「現在、我が社は『ナデシコ』を飛ばす為に、一流の人材を集めておりまして。

 サイゾウさん。 ぜひ、あなたに『ナデシコ』のコックとして乗船して欲しいのです」

「…俺はこの店を閉める気はねぇ」

「そこを何とか、お願いできませんでしょうか?」

「────アキト、お前は今日でクビだ…」

「サ、サイゾウさん! なんで、急にクビなんて!?」

「黙って最後まで聞け! あのな、戦闘が起こる度に悲鳴を上げる様な、

 近所迷惑な見習いコックなんか、うちには置いとく余裕はねえんだ」

「そ、そんなぁ…」

「……だからな、アキト。 おまえは『ナデシコ』とやらに乗って一皮剥けてこい!」

「えっ!?」

「俺からすればまだ半人前だが、そこらのやつに比べれば、こいつはよっぽどいい腕をしてる。

 こいつを俺の代わりとして、その船に乗せてやってはくれねえか? 頼む…」

「……わかりました、あなたがそこまで言うのなら…。

 それで、あなたには『ナデシコ』に乗る意思はあるのでしょうか?」

「───俺……俺、乗ります!」

「わかりました。 貴方をナデシコのコック。 まあ、とりあえずは見習いコックとしてですが、迎えましょう。

 えーとそれで、あなたのお名前は?」

「…アキト、テンカワ・アキトです。 よろしくお願いします!」

 

 

 

「すみませんが、臨時でパイロットをやってもらえませんか?」

「そ、そんな。 パイロットなんて俺…」

「えーと、テンカワさんでしたね? あなたには、ナデシコが出航するまでの囮をお願いします」

「完全に包囲されちゃってますけど、頑張って下さい…」

「…やるしかないんだ、やるしか!」

 

 

 

「俺に何か用かな?」

「テンカワさんじゃないと駄目なんです」

【あの忘れえぬ日々、そのために、いま生きている】

 

 

 

「何で俺なの?」

「お姫様には、王子様。プリンセスにはナイトが付き物だそうです」

 

 

「突然ですが。歌います」

 

 

「遺跡を太陽に飛ばしちゃいましょう」

 

 

様々な思いを乗せて、沢山の戦場を戦い抜いたナデシコ。

そしてそのナデシコの戦いも、極冠遺跡を巡っての火星での大決戦を最後に、幕を閉じた…。

 

 


 

『気が付けばお約束』

 


 

 

 

ナデシコの戦いは終わった。 とはいえ、蜥蜴戦争自体はまだ続いているわけで。

未だに戦争が続いている中、ナデシコクルーは勝手に遺跡をどっか遠くへ飛ばしちゃった事が問題になって抑留状態に。

しかし、それも半年ほどで戦争が休戦になった事により、晴れて無罪放免。

自由になったナデシコクルーは、これからどうするかで大盛り大騒ぎ。

そこで持ち上がった騒ぎの原因の一つが、ホシノ・ルリの引き取り手問題。

この問題に、ナデシコクルーの半数以上が引き取り手として立候補してしまった事で、もう大混乱。

しかし、意外にもこの大騒ぎは、あっさり治まった。

それと言うのも、ナデシコでの生活の間にルリが淡い想いを抱くようになった青年アキト。

彼の「俺の家族になってくれないかな?」という誘いに、

アキトの傍に居たいと内心思っていたルリが断る理由があるはずも無く、あっさりと解決してしまったのだ。

 

 

こうして一つ屋根の下で、一緒に生活するようになったアキトとルリの二人。

二人の仲はとても良く周囲の人間は、彼らの事をまるで本物の『兄妹』であるかのように感じていた。

そして、本人達も周囲のその評価を好ましく思っており。

「ルリルリとアキト君、凄く仲良いよね♪」

と、皆が二人の仲の良さをひやかしても、ルリなどは、

「『家族』ですから」

と、いつも嬉しそうに答えるので、皆としては、からかい甲斐が無い事この上なかった。

 

 

 

