『2201年の○月△日。

私、ホシノルリはある病院へお見舞いなる行為の為に訪れました。

対象となるのは先日の事件、「火星の後継者の乱」時に救出された元ナデシコA艦長、ミスマルユリカさんです。

長期にわたり拘束されていた彼女は筋力などがかなり衰えており、リハビリテーション、つまりリハビリが必要との事。

そして念のために再度精密検査を行う事となり、ある病院へと入院しました。

……思いっきりネルガル系列の出資病院、というのが気になったりもしていましたが。

実を言うと、私は予定していた時間にかなり遅れてその病院を訪れる事となりました。

私は溜まっていた書類の整理に追われていたわけです。

……どーして経費の計算が合わないんでしょうね。ウリバタケさんをしばらく乗せていたせいでしょうか?

 

それはともかく、、事態は私の想像の斜め上と言いましょうか、とんでもない事態になっていたようです。

以下に記録する文章の内、私が到着するまでの間の出来事は、現場にいた皆さんの話と何故か病院の防犯カメラにつながっていたオモイカネの記録を確認して、私の脳内で出来あがった情景ですので、もしかしたらかなりの誇張表現があるかもしれません。

オモイカネにたずねると、『そんな事ないよ?』などと答えが返ってきてしまいましたが。

……だとしたらユリカさん、あなた本当に人類ですか?』

――提出される事のなかったホシノルリの報告書より――

 

 


それも一つの平穏な日常


 

それは地球のある島国のとある病院。

ネルガルという企業がわりとおおっぴらに出資している、民間の医療施設であった。

壁は白く塗られたどこにでもあるような病院としての建物。植えられた樹木がまばらにはえた中庭。

来院した人々、入院した親類、知人を見舞いに来た人たちの憩いの場となる広場。

中々に資金のかかった設備故、地元ではそれなりに名が知れていたりする。

普段その病院は静かに、静謐な空気を持っていた。

いかに営利目的であろうと病院は病院。大元がネルガルだろうとそこに働く人々は自らの役割を知っている。

そして訪れる人もわきまえており、そもそも入院しているような人ならたいていはおとなしいものである。

無論のこと例外は常に存在するし、幼い子供の人数が増えようものなら、かなり騒がしくなる。

それでも、そこは普段は静かな場所であり、木陰に設置されたベンチに腰掛け穏やかにすごす人たちの落ち着けるはずの場所であった。

…………ほんの数刻前までは。

突如視界を横切る何本もの白い煙の筋。

視線をその元へとたどらせていけば、そこにはメガネをかけたどことなく濃い空気をまとった中年男性と子供程度の大きさの謎の人型ロボットが立ち、頭部から次々とミサイルを撃ち出している。

