夢を見ている。真っ暗な世界の中で、彼女の姿だけがはっきりと見える夢を。

 

 『お父様』

 

桃色の髪、白い肌。整った顔立ち。そして、金の瞳。

 

 『今までお世話になりました』

 

彼女は真っ白な衣装に身を包み、正座をしてこちらを見ている。

 

 『今日までの間育ててくださり、本当にありがとうございます』

 

目を伏せ、両手の指先をそろえてゆっくりと前かがみになっていく。

 

 『とうとう、この日が来てしまいました』

 

いわゆる三つ指を付く、と呼ばれる姿だ。

 

 『ラピスは、ラピスは……』

 

彼女は美しい唇を開き、こう言った。

 

 

 

 

 

 『ラピスはあの人の元にお嫁へ参ります……』

 「ちょっとまてやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? あの人って誰だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

アキトは絶叫しながら跳ね起きた。

 


数多の星より大切な


 

 

 

月面のネルガルの研究施設。その一角。

とてとてとて。そろそろお昼休みなので食堂に向かっているのだろう、その少女は桃色の髪を揺らしながら通路を歩いている。

その愛らしい姿に職員たちは日々和まされるのだが、今日はそうは行かなかった。

 「…………」

なにしろその後にぴったりと張り付き、女性職員なら平気だが、男性職員が少女に近付くたびにはっきりと判るほど不機嫌になっていく、黒いバイザーをかけた青年がいるのだから。

少女はこの職場での大切なテストオペレーターとして認識されている。試験艦のテスト、新型無人システムのデータ取りなどは彼女の協力によって行われているのだ。

そして青年はテストパイロットの一人として所属している事になっている上、少女を守る保護者として認識されており、不信がる者は居ない。

遠巻きに二人の様子を見送っていく職員たち。少女に声をかけようとするものもいるが、彼の様子に口を噤む。

周囲へ不穏な気配を撒き散らす青年。普段の(少なくともこの建物の中では)温和な彼の姿しかしらない職員達は、見送るだけだった。

 「やあ、ラピス君。テンカワ君と一緒にこれから食事かい? それなら僕も一緒に……」

それでも声をかける奴はかけてくる。即座に青年が額に銃を突きつけるが。

 「…………テ、テンカワ君? さ、流石にその冗談はちょっと怖いんだけど……?」

少々口篭りながら髪の長いその青年が声を漏らす。

 「…………なんだ、アカツキか。だが、ラピスに手を付けようというのならお前でも許さん……」

テンカワと呼ばれた青年はゆっくりと懐に銃をしまい込み、アカツキと言う名の青年に殺気を向けながら睨みつける。

もっとも、その視線はバイザーに隠れていてうかがい知る事は出来ないのだが。

アカツキは怪訝な表情になり青年に尋ねる。

 「何かあったのかい? 彼女が狙われてる、なんて情報は僕の所には来てないけど……」

普段の軽薄なスタイルから即座に切り替え、アカツキは聞き返す。

少女のおかれた立場、それはいついかなる時も誘拐、拉致の危険を忘れてはならない物。

常に各種組織への警戒を怠らず、守らなければならないのだから。

 「いや、なんでもない。今朝起きた時、夢見が悪くてな……つーかなんでお前がここにいる? 本社はどうした?」

青年は苦虫を潰したような、と表現される表情で呟く。その視線が向けられているのは数メートル先で立ち止まり、不思議そうに二人を眺めている桃色の髪の少女だった。

 「いやなに、一応視察だよ、視察♪ 本社はエリナ君に任せてきたし♪」

お気楽に答える友人の様子にアキトはそっと、ため息をつく。

こんなのが会長だと、プロスほか近辺の者達は苦労しているのだろうな、と。彼らへの同情を感じた

そんなアキト達に少女はとてとてと近付き首を傾げ、聞いてくる。

 「どーしたの、アキト? 朝から変……」

 「あー、たいした事じゃないよ、ラピス。ちょっと嫌な夢を見たんだよ。ちょっと、ね……」

アキトはそう言って少女の頭を撫で、優しく微笑む。

 「どんな夢だったの? 怖かったの?」

ラピスは心配そうに尋ね、彼の服を掴むと彼の胸より下からの視線でその顔を見上げた。

 「大丈夫、たいした夢じゃないよ」

自身にすがりつく少女を見下ろしながら、彼は今朝方の夢を思い出す。

夢ゆえの誇張もあるのだろう彼女の育ったものらしき、美しく成長した女性の姿。

そしてその女性が身に纏う花嫁衣裳を思い出すたびに、彼の胸はある種の痛みを感じている。

「アキト、私には何も話してくれない。いつも一人で悩んでる。どーして? 私がまだ子供だからなの?」

見上げた姿勢のまま、ラピスはアキトに問いかける。親子のような、兄妹のような、なんとも言えない感覚を感じながらアキトはしばし考え込み、話夢の内容を彼女に話す事にした。

 「……ラピスが俺の元を離れて、お嫁に行ってしまう。そんな夢だったんだよ。いつか、その日が来るんだろうね……」

ラピスの頭を撫でながらアキトは寂しそうな顔をする。娘を嫁に出す父親の気持ち。それを今、おぼろげながら感じていた。

彼もこんな気持ちだったのか……。いや、もっと強く感じていたのだろう。

かつてミスマル・コウイチロウと対峙した時の事を思い出す。

あの時は意地になっていた。かならず美味いと言わせると、そのために。

 「アキト、寂しそう。私どこにも行かないよ? アキトとずっと一緒だよ!!」

ぼんやりと考え込んでしまったアキトにラピスは抱きつく。じんわりと目元が濡れ、見上げる少女は置き去りにされた子供のようだった。

その様子にアキトは胸の奥が痛んだ。迂闊だった。親のいないこの少女の前で言うことではなかったのだ。

いずれ訪れるであろう別れの事など。

まだこの子には家族が必要だ。そう思えばこそ自分は共に居るのではなかったか? 