拘留生活を終えてから一年。 穏やかな日々が続き。

今、現在。 彼らがどうしてるかと言うと。

アキトは週に何日かは屋台を引き、それ以外の日には修行も兼ねて、

サイゾウの店で働かせてもらうという日々を送っており。

ルリは、家でソフトウェア関係の仕事をしたり、アキトの屋台を手伝ったりしていた。

 

 

そして、この日。

アキトは、サイゾウの店での仕事が終わり、家へ帰る準備をしていた。

すると、

「アキト、お前も酒飲んでも文句言われない歳になったんだから、偶には俺に付き合え」

今日は店を早く締めるのかサイゾウが酒に誘ってきた。

「今日は、ルリちゃんにまっすぐ家に帰るって約束したから駄目ですよ」

「おうおう、おまえさん。 もう尻に敷かれてやがるのか」

「尻に、って。……俺とルリちゃんはまだそんな関係じゃ…」

「はっはっ、そういう事にしといてやるよ。 それで約束って、今日何かあんのか?」

さっきの発言を否定するために、ぼそぼそと言葉を続けようとするアキトを遮って、サイゾウが気になった所を質問する。

「今日はルリちゃんが初めて夕飯を一人で作るんっすよ」

すると、アキトはそれが楽しみでたまらないといった感じの、にやけ切った表情で答えた。

「お、嫁さんの手料理ってわけか!」

「だから、違いますって!」

「ははははっ! 照れるな、照れるな」

「…と、とにかく、そういう事で…。 お疲れ様でしたー!」

それ以上からかわれるのは嫌だったのだろう。 彼は逃げるように店を出て帰っていった。

 

 

