Adeste






「クリスマス、おめでとうございます」

礼拝堂の入り口で互いに挨拶を交わす人々。

今日はクリスマスイブ。

この教会でも、夜のミサに出るために信徒達が集まっていた。

教会の向かいにある公園から、一人の青年がその様子を眺めていた。

黒の皮のジャケットにジーンズを身に付け、茶色皮のカジュアルシューズを履き、髪は癖が強いのかつんつんと立ち、夜にもかかわらず大き目の黒いバイザーを、恰も顔を隠すように掛けている。



ミサの時間になったのか、人の出入りが減り、受付の為に立っていた婦人達も礼拝堂の中へと入っていく。

教会から荘厳なパイプオルガンの音が聞こえ始める。そして聖歌隊の透き通る歌声が辺りに響く。

「Adeste fideles, laeti triumphantes(来たれ、友よ、全ての友、喜び集え)...」

聖歌隊と共に歌う信徒達の声。歌声は一つになり、晴れ渡った夜空にこだまする。

「・・・俺は何処へ行けば良い?」

歌声の中、夜空に浮かぶ十字架を眺めながら、青年は呟く。

「何処へ行けば・・・」

だが、答える者は誰もいない。青年は一人ぼんやりと立ちつづけていた。



「御ミサに来られた方ですか?」

いつの間にか青年の隣に若い女性が立っていた。黒い帽子を被り黒いカシミアのコートに身を包んでいる。年の頃は20前後だろうか、青年と同じように黒いバイザーを掛けていて、表情は見えない。

だがその頬から顎へかけての柔らかな曲線と、すっと筋の通った形の良い鼻、艶やかで上品な唇、寒さの為か薄らと桜色に染まった白磁の肌の頬から、この女性がとても魅力的であることは想像に難くない。

「御ミサ?」

聞きなれない言い方に、思わず青年は聞き返す。

「ええ、信徒の方達はミサのことをそう言いますから」

静かに、落ち着いた声で答える女性。やや固い感じがするが、決して不快な感じは受けない。

(どこかで聞いたような・・・)

ふと、その女性の声を昔聞いたような気がして青年はバイザー越しに女性を見つめる。

その視線を感じたのか、女性は口元に微笑を浮かべて少し首を傾げる。

「何か?」

「いや・・・」

女性の落ち着いた仕草に、思わず顔を背けてしまう青年。心なしかその頬が赤い。

「今日はどうしてこちらへ?」

女性の問いに青年は答えるかどうか迷う。答える義務は無い。普段なら無視するところだが、今日は何時に無く人と話がしたい。

「・・・昔、この辺りへ来たことがあった。その時に見たこの教会を、ふと思い出して、・・・気が付いたらここにいた」

ぶっきらぼうに青年は答える。そして女性に向かって尋ねる。

「君は?ここの教会の信者か?」

女性はその問いに小さく笑うと、静かに首を振る。

「いいえ。私はこの近所に住んでて、といっても今月に入って引っ越してきたばかりですが」

そう言って教会の十字架を見上げる。

「何故か、ここへ来たらいいことがありそうな気がしたので」

青年は女性の横顔を見つめる。冷たい冬の月明かりに映える白い頬が幻想的に美しい。

「・・・奇遇だな」

「そうですね」

二人は並んだまま、5分ほど黙って立っていた。そして、恰もそうするのが自然とでもいうように、女性の方が優しく青年に声を掛けた。

「よろしければ、私の家に来ませんか?お茶ぐらいお出ししますよ」

その言葉に青年は振り向き、首を傾げて言う。

「・・・見ず知らずの男を自分の家に誘うなんて、どういう了見だ?」

青年の声には僅かに非難の調子が感じられたが、女性は全く動じた風を見せずに答える。

「立ち話もなんですし、外は寒いですから」

そう言うと一人歩き出す。

「それに・・・」

「それに?」

女性は振り向かずに言う。

「悪い人には見えませんから」

女性の言葉に青年は苦笑していたが、5メートルほど先で立ち止まり、こちらを振り向いて手招きをしている女性を見て、諦めたように首を振ると彼女の後に従って歩き出した。





「どうぞ、散らかってますけど」

先ほどの公園から歩いて5分ぐらいの所に建つ古いマンションの808号室に、その女性は住んでいた。

青年はバイザーを外し靴を脱ぐと、出されたスリッパを引っ掛けて短い廊下の先にあるダイニングキッチンに通された。

間取りは2DKか、決して広い部屋ではなかったが一人暮らしには十分だろう。主人に相応しく落ち着いた色合いの壁紙、調度品は必要最低限といった感じだが、要所に配されたアンティークな小物の所為か、殺風景といった印象は受けない。