「よっ、はっ、ていっ!!」

それらミサイル群の向かう先には、車椅子を巧みに操り回避する女性がいた。

目標からそれたミサイルは十メートルほど飛んでいくと爆発し、かなり派手な光の華を咲かせる。

どうやら中身はありふれた花火のようだ。

「やるな艦長! リリーちゃんDX、フルハッチオープン!」

その声に反応して、リリーちゃんDXと呼ばれたロボットの全身の装甲が開く。

胸、背中に背負ったバックパック、脛に腕などの装甲の下から覗く数十発のミサイル花火。

「よっし、、全弾はっ」

「て、何をしてるんですかあなたはっ!」

それらが一斉に飛び出し女性に襲い掛かるかと思われたが、白い軍服らしき衣装の青年が即座に突っ込みを入れる。

「殺す気ですかっ!! そんなもんに当たったら、火傷じゃ済まないでしょうがっ!」 

「ぐはっ……いいパンチだぜ、副ちょぐげぇ」

「今の僕は別の艦の艦長ですっ!」

一撃食らわせて襟を掴み、ガクガクと中年の首を揺する。

容姿から受けるおとなしそうな印象からはかけ離れた行為である。

「何やってんだよっ! 行っちまったぞ!」

短めの黒髪の女性がその手に何かしらの道具を複数抱えてやってくる。

「いいからアオイはこれ、おっさんはこっちの持って予定の場所で待機っ! 今イズミとヒカルがポイントに追い込んでるんだから、急ぐっ!」

いくつかの物品を二人に渡すと、女性はすぐさま駆け出して自分の担当位置へと向かおうとする。

「リョーコちゃんよ、おっさん呼ばわりは酷いんじゃねーのか?」

「僕の方が階級は上のはずなんだけど……」

しかし、男二人は無謀にも呼び止めてしまう。

「いいから行けっ!!」

「ひゃいっ!」

有無を言わさず男達を追い立てる女性はスバルリョーコ。

中年男性と軍服の青年はウリバタケセイヤとアオイジュン。

説明の必要があるんだかないんだけ良くわからないが記述しておく。

 

――事の発端は些細な出来事が始まりだった。

一週間ほど前、リハビリ目的で防犯防衛、対テロ対策設備まで完備のこの病院へと転院してきた女性がいた。

彼女は長らく満足に身動きのできない状態であったためか、その筋力が極端に落ちている。

その彼女の定期診断に、とある金髪を結い上げた美人(……)ドクターがあたったのだ。

元々既知の間柄であり、そこらにいる一般の人にはまれと言うか、今となってなっては探し出すのが困難なある特殊な体質をお互いに持っている、という事で安心しきった相手だった。

安心しきっていたいたが故か、ドクター専用の部屋の検査用ベッドの上でうとうととしてしまう。

だがしかし、聞いてしまったのだ。彼女のほん小さな呟きを。

このままろくに動けないうちに色々とデータを取りたくなっちゃうわね……

あんな事やこんな事のデータも欲しいわねぇ……

そんな独り言を。

実に物騒な側面もあわせ持つ相手。

実際に何をするのか読みきれない部分もあるその人。

そして視界に入る謎の紫色などの液体の入った、時折煙が吹くガラスの容器。

その煙に当たってなんだか枯れてきているような気がする花々。

それらがまた彼女をマイナス方向への想像に駆り立てて、不安を煽った。

冷静になれば、彼女の言葉が自分に向けられた者とは限らない事に思い至るべきなのだが、元来思い込みの強さではかなりの定評がある彼女は、即逃げ出した。

腕力だけで跳ね起き、そのまま車椅子へとパイルダーオ……じゃなくて。飛び乗るという人間離れした動きを見せ、室内から脱出する。

「実験は、実験はイヤなのよぉ〜〜〜〜!」

以前どのような目に逢ったのかがしのばれる叫びである。

そもそもその彼女のいままでを考えれば、実験だのという単語は避けるべきもの。ある組織に拉致されてあるシステムの実験体の一人であったはずなのだから。

もっともいまだに確認はとれていないので、拘束されている間に彼女自身が実験などに従事させられていたかどうかは不明なままではあるが。

「もう、紫色の注射も虹色の点滴もパステルカラーの薬も嫌ぁ〜〜〜!」

…………ノーコメント。

 

 

 

時は戻って先ほどの続き。

 

 