我が家への帰り道。

アキトはさっきまで働いていたとは思えないくらいの軽い足取りで、

今にもスキップを始めそうなほどに上機嫌だった。

それは外である事を気にせずに歌いだしてしまうほどだった。

あっと言う間に家に着き。 ポケットからいそいそと鍵を取り出して、玄関のドアを開ける。

そして、自分の大切な『家族』に、大きな声で帰ったことを告げた。

「ただいま!」

すると、彼が玄関に入ってすぐに、

「おかえりなさい、アキトさん」

と、言う声と共に、エプロンを付けたままのルリが、キッチンから出てきて迎えてくれた。

玄関まで漂ってくるおいしそうな匂いが、ルリが料理を作っていたという事を教えてくれる。

「…ん〜、いい匂いだね…」

「もう少しで出来上がりますから、座って休んでて下さい」

ルリは微笑み、アキトへそう告げると料理を作りにキッチンへ戻って行った。

アキトはルリの残して行った微笑みに、見惚れてしまい暫く動きを止めていたが、

ぼーっと突っ立っていた自分に気付くと、目よ覚めろと激しく横へ首を振りながら、家の中に入って行った。

居間に着いたアキトが、ルリに言われた通り大人しく座ってテレビを見ていると、

料理が出来上がったのだろう、ルリがキッチンから料理を運んできた。

アキトはそれを手伝おうと立ち上がったが、彼女が「最後まで自分にやらせて下さい」とお願いしてきたので、

彼は最後まで大人しく座って待っている事にした。

やがて、料理を全部並べ終えたルリは、そのままアキトの座っている反対側に腰を下ろすと、

真剣な表情で、アキトを見つめた。

それに、アキトは手を合わせて「いただきます」をすると、裁判の判決を待っているかのようなルリを気にしながらも、

ルリの手料理を口へ運び、しっかりと味わいながら、ゆっくりと咀嚼する。

その光景に、ルリは緊張で胸をドキドキさせながら、じっとアキトの感想を待つ。

そして、遂に料理をしっかりと味わっていたアキトの口が開く。

「うん、おいしい!」

「ほ、本当ですか!」

「うん、ほんとほんと。 これならお嫁さんに欲しいくらいだよ」

「…あ」

アキトにおいしいと言われて、嬉しそうに顔を綻ばしていたルリだったが、

その後に続いた彼の台詞に、彼女は真っ赤になって顔を俯かせてしまった。

アキトはそんなに美味しかったのか、それともルリの手料理だからなのか、夢中になって箸を進めていたが、

ルリがまだ一口も食べ始めてもいない事に気付くと声を掛けた。

「ルリちゃんは食べないの?」

「あ、はい。 いただきます」

赤くなって下を向いていたルリだったが、アキトの声を掛けられると慌てて自分も手を合わせて食べ始めた。

ルリの緊張が解けて普通に話せる様になってからは、いつも通り楽しそうに話をしながらの食事になった。

楽しい食事も終わり、二人一緒に片付けを済ますと、二人は居間でお茶を飲みながらまったりし始めた。

夕食後にお茶を飲みながらのんびりするのが、二人の日課になってるのだ。

アキトがお腹を擦りながら満足そうな声を出す。

「今日はお腹いっぱいだ」

「アキトさん、おかわり何杯もして、多く作りすぎた分まで全部食べちゃいましたから」

「ルリちゃんの料理が、凄くおいしかったからね」

「そんなに褒めても、何にも出ませんよ」

微笑みあいながら会話する二人の間には、とても暖かな空気が流れていた。

お茶の時間も終わり、入浴をすませた二人は、布団を並べて敷くとそれぞれ布団に入った。

「おやすみなさい、アキトさん」

「おやすみ、ルリちゃん」

やはり仕事の疲れがあったのだろう。 布団に入って間も無く、アキトは寝入って寝息を立て始めた。

そんなアキトと違い、ルリの方はすぐには眠れずに目を閉じて、今日の夕食の時の会話を思い出していた。

 

(アキトさん、おいしいって喜んでくれた。 しかも、お嫁さんに欲しいだなんて…)

(妹のままでも、十分なほど幸せだけど、いつかは…)

(今夜は良い夢見れそう…)

 

この日。 彼女は幸せな気持ちいっぱいで眠りに就く事が出来た。

 

 


 

 

「いってきます」

「いってらっしゃい」

幸せな日々が続いていた、ある日。

オモイカネのメンテナンスのために、ルリは数日間泊り込みで出かけることになった。

ちょっとした作業ならオモイカネのある研究所に行かなくても出来るのだが、

オモイカネ自身のアップデートとその他もろもろの作業となると、ルリがやっても結構な時間がかかる。

さらに、その研究所がルリ達の住んでいる所からだと、車でも片道数時間以上掛かってしまう場所にあり、

毎日家から研究所へ通う訳にも行かず、しかたなくルリが泊り込みの出張で行く事になったのだ。

「オモイカネ、久しぶりだね」

【ルリだ♪】 【久しぶり】 【会いたかった】 【アキトに虐められてない?】

「ふふっ、大丈夫よ。 アキトさんは優しいですから」

オモイカネとルリは久しぶりに再会ということもあり、お互いの近況など他愛の無い話を始めた。

暫く世間話を続けていたルリだったが、

「さあ、お仕事頑張りましょう」

【アイアイサー】 【作業開始】

と、手の甲にナノマシンの模様を浮かび上がらせて、オモイカネのメンテナンス作業に入った。

作業を始めて数時間後。 この日予定していたノルマをこなしたルリは、オモイカネに今日の作業の中止を伝えた。

「今日はここまで。 オモイカネ、また明日ね」

【了解】 【わかった】 【お疲れ様】

ルリは遅めの夕食を食堂で済ますと、与えられた部屋へ行き、ベットに倒れこんだ。

 

(IFSをこんなに長時間使ったのは久しぶりだから、疲れました)

(オモイカネとこうやって話せるのは嬉しいけど)

(しばらくあの人に会えないのやっぱり寂しいですね。 おやすみなさい、アキトさん…)

 

長時間の作業で疲れていたルリは、あっと言う間に夢の世界へ落ちていった。

 

 

