私はお皿の数を確認する作業の手を休め、ふと顔を上げる。すると、あの人の笑顔が見えた。

色素の薄い桃色に見える自分の髪を撫で付けると、私はじっと彼を見つめる。

彼は楽しそうに今夜の支度を、クリスマスのパーティの用意を進めていく。

ケーキの焼け具合をオーブンの窓から覗き込み確認すると、他の料理の様子を見て回る。

見つめる視線をテーブルの上へと落とす。

私のまなざしの意味に気付いて欲しい。

私の気持ちに気付いて欲しい。

ただ見つめるだけで潤んでいく瞳。

ふと唇から漏れ出る熱を含んだ吐息。

ずっと、ずっと私は胸にとどめていた想い。

アキト。私は、私は・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

ぎゅるるるるるるる〜

「お腹すいたよ〜」

「そーゆー事は目に涙を溜めながら料理を見つめて言わんでくれ!」

「おいしそうだよぅ……」

「……ラピス、いいから涎拭きな。ちゃんと向こうにお昼の用意はしてあるから、な?」

「せめて一口〜」

「今夜のための料理なんだってば!!」

「じゃあ、こっちのスープだけでも……」

「俺、手伝いの人選間違えたかもな……」

 

 

今夜はくりすますのぱーてぃなのだ♪ by・らぴす

 

 


優しさの中で・番外編の弐

〜ある、十二月の出来事〜


 

 

ルリとアキト。二人の結婚式(『それは、旅立ちの日』を参照)より半年。クリスマスのシーズンである。

二人の住宅兼職場であるテンカワ食堂。普段は最大三十人ほどの客を迎えられる店内が、テーブル類を端に並べ広々とした空間になっている。その壁に紙テープなどで作った色とりどりの装飾品で飾り付けをしている少女がいた。

「じんぐるべ〜る、じんぐるべ〜る、すっずがぁなる〜、ときたぁ♪」

妙な節をつけて定番のクリスマスソングなどを歌いながら作業をする彼女、白鳥ユキナ。少女と記したがれっきとした成人女性である。

持ち前の闊達な雰囲気が実年齢よりも彼女を若々しく見せる……と言ってもまだまだ二十歳をいささか過ぎた程度だが。

「ユキナちゃ〜ん、変な抑揚付けないで唄ってよ〜、あ、こっちの飾りつけ終わったよ〜」

眼鏡をかけた小柄な女性が少々離れた位置からユキナに声をかけ、手に持った小箱に入っていた最後の飾りを貼り付ける。

「アマノさんご苦労様〜。あたしの方はもうちょいだから。いやぁ、あんまりクリスマスって馴染み無いからねぇ、あたしら木連組みは」

茶系の髪を縛り、愛嬌のある顔立ちの彼女。多少目の下にくまがあるのが気になるが、楽しそうに作業していたので良しとする。

ふらりとやってきて彼女、アマノ・ヒカルは飾り付けの手伝いを申し出た

かつて機動兵器のパイロットであった彼女は、その後精力的に同人活動に勤しみ、ある出版社の目に留まりメジャー誌でのデビューを果たしていた。そしてお約束の年末進行を乗り越え、今こうしてクリスマスに向けて準備をしているわけである。

