〜密やかに〜



 「はあ、どれにしよう」

 部屋の壁にはめ込まれた姿身の前で、薄い水色のショーツ一枚穿いただけの姿で立つ少女が、困り果てたように大きく溜息をついた。

 「これは、ちょっと子供っぽいかな」

 白地にハルジオンの花がプリントされたブラジャーを胸に当てながら呟くと、ぽいっと投げ捨てる。そして薄い青みがかった美しい銀髪をなびかせて姿見に背を向けると、部屋の反対側に置かれた箪笥の引出しから水色の無地のブラを取り出し、胸に当ててみる。

 「これも、少し色気が、足りない」

 ショーツと揃いの色のブラを当てながら、少女は柳眉を寄せて小首を傾げた。いつもなら問題ない取り合わせだった。というより、いつもは殆ど下着のコーディネートなどに気を使わないからなのだが。とにかく、今現在に限っては問題だった。
 折角の、月に一度の逢瀬なのだ。普段は「恋人」として会うことを許されない、いや、今日だって大っぴらに腕を組んで歩くことなどできない人との、スリリングな一夜。妻を持つ男との背徳のひと時。男の甘い声、優しく髪を撫でる腕、頬を摺り寄せる厚い胸板、それらに思いを馳せるたびに痺れるような快感が体の奥底から湧き上がり、背骨を突き抜けて頭の中で白い光となって弾けるのだ。今も少女は手にもったブラをぎゅっと握り締め、その琥珀色の瞳を潤ませて、艶やかな桜色の唇から熱い吐息を吐き出していた。
 五分もそうしていたろうか、机に備え付けのデジタル時計が発する、規則的なアラーム音が少女の意識を現実に引き戻した。少女は首だけを机の方に向けて時刻を確認すると、微かに上気した顔を曇らせた。

 「はあ、どうしよう。もう時間が無いのに」

 手にしたブラを無造作に床に落とすと、引出しの奥を覗き込む。そして、メッシュ地の黒いブラとショーツを手に取ると、姿身の前に戻って胸に当ててみる。

 「……背伸びしすぎ、です」

 少女はがっくりと項垂れると、ブラとショーツを握り締めたままぺたりと床に座り込んだ。

 「もう、行くの止めようかな……」

 先程まで甘美な時を思い恍惚に打ち震えていた琥珀色の瞳に薄らと涙を浮かべ、力なく肩を落として少女は誰に言うとも無くぼそっと呟いた。

 「じゃあ、止めれば? ルリ」

 不意に背後から掛けられた声に少女、ルリは飛び上がらんばかりに驚いて振り向いた。そこには、ルリと同じ琥珀色の瞳の少女が半開きのドアに手を掛けて、口元に悪戯っぽい笑みを浮かべて立っていた。薄桃色の腰まで伸ばした髪を一筋、左手に絡ませて弄んでいる。

 「ラピス」

 ルリは左手で胸を隠し、右手で周りに散らばったブラを手繰り寄せながら、闖入者に氷のように冷たい視線を投げつけた。

 (まったく、この子は)

 ラピスを睨みつけながら、ルリは心の中で舌打する。この自分とよく似た同居者の、非常識というより「無」常識と言ったほうが適切な行動には、たびたび翻弄されてきた。

 (アキトさんもエリナさんも甘やかしすぎです)

 かつての少女の保護者達に、いつものように言葉に出さずに愚痴をこぼす。その一方の保護者が、今日の逢瀬の相手だったりするのがルリの気持ちにを微妙に影を落とす。また、あの人にラピスの愚痴をこぼしてしまいそうで。折角の一夜なのだから、甘く楽しい時間のみを過ごしたい。だから、できれば、ラピスと顔を合わせずに出かけたかった。だが、こうなってはもう遅い。また今夜もアキトにラピスのことであれこれとなじってしまいそうだった。それもこれも、結局ルリが下着のコーディネートに時間を掛けすぎた結果だということも分かっている。ルリは内心では自分の優柔不断をなじりつつ、視線の厳しさはそのままにラピスに言った。

 「私の部屋に入る前には必ずノックしなさいって、いつも言ってますよね」
 「したよ、何度も」

 ラピスは平然とルリの視線を受け流すと、すたすたと部屋の中央に進んで立ち止まり、床に散らばる下着を見回す。そして淡いピンク色のブラを無造作に手に取ると、胸に当てて姿見を覗き込みながらルリに尋ねた。

