの"両親"。最高の傑作。確かに、ここには一つもいい思い出は無い。

なら、どうしてここに来たのか―――それは、あの人とだけ思い出を共有する、ただ一つの場所だから。











以前から用意はしていた。ただ、決心がつかなかった。

一度吹っ切れれば。イネスの諦めを知って、彼女は行動をはじめて起こす気になれた。

病院の警備システムを騙し、空港のシステム、データを改竄し。よくここまでの力が残っていたな、自分でも思う。

着替えるのにも、タラップを昇るにも、車で移動するにも、飛行機の中でも・・・・・・それぞれ苦労した。

スウェーデンまで来てしまえば、ここまで一直線だった。いずれ見つかるだろうが、もう関係の無い事。

ここまで来るのに彼女は最後の力を文字通り振り絞った。発作を起こしても精神が保つように、

強力な麻薬を何本も打っている。禁断症状が始まれば、後は死ぬだけだ。見つかっても、手遅れ。











ベンチ。川に向かい合うようにあった。それに、彼女は腰掛ける。

吐き気。とっさに口を押える・・・・・・血。大量では無いが、ナノマシン・スタンピードによるものだ。

「もう、限界ですね」

呟くと、小さな鞄から最後の薬を取り出す。紅いラベル。毒薬の印だ。

今までの麻薬とは違う。最高2時間だけ、彼女の思考をクリアにし、全身の細胞を活性化させる効力。

ただし、薬の効果が切れれば確実に死ぬ。幸いなのはショック死で、綺麗なまま死ねるという事、それだけだった。

彼女はためらいを微塵も見せず、無針注射器を首筋にあてた。ボタンを押せば、彼女の死は確定。自殺となる。

「賭け、ですから・・・・・・」

ボタンを押し込む。薬が、体内に吸い込まれた。途端にひどく気分が安らかになる。

「来なければ、それまでです。でも、生命のチップを賭ける価値はあるはず」

少しだけ眠い。疲れたのだ、ずっと気が張り詰めっぱなしで。これほど長い時間集中した事は無かった。

軽く目を閉じる。ただ、音が・・・・・・水の音が聞こえた。





















どれほど時間が経っただろうか。数分にも、永遠にも感じられる間隙。

彼女にとって時間はあまり意味を持たない。だから、わからなかった。

だけど、それなりの空白を経て。彼女は不意に気配を感じ取った。




前方、5メートル。4メートル

うっすらと眼を開ける。霞む視界。無彩色の世界。

3メートル、停止。

顔をあげる。はっきりと眼を見開き、確認。




ああ、この人を私は待っていたんだ・・・・・・




「アキトさん。少し、遅かったですね」

「ごめん」

遅かった。だけど、少しだけ。彼は、確かに今、ルリの目の前にいる。

立ち上がる。震える脚。一歩、二歩。三歩目で崩れ落ちる彼女の身体を、アキトはそっと支えた。

「ふふっ・・・・・・優しいのは、変わりませんね」

「ルリちゃんも・・・・・・綺麗なままだ」

「お世辞としては上出来です」




互いの顔、距離50センチメートル。金色の眼が、バイザーを外した漆黒の瞳が。お互いのそれを覗き込む。




「待っていた、甲斐が、ありました」

弱々しい。限界を感じさせながらも、だがルリの言葉は明晰だった。




「私の我侭、聞いてくれたんですね」

「ああ。俺の大切なお姫さまだから」




黒いコート。手袋。だが、そこにあるのは紛れも無いテンカワ・アキト。

黒の王子様にして、優しいルリの義兄、最愛の人。どんなに時が経っても、喪われる事の無かった微笑。







「私、悪い女ですね・・・・・・でも、最後に一つだけ」

「何でも。俺に出来る事なら」




瞬間、彼らの距離はゼロになる。




「・・・・・・愛しています、アキトさん。最後の最後になってだけど、心から、ずっと」

ルリの身体から力が抜けてゆく。温かさも。かつて見る者を魅了した、黄金の瞳も、結ぶべき焦点を喪う。

「ああ、俺もだよ。ルリちゃん、テンカワ・アキトはホシノ・ルリを愛している、心の底から」

ふ・・・・・・微笑み。彼女の最期の表情。そして、呟き。









「もう一度・・・・・・生まれ変わって・・・会えたなら、今度は。あなたの・・・一番に、なりた・・・い」














































ホシノ・ルリの死。訃報は全世界を飛び回った。

すみずみへ。そして今、取調室の中でさえも。




「くくく・・・・・・ははっ!!魔女が死んだか、俺が手を下さなくとも、死んだかぁ!!」

名も無い火星の後継者兵士。狂気の笑いが室内を満ちる。無言の取調べ側。

「あはは!!天誅降る!!見よ、正義は我らにあったでは無いか」

「ふざけんなっ!!!」

机を叩く音。立ち上がったのは、少将の徽章を肩につけた男。アララギであった。

「妖精を。ホシノ・ルリ大佐の事を侮辱する奴は許さん!!

貴様には木連軍人としての魂が無いようだな。腐りきった外道めっ!!

彼女は生命を削り、お前達に正対して来た勇者なのだぞ!!