「そっちに行ったぞっ!」

ジュンが持ち場について数分ほど待っていると、かすかにリョーコの声が聞こえた。

彼女の声が聞こえたという事は、ウリバタケの方は失敗したという事だ。

彼は顔を上げると足元のロープはそのままにして、先ほど渡されたある人物謹製のグレネード捕獲ネットを手に取る。

対象の動きを捕獲ネットでとめて、とりあえずロープで拘束。特にひねりの無いシンプルな作戦である。

彼は曲がり角に控えて、それを両手で構えると壁に右肩を付けて、角の向こうを伺う。

その目線のやや下を通り過ぎる影。

「……え……?」

視界に納める間も無く目標の人物の操る車椅子が、常識を覆す勢いで駆け抜けていったのだ。

「ちょ、な、そんなバカなっ!」

慌てて彼は振り返るが、すでに目標となる彼女の姿は驚くほど遠くにあり、すぐに視界から消え去る。

「だぁーーーーー! やっぱり取り逃がしたか。次だ次っ! 次行くぞっ!」

「ウリバタケさん、なんなんですかあの尋常じゃないスピードは! またなにかしたんですか、車椅子にっ!」

「気にするなっ! 言われたとおりにミサイルは外してあるんだからっ!」

以前はミサイルが付いていたのか。

「とにかくだ、オモイカネっ! イネスさんと他の連中に繋いでくれっ! 作戦会議だ」

何故かこの病院の防犯システムに直結されているオモイカネによって、それこそ何故かこの病院内に存在している、

『ドクターイネスのドキドキ実験室・出張所』

にウインドウが繋がる。

はたしてこれは、今日何度目になる作戦会議だろうか?

彼女が逃亡を始めて、はや数時間。

設置されたトラップをことごとく潜り抜け、彼女は病院内を駆け巡る。

その名はミスマルユリカ。

人類の限界を超えた速度の車椅子を巧みに操る彼女は、伝説になれるかもしれない。

とても人に自慢は出来ないだろうけども。

 

 