その後の作業は予定していたものより順調に進んでいった。

そして、遂に予定より一日早く最後の確認作業にまで入っていた。

「オモイカネ、調子はどうですか?」

【完璧】 【オールグリーン】 【問題無し】 【健康体】 【元気】

オモイカネが自分の調子が良くなった事を、伝えようと沢山のウィンドウを乱舞させる。

「そうですか。 これで作業終了です。 良かったね、オモイカネ」

【ルリ、もう帰るの】 【もっと話そう】 【もっと遊ぼう】

「えーと、どうしましょう…」

ルリは、一応はネルガルの機密の一つであるオモイカネと、勝手に遊んでいてもいいのかなと思ったが、

まだ作業中という事にすれば問題無いと思いつくと、少しの間オモイカネと遊ぶ事にした。

それから数時間、ルリはオモイカネと話をしたり、ゲームをしていた。

長時間話続けたせいか疲れを感じたルリが、部屋の窓へ目を遣ると、すでに真っ暗になっている。

疲れを取ろうと身体を伸ばしたルリだったが、その時急にアキトの事が頭をよぎった。

すると、ルリは無性に彼に会いたくなってしまい、オモイカネへ別れを告げ。

作業が終了した事を研究員に伝えると、急いで研究所を後にした。

 

(今日は屋台を出す日だから…。 今から行けば、まだ間に合う筈…)

 

数日振りに、アキトに会える事に胸を弾ませながら、ルリは屋台のあるはずの場所へと急ぐ。

そして、彼がいつも屋台を開いている場所へたどり着くと、見覚えのある屋台が見えてきた。

しかし、もう客は一人も居らず、アキトは屋台を閉めようと後片付けをしているようだ。

ルリはアキトへ呼びかけようとした。

「アキトさ…!?」

だが、その時。 屋台の影になっていた場所から、意外な人物が姿を現したのに驚き、言葉を止めた。

「アキトー、片付け手伝おうか?」

「お、ユリカ助かる」

それは先の蜥蜴戦争で、ルリ達の乗っていた戦艦ナデシコの艦長、ミスマル・ユリカだった。

「これどこに置けばいい〜?」

「それはこっち。 でも、お前も忙しいんだろうに時間はいいのか?」

「大丈夫、大丈夫。 ジュン君が私の代わりにやってくれてるから」

「…副長も大変だな…」

ユリカ愛しさに、彼女の仕事を自分から進んで手伝うジュンに対して、アキトは尊敬の念と同情の念を抱いた。

「え、何か言った?」

「いや、なんでもない、気にするな」

二人はお互いの近況を話したりしながら、片付けを終えていく。

「今度手伝ってもらったお礼でもするよ。 俺に手伝える事とかあったら、何でも言ってくれ」

「じゃあ…軍の書類整理の仕事を…」

「……俺に出来ることにしてくれよ…」

アキトは、ユリカの言う内容に、がっくりと肩を落としながら返した。

 

そんな二人のやり取りを、離れて見ていたルリは、その二人に対して違和感を感じた。

彼女の記憶では、『コック兼パイロット』でしか無かったアキトと、

『艦長』であったユリカには戦闘時以外には殆ど接点は無く、その仲も特別良いという訳でも無かった筈だ。

それなのにさっきからあの二人は、まるで古くからの知り合いだったかのように接している。

ナデシコを降りた後の拘留生活でも、拘留生活が終わってから今日までずっと、

ルリはアキトと一緒に過ごしていたが、あの二人が話をしているの場面を見たことはほとんど無い…。

 

 

彼女が、アキトの傍を離れていた、ここ数日間以外は…

 

(私が居ない間に、二人の間に何が…?) 

(…わからない。 それに、考えようとすると気分が悪く…)

 

ルリが思考を続けていた間に、屋台の片付けは全て終わってしまい、

それを手伝っていたユリカも、その後すぐに帰っていった。

なおも立ち尽くしていたルリだったが、ユリカを見送り終わったアキトが、彼女が居ることに気付いて声を掛ける。

「あ、ルリちゃんお帰り。 帰ってくるのは明日だって言ってたのに」

「…ただいま、アキトさん。 予定より早く終わったんです…」

ルリは内心の動揺を悟られないように気を付けながらアキトに答える。

彼はルリの返事に元気が無いような気がしたが、仕事で疲れているだけなのだろうと思い、あえて聞くことはしなかった。

 


 

あの日から、ルリは自分でもよくわからない不安を感じながらも、

それをアキトに気付かれないよう、普段通り振舞っていた。

そして、数日後。

ルリがいつものようにアキトの屋台を手伝っていると、

「あ、艦長…」

「ルリちゃん、ひさしぶり〜」

ユリカがやってきた。 ユリカはルリに挨拶をすると、アキトに声を掛けた。

「ねえねえアキト、今日お休みなんだけど、遊びに行くの付き合って〜」

「行かない」

「え〜、なんで〜? 今度お礼するって言ったじゃない」

「確かに言ったけど、今は駄目。 仕事中だろ? 俺が休みの日にしてくれよ」

「じゃあ、今度だよ。 約束したからね」

彼女はそんなやり取りをすると、アキトのラーメンを食べて帰っていった。

 