「座ってください。コーヒーでいいですか?」

少しぶっきらぼうな口調で女性が聞く。しかし、やはり不快ではない。寧ろ覚えるのは懐かしさ。思い出される封印したはずの過去。

「どうぞ。一応、キリマンジャロです。あまり淹れ方、上手じゃないので美味しくないかもしれませんが」

青年が物思いに耽っている間に、女性はコーヒーを淹れて来てテーブルに置き、彼の向かいに座った。

青年はコーヒーカップを取った。強いコーヒーの香りが鼻をくすぐる。一口飲む。口の中に広がる香りと、心地よく下を刺激する酸味の強い苦味。

「・・・旨いな」

「よかった」

青年の呟きに、素直に反応する女性。その口元は心底嬉しそうに微笑んでいる。

何故か女性は帽子もバイザーも外していなかった。帽子は縁のない、頭をすっぽりと隠すタイプで、室内で被っていても邪魔にはならないだろうが青年は少し気になった。

どんな髪をしているのだろう、と。目こそバイザーで見えないが、それ以外の部分からかなりの美人だと推定できる。なら、髪は?帽子の為に僅かに襟足と耳のところしか見えないが、色はシルバーかプラチナブロンドか。薄い色であることは間違いない。

それに目は?どんな形をしているのだろう。大きさは?瞳の色は?

「なぜ、帽子とバイザーを取らない?」

青年は尋ねた。取るのが当然だろう、という意味を持たせて。

女性は口に近づけていたカップを止め、青年を見る。が、すぐにまたカップを口元に持っていくとコーヒーを一啜りした。

「帽子は、頭に酷い怪我の跡がありますから。人に見せるのは少し恥ずかしいので。バイザーは、これは視力補助の為に。これがないと殆ど見えませんから」

「・・・すまない」

青年は後悔した。普通の人間が室内で帽子もバイザーも外さないのはそれなりの理由がある。当たり前のことだ。青年はそんなことにも気が回らずに、好奇心のままに尋ねた自分が恥ずかしくなって、コーヒーを啜る。

そんな青年の様子に女性はくすり、と小さく笑った。



「・・・俺もついこの間まで、視力を失っていた」

青年はコーヒーに映る自分の顔をじっと見ながら、独り言のように言った。女性は一度持ち上げたカップを再びテーブルの上に戻して、青年を見る。

「視力だけじゃない。ほんの3年ほど前までは五感を全て失っていた」

「五感を全て?」

「ああ」

「・・・よろしければ、何があったか聞かせてもらえませんか」

青年は顔を上げて女性を見た。女性の口元から先ほどまで浮かんでいた笑みが消えている。穏やかな雰囲気がいつの間にか掻き消え、緊張感が張り詰めている。

「もちろん、お話になりたくなければ」「いや、構わない」

女性の言葉を遮ると、青年は背を椅子に凭れさせ、両手を組んで腹部に置き目を閉じた。

(どうしたんだろうな。他人に話そうなんて思ったことなど無かったのに)

青年は自分の心境の変化に戸惑っていた。今まで誰にも話そうと思ったことなど無い自分の半生を、今、会ったばかりの女性に話そうとしている、いや、話したがっている自分に。

(なぜだろう。この人には聞いて欲しい。何故かは分からないが・・・)

そして青年はゆっくりと語り出した。

ナデシコという戦艦のこと、そこで再会した幼馴染みの女性と一人の少女のこと、ナデシコ長屋、屋台、幼馴染みの家出、巻き込まれてなし崩しに同居することになった少女、幼馴染みとの結婚、拉致、人体実験、五感の喪失、「やつら」への復讐、少女との再会、「妻」の救出、そして、別れ。