病院裏手の駐車場に黒い乗用車が停まる。

その車はかなりの高級車らしく、周りの機種と比べるとかなり浮いた印象を抱かせる。

運転席から降りた男性が後部座席のドアを開けると、中からは三人の男女が降り立つ。

「ここが、ユリカさんのいる病院ですか……セキュリティーが厳重だと聞いていたのですが、なんか普通ですね」

「そりゃそうよ。ここには一般の人だって来るのだから、そんなあからさまに厳重な警備なんてしないわよ」

一人は蒼い銀髪の少女。慌てて買いそろえたのか、着慣れている印象が皆無の衣装に身を包み、その建物を見上げてい。

もう一人は黒髪の女性。白いスーツを着こなし、ぴしっと背筋を伸ばしつつ苦笑している。その手に握られた縄がアンバランスだが。

「あのー、いい加減ほどいてくれないかなぁ……僕は一往君の上司というか雇い主なんだから、この扱いには猛烈に抗議を……」

女性の手にしたロープの先には、一人の男性が後ろ手に縛られていたりする。

彼の言葉に眉をいからせて女性は言い放つ。

「こーでもしとかないと逃げ出そうとするでしょうがっ! 先週みたいにいきなり姿消されるのは嫌なのよっ!」

「信用無いみたい、とは思っていましたけど。アカツキさんにはやっぱり前科があったんですね」

「ううう、庶民の味が恋しかったんだよぅ……コンビニの中華まんとか定食屋のトンカツが食べたかったんだよぅ……」

そこらの道行く人にこの男性がネルガルの会長だと言っても、信じてもらえるかどうか怪しい光景である。

「ほら、とっとと行くわよ。イネスに書類渡してその後の経過を確認。どーしてもじきじきに来る必要がある、て言うから外出許したんだから、手間取らせないでちょうだい」

クイ、クイと縄を引っ張りながら歩き出す女性。その後に付いていく少女と男性。中々にシュールな光景。

「ああ、なんか日々厳しくなっていく我が秘書殿の対応……どーしてこんな事に」

「多分、自業自得」

「しくしくしくしく……」

容赦ない突っ込みにへこみつつ、とぼとぼとアカツキは歩き出す。

「ところで、なんだか騒がしいみたいですけど」

正面口へと回る途中で少女が言い出した。その言葉を受け女性とアカツキは立ち止まり耳を澄ます。

「おやおや、何かあったみたいだねぇ。そろそろ縄をほどいて欲しいんだけど?」

「あら、ほんとに何かあったみたい。何かしら?」

騒ぎは彼らの目の前、正面口から聞こえる。

ガラス張りの自動ドアを抜け、受付に視線を走らせるとそこには誰も居らず、ロビーから見える廊下を走り抜ける看護士達が見える。

時折何かの破裂音が響き怒声が飛び交う。

「そういえば、病院前の広場に人がいなかったような気もするわね。遠くには何人かいたような気もするけど。何か関係があるのかしら?」

「ふむ、避難訓練、なんて事もないはずだけどね。で、縄をほどいて欲しいんだけど?」

「もしかして、テロ?」

「いやいや、それなら正面口ロビーに武装したのが何人かぐらいいるだろうし、そもそもプロス君から連絡が無いのはおかしい。それは置いといてホシノ君からも彼女にこれをほどくように言ってもらえないかい?」

「とりあえずイネスのところに行きましょう。あそこなら全館の様子がわかるから。なにせ実験的にオモイカネとオンライン接続での防犯システムの検証頼んでおいたんだし」

「そんな事をしていたんですか? でも、私はちょっと様子を見てきます。なんとなく聞き覚えのある声でもありますし」

「そう? じゃあ私は"コレ"連れてイネスに話し聞いてくるわ。後でちゃんと詳しいことは書面でまわすから」

歩きながら話を続ける彼女らの後ろを、アカツキが涙しながら歩いていた。

 

 

 

まずは袋小路に追い込む。

そしてその廊下に全員で壁を作り逃げ道を塞いで取り押さえる。

なにせ向こうは車椅子。人と人の間をすり抜ける事などできはしない。

例え逃げようとして体当たりを行っても、押さえ込むことなど簡単だ。ぶつかって動きが鈍ったところを捕まえればいいのだから。

その場合、多少の怪我もするだろうが大事にはなりようもない。

そんな作戦だった。誰もが成功を疑わなかった。難しいのはその場所へと追い込むことぐらいで、それはうまく行ったのだから。

けれどもいつだって予想外の事は起きる。人類の知性などたかが知れている。

人はそれを思い知るだけしか出来ない。

「はっ!」

掛け声と共に車椅子で跳躍という、物理現象を無視した行為。

唖然とする面々。

電動システムも組み込まれたそれは少なくとも40キロはあるはずだが、悠々と人の壁を飛び越える。

勝利を確信して油断したのがいけなかったのか?

追い込んだのが吹き抜けの休息コーナーであり、天井が高かった事が失敗だったのか?

立ち尽くす彼らの胸中にそのような思いが浮かぶが、そもそも一体誰がこのような事態を予測できるというのか。

常識外の出来事なのだから、対応できなくても仕方が無いのだ。

「く、シークレット機能その壱・加速装置に続いてその弐・ジャンプまでも使いこなすとはさすがだっ!!」

「ウリバタケさん、やっぱりあんたかーーーーーーーーー!!」

……予想外の事は、常におこるのである。

 

 

「なにしてるんですか、皆さん?」

残された者たちで元凶を踏みつけていると、唐突に聞きなれた声が響く。

振り返る数人の男女。ロビーから続く廊下にの向こうに逆行でよく見えないが、一人の少女が立っている。

歩き出す彼女。その頭部から伸びる二房の長い髪が、ゆらゆらと揺れている。

「聞き覚えのある声がするので、来て見れば、一体なんの騒ぎですか?」

本人はただただ疑問を問うているだけなのだが、何故か聞き手側の背筋を冷たいものが走る。

「……? どーかしましたか?」

「いや、そーいえばどーしてオレたち、追い掛け回してるんだっけ?」

「あ、それは確かイネスさんに呼ばれて、手伝わされていたから……だよね?

