彼女が居たから戦い貫けた。彼女が居たから今がある。彼女が居たから、愛する彼に出会う事が出来た。

私にとって彼女は大切な人。彼女は私の姉のような人。


そう、あの人の名は…………………









それは、旅立ちの日

〜ルリ〜









 日本のある町の片隅に、若い夫婦が経営する「天河食堂」と言う店があった。

小さいながらも繁盛しているその店の脇には、白塗りの木製ベンチが一つ置かれている。

そのベンチに我が子を抱きかかえながら腰掛け、美しい銀髪の女性…テンカワ・ルリが太陽を見上げていた。

  彼女はかつてとある一流企業に勤めて居た。にも関わらず、夫と共にその小さな店を切り盛りする事を選んだ。

当初はそのキャリアゆえ、御近所では朝の早さ、昼時の忙しさ、夜の後片付け等に耐え切れず、直ぐに会社に戻るのではと噂が立ってしまったものだ。

だが彼女は笑顔を絶やさず(そのまま毒のある言葉を吐く事もあるが)仕事を続け、今ではすっかり食堂の看板娘となっていた。

特にその気さくさ、その穏やかな物腰ゆえに、御近所でも評判の若奥様として有名である。


  そんな彼女が、目を細めながら物思いに深けてゆく。

人形の様だった自分を、最初から人間として扱ってくれた仲間達。そんな人達と過ごした騒がしくも楽しい日々。

自分に笑顔を与え、その上一人の恋する女性にしてしまった想い人との結婚式。


そして、自分が姉と慕うあの人も共に過ごした、幸せで騒がしい日々の事を……





 それは、初夏も過ぎ日々強まりながらも穏やかな…

そして優しい陽射しのなか、ささやかに行われるはずのものだった。


ごく少数の親しき人たちのみで始められた筈のその式は、気がつけばかつてのナデシコクルーのほとんどがその場に集っている有様となっていた。

日取りは招待者にしか伝えていない筈…いったいどうやってこの事を知ったのやら…

顔や名前しか知らぬ者、一言二言しか話をした事の無い者達がほとんどだ。

それでもルリは訪れた人達を、かつての英才教育ゆえの記憶力により覚えている。


次から次へと訪れる人たちの中には、、宇宙軍の総司令と参謀長の姿まで混じっていた。

個人的付き合いの有る人達とは言え、ルリは驚きを隠せない。


……だが彼女が招待した、ある人物は未だに姿を見せては居ない。


二年前に任務の為に木星へ行ってしまい、その間に地球へは帰って来てはいない人物。

最後に直接会ったあの日…あの人は自分にただ一言…

「アキトと仲良くね…」

そう言って、遠くへと行ってしまったのだ。


  ルリとは時折メールでやり取りしていたのだが、ここ数日連絡が付かずに居る。

その人の父親である宇宙軍総司令には、一緒では無いのかと尋ねても言葉を濁されてしまう。


(…もう任務は終わっている筈なのに。…やはり私の事は……)


そんなルリの心情を知ってか知らずか、当然の様に大騒ぎになってゆく。

騒ぎの中で彼女の夫となる筈のその人は、多くの男性陣に取り囲まれて様々な祝辞、やっかみ、ロリコン、などの言葉を受けていた。

彼はそう物覚えのいいとは言えない人。半数は名前も分からぬままの様であり、戸惑いながらも挨拶を返している。


(て、ロリコンってどう言う意味ですか!!)