「なぜ、帰らなかったんですか・・・」

女性はか細い声で青年に尋ねた。その声が再び青年に何かを思い出させる。

『どうして教えてくれなかったんですか、・・・生きてるって』

それは再会した少女の言葉。寂しさと悲しさと悔しさの混ざった、不器用な少女の精一杯の問い。

(そうか、この人は似てるんだ、彼女に・・・)

青年は目の前の女性に感じていた懐かしさの理由が分かったような気がした。そう、似ている。彼女に。自分の大切な、大切な、あの娘に。

「なぜ、帰らなかったんですか」

黙っている青年に対して少し苛ついているのか、女性がもう一度同じ問いを口にする。

「・・・帰りたかった。でも帰れなかった。今更どの面下げて、という気持ちもあった。いくらアイツを助けるためとはいえ、多くの人間の命を奪った。そんな自分を許せなかった」

青年の言葉に静かに頷く女性。表情はバイザーで読めないが、心なしか幾分柔らかな雰囲気が漂う。

「それに、俺が帰ればあの娘にまで害が及ぶかもしれない。それだけは避けたかった、何としても」

青年は搾り出すように言うと、拳を握り締めた。女性は震えるその拳を見つめているのか、心もち首を傾げて視線を移す。

「だから、帰らなかった。そうこうしているうちに、2年程経った頃だったか、アイツが別の男と再婚した」

青年は力が抜けたのか握り締めた拳を開き、再び両の手を組んだ。

「それは、・・・辛かったですね」

女性が俯いて小さく呟く。本当にそんなことを言うのが申し訳無さそうに。その姿に青年はいつの間にか大切な少女の姿を重ねていた。

「いや、正直辛くは無かったな。むしろ、ほっとした、というのが正直な思いだった。やっと自分のことを忘れてくれたってね」

「でも、愛し合って結婚されたんではないんですか」

少々咎めるような口調の問い。青年は苦笑しながら答える。

「確かに。少なくともあの時はそう思ってた。だから結婚したんだと思う。でも、アイツを助け出した後、ゆっくり考える時間ができた。で、考えていたら分からなくなった。俺はアイツを愛しているんだろうか?アイツと支え合って生きていけるんだろうか?」

青年の自問。女性は黙って聞いている。

「くる日もくる日も考えた。考えた結果、出た結論は、少なくとも今の俺はアイツを愛していない、ということだった」
「アイツと一緒に暮らしたいと思わなくなっていた。今の俺には、とてもあんなワガママなお嬢様を支えて生きていく気力は無い。そしてアイツにも、こんな俺を支えて生きていくことなんてできると思えない」
「だから、アイツが別の男と結婚したと聞いても辛くなんか無かった。本当に、ほっとした、肩の荷が下りたというのが正直な感想だった」

女性は微動だにせずに聞いていた。口元が少し緊張しているところから、もしかすると歯を食い縛っているのかもしれない。肩も少し震えている。

(?泣いている?なぜ?)

青年は女性の様子に困惑した。なぜ、見ず知らずの男の境遇にそこまで感情移入できるのか。それとも元「妻」の方を思ってか。

だが、その頃で本当に辛かった別のことを思い出し、青年は顔を歪ませて再び語り出す。

「その後、本当に辛いことが起きた」

青年の言葉に女性の肩がピクリと震えた。

「・・・何があったんです?」

辛そうに顔をしかめる青年。

「いなくなった、彼女が。」

「彼女?」

問い掛ける女性を見つめる。いなくなった娘によく似た雰囲気の女性。もし生きているなら、彼女もこの女性と同じくらいの歳になっているはずだ。

(ばかな。もし生きているなら、なんて。生きているに決まってる・・・)

「君も、多分名前くらいは知ってるんじゃないかな。連合宇宙軍史上最年少の天才美少女艦長。電子の妖精」

「・・・ホシノルリさんですか」

その名を呼んだときの女性の声音に、青年は何か妙な感じを受けた。照れ?皮肉?嫌悪?