「そーいえばルリルリはどこ行ったの? 今日の午前中はアキト君に目一杯あまえられる日なのに」

ヒカルはユキナに近づきながら問いかける。彼女がやって来たとき、すでにルリは外出した後であった。

店は予約貸切状態、昼の客は断ってまでのパーティ。そのための準備を放って出かけるなど普段の彼女からは想像も付かない。

が、今の今までその事を気にしていなかった事実を、アマノ・ヒカルは故意に忘却する。

「色々と下ごしらえ済ましたらさ、なにか用事があるとかで出かけて行ったのよね〜。多分アレじゃない? アキトさんへのプレゼント選び、とか」

手を休めることなく最後の飾りを取り付けながらユキナは答える。

「あの〜、別にそんな甘えたりとか特別な事は……プレゼントは俺も用意してあるけどさ……」

「でさ〜、この間なんか包丁セットなんか見てたのよ。どーすんの、て聞いたら「誕生日とクリスマス、どっちがいいでしょう?」なんて悩んでたのよね〜」

「アキト、おかわり」

「そーなの? 私が一昨日見かけたときには、なんか自転車を色々と見てたよ? 大体、今更包丁なんているの? お店にいっぱいあるけど」

「あ〜、はいはい。相変わらずラピスは良く食べるな〜。て、ユキナちゃん、それとアマノさん? 俺の話も聞いて欲しいな〜、なんて」

「いやいや、少しでもいい道具を、て事でしょう? ルリはアキトさんの事になると、中々こう、良妻賢母、てゆーの? そーいう感じで一生懸命だから」

「えーと。それ、多分用法違う」

「アキト、卵焼きおかわり」

「はいはい、こっちのはいつものとは違った出汁を試したやつだから後で感想を……て、だから二人とも!!」

「あえて無視してただけだから気にしないで、この幸せ者っ!!」

ユキナとヒカルが同時に振り向き、見事にハモった台詞をアキトにつきつける。

「しくしくしくしく……そりゃ幸せだけどさ……」

「アキト、お味噌汁おかわり」

平和な午後である。

 

 

街はクリスマスの喧騒に包まれている。

道行く恋人達、家族連れを横目で見ながら、小柄な少女が歩いていた。

銀の髪は三つ編みのお下げにして、左側の肩から胸元へとたらしている。

クリスマスのラッピングを施されたいくつかの包み、それらの詰まった手提げ袋をその両の腕にしっかり抱えて彼女は歩く。

一つ一つ大事な家族や友人のために選んだもの。

流石に全員に高価なものは贈れないので小物が中心だが、その中には大きめの包みがいくつかあり、特別なプレゼントだとわかる。

「あとはアキトさんへの分ですけど、さてどうしましょう」

いくつかの候補を考えては見たものの、いまだ絞り込む事ができず道を行ったりきたりしている。

一つは包丁セット。今更とも思われるかもしれない。けれども、以前アキトと出かけた際に彼が見ていたセットは中々のものであるようだった。

あまり刃物に詳しいわけでもない彼女ではあるが、それがそこらのスーパーやデパートで売っているようなものではないとはわかった。

そしてもう一つは自転車である。以前から彼の使っていた自転車が流石に十年近くの使用に不調を訴えている。

この一年で店を構えた今となってはあまり使わなくなったとはいえ、やはり彼の基本の脚は自転車なのだ。

実を言えば以前は必要もなかったせいか彼女は自転車に乗れなかったのだが、ラピスを引き取ったさいに二人揃ってとある人物の指導のもと乗れるようになっている。

よって今でも三人で遠出する時は自転車なのだ。

「困りました。どちらも結構なお値段です。一家の財布を預かる身としてこれは考え物です」

財布を預かる、とは言うものの彼女には彼女独自の収入があり、生活費その他はアキトと半分ずつ出す事にしていた。

当初アキトは妻が生活費用などを出す事を良しとはせず拒んでいたのだが、強引に話を通してしまったのである。

よってプレゼントの類も自身の口座から出せば包丁セットの百セットだろうと自転車の百万台だろうと買えてしまう彼女だが、月々決めたそれぞれのお小遣い内での範囲での購入を考えてしまう。

ちなみにラピスは学生兼イネスの助手(見習い中)で、そこそこのアルバイト収入があったりする。

話を戻して。

しばらく自転車屋の前で考えていた彼女だが、ふと気付いた事があった。

「自転車ではこっそりと持ち帰れないじゃないですか。他のにしましょう」

このごに及んでプレゼントを秘密にしておこうと思うあたり、抜けていると見るか複雑な乙女心と見るか微妙である。

乙女心と言っても彼女は人妻だが。

 

 