なのに不安にさせてどうするというのか。この子は他の子供よりも過酷な生活を強いられたがゆえに敏感で繊細なのに。

 「ごめん、ラピス。俺だってお前の事を置いてったりしないよ。だから大丈夫だよ?」

ラピスの頭を撫でながらアキトは謝罪する。ほんとう? と首をかしげながら目で訴えかける少女に頷き、アキトは微笑んだ。

 「なんと言うか、テンカワ君はまるで娘の成長を見守るお父さんだね〜」

いままでのやり取りをにやにやと眺めていたアカツキが話しかける。その手にはいつのまにやらコーヒーの入った紙コップなどが納まっており、中身は三分の一ほど程度しか残っていなかった。

 「……? アキトは私のおとーさんなの?」

 「ん……どうかな? 俺なんかがラピスの父親になんてなっていいわけが無――」

ぽふっ。アキトの言葉を遮るようにラピスはアキトに抱きついて、お腹の辺りに顔を埋めながらぐりぐりと頭を動かす。

 「おとーさん……」

 「おやおや。ラピス君はすっかり気に入ったようだけどね〜?」

くすくすと笑いながらその様子をアカツキは見ていた。ふと周りを見渡せば自分たちを遠巻きに見ている職員たち。

(う……これはちょっと……逃げたい)

アキトとラピスに笑顔を向けながら通り過ぎる女性職員や、どこか寂しそうに娘の写真を眺める単身赴任の中年男性職員などがいる。

 「今度正式に引き取るかい? 君等の戸籍の捏造ならうちでやるよ?」

アカツキは呆れたようでいて、面白がり、それでいて真面目な顔をして提案する。

 「またんかい。捏造はまずいだろう、捏造は!!」

 「そうは言ってもね〜。君は本来死人だし、あれやこれやで「テンカワ・アキト」の名前はマークされてるからね。それとラピス君は元々存在しないはずの人間だよ? ここのみんなは君の事情を知ってるし信用できる連中だからいいけど、ラピス君のこれからの事考えたら、やっぱりねぇ?」

 「う……」

これから。その言葉にアキトは反応する。自分はいい。だが、ラピスのこれからを考えればはっきりとさせなければならない事だ。

彼女をこのまま手元において置き、一生面倒を見るわけには行かない。できることなら普通の人と同じ幸せを掴んで欲しい。

そのためには戸籍をはっきりさせ、今のような生活から脱却しなればならない。

それを人に託せるか、と言えば無理だろう。アキトにとってもはやラピスは大切な少女、大切な娘なのだから。

他人任せなど彼には出来る筈がなかった。

 「アカツキ、俺は父親になってもいいのだろうか? ……俺は……俺は……」

ラピスの頭に手を乗せ、アキトは俯く。自ら犯した罪、その記憶がアキトを攻め立てる。

目的の為、ユリカの為、ルリの安全の為。それらの為に何人この手にかけてきただろうか?

コロニーの爆破は自分の手によるものではない、『火星の後継者』たちが行った物だ。だが、自分がユリカを助け出そうとしなければ起きなかった事。

 「テンカワ君。また自分を責めているんだね。あれは僕が指示した事だ。あいつらの、クリムゾンや他の反ネルガルの連中を瓦解させるために。だから君が気に病む必要なんて無いんだ……」