「アイツが再婚したすぐ後に軍に退役願いを出して、そして突然、いなくなった。貴重品や服なんかもそのままだった。何者かに拉致された形跡もなかった。文字通り、消えてしまったんだ」

青年は再び拳を握り締め目を伏せた。あの時の感情が蘇ってくる。例えようも無い喪失感、止まることを知らない後悔の念、何も出来なかった無力な自分への激しい憎悪。

(あの時、帰っていれば、帰っていれば、帰っていれば、帰っていれば、帰っていれば、・・・)

繰り返される思い。しかし現実は残酷だ。どれほど後悔した所で、失ったものは決して帰ってこない。

「あなたにとって」

俯き震える青年をしばらく見つめていた女性が、意を決したように問い掛ける。青年は顔を上げた。

「あたなにとってホシノルリさんは、何ですか」

強い意志を伴った問い。女性の声音には青年に誤魔化しを許さない何かの力が込められている。青年は暫しの沈黙の後、訥々と語り出した。

「・・・最初は、同情の対象だった。そのうち、可愛い妹、のように思っていた。そして、大事な家族、になった。・・・が、」

そこで青年は口篭もった。言おうか言うまいか迷うように目を泳がせる。

「・・・が?」

女性が先を促す。その声は心なし憂いを帯びているように感じられるのは青年の気のせいだろうか。青年は女性の方に目を向けた。女性の肩が再び小刻みに震えている。その様が、再びあの墓地での少女の姿と重なり合う。

『教える必要が無かったから』

『・・・そうですか』

何故、見ず知らずの相手に話さねばならないのか分からないが、この人には話してもいい、いや話さなければならない、そんな気がする。青年の心は決まった。

「彼女を失った時、気付いてしまった。俺は彼女を家族として見ていなかったことに」

青年は目を閉じると深く息を吸う。女性は息を殺して次の言葉を待つ。

「・・・俺は、彼女を、一人の女性として、愛していたということに」

その言葉に女性の口が驚きで小さく開く。しかし目を閉じている青年は、そのことに気付かない。閉じ込めてきた思いが、堰を切ったように溢れ出る。

「愛していた。そう、俺はホシノルリを愛していた。他の誰でもない、妻だったアイツでもない、ホシノルリを、愛していた」

言葉を切り、ゆっくりと目を開く。

「そして、今も愛している。誰よりも、何よりも」

青年の目にはもう迷いはなかった。覚悟を決めた男の顔がそこにあった。そして、それはもう一つの封印を解く鍵。



「・・・どうした?」

青年は思わず女性に声を掛けた。女性のバイザーの下から頬をつたう雫を見て。それは止まることなく、後から後から溢れては流れ落ちていく。

「3年前、一人のお医者さんを訪ねました」

涙声のまま語りだす女性。青年は訝しげにその口元を見つめる。

「訪ねた理由は、そのお医者さんが診ていた男性のことでした。その人は何年も五感を喪失したまま、戦いつづけていました・・・」

女性の言葉に青年の目が驚きで見開かれる。女性は青年の様子に気付かぬように、淡々と語り続ける。

「お医者さんが言うには、理論的には治療可能だけれど臨床実績が全く無いので不確定要素が多すぎる、今のままでは失敗する可能性も30%以上ある、ということでした」
「臨床試験を行うには、通常よりもナノマシンに高い耐性を持つ人間が必要でした。幸い私は普通の人よりも数倍高いナノマシン耐性を持っていたので」
「最初はそのお医者さんも反対していましたが、結局他に選択肢が無かったので折れてくれました。私はそのお医者さんの実験棟に移り住んで、そして臨床試験を繰り返し、問題点を洗い出し対応方法の有効性を十分に試験した上で、その男性の治療に当たりました」
「確実を期すため、失われた五感を一つずつ回復させていきました。当時その男性はある少女とのIFSリンクにより五感補助を受けていたのですが、回復した感覚についてはリンクを解除していきました」

青年は目を見開いた彫像のように微動だにしない。女性は手で涙を拭い、再び語り出す。

「最後の視覚治療の為の臨床試験で事故が起こりました。予期しないナノマシンの暴走。・・・私の視力は失われましたが、でも男性の方はナノマシンの暴走を引き起こした施術を回避することで、治療は成功しました」