「で? この書類の決裁は来年に回せるとして、こっちはどうするの? て、これは今日中ね……あ、そこサインが抜けてる」

とある会社のとある会長室。そこでは二人の男女が仕事に励んでいた。

「あー、そー、抜けてるの。今からサイン入れるとします。うん、そっちのはプロス君にまわしといて。つーか、いい加減休息ください、お願いします」

目の下に隈ができ、長めの黒髪の艶も失った青年があえて言うなら「へろへろ」な状態だったりするが。

「何言ってるのよ。今日は向こうのパーティに行くからって無茶なスケジュール組んだのはあなたでしょう? いいから、そっちの最後の山を片してよ。それが終わったら十五分休憩。その後に頼んどいた商品取りに行くわよ。残りのは二時間もあれば終わるぐらいだから、間に合うでしょう?」

非情な会長秘書である。

「ううう、頑張るしかないのか……」

「そーそー、頑張って。珈琲ぐらいはいれてあげるから」

そう言って退室する彼女は、何故か楽しそうだった。

 

 

街。それは人々が日々を暮らす土地。時には笑い、時には泣く、様々な思いの詰まった場所。

それは一つの家族、一組の恋人達。そんな彼らの思い出。

たくさんの出来事が過ぎ去り、色々な事柄が消えていく。

悲劇と笑い、そのどちらがより多いのかは誰もわからない。

灰色の分厚い雲が覆い隠した空。そのごくわずかな隙間から覗く青さを見上げつつ冷たい石畳の感触をその背中に感じながらなんだか良くわからない感慨が浮かんでは消えていく。

「――――と、言うわけで。いきなり走ってきて体当たり状態で人を跳ね飛ばした事の釈明を求めるよ、ユリカ」

「あはははは、えーと、ジュン君。ごめんなさい」

引きつった笑みをその口元に浮かべ、地に倒れ伏したジュンを心配したようすで覗き込む青みのかかった黒髪の女性がいた。

「いや、ほらほら。今日はクリスマスで、らぴちゃんとかに何か贈り物をしようと思ってたんだけど中々いいものが無くって。それでうろうろうろうろうろうろしてたんだけどね。どーしようかと悩んでいたら、そこにジュン君の姿が都合よくっ! で、一緒に選んでもらおうかなぁと……」

「――――それでどうして体当たり?」

「それは、その、あのね? それだけ切羽詰っていたというか、残り時間が無くってあせっていたと言うか……ごめんっ!」

手の平を顔の前で合わせて頭を下げる女性ことユリカ。その様子を呆れながらも苦笑してジュンは立ち上がる。

「わかったからもういいよ、ユリカ。僕も今からお店に頼んでおいた物を取りに行くところだから、一緒に行こう。なんならそこで探してみよう」

彼女の突飛な行動は毎度の事なので怒る事も無く話を進める。

「あ、背中のほこり落とすね。ごめんね、ジュン君。汚しちゃって……」

「わかったってば」

苦笑しながら彼は自分の周りをぐるぐる回ってはほこりを落としていく彼女を眺める。

「うう〜、ほんとにごめんね。それとありがとう。やっぱり最高のお友達だよ、ジュン君っ!」

「はは、それはどうも」

以前ならば落ち込んでしまう彼女の言葉も、今となっては気にならない。

彼らももうすぐ三十路が近いだけに、好きとか嫌いとか、そんな単純な理由だけでは相手を選べなくなっている。

若い頃はそれでも良かっただろう。だが人生の積み重ねによって得ていったものも大切な要素として見てしまう。

それらを加味してこれから先自分にこの人が必要なのか、相手に自分が必要なのかを冷静に考えてしまえるようになってしまった事に、苦いものを感じながらかつての想いを懐かしむ。

「一往は吹っ切れた、て事なんだろうな。悩む暇も無くあの子に毎日振り回されてるからという気もするけど……」

「ん? 何か言った、ジュン君?」

「いや、何も」

ここ数ヶ月で親しくなってしまった少女の事を考えながら空を見上げると、もう雲の隙間は消えていた。

 

この数分後彼らはとある雑貨屋でイネスと遭遇したり、ある陶磁器専門店前(メッセージ・写真入り絵皿焼きます、の看板有り)でアカツキとエリナに出くわして別れたりしているうちに、パーティの時間になるのであった。

 

 