アキトは掌をアカツキに向け黙らせる。一人、その背に重たい荷を背負おうとするため。

二人の男は沈黙する。肩に重くのしかかるそれをお互いに相手から受け取ろうと、お互いの罪を引き受けようとして。

そこにあるのは友情なのか、義務感なのか。それか、罪の意識なのか……

二人は黙って見詰め合う。辛く、苦しい時を助け合う戦友として。

その様子に気を効かせて離れていく職員たち。

この二人が社員と上司、ただの友人関係。そんなものではないと知っているから、彼らは下手に踏み込もうとはしないのだった。

 「私、おかーさんも欲しい。火星で会ったルリみたいな人」

しかし、場の空気を無視して少女は声をあげる。

今までひたすらアキトの腹部にスリスリしていて、すっかり御満悦の様子である。

 「え……あ……? ア、アカツキ!! ルリちゃんは今どこだ!!」

アキトはラピスから身を離し、アカツキに詰め寄る。

今までの重い空気はどこかに吹き飛んでしまった。

 「あー、テンカワ君。流石にその理由で会うのはルリ君も怒るかもしれないよ?」

にこにことアカツキは応じる。実を言えばアキトのそれは空元気でしかないのは判っている。だからこそ普段ののりで相手をする。

ささやかだが、彼がアキトに出来る僅かな事の一つだから。

 「しかし、ラピスがルリちゃんを気に入ったと言うのなら引き合わせたい。二人には幸せになって欲しい……」

 「テンカワ君。そうじゃなくてね。君は一つ重要な事を忘れているんだよ」

アキトはどこか必死だった。その根底にあるものは巻き込んでしまった少女達へのせめてもの償いとしての意識かもしれない。

アカツキはそんなアキトを宥める。問題があるから。考えておかなくてはならない事があるから。

 「ルリ君がラピス君の母親になるとするとだ。君とルリ君は夫婦となるわけだよね? いよいよ覚悟を決めた、そう思っていいんだね?」

 「…………へ?」

 「だってそうだろう? ルリ君が母親。テンカワ君が父親。ラピス君がその娘。なら、君らは両親、夫婦だろう? 結婚しとかなきゃ」

間抜けな声をあげるアキトにアカツキは至極まじめな顔をして話す。

 「なっちょっ、ちょっとマテ!! 俺はそんなつもりじゃ!!」

 「まあね、僕も思ってたんだよ。君の相手はもっと物静かなタイプがいいと。ユリカ君も中々の女性だけど、彼女は少々騒がしいところがあるしね。リハビリが終わって軍に復帰した今も、元気にルリ君と宇宙を駆け回っているよ?」

 「待たんかいっ!! あれが少々か!!」

アキトはかつて共にすごした頃の記憶、そして最近の報告に載っていたユリカの様子を思い出す。

中々に波乱万丈トラブル続きのようで大変なようだ。クルーたちが。

 「ほほ〜う? そこに突っ込むのかい……。やっぱり君もあのテンションはきつかったのかな〜?」

 「だぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! 今の俺に聞くな!! ユリカを助け出してからこう、緊張の糸が切れたと言うか、なんというかだな、あいつとの事はどうしたいのか判んないんだよ!」

声を上げては俯き、呟きを続けるアキト。その姿にアカツキはほっとする。

やはり、彼の本質は変わってなどいない。あの頃のままの真っ直ぐな心と優しさを持っている。ついでに躁鬱の激しさもだが、それは御愛嬌。

判っていた事、信じていた事だ。でなければ彼が苦悩をその胸に秘めているはずが無い、自分を許せないなどと思うわけが無いのだから。

その事が嬉しくもあるが、それが彼を傷つけている事も事実。

自分にできる事は可能な限りしよう、アカツキがそう決意を新たにしてアキトの方を見ると……

 「え? あれ? どこに行ったんだぁぁぁぁ!? ラピスぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

オロオロと慌てふためくアキトがいた。先ほどまでの雰囲気はどこに行ってしまったのやら。

(ま、彼は結局普通の人さ……)

アカツキが胸中で彼のあたふたとする姿に安堵していると、すう、とアキトが手を上げる。その先に目をやると、一人の男性職員が歩いていた。そしてアキトの手の中には黒光りする使い込まれた拳銃がある。

アカツキはその動きを呆然と眺めて……「て、待ちたまえテンカワ君っ!! 何をするつもりだぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 「そこの通りすがりの職員!! ラピスがどこに行ったか知らないかぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 「ひょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!! 命ばかりはお助けをぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 「なんでいきなり錯乱してるんだテンカワ君!!」

 「らぁぁぁぁぴすぅぅぅぅぅぅぅぅ! 一体どこだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 「テンカワ君、落ち着けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

今日もまた、阿鼻叫喚なネルガル月面支社であった……(いつもの事なのか?)

 

場面を変えてラピスの様子を見たり。

 

 「今日は好きなもの頼んでいいわよ? ……まったくあの甲斐性無し、アカツキ君とのやり取りにかまけてお腹空かせたラピスをほっといたら意味無いじゃない」

金髪の白衣を着た女性がメニュー見ながらラピスに声をかける

 「――あ、パフェはそれ一つだけね? お腹冷やすから」

その女性はとコーヒーを啜り、注意をする。

 「んぐんぐ……は〜い。それじゃ、サンドウィッチとスパゲティも頼んでいい?」

 「構わないけど……そんなに食べるのなら、なんで最初にパフェ頼んでるのかしら? この子……」

そう思うのなら最初に止めろ、と通りすがりの職員達は思ったがそのまま素通りする

自ら藪をつつくような真似は誰だってしたくはない物だ。

 「ところでラピス。質問しても良いかしら?」

追加の注文をし、コーヒーを一口含んで喉を湿らせると、女性は微笑みながら問いかける。

 「んぐんぐんぐ、ちめたい……ん? いーよ〜? でも、私がイネスに答えられる事なんてあったかな?」

パフェと格闘中の少女はスプーンを咥えながら答え、ちらりと食堂のドアを見ると再びパフェの制圧にかかる。

 「いえね、別に難しい事を聞きたいわけじゃないのよ? その、さっきアキト君たちとの話に出てきた事なんだけど……何故、お母さんはルリちゃんが良いの? あなたたち殆ど面識はなかったわよね?」

 「……火星で会った時にね、オモイカネだっけ? あの子が色々教えてくれた。ルリはとってもアキトに会いたがってるとかアキトが心配だとか、ね。ほかにも色々昔のルリの映像とか圧縮して送りつけてきた。あの子、ほんとにコンピューターAI? 中々芸が細かかったんだよね……」

 「そう。オモイカネが……」

 「でね、思ったの。昔のルリは私にほんと似てた。それにアキトがとっても大事にしてる人。なら私、一緒に暮らしてみたい。それにルリは私の遺伝子情報提供者なんでしょ? そのままのクローンじゃないのは見れば判るから、やっぱり関係としてはお母さんなんじゃないかな? て。だから――」