 「下着もまだ?」
 「余計なお世話です」

 ルリはぶっきらぼうに言い捨てると、手繰り寄せた中からアッシュブルーのシンプルなブラを取って胸に当てる。それはカップの内側に結構厚めのパッドが入っており、ルリのささやかな胸に人並みのボリュームを与えている。

 「……詐欺」

 ラピスはチラッとルリの胸元を横目で見ると、ぼそっと、辛うじて聞き取れるぐらいの小声で呟いた。その声音には僅かに非難が込められている。

 「どういう意味です」

 ルリはカップの内側に手を入れてパッドの位置を調整しながら、じろりとラピスを睨んだ。その視線の先では、ラピスが悪戯っぽく目を輝かせ、口元を小さく歪ませていた。

 「どんなに誤魔化してもAAはAA、ぶっ」

 ラピスの顔に黒いショーツが張り付く。ラピスはしばらく微動だにせずに顔にショーツを張り付かせていたが、やがてゆっくりと左手でつまみあげると、そろそろと横へずらし、顔の右半分が出たところで手を止め、意味ありげに微笑んで言った。

 「見栄はってもアキトは喜ばない」

 ルリはラピスの言葉を背中で受け止めながら、カップの位置を確かめてフロントホックを止め、肩紐のねじれを直す。そして白いスリップを身に着けると箪笥の横のクローゼットを開き、ハンガーに掛けてある明るい山吹色のワンピースを取り出す。それは年に数度しか服を買わないルリが、今日のために先週ブティックに寄って新調した服だった。

 「誤魔化しでも見栄でもありません。服の胸元を美しく見せるのに必要なだけです」

 ワンピースをハンガーからはずして身体に当て、クローゼットの扉の内側についた鏡に自分の姿を映しながら、ルリはつっけんどんにラピスに答えた。

 「ふ〜ん」

 ラピスは意味ありげな笑みを崩さずにルリを一瞥すると、床から黒いレース地のブラを拾った。そして着ていた白いワンピースをするりと床に落とし、ノンワイヤーのピンクのブラをはずすと、拾ったブラを胸に当てて姿身の前でポーズを取る。

 「ルリ、これ貸して」

 ルリはワンピースの袖に通しかけた腕を止め、振り返ってラピスに冷ややかな視線を投げた。ラピスはブラのホックを胸の前で止めると、ぐるっとカップが前にくるように生地を手繰っている。

 「あなたには、まだ早すぎます。滑稽なくらい」
 「でも、アキトはきっと喜ぶ」

 ルリの嫌味な一言も何処吹く風とばかりに、得意げな表情でラピスは嘯いた。ルリは溜息を一つ吐くとラピスに背を向け、両手で髪を上げて襟元を出して言った。

 「ファスナー、上げて」
 「貸してくれたら」

 ラピスはいつの間にかショーツも履き替えて、「どう?」と言う風に両手に腰を当ててルリを見る。ルリは上体だけで振り向いてラピスを見た。そして「仕方が無い」と言った感じに肩を竦めると、もう一度背をラピスに向ける。

 「はあ、貸してあげますから、ファスナーお願いします」
 「だから、ルリ、好きだよ」

 ラピスは、半開きのワンピースから覗くルリの白い背中に軽く口付けた。そして、そのきめ細かい白磁の肌が服に隠されていくのを残念そうに見ながら、ファスナーを上げていく。

 「ホックも?」
 「ええ」

 ルリは、ラピスが襟元のホックを止めやすいように心もち膝を折る。ラピスがホックを止め終わると、ルリは振り向いてラピスに微かに微笑んだ。

 「どうですか」

 ラピスはルリのワンピースの裾や肩口を軽く引っ張って服の形を整え、少し下がってルリの頭から爪先までじっと見つめる。デートの前にルリの服装をチェックするのはラピスの役目だ。

 (きれい……)