照明が落とされ、暗くなっている室内。暗闇の中に灯るろうそくの炎がゆらゆらと揺れて集まった人々の影を壁に映す。

彼らはかつてのナデシコクルー、その中でも親しい間柄であった者達。

この日を楽しみにしていた彼らは、今か今かと始まりの音頭を待つ。

そして、会場入り口とは正反対に設けられた高さ数センチの特設舞台にスポットライトが当たり、そこに立つ二人の女性の姿がはっきりと見えた。

「それではこれより、クリスマスパーティを始めたいと思います!! 司会はわたくし、アマノ・ヒカルと!!」

腰の部分に大き目のクリーム色のリボンを結んでいる、胸元の開いたオレンジ色のドレスを着て、美しくメイクアップしたヒカルがマイク片手に開始の言葉をあげる。その姿は多くの男性の目を釘付けにするであろう物だが。

「マキ・イズミでお送りします……」

何故かその隣に立つイズミは歯医者の恰好をしていた。

片手に持った歯科で使う小型のドリルが軽く音を上げながら回転し、イズミがいつもの調子で怪しく笑う。大きなマスクが顔の下半分を覆っているので怪しさ倍増である。

「……え〜と、しかいしゃ(歯科医者)、てことか……」

ポツリとアキトが呟くが、多くの参加者達はさして気にせずいっせいにそこかしこで乾杯を叫ぶ。

ここでようやく全ての照明がつけられ、色とりどりの飾りで派手になった店内の姿があらわとなる。

 

テーブルに並ぶ料理たち。それは丹精こめてアキトとラピス、そしてユキナの三人で作り上げたもの。

一度には並べられなかった分や今から仕上げる料理は順次運び込む予定だったが、何故かジュンが給仕していたりする。

アルコールが入り騒ぐ者がいれば、いきなり芸を始める者もいた。

「まったく。いつまで経ってもお祭り好きな連中よねぇ」

金髪の女性、イネス・フレサンジュがシャンパン片手にカウンター席に座りながら騒ぐ一同を見回して、料理に火を通すアキトに話しかける。

「そうですね。でも、楽しいっすよ?」

にこにことローストビーフを切り分けて皿に盛ると彼女の前に置き、隣で寸胴からタンシチューをすくい皿へとよそうルリへと微笑みかける。

アキトの視線に気付き、微笑み返してから彼女はイネスへそのスープ皿を差し出す。

「相変わらず仲のよろしい事。それよりもいいのかしら? あなた達だってパーティの出席者、というか会場提供者なんだから皆に混じってきたら?」

「いや、いいっす。自分が騒ぐのは慣れてませんから。見ているだけでいいんですよ」

「去年までは静かに過ごしていましたし。少なくとも今年はこれでいいです」

ある意味似たもの夫婦である。

 

プシュ――。

そんな自動ドアの開く音がして、食堂の入り口が開くとそこには身の丈二メートルのサンタがいた。

ぶっとい手足。がっちりとした胴体。分厚い胸の上には暗い夜道で子供が出会ったら泣き出すかもしれないいかつい顔が乗っていた。

「あら、ミスター。遅かったわね?」

「うむ、支度に手間取った」

ハルカ・ミナトが気さくに話しかけるそのサンタの名はゴート・ホーリー。ネルガルの立派な社員? である。

真っ赤な衣装に身を包み、人一人は余裕で入りそうな袋をその背に担ぎ、彼は女性陣のそばへとやってくる。

「プロス経由で預かった会長からのクリスマスプレゼント、だ。中身は知らんのだがとりあえず女性陣に渡すよう伝言された」

そう言うと彼は袋を下ろし、テンカワ夫妻の元へと挨拶に向かう。

途中イネスとすれ違い言葉を交わし、そのままカウンター席の二人に話しかける。

「で。なんなのかしらね、これの中身。いいものだといいけど」

興味本位でイネスが近付き、その口を縛るリボンをほどく。その中から現れたのは――――

「やは♪ 今宵のプレゼントは、僕さ♪」

イネスは無言でビール瓶を手に取り頭上高く持ち上げて、勢い良く振り下ろす。

そしてごすっ、と鈍い音を立てたかと思うと白いタキシードなんぞを着込んでいるアカツキが倒れていくのであった。

「――――さてと。これは外にでも棄てて来てもらえるかしら?」

「て、ちょっとまてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 僕をいったいなんだと思ってるんだ!!」