敵を認め、その姿を賞賛し、尚戦う事こそ我ら木連軍人では無かったのか!?」





「・・・・・・我らが負けたのも、道理か」

同時刻。独房、シンジョウ・アリトモの呟きが残っている。

「電子の妖精、ホシノ・ルリ。彼女も身を削り、生命を賭けていた。

少女ながら、その身のあり方、一生はまさに太古の勇者達に勝る。あっぱれ、だな」











ナデシコC、ルリの私室。

塞ぎこんでしまったハーリーの代わりに、彼、タカスギ・サブロウタは片付けに訪れていた。

規定であるから、片付けないわけにはいかない。だが、ルリの匂い、温かさをどこか微かに残すこの部屋で、

ハーリーが片付けをするのは、あまりに酷な作業であるかもしれなかった。

「艦長、こうして見ると本当に私物が少ないんだなぁ」

僅か10分で片付けが終わってしまって、少し拍子抜けしてしまうサブロウタ。

彼の知る女達はみな無駄に調度品を持っているものだが、唯一の例外がここに存在するようだった。

・・・・・・勿論、ルリの場合はそういった対象ではなく、純粋に上司、苦楽を共にした仲間として知るだけだったが。

だが、ふと棚の上の写真立て。それに彼は手を伸ばす。しばらく熟視、そうしてから、彼は真摯な口調で呟いた。

「・・・・・・生まれ変わったら、今度こそ幸せになる資格、艦長にはあると思いますよ」

そこに写されていたのは、ルリとアキト、ユリカが幸せそうに微笑み、屋台を切り盛りする様子だった。











ルリの病室。ベッドに乗せるべき者を喪ったこの部屋では、いつもの看護婦が片づけをしていた。

机の上を片付け、荷物を大体ダンボールに詰め込む。後は、引き取りの人間を待つだけ。

不意に看護婦は立ち止まる。床に落ちている、小さなぬいぐるみ。

電池の切れた、天井に浮かぶ魚。荷物の少なかったルリが持ち込んだ、数少ない品の一つだ。

とり上げて、彼女はしばらく眺めてから。呟いた。

「ルリさん。あなたはよく頑張ったと思うわ。最後まで思うままにあなたの海を泳いだのだから」











「そうですか、はい。了解しました」

プロスペクター。ルリがいなくなったからといって、彼の仕事が終わる訳では無い。

ルリは国葬ないし軍葬をされるのを嫌った。彼にはその遺志を尊重して、葬儀を執り行う責務がある。

本来は無いのだが、彼自身が望んだことだ。それに、密葬で無く派手では無い葬式をやるには、

彼ぐらいの能力を持つ人間でなければ役者不足という事情もある。

「ルリさん・・・・・・せめて最後まで、貴女らしさを追求させていただきますよ」

まず、交通の整理からだ。プロスペクターは電話を取り上げ、担当部署に通信を繋ぎはじめた・・・・・・






























大人達の予想は外れた。




ルリは彼らに微笑を見せてくれていた。死に顔だが、彼女らしく穏やかなものである。

出棺前。白いエーデルワイスを棺桶、ルリの周りに敷き詰めていく旧ナデシコクルー。

多くは皆無言。だが、中には一声掛ける者達も、いる。




「ルリルリ、あの世では幸せに暮らせよ。俺達ゃいくまでは寂しいだろうが、我慢してな」

「ルリ坊、あと一度でいいから話したかったもんだねぇ・・・・・・ま、健やかにむこうではお過ごし」

来世を、あるいはあの世を信じる者達。永遠にルリが生きていて欲しいと思う者達。