その日から、数日に一回は必ずユリカがアキトを訪ねてくるようになった。

仕事が忙しいらしくいつもすぐに帰ってしまっていたが、

それでもその度に、ユリカと楽しそうに話をするアキトの姿に、ルリは不安を募らせていった。

ユリカがルリに話しかける事も度々あったのだが、

二人の事が気になってしまい気が気でなかったルリには、相槌を打つのが精一杯だった。

ルリはそうした不安を抱えながら、「なぜ二人が急に仲良くなったのか?」の答えを二人に聞くのが怖くて、

未だにその事を、二人に聞けずにいた。

 

(艦長と話している時のアキトさんはとても楽しそう…)

(私と一緒に居ても、あんな風には笑ってくれない。 もしかしたら、アキトさんは艦長の事が好きなのかも…?)

(艦長も仕事が忙しいのに、わざわざ時間を取ってアキトさんに会いに来る) 

(艦長もアキトさんが好きで、お互いに両想いなんじゃ…)

(もしかしたら、私が知らないだけで二人はもう付き合っていて、恋人同士なのかも…?)

 

不安が不安を呼ぶ事となり、ルリは不安からくるストレスで精神的に押し潰されそうになっていった。

そして、ルリの精神が限界に近くなってきたある日。 それは起きた。

その日は、サイゾウの所での仕事も、屋台を出す事もしない、珍しいアキトにとっての休日だった。

コン、コン

アキトとルリが朝食を食べていると、玄関からノックする音が聞こえてくる。

二人がこんな朝早くから誰だろうと思い、ドアを開けると、

「おっはよ〜♪」

「…ユリカか。 おはよう」

「…おはようございます」

ドアを開けた先には、朝っぱらからやたらハイテンションなミスマル・ユリカが立っていた。

「で、こんな早くから何か用か?」

「ぶ〜、遊びに行こうって約束したじゃない」

「…そうだっけ?」

「そうなの! 前は仕事の無い日って言われたから、

 今日はちゃんと休みの日に来たんだよ。 えっへん♪」

ユリカは自分のした事を褒めてもらおうとする子供の様に、大きく胸を張って答えた。

「わかった、えらいえらい。 約束だからな、ちゃんと付き合うよ」

アキトはそれに対して苦笑いを浮かべながら、仕方が無いなという様な表情をしていたのだが、

ルリにはとても嬉しそうな顔をしているように見えた。

朝食を食べ終わるとアキトは、「今日は休みの日なのに、遊びに連れて行けないでごめん」とルリに謝ると、

「じゃあ、ルリちゃん行ってくるよ。」

「……いってらっしゃい」

「アキト〜、早く〜」

「そんな、急ぐなよ」

先に歩き出していたユリカに追いつこうと、走っていった。

「どこ行くんだ?」

「えーとね、まず新しく出来たお店に行くでしょ。その後……」

ユリカが後ろを向きで歩きながら、楽しそうにアキトに話しかけている。

アキトの表情は、ルリの位置から見えなかったが、ユリカに答えるその声は、ルリにはとても楽しそうに聞こえた。

ルリは歩いていく二人の姿を「お似合いの恋人同士に見える」と感じてしまう自分が嫌だった。

二人が出かけて行った後。 ルリは何もする気が出ずに、居間でボーっとしたまま座り込んでいた。

 

(艦長もアキトさんのことが好きなのかな…。 さっきの二人、恋人みたいに見えた)

(きっと、私じゃ兄妹にしか見えない。 やっぱり私、アキトさんの妹にしかなれないのかな)

(こんな悩むんなら、無理矢理にでも二人に付いて行けばよかった…)

(でも、行かなくて良かったのかも、どうせ二人が仲良くしているのを見せられて、よけい寂しくなるだけ…)

(私、どうすればいいんだろう…?)