両手を床について勢いよく起き上がると、アカツキが痛みに目に涙を溜めながら抗議の声を上げる。

「あら、意識あったの………………………………………………………………ちっ」

「その舌打ちはいったいどういうつもりなのか四百字以内で説明してはくれませんかねドクター?」

「えっ? 説明? うふっふっふふふふふふ、一晩中でもOKよ?」

「いや、だから四百字以内で・・・・・・」

目を光らせてにじり寄るイネスから逃れようと後ずさるアカツキ。

「だからやめとけ、て言ったのに」

いつの間にやらエリナがやってきて、呆れかえたった様子でため息をつく。

「あ、イネス。これ好きにしていいから。私は向こうでなんか食べてくるわ。じゃぁね〜」

「エリナ君、僕をこれ扱いして見捨てるのかーーーーーー!!」

「さーて、会長さん? じっくりまったりきっちりと説明してあげる……と、行きたいところだけども、まあ面倒だから彼に任せるわ」

イネスは言葉が終わると同時に左手の指をパチンと鳴らすと、その背後に人影が現れた。

「え?」

「さーさー、会長さんよ。悪い事は言わねーから向こうに行こうな? そこで俺と一緒に飲み明かすとしようぜ。そこでうちのかみさんの愚痴を聞いてもらうとしよう……」

「酔ってるね、ウリバタケ君……て、なんで僕がっ!」

「いーからいーから、付き合えって。一番上の息子は学校のダチとの、女房は他の子どもの付き添いで近所の子供会のクリスマスパーティだとよっ! それで久方ぶりにだな、思いっきり羽を伸ばせると思っていたんだよな」

「ちょ、誰か止めてよねぇっ! そこの人もあからさまに目なんかそらさないでさ!おーい」

「でよ。出かける時に、『女の子に手を出すんじゃないぞ』、と釘刺された上にあいつアキトのヤローにも監視頼みやがったんだよっ! せっかく羽目を外せると思っていたしはなっからそんな気はちょっぴりしかなかったのにこの仕打ちはだな夫婦間の信頼を裏切る――」

「なんで店の外に引きずり出されるんだーーーーーー!」

何故か酒瓶を抱えたウリバタケによって店の外へと連れさらわれるアカツキであった。

……何しに出てきたんだ、こいつら?

 

 

――――パーティも佳境に入り、カオス状態となった頃、それが始まった。

 

そのテーブルにはある様々な料理の中に春巻きがあった。

そしてその中にフカヒレ入りのものまであり、それが中々好評。だが、今そこにあるのは数十本用意されていた内の最後の一つ。

それにユキナは箸を伸ばす。

だが彼女の正面から朱色の箸が伸び、春巻きの手前でピタリと止まった。

その視線を上げた先には、ユキナと同じ姿勢で固まる桃色の髪の少女がいる。

目と目が合い、火花が散る。お互い頷きあうと同時に箸を繰り出し激しい攻防が始まってしまう。

ユキナが突き出せばラピスが弾き、その隙を突いて春巻きにの皮に突き刺さろうとするラピスの箸をとっさに手にしたフォークでそらす。

そのまま右手で皿ごと確保しようとするが、ラピスが置いたジュースの瓶によって阻まれる。

瓶を迂回して回り込もうと移動してからいつの間にか持ち替えていた菜箸を伸ばすが、ラピスの左手の先割れスプーンに箸先をテーブルに押さえ込まれる。

一進一退で続く無駄にハイレベルな攻防にギャラリーは沸き上がり無責任に声援を送る。

すぐそばから「行儀が悪いよ、ユキナ」などと言う声が聞こえたがあっさり無視。

ユキナはその少女に年上としての尊厳を保つためにも、ここで引くわけにはいかないのだ。

対峙する少女もまた並々ならぬ決意を目に、諦める事など知らぬが如く攻め込んでくる。

何故彼女らは一本の春巻きのためにそこまでしてしまうのか。

 