「ルリちゃん、生まれ変わってもナデシコで会おうね」

生まれ変わりを信じる者達。芸能人にしては実のある発言だろう、メグミの言葉は。

「君は本当によく頑張った。安らかに眠ってくれ。さよなら」

あるいは、彼女の事を褒める者達。ジュンの言葉は、いつもよりもより真摯に聞こえる。

「ルリルリぃ、もうお別れなんだね・・・・・・寂しいけど。さよならっ!」

悲しさのあまりに彼女の安らかな顔を直視できない者達。

「ルリ、おめえは大した艦長だったよ。若いのによく頑張ったな」

「ルリルリ、絶対にアキト君との同人誌、出すね」

「・・・・・・安らかに。この世に思い残す事多いかもしれないけど、成仏して。さよなら」

「シリアスだね、イズミ」

3人娘。それぞれが皆ルリを想っていた。ルリとの思い出があった。




「艦長・・・・・・」

「ハーリー。あまり長くいるのもあれだ。俺達だけが、艦長の死を悲しんでいる訳じゃ無い」

「わかってます!だけど・・・・・・ううん。何でもありません。艦長、安らかに」

軽くハーリーの尻が叩かれたというのは、当事者だけの秘密である。

「それでは。ホシノ・ルリ大佐。お世話になりました!」

サブロウタとハーリーの敬礼。彼らの思いは全てそこに集約していた。

初恋を思わぬ形で破られたハーリー。だが、この死が彼をまた一つ、大きくする事になる。




そして、ミナト。

ナノマシン・スタンピードや薬が多く投与されたにも関わらず、綺麗なままのルリに微笑む。

「お姉さん、間違えてた」

エーデルワイスを一房、ルリの胸にそっと載せる。

「ルリルリは決して不幸じゃなかった。だって・・・・・・」

光る涙。どうしようもなく、堪えようが無かった。つぅ、と透明な雫が頬を伝う。

「こんなに幸せそうな顔をして、不幸だったらそんな顔、出来ないものね?」

すすり声が聞こえる。感極まった者達が、泣き始めている。

最後にミナトはユリカにルリの隣を譲る。ユリカのルリの手向け・・・・・・それは、たった一言。

「ルリちゃん、ありがとう」









「ルリちゃん、ありがとう。俺、やり直してみるよ」

少し離れた場所。誰も目をつけぬ暗がりの空間に、テンカワ・アキトの姿はあった。

黒コート。バイザー。だが、外見は変わらなくとも、確かに変わったものはある。

「ルリちゃんに笑われないように。精一杯生きてみて、君のところに行く。

ルリちゃんの一番になれるように。そして・・・・・・"ルリ"と呼べるようになる為に」




かくて・・・・・・後に残されたのは、風のそよぎ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後の、後書きには『ギャグ』が入ります

こういう作品の余韻を『ギャグ』で壊される事を好まない人はこの先は読まない方が良いでしょう

りべれーたーさんの部屋// 投稿SSの部屋// トップ2































































あとがきという名の『制裁現場』




俺です。今、追われてます。

何だか後ろから多数の装甲車とエステバリス。先頭の車両ではミナトさんが叫んでいます。

「くぉら!ルリルリを殺すってどういうことよ!!」

逃げ道、無いです。とりあえず角を曲がろうとして、今度は多数の歩兵達。先頭の士官、アララギさんですよね、あれ?