 「わ、判ったわ。判ったから少しペース落として。……もしかして、みんな私が説明始めると逃げるのはこういう事なのかしら……じゃなくて。それならお母さんはルリちゃんでなくても良いのではなくて? ルリちゃんはお姉さんとして……例えば、母親としてエリナさんとかユリカさん……の事は知らないか……とにかく、私なんかじゃ駄目かしら?」

ふと、そう言えばこの子にユリカとアキトの関係は教えた事がなかったわね、と思い至る。

 「……ありがとう、イネス。でもね、みんな優しくしてくれるけど、私と違うから……髪も眼もみんなと私は違うから……」

(この子……自分の容姿を気にするようになって来たのね。それは成長の一つとして喜ぶべき事でもあるけども、コンプレックスを感じてしまうのは仕方ないわね……)

やはり家族として、近しい容姿のルリがいいのかも知れない。だがそれでは一時凌ぎでしかないのではなかろうか?

それでもイネスは思う。アキトが一緒ならきっと上手くいく。そんな気がする。

イネスはそんな事を考えながら様々な手を考えてみる。ルリとラピスを引き合わせるための手段を。

 「そうね、こんな手がいいかもしれないわね……て、あら? サンドウィッチは食べないの?」

 「これはアキトの分。来なかったから持ってくの」

彼に預けて良かったと思う。心を閉ざしていたこの子が、彼に限っているのかも知れないが、人を気遣うようになったのだから。

彼は一時期味覚を失い、食事など取らなかった。周囲の物がどれだけ言おうとも栄養剤で済ませていたのだ。だが、イネスの不断の努力により常人の約五割にまで回復したとき、彼は涙を流してお礼を言い、それからはよくラピスと一緒に食事を取ってくれるようになった。

ラピスとアキト。二人はいい意味で影響し合い、支えあっているように思える。、

自分らしくは無いと思うものの、見頭に熱い物を感じながらイネスは顔を上げる。

 「でね、あ〜ん、てしてあげるの♪ これっておとーさんと娘のこみにけーしょん、て奴だよね♪」

 「そ、そう……どちらかと言うと恋人同士がやる事のような気もするけど……ほどほどにね?」

なんだか感動は吹き飛んだ。

 

 

 

夕焼けの公園。少女と青年が手を繋いで歩いていく。

少女の銀髪が揺れ、風に紛れてキラキラと煌く。紅い空と蒼く暗い空の境界線、遠く輝く星星が見える。

二人は立ち止まり、少女は青年に身を預けて空を見上げると、ほふ……と息を吐く。

 「ルリちゃん……」

彼の手が肩に回され、彼女を抱き締める。

 「あ……」

少女は横を、彼の顔を見上げて目が合うと頬を真っ赤に染める。

ゆっくりと近付く二人の顔。やがてその影が一つに重なって――――

ガバッ!!

少女は突然起き上がり、荒く息を吐く。

はぁ、はぁと部屋の中に響く自身の息の音に、少女は戸惑う。

 乱れた銀の髪を手で梳き、背に流すとゆっくりとその手で顔を覆う。

「今のは夢……ですか……」

火星の戦いから数ヶ月。

ルリはナデシコBに戻り、通常の業務に戻っていた。

リハビリを終え、すっかりと元気になったユリカと共に宇宙を駆け回る日々。

ふと気付けば、勤務の合間に彼の事を考えている自分がいる。

家族に対しての物とは外れ始めた想い。

 「私は……私はやっぱり……あの人の事が……」

休息の時間は終わる。ブリッジに行き、ユリカと交代しなくてはならない。ゆっくりと制服に着替えながら、彼女の事を考えると気が重くなる。

 「アキト、さん……」

だがそれでも、着替え手を止めその名を呟く彼女の頬は、薄く桜色に染まっていた。

 

 

 

ふと宇宙を見る。遠くに輝く星星を眺め、ため息を付く。

蒼い黒髪を肩に流し、彼女は目を閉じる。

自分はここで何をしているのだろう?

以前の自分ならば探して、追いかけているはずだ。

なのに自分は今ここに座っているだけ。

 「アキト。私はどうしたらいいの?」

その問いかけに答える者は居ない。

 「アキト……私は……私はね、判らなくなったの。アキトのそばに居て良いのか、居るべきではないのか」

聞き手はオモイカネ。一人ブリッジで警戒任務をこなす彼女は疲れが見え隠れする。

 「だって、だって…………ナデシコBの食堂でとんこつと塩の区別が付かなかったんだもん」

それは色々まずいだろう。そもそも今別の事で悩んでませんでしたか?

オモイカネは胸中で突っ込む。

確かつい先ほどまで、自分が本当にアキトを想っているのか、都合のいい幻想を押し付けていたのではないか? などと悩んでいたはずなのだが。

何故ラーメンの悩みになっているのか……その不可解さにオモイカネのメインCPUが煙を上げそうになった。

ナデシコBは真空の海をゆっくりと行く。ある任務のために向かう宙域……そこが何をもたらすのかを誰も知らぬままに。

 

 

 

月での騒動から数日後、ある宙域に白い戦艦が漂っていた。

その場所はかなりの数の隕石があり、企業や民間の船はもちろんの事、軍の船すら滅多に通らない。

 『おとーさん、次は新型れーるがんのテスト。一旦戻って』

いくつかのデコイを的にし、隕石の中で駆動テストを行っていたアキトに少女は伝える。アリストロメリアを元に作られたエステバリスの新フレーム。スラスターなどの強化がされたその機体のテスト。色は彼のパーソナルカラーとも言える濃いピンク……