それはおいしいからである。ほかに理由など不要であろう。

 

「あ、これおいしそう〜。いっただっきま〜す♪」

「あっ!」

「えっ?」

だかしかし、彼女らの健闘もむなしく第三者のおなかに納まってしまう春巻きだった。

「食べちゃったね……食べてしまったんだねユリカさんっ! お楽しみのフカヒレ入りをっ!!」

「ユリカ、酷い〜〜、ラピスはまだ二本しか食べてないのに〜」

「ん〜、おいしい♪ て、いいじゃないの〜、私はこれ一本だけなんだから」

ゆらり、とユキナはユリカに向き直る。

そして手近にあったジュースのコップを手に取ると一息であおり、キッ、とユリカを睨みつける。

「ユリカさん。これ以上おいしいものは渡さないっ! 例えここで倒れる事になろうとも、お楽しみの最後の一個を奪われたこの屈辱、晴らさずにいられようかっ!!」

「ユリカ〜、ラピスも負けないぞ〜」

「えーと、問答無用なのかな?」

そして唐突に音楽が流れ、眼鏡を怪しく輝かせながらヒカルがマイク片手に喋りだす。

「さあっ! とうとう始まりました本日のメインイベント、激闘食いまくりレースっ!」

突然の出来事なのに拍手喝采で受け入れてしまう周りの面々。

「では、エントリーされた選手の紹介にまいりますっ! まずはこの人、食い倒れのユキナ! それから食わせ倒しのユリカ!! そして食欲魔人ラピス! 実に頼もしい面々の好カード!! 実況はやっぱりわたくしアマノヒカル、解説はこの人!!」

「イネス・フレサンジュがお送りします」

「食い倒れってなんでっ!?」「食わせ倒しっていったい何!?」「わ〜い、なんか強そう〜」

やはり紹介のされ方に引っかかるものがあるのか抗議の声を上げる選手一同。約一名は喜んでいるのだが。

「解説しましょう。ユキナ選手、彼女は地球にやってきた当初、方々の食事処で食べ歩きを行い、身動きが取れなくなった事があるの。どうも木連の食料プラントでは育たなかった食材などがかなりあったらしいのよね。それで地球の料理の豊富さに感動したようね」

「で、ユリカ選手のは以前ホームパーティでその手料理を振舞った結果、と言ったところかしら?」

ぼんやりとその様子を見ていたアキトは、ふいにルリがいないことに気付く。周囲を見回し厨房の奥の住居への通用口に目をやると、そこには彼女の靴がそろえて脱ぎ置かれていた。

「ラピスのは……まあ、あの子は食べるの好きだから。いつもアキト君のまわりでちょこちょこ手伝いながら、色々と試食させてもらっているのよね」

何か思い当たる事があるのかアキトはそのまま扉の脇に置いてある電話台の引き出しを開ける。すると中からきれいにラッピングされた何かを取り出した。

「おおーっとユキナ選手、フォークでトマトソーススパゲティを巻き上げた!! 確かあの皿の物は私がちょっとした悪戯心で豆板醤を一瓶入れておいたものっ! やはりむせているっ!」

その包みを手にしばらく待っていると、奥からルリが木の箱を抱えて出てくる。アキトの視線に気が付くと、照れたような笑顔を向けてその箱を差し出した。

「……あなたね、いったい何をやってるのよっ! ……ここは口に入れるまで気付かなかったユキナちゃんの方を突っ込むべきなのから……」

アキトはそれを受け取り、目で「開けてもいいのか?」と問いかけるとルリは微笑みながら頷いたので、彼はその箱の蓋を外した。

「それに対抗してかユリカ選手、アワビの姿煮を一口で租借!! アキト君いつの間にそんな高級料理作れるようになった!! おおーっ、ユリカ選手、いまにも溶けてしまうのではないかと心配になるほどの緩みきった顔をしている! そんなにうまいのか、私も食べたいぞーーーー!」

その中から出てきたのは以前目にした時から気になっていた包丁セットだった。それは職人の業物であり、そこらの金物屋やデパートでは手に入らない代物。アキトは驚いた顔でルリを見てただ一言、「ありがとう」としか言えなかった。