「我々は妖精騎士団だ!!我々は十分に慈悲深い組織である。

武器を置いて投降せよ。今ならば首打ちだけで済ませてやろう!」

それって、どうあっても死ぬって事ですよね!?嫌です、俺、まだ十分若いんですよ!!

そもそも、俺武器持ってないし!!どうやって武器を置けと!?うわっ、銃弾が飛んできたっ!









はぁ、はぁっ。どうにか逃げてきました。今、細い路地です。

ここまで来ればエステバリスのレーダーでも、多分引っかからないはず。はぁ、助かった。

「私が逃がすと思いますか?」

え!?る、ルリさん!!ちょっと待ってください、何故、なぜ手にロングソードを持ってるんです!?

キャラ違いますよ。その、いえ、何というか・・・・・・今度はアキト×ルリ書くんで、それじゃ。

「アキトさん、押えて」

え、あ、その・・・・・・痛!手加減お願いしますよ。ていうか、助けて!

「無駄だ。ルリちゃんを殺すなど、天が許しても俺が許さない」

「殺すって事は、殺される覚悟があるって事ですよね?

そもそも私は清純なイメージなのに。どうして麻薬なんて使うんですか?」

そ、それは・・・・・・話の都合というもので。ぐぎゃあっ!

「勝手にあなたがつくった話でしょう。ともかく・・・・・・いっぺん死んでください」

あ、へ、へぇぇぇっ!!ぎゃああああっ!!

















その後、りべれーたーの姿を見た者は、誰もいなかった。(完)





b83yrの感想

こういう悲しい話の後って、その余韻を残して欲しいから後書きではギャグやって欲しく無いって人も居ます

でも、悲しい話だからこそ、せめて後書きぐらいは明るくって人も居ます

どっちが正しいかなんて、決められるモノじゃありません

片方に偏れば、片方を切り捨てる事になるし、両方に気を使えば中途半端な事になる

後書きを書かないって方法もあります、『本当に面白い作品なら、後書きなんて要らない、邪魔』っていう人も居ますが、後書きを楽しみにして居る読者さんだって居る

全ての人を満足させる方法なんて、あり得ません、何をやるしろ、やらないにしろ、『切り捨てざるえないモノ』は出てきます、『SSの内容』であろうと『後書き』であろうと

こういう、『ルリを殺す』話なんですが、ルリ派の私としては、確かに複雑なモノはありますが、否定はしません

『ルリの『キャラクターを殺して』『ルリという名前が付いてるだけの別人』にされてしまうよりも、『ルリを殺しても、『ルリのキャラクターは活かす』』方が良い場合だってある訳です

と、『本文向けの感想として』真面目な話もしておいて

この後は『あとがき対応』で(にやり)

 

 

りべれーたーさん(にっこり)

あなたは(にこにこ)

何をやったか、わかってますか〜(にこにこにこにこ)

あなたのような人は(にこにこにこにこにこにこにこにこ)

 

『あの肉』工場送りじゃぁぁぁぁ(=>ω<)=○)`Д)りべっ、;'        ☆⌒v⌒ミ(((o〔あの肉工場〕

さて、 (=゚ω゚=)ノε={;'.;'.}

いまなら、このりべ印のε={;'.;'.} が、なんと、特価1本20ペリカっ 持ってけドロボー♪

こうして、りぺれーたーさんの姿を見る者は、居なくなったという・・・(マテ)

なお、ε={;'りべ印'.} の売り上げは、

『ルリ様の貧・・訂正、慎ましい胸を愛する会』の活動資金として使われます

りべーれーたーさんの尊い犠牲は、無駄にはしないび〜のHPでした〜(ダカラマテ)

りべれーたーさんの部屋// 投稿SSの部屋// トップ2


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送