 「……いやまあ、もういいけどな。お父さんで。それで、レールガンのデータは?」

どうやら少女はアキトをお父さんと呼ぶ事が定着しているらしい。

アキトは母艦である白い戦艦に着艦すると、装備を換装する。

名目上テストパイロットのアキトは、このようにテストを行うために度々この場に訪れていた。

 『んーとね、『従来のものよりも1,3倍程長いバレルでありますが、腕部とバックパックに固定する事によりしっかりと保持、銃身のブレを無くしました。そのため射角が狭まっていますが、専用の強化バックパックから電力と弾丸の補給を行うため高出力高威力、装弾数の倍化を実現しています。ぜひあなたのエステ一台に一つ、ネルガルのレールガンを!!』だって』

 「…………なんで宣伝文句風なんだ? ま、いいか。それで、テスト項目は?」

 『んとね、『とりあえず連射しまくって耐久力テスト。あと照準のチェックよろしく。 byアカツキ』だって。それくらいしか書いてないや』

少女はそういうと画面にその紙を映す。手書きのようだ。

 「…………直筆か、あいつの。ちゃんと他の仕事してるのか?」

 『あ、『PS.試射もまだだから気をつけて♪』て裏に小さく書いてある』

 「あの野郎――――――――帰ったら締める」

どこかのんびりとした雰囲気の中二人はテストを続ける。

長物を持っての機動や射撃姿勢への移行など基本動作をまず行う。

流石にいきなり撃ちまくるような真似はしない。

 「さてと、そろそろ射撃テストをするか。怖いけどな。いきなり爆発はせんと思うが……」

試射もまだ。その言葉にかなり不安な思いがあるが、死にはしないだろうと気楽に構える。

もっともその心の裡のどこかには、自身の死を望む想いもあるが。

 『アレ? おとーさん、なんか近付いてくるよ。戦艦クラスだね。この反応は……ナデシコB、かな?』

 「…………え?」

レーダーに映る船影。

それが示すコードはナデシコだった。

 

 

 「艦長〜。あれ、あの時の、火星の時の戦艦じゃ?」

オペレーターの少年が声を上げる。

ネルガルからまわされて来た新型の機体。そのテストのために訪れた岩礁宙域。

テストのためのパイロットとして、スバル・リョーコが乗り込んでいる。

総司令とネルガル会長との連名による指示でこの場所へとやって来たのだが、今にして思えば何かしらの思惑があったのだろう。

そもそもネルガルが機体のテストを軍に頼む。その事にルリは引っかかりを感じていたのだから。

 「ハーリー君、黙って。警報、総員戦闘待機。――タカスギ大尉は格納庫でエステバリスで待機。ミスマル副長代理はブリッジに呼び出してください」

ルリは白い戦艦の姿に一瞬目を見開き、すぐさまクルー達に指示を出す。

 『なんだっ!! 敵か!! 敵なのか!!! 久々の敵か!!』

警報に反応したのか、リョーコを映したウィンドウがすぐさまルリの目の前に開く。

 「戦闘待機は念の為、です。あれに乗っているのがあの人なら、可能性は少ないでしょう。ですが、無いとは言い切れませんので……」

彼女は自分の言葉の"あの人"の部分で一瞬頬が緩む。その事を誰にも悟られせぬよう、すぐさま顔を引き締めると戦艦の映ったウインドウを指し示す。

 『あの人……? て、あれは、あいつの!! あの野郎の!! ルリ、じゃなかった。艦長!! すぐに出撃させろ!! あの馬鹿の首根っこふん捕まえて連れ戻してやる!! 一体何ヶ月経ったと思ってやがる!!』

 「駄目です、リョーコさん。状況の確認が先です。ハーリー君、周辺の岩礁、敵影のチェック。戦闘の名残など無いか確認。もし戦闘していたのならこちらでも警戒が必要です」

(……それはこちらの勝手な言い分なんです、リョーコさん。それに、連れ戻したところであの人の心は癒されやしない)

 「あ、はい、走査します……いくらかある戦闘の名残らしき物は最近のものではありませんね。熱量の変動も然程ありませんし。どうやら戦闘を、と言うよりもテストをしていたような……あ、一機だけ機動兵器を確認。スクリーンに映します」

ハーリーが映した機体は、ルリの見覚えのある、心をざわめかせる色をしていた。

(アキトさん……)

 「お待たせ、ルリちゃん。戦闘なの? だとしたらやっぱり例の残党の人たちかな……て、あれってどっかで見たような……?」

どたばたと勢い良く、ブリッジに突入する人物。

蒼い黒髪をした女性は、ウインドウを見ると言いよどむ。

ブリッジの正面。濃いピンク色のエステバリスがこちらを向いて静止している。

 「この色、アキトのエステの……?」

女性の言葉にビクン、とルリの肩が跳ねる。

もし乗っているのが彼だったら――おそらくは、十中八九はそうなのだろうが――自分が何を言い出すか解らなかった。

泣き出すか? 冷静に口上を述べるか? はたまた自分の思いの丈を一心に伝えるか?