 

考えが悪い方向にしか考えられない事に苛立ちながら、ルリは思考の袋小路に陥ってしまっていた。

時間を知らせる音が鳴り響く。 時計へ目を遣ると、時間はもうお昼時。

「もう、お昼ですか…」

とりあえず、昼食を作ろうと冷蔵庫を開けたルリは、冷蔵庫の中身がほとんど無くなっているのに気付いた。

お昼の分は何とかなりそうだが、夕飯は買出しに行かないといけない様だ。

何もしないで、また暗い思考の中に沈んでしまうよりは良いと思ったルリは、

何も考えないでいいよう、家事することにした。

しかしそれも、夕方頃には一通り終わってしまい、ルリは夕飯の買出しに出かけた。

 

ルリが買出しを終えて、家が見えてくる辺りまで帰って来ると、誰なのかは良く見えないが、家の前に人が居るのが見えた。

この距離では声までは聞こえないが、二人の人間が何か話をしているようだ。

ルリは、それがアキトとユリカの二人だろうと思い、同時にアキト達が帰って来ていることに僅かながら安堵した。

最悪、今日はアキトが家に帰ってこないかもしれないとルリは思っていたのだ。

ルリはその小さな安堵に押され少し歩調を早めて歩いていく。

しかし、そんな彼女の気持ちを嘲笑うかのように、

二つの人影が近づいていき、一つに重なった。

 

「…っ!」

 

その光景に、ルリは思わず目を瞑り立ち尽くしてしまう。

その後、二つの人影が離れると、影の一つは家の中に入っていき、

もう一つはルリとは反対方向へ歩き去っていった。

 

(やっぱり二人は…。 付き合っているのならそうだと、言ってくれればいいのに)

(でも、それでアキトさんが幸せになるのなら、私はこの想いを…)

(今日、アキトさんに二人の事を確かめよう!)

 

 

 

ルリが帰宅すると、彼女がそんな悲痛な決意を固めた事を知らないアキトは、

いつも通りの笑顔で彼女を迎えた。

だが、その時のルリは彼らが始めて会った頃よりも、

遥かに冷たい態度で彼に対応してきて、アキトはそれに大きく戸惑っていた。

夕食の用意をしていても、料理の手伝いはするもの、話しかけても僅かに受け答えするだけで全く喋ろうとしない。

当然のように、夕食を食べてる間も全然会話をしようとせず、

しかもその間中、ルリから無言の圧力を感じて、アキトは食べた物の味がわからなかった。

 

そんなアキトにとっては拷問のような夕食を終え、

いつもは二人とも楽しみにしている楽しい食後のお茶の時間。

未だにルリのプレッシャーに慣れずに落ち着かないアキトに対して、彼女は遂に切り出した。

「艦長とお付き合いしてるんですか?」

そのいきなり直球の質問に、アキトは飲んでいたお茶を勢いよく噴き出してしまう。

「…げほっ、げほっ。 な、なにをいきなり!」

アキトのその反応を彼女は、やっぱり彼はユリカと付き合っていて、それを隠しているのだと思った。

「やっぱりそうなんですね?」

「いや、違うよ。 何でそんな話になってるのか、俺にはわからな…」

慌てながら必死に否定しようとするアキトの様子が、ルリには嘘を言っている様しか見えなかった。

どうしてもアキトの否定を信じられないルリは、別の質問を投げかけた。

「では、アキトさんにとって私ってなんですか?」

ルリのそのあまりにも脈絡の無い質問に対してアキトは戸惑い、何を言うべきか、しばし考える。

「──ルリちゃんは、俺の大切な……『家族』だよ」

すると、彼は彼女が想像していた通りの事を答えた。

 

(──そう、私は『家族』。 アキトさんは私の兄で、私はアキトさんの妹…)

 

「そして、艦長は恋人。 ですよね…」

「だから違うって!」

「今更嘘なんか吐いて隠さないで、正直に言ってください」

「正直に言ってるよ!」

 

(アキトさんの口からはっきり言って、わたしを諦めさせて下さい…)

 