「僕は元々見舞いに来てたんだけど……どーして逃げ回ってるのか、聞いてないや」

 

「説明しましょうっ!」

「うわっ! て、イネスさんっ」

「簡潔に言うと、定期検査の時に逃げ出したのよ。で、たまたま近くに来ていた人たちに頼んだわけ」

「あのー、どーして逃げ出したんですか?」

「複雑かつ深遠な事情よ」

「オモイカネの証言だと、イネスがデータ取りしたいな、なんて呟いたらしいわ」

「あ、エリナさん。アンツキさんは?」

「ここの喫茶店でピラフ食べてるわよ。限定とかなんとか……あれが目当てだったのね……」

「つまり、イネスさんのせいなんですね」

「まあ……そう言えなくもないかも知れなくて世の中には様々に要因で複雑な結果になる事も……」

「その辺はどーでもいいです。で、どうするんですか?」

「どーでもって、切って捨ててくれたわね……まあいいわ。とりあえずは……」

兎角、作戦会議となった。

 

 

 

 

「で、出来上がったのがあの罠か。……いくらなんでも、艦長をバカにしてないか?」

「気にしちゃ駄目だよ。そもそもユリカさん相手だし」

パンパン、と手の平を叩き合わせて埃を落としながらヒカルが答える。

リョーコの見つめる先には、深さ130センチほどの大きなカゴが口を下にして釣鐘のように釣られていた。

その真下には、一杯のドンブリが置かれ、食欲をそそる香りと共に湯気を立ち昇らせている。

それはかつてある人物が作り上げたスープ。そのレシピを元にかつての味を、香りを可能な限り再現されたラーメンスープ。

納得できる域のものが出来上がるまでおよそ一時間半っ! こだわりのスープである。

「とりあえず、平行して様々な作戦が展開されましたが、みんな失敗しました」

「誰に説明しているのかは聞かない事にするとして、さすがルリルリだね。いつでもどこでも彼の残したレシピを持ち歩いているなんて。あの手際は、密かに練習していたとみたっ!」

にやり、と口元をを緩ませてヒカリが言う。

「そ、それはともかく。こんなので捕まえられるんですか? リョーコさんではありませんが、いくらなんでも……」

「その辺は大丈夫よ。そろそろ逃げ回って五時間。いくらなんでもお腹が空いているはず。なら、この匂いに引き付けられないはずがないのよっ!」

「……そーいえば。他の入院している患者さんとかお見舞いの人たち。何かのイベントだと思って見物してます」

「いや、誰に説明しているか気になるけど……まあいいわ。準備できたからポイントに追いこんでちょうだい」

「らじゃー、て事でいってきまーす」

アマノヒカルは元気よく返事をすると、駆け出していった。

 

しばし時間は流れる。

カゴにつながれたロープを握る、リョーコの手の平に汗が滲む。

ただひたすらにその一瞬を待ち、彼女はラーメンを見つめる。

早く来い、早く来い……そんな思いが彼女の心に焦りを生む。

 