そんな時に彼女の口から彼の名が出てくれば、動揺もする。

所詮、自分は少女だから。いくら大人ぶっても、必要だからと感情を押し込めても限界があるのだ。

その限界は、彼に関しては極端に低いものになってしまう事に最近気付いた。

芽生え、育った感情は彼が植え付けた物なのだから。

 「そこの戦艦、聞こえているか?」

そして届く彼の声。今にも飛び出したい衝動に駆られるが、ここにはユリカがいる。彼にはユリカがいるのだ。

自分が真っ先に彼の元に行くわけには行かないのだ。

自分は――――家族。彼の妹なのだから。

 「この声、アキト……?」

 「…………聞こえていますよ、所属不明のパイロットさん。こちらは宇宙軍所属のナデシコBです。出来れば所属を、名前を明かしてください」

ルリは努めて冷静に問いかける。

声が流れ出る真っ黒なウインドウ、それを見つめながら二人の女性は黙り込む。映像は映らない。

 「……何故、この宙域に来た? ここは航路からも外れているはずだが?」

冷静な、何かを押さえ込む声で彼の言葉が、ルリの問いを無視してブリッジに響く。

 「アキトっ!! アキトなんでしょ!!」

 「……なら、あなたも何故ここにいるのですか?」

冷静さを欠いた呼びかけをするユリカと努めて冷静に対処しようとするルリ。

対照的な二人の行動にブリッジの人間は注目する。

 「ここで見てのとおりのネルガルの機体をテストしていた。一応テストパイロットなのでね」

ゆっくりと語られる言葉の意味は、然程二人の興味を引くものではなかった。

 「奇遇ですね。私たちもテストです。それもネルガルの新機種の。実はここへ行くように司令と会長さんに指示されましたので」

 「あの二人……おせっかいな……」

そのやり取りをユリカはじっと見つめている。

今にも叫びを上げたかった。今にも彼の元に行きたかった。だけど――自分にその資格はあるのか?

自分のために彼が何をした? 何をしてしまった? それを考えると素直に彼を求める事が出来ない。

彼の心を犠牲にして、自分だけが幸せになろうなんて事が出来ないから。

彼を癒す事が、自分に出来る自信が無いから。すぐに彼が帰ってきてはくれなかったのは、それだけ傷付いていたからだと思うから。

だから、今はどうすればいいのかわからない。本当はすぐにでも飛んで行き抱きしめたい。けれども、それが余計に彼を傷つける気がするから。

静かに時の流れるブリッジ。

 「あ、こんにちは。僕、マキビ・ハリって言います。あの、あなたのお名前は?」

そこにいきなりハーリーの声が響く。

 「へ〜。ラピス・ラズリさんですか。綺麗な名前ですね〜。眼の色も艦長みたいで綺麗ですね〜」

 『貴様、何をしている?』

ドスの効いた声が真っ暗なウインドウから流れ、ハーリーの背筋を凍らせる。

 『ラピスに手を出す気か? ならば許さん……』

ウインドウから全身が震えるほどの殺意を感じる。

 「ち、違いますよ。あ、あああ、挨拶してただけです!!」

怒気を孕んだ彼の声にブリッジ勤務の数人がピンと来た。アレは父親の声だ。娘を取られそうになった父親の声なのだと。

(マキビ少尉、死ぬ時はお一人で!)