「アレはアカツキ君のリクエストだったような……食材持込の。可愛そうに。彼、自分では一口も食べられないのね……」

そしてアキトは先ほどの包みを差し出し、たいした物ではないと申し訳なさそうに言いながらルリに手渡す。ルリが聞く前に彼は開けてみて欲しいと告げる。

「おおーと、ここでラピス選手、ケーキワンホイール丸ごとを抱えて噛り付くという暴挙に出ました!! そいつはデザートだぜぃ娘さん!!」

言われるままに包みを開くと、中から現れたのはこれからの冷え込んでいく季節の為に選んだであろう、紅い毛糸の膝掛だった。

「あらあらあらあら。まあ、ケーキはまだいくつかあるから私たちが食べる分には困らないからいいけど、流石にあれはカロリー取りすぎよね」

ルリはそっとアキトの手を握り、嬉しそうにただただ微笑むばかりだ。

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ、そこの二人!! 後ろでラブラブしないっ!!」

ヒカルに突っ込まれて、笑ってごまかす二人だった。

 

 

 

アキトとルリは食堂から抜け出し、自宅の二階のベランダに出ると酒の入ったせいか火照る頬を夜風に当りながら冷ます事にした。

大食い勝負は今だ決着が付かず、ギャラリーたちも大半が酔いつぶれていたのでほったらかしにしている。

彼は空を見上げるが、そこに星空は広がらず分厚い雲がどこまでも続いていた。

ただそっと寄り添う二人。騒がしくも楽しい日々からほんの少し離れたくなる時もあるのだ。

五分……十分と過ごすうちに空から白いものが舞い降りる。

二人は頭上を見上げてそのまま雪を眺めるのであった。

バターン。しばらく雪を眺めていると背後で勢い良く扉が開き、振り返るとそこには小柄な人影が一つ。

「こんなとこりょにいたのにゃ〜。アキトも飲むのら、きょほほほほ〜♪」

食欲魔人がヨッパライモードで立っていた。

「うわぁぁぁぁっ! だ、誰だーーーーー! ラピスに酒飲ませたのはーーーーー!!」

「あらあら」

アキトはだんだんと大粒になる雪の中、シャンパンの瓶を抱えたラピスに追い回されるのであった。

 

 

 

おまけ。

 

翌朝、ルリが新聞を取りに外へ出たときの事。

「あら? こんな所に雪だるまが……ラピスでしょうか?」

テンカワ食堂の店舗前に、雪だるまがと呼ぶにはあまりにも歪な物体が出来上がっていた。

「ま、いいです。とりあえずお店の前の雪かきのジャマになりませんから、あとできちっとした形に直しますか」

この数時間後、中から生死の境をさまよい亡き父と兄に再会しかけていたアカツキと凍死寸前のウリバタケが発見される事となるが、たいした問題にはならなかった。

「いや〜、酒が入ってたせいか全然寒くなくってな。気がついたらもう身動き取れなくなってて死ぬかと思ったぜ」

とはテンカワ家の湯船で解凍された時にウリバタケ氏が発した言葉である。

なんだかこの人、人間離れしてきたなぁと思いながらお茶をすするアキトであった。

 

<おしまい>

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あとがき

 

こんにちは、ADZです。

結局、エリナやユリカやアカツキなどがどのようなクリスマスプレゼントを用意したのか不明なままなのは、そこまでの内容を入れる前に私が力尽きたからです。

……どーしましょう。これは笑ってごまかすしかっ!?<マテ

兎角、このような物でも楽しんでいただける人が一人でもいればと願いながら。

 

ではまた、いつの日にか。


b83yrの感想

相変わらず、幸せそうな家族で、食欲魔人のらぴすが可愛い(笑)

エリナやユリカやアカツキのプレゼントの事なんですが、無理にSSの分量を増やさなくても、削るべき所、削っても問題のない所は、削った方がすっきりとして読み易くなってかえって面白い事も多々あるんで、そんなに気にする事も無いのではないかと

『プレゼントの内容』にもよるんですが

『激闘食いまくりレース』ナデシコらしくて良いですねえ(笑)

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