「早くこねぇと、ラーメンが伸びちまうっ! いい加減オレにもなんか食わせろーーーーー!」

「しっ! 静かにしなさいっ!」

リョーコの発言にイネスが突っ込み、すぐに黙らせる。まだほんの数分。されど数分。ラーメンの寿命が刻々と迫る。

廊下に視界を落とし、右手だけでロープを保持して額の汗をぬぐう。

一瞬の判断が命取りとなるパイロットとしての忍耐が、このような時に試されるとは彼女も予想もしなかったであろう。

カチャリ。ドンブリと床板のこすれるかすかな音。リョーこは即座に手を離し、カゴを落とした。

「て、ほんとにかかったのかっ!?」

「ユリカさんっ?」

「あら、ほんとに引っかかったの?」

イネス、ルリ、リョーコの三人が駆け寄り、カゴの隙間から仲の様子をうかがう。

そのカゴの中にいるのは……

「やは♪ 急に暗くなって焦ったよ」

ドンブリを手に取ろうと身をかがめた状態で硬直している落ち目の女たらしこと、アカツキだったり。

「なにやってんだロンゲーーーーー!」

「アカツキ君、実験……する?」

「呆れました。会長さんという地位にいる人が、こんな……床においてあるものを……」

口々に言いたい事を言う三人の女性。

「いや、ほら、おいしそうで、ついね?」

連日の重役、他社の人間の接待での会食で豪華な食事が多かったため、シンプルなラーメンにふらふらと引き寄せられた。

そんな言い訳も脳裏によぎるが言ったところで意味はない。

とりあえず額の汗を拭きながら、どうやって逃げようかと思いを巡らせるアカツキだった。

「て、いいからさっさとそこをどけっ!」

「よいしょ、よいしょ、と。結構重たいですね、このカゴ……」

「でしょう? 重りをつけてあるからかなりの重量になるのよ。私たちだと二人がかりなのに、彼女は一人で、しかも片手で支えてたりしてたのよ?」

「そこっ! いらん事いうなっ! とりあえずおめぇーもこっち来いっ!」

「僕、偉いんだけどな、一往……」

イネスの発言に突っ込みを入れながらリョーコはアカツキのネクタイを引っ張り、廊下の角になるトラップからは陰になって見えにくい箇所まで下がり、再びカゴを吊り上げる。

「ああ、なんかもったいないなぁ……のびちゃうだろうなぁ……」

「黙ってろ、いいから」

「リョーコさんと同じこと言ってますね。ま、かくいう私も気になりますが」

「いいのよ。どーせスープの匂いでおびき寄せて注意を引き付けておくのが目的なんだし。でも、匂いが弱くなっていくのは難点ね」

ぼそぼそと言い合う四人。リョーコはルリから受け取ったロープをそのままアカツキにつきつけ、代わりに持たせたりする。

「うわー、ラーメンだ……どーしようかなー」

「え?」

振り向けばそこには車椅子に座ったまま手を伸ばしているミスマルユリカがいた。

「んー、そこはかとなく怪しいな……こんなとこに置きっぱなし。こーいうのって、上から檻とかが……」

そう言うとユリカは頭上を見上げようとする。

「とっととその手を離せ、ロンゲっ!」

「は、はいーーー!」

ガッシャン。

リョーコに言われるままにアカツキはカゴを落とした。

「きゃっ!?」

頭上を見上げようとした姿勢のまま、ユリカは逃げる間も無くカゴの中に捕らえられる。

「ぜぇぜぇ……この歳で走り回るのは、意外ときついぜ……て、捕まえたかっ!」

息を切らせて駆け込んでくるウリバタケ。この場に追い込むのに相当な苦労をしたのであろう。

「途中で見失ってな。どーしたもんかと思ってたぜ」

「ま、いいわ。今よ、みんなで取り押さえるのよっ!!」

「い、今のはイネスさんの声っ! 実験はいやーーーーーー!!」

イネスが号令をかけたとたん、ユリカはカゴをかぶったまま逃げ出そうとする。

これを見越してかなりの重量となっているはずのカゴなのだが、そのままかなりの勢いで走り出した。

「ア、アレは冗談なのよっ! 実験なんてするわけが無いじゃないのよ」

身動きが取れるとは思っていなかったイスネが慌てて声をかけその動きを止めようとするが。

「ほ、ほんとに?」

「そ、そーよ。大切な知人を実験なんかするわけが……」

「やりかねないよねぇ」

「イネスだしなぁ」

「ドクターだからねぇ」

それを聞いてユリカはやはり逃げ出した。

「あ、あんたたちっ! 私の事をなんだと思っていたのっ! て、捕まえるのを邪魔してどうするのよっ!」

いまだ好き放題言っている知人達を一喝し、ユリカを追おうとするがあっという間に距離が引き離されていた

そして驚くべきことに、カゴをかぶったまま車椅子で階段を駆け上がっていくのである。

「人間技か、本当にっ!」

「あのセッティングのマシンを、あれだけ使いこなすとは……」

「あれ、車椅子ですよねぇ?」

「とにかく、追いかけろーーーーーー!」

こうして彼らの追走劇は再開される。

 

 