満場一致、ブリッジクルーの大半の心が一つになった瞬間。哀れにも少年は人身御供にされたようだ。

しかし、もう少し今の状況に危機感を感じるべきなのだが……

 「何をしてるんですか、ハーリー君?」

ふと見れば少年の敬愛する女性がこちらを見ている。彼とのやり取りを邪魔されて、少々怒りが混じった視線を向けている。

ハーリーの行動がある種決壊しかけた彼女の心を、一時的とは言え冷静に保つ効果があった。だが誰もその事には気付かない。

 「あ、艦長!! こ、これはですね、違うんです!! 僕がじゃなくて向こうから、そう、この女の子の方から通信を繋いできたんです!!」

ウインドウをルリの方へと送りながら、あたふたと盛大に汗をかき少年は釈明をする。彼は視線に混じる怒りの意味を自分の都合がいいように少々曲解しているが。

そして、そのウインドウには……

 『ほえ?』

桃色の髪の、七・八歳ほどの少女が映っていた。

それは火星で出会った少女。彼のために存在していると言った少女。

"自分がいるはずの場所"にいる少女だった。

 「――あなたは、ラピスさん?」

ルリの胸に痛みが走る。何故そこに私がいない? 何故彼は私をそばに置いてくれない? 黒い感情が噴出しそうだった。

彼女の言葉に険が混じる。

その気配を感じたのか、数人の通信士達は目配せする。あの艦長が感情的になっている、と。

ざわざわと音の波がブリッジを巡る。彼らの見守る視線の中、桃色の髪の少女は口を開く。

 『あ、ルリおかーさんだ。おとーさん、おかーさんがいるよ♪』

少女の言葉で、ざわめいていたブリッジの空気は凍り付く。

 「……………………え?」

のほほんと、何も気づかないのか少女はルリを見つめる。あえて言うのならば、はにゃ〜ん、と。

ルリの黒く染まりかけた感情も霧散し、ぽかん、と少女を見つめてしまう。

 『待てラピス!! なんでそんな事を突然言い出す!!』

気が付けば彼のウインドウは真っ暗な画面から明るい物に変わり、黒いバイザーをかけたつんつん頭の青年が映っていた。

 「あ、アキト、そうなの? そうなのね!! ルリちゃんとの間に子供がいたのね!! 帰って来なかったのはその子の世話の為だったんだね!!」

続いてフリーズ状態だったユリカが叫びをあげる。先ほどまでの悩みなどどこかに吹き飛び激しく彼に問い質す。。

 『待たんかいコラ!! んなわけあるか!! 大体ルリちゃんとラピスの年を考えろ! 計算合わんだろうが!!』

彼も負けてはいない。ウインドウにアップになって叫ぶ彼の姿はかなり紅潮している。

 「か、艦長!! どどどどどどと、どういうことなんですか!! お、お子さんがいたなんて、そんな!!」

 『どーいうこった、アキトーーーーーーーー!!』

 『落ち着け、中尉!!』

 「あ、いきなりスバル機発進。タカスギ機がそれを追いかけてます。スバル機、あの機体にラピットライフルを乱射してます」

しかし彼の言葉をまともに聞いている人間などいなかった。

そのままブリッジは大騒ぎへ、エステバリスは戦闘へと雪崩れ込む。

通信士の女性は冷静に状況報告。中々いい度胸だ。

 「アキト! こんな、こんなおっきな子供がいたなんて! ……おじょうちゃん、何歳かな〜? 八歳くらいかな?」

 『私、四歳だよ〜。せーちょーそくしん、だとかでなんか見た目はもっといってるけど』

無邪気に答えるラピス。実は法に触れる事を施された、と言ってるのだが誰も気にしない。

 『切り替え早いぞユリカ!!』

アキトはリョーコの攻撃を紙一重でかわしながらユリカに突っ込む。

 「四歳……五年前に宿したとしてルリちゃんは十二歳……や、やっぱりそうなんだね……あの頃のルリちゃんくらいの年齢以前での出産は数世紀前の記録にあるし二人っきりでピースランドに行った時も帰ってきたとき妙に仲良かったし何かというとアキトの事ナデシコAの早いうちから信頼してたみたいだしラーメンの味見はいつもルリちゃんに頼んでたしブヅブツブツブツ……」

 『だから無理あるだろっていってんだろうが!! て、どわぁー!! りょ、リョーコちゃん、やめ、やめやめ、やめろー!! レールガンに被弾したー!! バチバチ言ってるー!!』

 『この、この、この!! あのころすでにルリに手を付けてやがったって事か!! それで艦長と結婚しようとしたとはいい度胸だ!!』

彼の言い分など耳に入らないのか、リョーコの攻撃はアキトの機体を捕らえ始める。

 「タカスギさん、すぐにリョーコさんを止めてください!! ユリカさんも何無茶な事言ってるんですか!!」

かなり危険な事になっており、ルリは指示を出すのだか。

 『お、おとーさん!!』

少女の声が響き、彼らの視線はスクリーンに集中する。そこには爆発して四散する濃いピンク色(だった)エステバリスの手足が映る。

ルリの指示は遅かったようだ。

 「あ、アキトさん!!」

 「あ、アキト〜!!」

呆然として画面を見つめるユリカとルリ。

 「あら? レールガンらしき物が爆発しましたね。あの戦艦からバッタが次々と排出されてアサルトピットの回収してます。あ、パイロットの生存を確認したみたいですよ」

淡々と通信士の女性(彼氏募集中)は報告していく。ほんとうにいい度胸、太い神経をしている。流される事なく状況報告をするその姿は、通信士の鏡かもしれない。

 

 

収容されていく彼の乗ったアサルトピット。

タカスギ機がスバル機を押さえ込み、強制的にエネルギー受信を止めてナデシコBへと牽引している。

呆然とその様子を眺めてしまう少女の耳に、しばらく考え込んでいたユリカが声をかける。

 「ルリちゃん、行こう。家族は一緒にいなきゃ駄目だよ、やっぱり」

 「へ?」

ユリカはルリの腕を掴むと、懐から青いクリスタル状の物を取り出して目を閉じる。

意識を集中し、アキトの居場所をイメージして、ゆっくりと息を吐く。

 「え? え? ええええ?」

きらきらと虹色の輝きが周囲に満ち、ルリの目に映っていた世界がぶれる。

気が付けば目の前に広がるのは見慣れぬ空間。黒い壁に覆われた操船席。そこには意識を失ってバッタに乗せられている男と桃色の髪の少女がいる。

 「むー、むー」

爆発のショックで気を失ったのだろう。彼は呻き声を上げて横たわっている。

少女は二人の気配に気付いたのか振り向くと、囁くように言葉を漏らす。

 「おとーさん、気を失ってるだけみたい。良かった……」

安堵の声と表情に、彼女がどれだけ彼を慕っているのかがわかる。

 「うんうん、良かったね、ラピスちゃん。アキトが無事なら、これで家族三人がそろって暮らせるよ?」

その少女をより安心させるためか、ユリカは告げる。

 「ほえ?」

 「ずっと、ずっと会えなかったんだよね? 良いんだよ、我慢しなくて。ほら、ルリちゃんもラピスちゃんを……」

 「え? え?」

ユリカはルリの背中を押し、ラピスの前に立たせる。

 「ほえほえほえ?」

 「ほら、しっかりと抱き締めてあげなきゃ」

 「え? え? え?」

言われるままにルリは少女を抱いてしまう。ラピスは最初吃驚とした顔をしていたが、素直にルリの胸に顔を埋める。

 「あったかいや……」

少女の言葉にユリカは目頭を熱くする。そう、これで良い。これで良いのだと自身に言い聞かせる。

理由が分からないものの、永の時を別たれていた親子が、やっと出会ったのだから。

はっきり言えば思いっきり誤解なのだが。

 「で、ですから違うんですって!!」

戸惑いながらルリは必死にユリカに呼びかけ、誤解を解こうとする。

 「いいんだよ、ルリちゃん。こんなに可愛い娘さんがいるのにあの時、私の為に身を引いてくれたんだよね? 今度はルリちゃんが幸せにならなきゃだめなんだよ」

ユリカは静かに囁き、過去を振り返る。

何がどうしてそうなるのか、かなり謎なのだが。

 「ですからラピスは私の子じゃ……」

 「駄目だよ、そんな事子供の前で言ったら。こんなに良く似てるのに、嘘吐いちゃ……」

まあユリカ嬢が思い込んだら人の言う事を聞くわけもなく、説得は無理である。

 「ですからっ!!」

当時の私にいつ子供を生むような時間があったと言うのですかー!!