顔を上げ、まっすぐ青年に向かう女性。

「・・・もう、すっかり治ったようですね、アキトさん」

女性が青年の名前を呼ぶ。アキトと呼ばれた青年は、震える手を女性に向けて伸ばし、何かを言おうと口を動かすが声にならない。

よろよろと青年が立ち上がる。覚束ない足取りでゆっくりとテーブルを回り込んでくる。女性も静かに立ち上がる。穏やかな微笑を浮かべて。

「・・・ルリちゃん、なのか?」

「はい」

女性はゆっくりと帽子を脱いだ。薄い青みがかった銀髪が零れ落ちる。かつては腰まであったその髪も、今は肩口で切り揃えられている。

「長い髪は臨床試験の邪魔でしたから。「頭の怪我」というのは髪を見せない為の嘘ですが、目は」

そう言いながらバイザーを外す。夢にまで見た、懐かしい金色の瞳。だが、かつて「銀河に咲いた一輪の花」と称えられたその瞳も、今は焦点を結ばず空ろに泳いでいる。

「・・・」

アキトはルリに近づく。震える手を伸ばして。開いた口から言葉は出ない。

ルリのした事に言いたい事は山ほどあった。だが、そんなことは今、アキトにとってどうでもよかった。

何よりも、あれほど求め続けて、でも決して得られないとも思えた、愛する人が目の前にいる。手を伸ばせば届く所に。失った時よりも更に美しくなって。自分の為に、光を失って。

「・・・あっ」

ルリは小さく声を上げた。バイザーを外している今、彼女にはアキトの姿は見えない。辛うじて色の違いがぼんやりとつく程度。ただ、気配から彼が近づいてきているのは分かる。そうして、彼が立ち止まるのを待っていたのだが、気が付けば逞しいその腕に抱きすくめられていた。

求めて止まなかった、けど、決して求めてはいけないと心に決めていた温もり。それを今、ルリは全身に感じている。目が見えない分敏感になった他の三感から、眩暈を感じさせる程の強烈な感覚が押し寄せて意識を圧倒する。

この温もり、この力強い鼓動の響き、そしてほんのりと香るコロンと鼻腔をくすぐる男の体臭。そして聞こえる、甘美なささやき。

「愛してる。誰よりも、誰よりも愛してる・・・」

アキトのささやき声にルリは恍惚として目を細め、彼の腰に両手を回して答える。

「愛しています。私も、テンカワアキトを愛しています。今も、これからも、命ある限り、誰よりも深く、誰よりも強く」

そのルリの言葉を合図にするかのように、言い終わるや互いに強く抱きしめあう二人。そして、どちらからともなく力を緩め、少し離れる。目を閉じて少し顎を上げるルリ。やはり目を閉じながらルリに顔を近づけるアキト。静かに重なり合う唇。

「・・・ん」

そっと離れるアキト。それに抗議するように声を出し、ゆっくり目を開くルリ。

「えっ・・・」

そしてルリの目が驚きに大きく見開かれる。その様子に同じく驚くアキト。

「どうしたの」

「見える・・・アキトさんが」

「見えるって、・・・っ!? 本当か!?」

思わずルリの肩を掴んで揺さぶるアキト。ルリは呆然として揺すられるままになっている。が、すぐに正気づいて。

「・・・はい、見えます。輪郭はまだぼやけてますけど、アキトさんの顔が、分かり、ます・・・」

そうしてアキトの胸に顔を埋めて涙を流す。アキトはその頭を優しく抱きしめ、髪を撫ぜる。

やがて、アキトは優しくルリの頤に指を当てて上向かせる。ルリは少し驚き、すぐに目を閉じて応じる。再び重なる唇。先ほどよりも、深く、強く・・・。



深夜のミサの始まりを告げる教会の鐘の音が夜空にこだまする。

二人の影は重なったまま。やがて部屋の明かりが消える。




8年ぶりの、Merry, Christmas.






<<後書き>>

突然思い立って書いたクリスマスSSです。
作中の聖歌はカトリック聖歌531番「In honorem Pueri Jesu」、私の一番好きなラテン語聖歌です。
では、またお会いしましょう。

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b83yrの感想

なんとなく、ゼフィランサスのIFのように感じました

悲劇を乗り越えて結ばれる二人というのは良いなあと

連載の『紫苑』の方は・・・おっと、ネタばれ禁止と(笑)


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