屋上の柵を右手で掴むと、少女は空を見上げる。その向こうにいるはずの大切な人を想い、遠く、遠くへと視線を伸ばす。

あふれるものを抑えるように、そっと胸に左手を添えながら。

「アキトさん。私はどこで選択を間違えのでしょう? 軍に入った時でしょうか? アキトさんと再会した時? それとも、あの時追いかけなかったから? ……でも、いくらなんでも、これは私の選択のせいではないと思います、アキトさん……」

少女の胸に悲しさと寂しさの交じり合った想いが満ちる、が。

「んなこたぁいいからルリも手伝えーーーーーーーー」

「いゃぁーーーーーーー! 手足にヌルヌルが、ヌルヌルがーーーーー! メガネにもくっ付いてて視界が気持ち悪いーーーーーー!」

「シークレット機能・その六っ!! 防御装備特性粘着弾! 最初はヌルヌルしているが時間経過と共に硬化していき、動きを止めて地面に張り付かせてしまうというオレの自作品の一つで、機動兵器等に使うと関節部にしみこんで完全に固めることも可能という……」

「またあんたかーーーーーーーー!」

ユリカの暴走を止めようとしているはずなのに、火に油を注いでいるようにしか見えない彼らだった、

 

 

そして、建物からやや離れた木陰に大小二つの人影があった。

バイザーのようなサングラスを身に付け、ラフな服装をした青年と、彼の胸に届くか届かないか程度の背丈の薄い桃色のような髪を白いリボンでまとめた少女が立っている。

青年は病院の騒ぎを遠めで見つつ、深く、深くため息をつく。

「アキト、行かないの?」

彼の傍らに立っていた少女がその手をとり、青年の顔を覗き込むように見上げて問いかける。

青年は少女が珍しくつけているリボンに視界をおおわれて、彼女に視線を向ける。

「…………いきたくない、かかわりたくない……テンカワアキトは死んだ。そう、死んだんだ……だから俺は彼らと無関係、無関係、無関係なんだ……」

何かを振り切るように彼は呟く。

「……そっか。じゃ、帰ろう?」

ラピスがその小さな手でアキトの手を引くと、アキトも一緒に歩き始める。

夕日に照らされたその姿は仲の良い親子ようであった。

 

 

 

彼らの立ち去った後には、阿鼻叫喚の様相をなした病院だけが残される。

 

 

 

「アキトさん、帰ってきてください……」

祈るように手を組みながら、ルリが空を見上げている。

「見てください、ユリカさんはとっても元気ですよ……」

「ルリルリ、お願い。現実逃避から帰ってきて。他にまともな人いないんだからぁ」

何故か頭から水をかぶったヒカルがすがるようにルリの手をとるが、ルリの視線は朱色に染まり空を流れる雲をふらふらと眺めるばかり。

 

「なんであの速度で直角に曲がれるのよっ!」

「説明しましょうっ! どうやら一瞬だけ片側の車輪を手で掴んで止めることによって遠心力を生み(以下略)

「人間技の領域を超えてるねぇ〜」

「ああ、イズミがはね飛ばされたーーーー! て、一回転してから着地してポーズ決めてるーーー!?」

 

遠く聞こえる騒音はおさまる気配が無く、まだまだ続くのであった。

 

<おわり>

 

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あと書く。

こんにちは、ADZです。

最近、短編のプロットを書いては没にして、連載のファイル開いても気がつけばサイト巡りをしている困った人です。<マテ

現在文章のリハビリ中・・・・だとでも思っていただければ幸いです。

 

ではまた。

 

 

追記・リリーちゃんDXのDXは、デラックスではなくダブルエックスです。<誰も聞いてねーて。


b83yrの感想

あ〜〜〜、イネスさん、あなたは一体何してたんですか?

詮索し過ぎるのは、身の危険を感じるのでこれ以上は止めときますが(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

こういう馬鹿馬鹿しい(誉め言葉)のも良いですねえ(笑)

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