そう叫びを上げたいのだが、ユリカは話を聞いてくれない。

 「じゃあね、ルリちゃん。家族三人、幸せになってね……」

涙を零しながらユリカはキラキラと虹色の光に包まれ、次の瞬間には姿を消していた。

 「…………置いていかれちゃいました。どうしましょ、私……」

呆然とするルリ。意識を失ったままのアキト。嬉しそうにルリに抱きついているラピス。

スクリーンを見ればナデシコはすばやく反転し、そのまま去っていくところだった。

ユーチャリスのブリッジは平和な空気が満ちていく。

 「イネスの言うとおりにしたら、ほんとにおかーさんが出来た〜♪」

 「あの人ですか、元凶はっ!?」

なんにしろ、すぐには帰れないルリである。

 

 

それから数日後の事。

 

なんとか帰還したルリを待っていたのは、姓の変わった自分の戸籍であった。

 「………………アカツキさん、これはどういう事ですか?」

 「いやなに、艦長、じゃなくてユリカ君がやってきてね。それでテンカワ君の新しい戸籍を持ち出して行っちゃったかと思ったら、色々と手続きしちゃってね。今日から……じゃなくて一昨日くらいから君らは夫婦だから。ちゃんとラピス君は君らの娘になってるよ?」

本人の承諾も無しに、一体どうやったら受理されるのでしょうか?

ルリの疑問に答えてくれる者は誰もいなかった。

 

 

――それから暫く後の彼等。

 

 「だから、違うんだと……」

 「でね、やっぱりラピスちゃんも弟とか妹が欲しいんじゃないかと思うの。一人っ子って寂しいし。それで次の子が男の子だったら元気な感じで、女の子だったら可愛い名前にしないと……」

 「人の話を聞け〜〜〜〜〜!! ルリちゃんとそんな関係になっとらんわい!!」

 「駄目だよ、アキト。ちゃんと夜の相手してあげなきゃ。今からそれじゃ早くに倦怠期に入っちゃうよ?」

 「んな話をラピスの前でするな〜〜〜〜〜〜!!」

 「ねーねー、イネス。夜の相手って、何?」

 「それはね、夫婦間での性こ「ラピスにそんな事教えんでください!!」……いいじゃない、減るもんじゃ無し。むしろラピスの知識が増えるのよ?」

 「そんな知識はまだ増えなくて良いんです!!」

 「あの……アキトさん。私はアキトさんが相手ならいつでも……」

 「ここに俺の味方はいないのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

結果としてユリカの暴走はアキトをすっかりと以前の状態に戻したわけである。これぞ怪我の功名。

 

それからユリカの誤解が解けるまでにこの後数ヶ月かかるのだが、その頃にはすっかりアキトはルリとの生活に馴染んでいた。

 「なんつーか、一緒にお茶啜ってると落ち着くんだ……」

 「アキトさん、お茶請けの羊羹です」

 「ん、ありがと」

年寄り臭い二人である。

そののんびりな空気の中に飛び込む闖入者が一人。

 「さあ、アキト、ルリちゃん!! 今度は四人分ずつ考えてきたからね! きっとこの中に二人が気に入る名前が!!」

まだやってるよ、この人。

 「いい加減にせんかっ!!」

 「ユリカさん、私はまだ子供なんて……」

 「おとーさんとおかーさんが出来て、私幸せだよ〜♪」

(ラピス的には)めでたし、めでたしのようである。

…………良いのか、おい?

 

 

おしまい。

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<後書き>

 

こんにちは、ADZです。

某祭り参加作、その転載第二段ですね。

転載にあたり改訂しようかとも思ったのですが、うまく書き直せなかったのでほぼ以前のままのはずです。

自覚のある誤字は直したつもりですが。

 

………………連載の方の続きは、まあ……そのうちに…………(反らし目)

 

ではまた、いつの日にか。


この作品は、らいるさんとぴんきいさんのHP『そこはかとなく存在してみたり』内の企画、festa-sokohakaの劇ナデアフター祭り参加作品です

festa-sokohakaは残念ながら2005年の3月いっぱいで閉鎖ということになりました


b83yrの感想

ちなみに、この作品を最初に読んだ時の感想

ユリカの思い込みの激しさ、人の言う事の聞かなさを逆手にとって、ルリ×アキトにもって行く、ADZさん上手いな

見方は人それぞれだとは思いますが、こういうユリカもユリカらしいなと思いました、私個人は

ラピスのキャラは、はっきりいってよく解らないですからねえ、台詞も出番もそんなに無いし、後は作者さん一人一人が、想像で補うとか、話の流れで決めていくとかしか無い訳で

でも、このラピスって良いっす、可愛いっす(笑)

ルリとアキトは・・・・一緒にお茶すすってる姿がらしいというか(苦笑)

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