ルリは自分がまだ冷静だと思っていたが、彼女はすでに冷静に考えられなくなっていた。

その証拠に、アキトがユリカと付き合っているというのが真実だと思い込んでしまっていて、

彼の必死の訴えを聞いても、嘘だとしか思えなくなっている。

なおも弁解を続けるアキトに対して、表面上は冷静に質問していたルリだったが、

遂に抑え付けていたものを我慢しきれなくなってしまった。

言うつもりの無かった自分の気持ちを、まるで子供が喚くかのように、彼にぶつけ始める。

「私なんて、アキトさんの妹でしか、妹にしかなれないんです!!」

「アキトさんなんか、アキトさんなんか、艦長と付き合ってキスでも何でもしてればいいじゃないですか!!」

「アキトさんのバカ! うそつき! 鈍感! 唐変木!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて、ルリちゃん!」

癇癪を起こした様になっている彼女を落ち着かせようと、肩を手で抑さえて鎮めようとするアキトだったが、

彼女はそれから逃れるかのように暴れながら、抑え付けていた気持ちを次々と叫び続けた。

「家族って言うんなら隠し事なんてしないで下さい!!」

「それとも、私がアキトさんの事が好きなの知ってて、嘘ついてるんですか!!」

「…え!」

自分が彼の事を好きなことまで言ってしまい、それにアキトが驚いていることにも気付かず、

ルリはひたすらに彼を罵り続ける。

「アキトさんが、艦長と話をしたりしてる時、私がどんな気持ちで居たかも知らない癖に!」

「鬼畜! 人でなし!」

ルリの告白に動揺しながらも、肩を手で抑えるだけでは、暴れるのを止められないと悟ったアキトは、

前から抱きしめるようにして彼女の身体を押さえつけた。

しかし、この状態では彼女の口を押さえる事は出来ない。

彼女の叫び声に気付いた近所の住人が、何時騒ぎ出すかもわからないこの状況。

この状況を治める為に、アキトが混乱しながら思いついたの方法は…

 

 

「…ん!!」

ルリが目を見開く。

だが、自分がアキトに何をされているのか理解すると、暴れるのを止めて彼に身体を預けた。

 

 

 

彼が思いついた方法とは、

彼女の唇を、自分の唇で塞ぐ事だったのだ。

 

 


 

 

唇を重ねたままで、じっと動きを止めていた二人だったが、お互い息が苦しくなったのか唇を離した。

「…っはぁ…」

唇が離れた後、どうすればいいのかわからない二人だったが、先に話しかけたは意外にもアキトの方からだった。

「…落ち着いた?」

それにルリが小さく頷く。

彼女が落ち着いたことを確認したアキトは、さっき癇癪を起こした理由を聞き始めた。

「何で俺がユリカと付き合ってるなんて、そんな訳のわからない事を言い出したの?」

さっきのキスの事を聞きたかったルリだったが、自分がずっと悩んでいた事をそんな事扱いされてムッときたのか、

機嫌悪そうに顔をそっぽ向かせて答えた。

「今日の夕方。 アキトさん、艦長とキスしてたじゃないですか」

「俺がユリカとキス? 夕方って言うと家に帰ってきた頃だよな…

 キスなんかした覚え無いんだけど…。 それ、どこで見たの?」

「…家の玄関の前です」

「玄関? えーと………………あっ!

 そういえば、ユリカの頭に糸くずが付いてたのを取ったけど、それを見間違えたんじゃない?」

アキトの疑問にルリは夕方の事を思い出してみた。

思い返すと、あの時自分からは逆光になっていて、二人が黒い影のようにしか見えていなかった。

そして、影が重なった時、二人がキスをしていたにしては頭の位置がずれていたような…?

「…私の勘違い?」

ルリは自分の見間違いだったと気付くと恥かしくなって、顔を俯かせた。

彼女は二人が付き合っていると、確信した一番の原因が勘違いだったと気付いても、

まだ二人が付き合っていないと信じられず、二人が付き合っているのだと思った他の事柄についても質問してみた。

「じゃ、じゃあ、最近、急にお互い呼び捨てで呼び合うようになったのは?」

「え、あーそれはね。 ユリカって、実は俺の幼馴染でさ。

 ついこの間、ルリちゃんが泊り込みで仕事しに行った時だったかな?