 いつものことながら、ラピスはルリの姿に見とれてしまった。自分と同じ肌、瞳。身長は若干ルリの方が高いが、体型としては殆ど変わらない。大きく違う所と言えば髪の色ぐらいなもの。しかし、ラピスは純粋にルリは自分より美しいと思っている。自分はルリのように「綺麗に」笑うことができない。微笑めば皮肉っぽく、声を出せば所謂「馬鹿笑い」になってしまう。聞けばルリも以前は今のように笑うことなど出来なかったと言う。どうしたらそんな微笑ができるのか。尋ねてみても返ってきた答えは「さあ」だった。ふざけているのかと真剣に怒ったのだが、どうやら本人にも本当に分からないらしい。ルリ自身、自分が今でも「綺麗に」笑うことができるとは思っていないという。
 素直に羨ましいと思う。だが、妬ましいとは思わない。もとより、同じ男に思いを寄せる恋敵。嫉妬に身を焦がしてもおかしくない所だが、ラピスはルリに嫉妬を覚えたことは一度も無い。それどころか、傍から見ると実に仲の良い姉妹にさえ見える。そんな二人を不思議に思ったかつての保護者、エリナが、ラピスに尋ねたことがある。ルリを憎らしく思うことは無いのか、と。その時ラピスは、さも不思議そうにエリナを見つめて言った。
 「好きな人のことを憎らしいなんて、思わないでしょ」
 それがラピスという少女の心。子供っぽい、素直で無垢。時に辛辣で、時に甘い。それが彼女の本性だった。そして今、想い人との逢瀬に心を馳せるルリを前にラピスは思う。いつかきっと、ルリのように微笑むことができるようになりたい、と。

 「……おかしいですか」

 ラピスがなかなか返事をしないため、ルリは少し不安げに尋ねた。その声にはっと我に返ると、ラピスは小さく首を振って少し顔を赤らめ、ぼそっと呟くように言った。

 「ごめん。見とれてた。とっても綺麗だから」

 その言葉にルリも薄ら頬を染めて微笑む。それはいつもの儀式のようなもの。アキトと過ごす一夜の前に、ルリとラピスの間で取り交わされる儀礼。だから、普段なら取り乱して慌ててしまうようなラピスの言葉にも、頬を熱くしながらも冷静に次の言葉を言える。

 「ありがとう」

 こちらもいつものことながら、ルリに礼を言われてラピスは頬を染めて俯く。が、すぐに何かに気が付いたように顔を上げると、机の上の時計を見て小さく叫んだ。

 「ルリ、もう時間」
 「えっ」

 その声にルリも時計に目をやり、一瞬大きく目を見開くと、机の上に置いてあったポーチを引っ手繰るように掴んで部屋を飛び出した。

 「すみません、ラピス。あと、お願いします」

 ドアの向こうから顔だけ出してそう一言言い残すと、ルリは慌しく出かけていった。ラピスは一人残された部屋の中で、ぽつんとしぱらく立っていたが、やがてゆっくり辺りを見回し、散らかった下着を一つ一つ畳んで箪笥の引出しへとしまっていく。

 「くしゅん」

 可愛らしいくしゃみをして、今更ながら自分がブラとショーツしか身に付けていない事に気付くと、ラピスはワンピースを拾おうとしゃがんだ。そして手に取ったワンピースを被りながら、今ごろは想い人の前で息をはずませているであろうルリのことを思うと、自然と頬が緩んできた。
 きっと、アキトは自分と同じように思うから。アキトに会うために、アキトの「あの人」に少しでも張り合う為に、少し背伸びをしたルリを見れば。ただ、自分と違うのは思ったままに口に出さない所。日の当るところに戻って、元妻とよりを戻して、そして身に着けたアキトの狡さ。

 「ルリちゃん、俺はそのままのルリちゃんが一番好きだから」

 アキトの声音を真似して見る。そして身を捩り、声を上げずに笑い転げる。一しきり笑って、今度は自分のことを考える。この黒いブラとショーツ姿でアキトの前に立つ自分。アキトはなんと言うだろう。どんな顔をするだろう。それを考えると、また笑いがこみ上げてくる。目に涙を溜めて、肩を震わせながら、引き攣るように笑い続ける。
 止まらない笑い。恍惚にも似た色をその琥珀の瞳に浮かべながら、ラピスは誰にとも無く呟いた。

 「好きだよ、アキト」

 そしてふらりと立ち上がり、部屋から出てドアを閉め、そのままドアに寄りかかって。

 「アキト、大好き」

 

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後書き

 このSSは、大塚りゅういちの隠れ家内、コミュニケーション広場にて行われた キャラクター人気投票GP支援イベントの、特設支援用小説掲示板に投稿したものに加筆修正したものです。当初はルリ主役の話のはずだったのですが、気が付けばラピス主役の話に。まあ、たまにはこんなお話もいいかな、と。

 

 


b83yrの感想

わぁぁぁ〜〜〜い、なんだかHRAT向けだぁぁぁ♪

ワァィィィィ〜〜イ、不倫だぁぁぁぁ♪

貧乳は、『貧乳である所を気にしている』所が更に良いんだぁぁぁぁぁ♪

こんな事書いてるが、私は貧乳好きじゃないっ、あくまでもバランス派だっ(マテ)

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