 その事を思い出したユリカが尋ねてきて、やっとその事に気付いたんだ。

 俺もユリカに聞かれるまで忘れててさ。

 同じ船に乗って、長い間一緒に働いていたのに、

 その時までずっとお互いに気付かなかっただなんて、おかしいよね」

アキトは答え終ると、この間まで全く思い出せなかった自分が可笑しくなったのか、笑いだしてしまった。

「……艦長と付き合ってるって訳じゃないんですか?」

「だから、違うって言ってるのに…」

未だに納得しないルリに、アキトがどう納得させようか悩んでいると、

「それに私の事は『家族』だって…。 それって私はアキトさんの妹だってことなんでしょ?」

ルリが、アキトがさっき答えた事について聞いてきた。

「その、家族っていうのは…」

さっき『家族』に込められていた自分の想いを、どう伝えようか悩んだアキトは、考え抜いた結果。 

まだ伝えるつもりでは無かった自分の正直な気持ちを、彼女に伝えるしかないと思った。

アキトは一度大きく深呼吸をして、自分の気持ちを確かめると、

ルリの瞳を真正面から真っ直ぐ見つめて、自分の気持ちを伝え始めた。

 

「確かに俺はルリちゃんを『家族』だと、ルリちゃんの本当の家族になりたいと思ってる…」

「だけど、それは兄と妹っていう関係じゃなくて…」

 

ルリを射抜くアキトの真剣な瞳に、彼女の心臓はいまにも破裂してしまいそうなほどに高鳴る。

 

「一緒に家庭を作っていく関係になりたいと思ってるんだ」

 

アキトのこの台詞に、彼が何を言いたいのかすぐに分からなかったルリだったが、

彼の言っている関係がどんなものなのか理解すると、一瞬にして顔を真っ赤に染めた。

「あの、それって…」

「今はまだ、こんな事伝えるつもりじゃなかったんだけどね…。

 ルリちゃんがあんまりにも俺を信じてくれないからさ…」

 

 

「まあ、俺の気持ちを伝えたからって、

 いきなり今の生活を急に変えるつもりは無いんだ」

 

 

「だから、とりあえずは今まで通り…」

 

 

アキトは彼女へ、微笑みと共に沢山の想いを込めたその言葉を伝える。

 

 

 

「これからもよろしく、ルリちゃん」

 

 

 

 

[END]

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 あとがき

どうも、一夜です。

頑張って、加筆修正してみました〜(笑)

なんと言うか、昔の自分の書いた文章…読んでて恥ずかしくなるくらい稚拙で…

気付いたら、結構多く修正してしまいました(苦笑)

直すにしても少しだけのつもりだったのに…(涙)

さて、私の苦労話はここまでにしといて。

では、またお会い出来る日まで。 

さようなら〜。


この作品は、らいるさんとぴんきいさんのHP『そこはかとなく存在してみたり』内の企画、festa-sokohakaの参加作品です

『もし、ユリカがアキトの事を覚えていなかったら?』というIFで書かれています

festa-sokohakaは残念ながら2005年の3月いっぱいで閉鎖ということになりました


b83yrの感想

IF祭りに参加してた私だと、どうしてもそういう視点で見ちゃうな、出来ればIF祭りに参加していなかった人の見方も聞いてみたいなとか思いつつ・・・

ユリカってアキトの事覚えて無い方が魅力を感じさせるキャラに・・・・どういうヒロインなんだ、ユリカって(苦笑)

自分以外の異性の存在が自分の気持をはっきりとさせる、『気が付けばお約束』ってタイトル通りの王道路線ですな

このSSのルリの歳って何歳ぐらいだろう?とか、気になってたりしてます(笑)

『もし、ユリカがアキトの事を覚えていなかったら?』っていうIF話で、TV版のラスト辺りからが本題になるっていうのは意外でした

こういう風に、良い意味で意表をついて来る話って面白いです

>なんと言うか、昔の自分の書いた文章…読んでて恥ずかしくなるくらい稚拙で…

わはは、それって私もよく感じます(苦笑)

でも、加筆修正って始めると切りがないんですよねえ(遠い目)

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