彼の様子を伺いながらも、聞くとは無しに聞こえて来た一言につい反応してしまう。


それは沈んでいた気持ちを、僅かとは言え忘れさせてくれる程に。


 なぜそう言われてしまうのか、ルリには大体の想像が付いてしまう。

まず、彼とは五年前、自分が十五歳の時から一緒に暮らしてきたのが原因だろう。

それに自分の見た目は幼い。背もさほど伸びず、彼の胸の辺りまでしか無い。

つつましきその胸元も悩みといえば悩みである。

そもそも初めて出会った時、自分達は十一歳と十八歳。当時の事を思えば確かにそう思えるかも知れない。


 だがそれでも…いやだからこそ聞き流すわけにはいかない。

自分はもう二十歳になった立派な女性なのだ。けっして幼女では無いし、彼は見た目で人を選んだりする事も無い。

故にその言葉は不当な言葉、言われ無き評価なのだ。

彼の手助けの為、言葉の訂正を求める為、彼女は歩を踏み出していた。


だがその時、彼女の耳に………


「ルリちゃん…」


………懐かしい声が届いた。


「っ?!、ユリカさん…」

 振り向くと其処には、本来招待するつもりであった人物であり、この二年の間会う事の無かった大切な人が居た。

長かったその髪は肩口で切り揃えられ、一瞬、まるで別人の様に見えたが紛れも無くそれは、ミスマル・ユリカその人である。


 穏やかな、そして優しい眼差しで彼女は語りかけてくれる。

「ルリちゃん、遅れてごめんね…それと結婚おめでとう。あっ、この髪はね、二年前からなんだ〜」


驚きの視線に気付いたのか、ユリカは短くなったその髪を摘みながらそう語る。

「これでルリちゃんも奥さんなんだね〜。あっ、もうルリちゃんなんて呼んじゃ駄目だよね〜。」

えへへっと笑いながら、ユリカってばだめだね〜、とうそぶく。


 ………この人のおかげで今の自分は有る…そんな想いもあって招待した。

だがそれは『ある意味彼女を傷つける事でもある』と気づいたのは招待メールを送った後のこと…

彼女も彼を想っている一人なのだから…その事を失念する程に自分は浮かれていたのだから…


来てはくれないかも知れない…いや、来てくれても何と言えば良いのか判らない。


 もう地球に居る筈なのに、どうして連絡が無いのか…やはり自分は嫌われてしまったのか……

なぜか連絡が付かずに日々が過ぎ、この日を迎えてしまった。

ルリの胸にはその事が…暗く冷たい影を落として行く。

有る意味、もっとも祝福してほしい人物…そして祝福してはくれないかもしれない人物…そう思っていた。

その人が『おめでとう』と言ってくれている…その事にルリの胸は詰まる想いだった。


「ユリカさん…私……私っ!!」


涙目になりながら何かを…

何を言いたいのか分からぬままに、言葉を口にしようとするルリを、彼女はそっと抱きしめる。


「いいんだよ…ルリちゃん。貴女とアキト…二人が幸せでいてくれれば…それでいいんだよ…」

優しく囁きながらユリカはルリの涙をそっと拭き取る。

「だって………だって私……………」

何かを堪える様に、何かを解き放つ様に、彼女は言葉を紡ぐ。


「二人の事が、大好きだもん!!」

それは輝かんばかりの笑顔。春の日差しのように、胸の奥を暖かに満たしゆく優しい笑顔だった。


 ああ、この人は太陽のような人だ…冷たく冷えかけた私の心をいとも容易く照らしてくれる…

この人も彼の事を、あんなにも想っていた筈なのに!!

こんな笑顔で言われてしまっては、私は何も言えはしない。…本当に……本当にこの人は!!


その言葉にルリは涙を零しかける。だがしかし、それだけでは彼女の言葉は終わらなかった…



 「でねっ!二人のお祝いにケーキ焼いてみたの!あとで届けるからね!(はぁと)」<<遅刻の原因



なんかもう、色々なことがらを一瞬で打ち壊す一言だった。



………………後日食したその味は、相変わらずであったと記しておく。

「……………にがしぶすっぱあまからかったです……」

謎の言葉と共に。



 それからも、大騒ぎの日々が続く。



 ルリの教え子の少年が暴走したり、ウリバタケに修理を頼んだ家電達が合体したりした。

数年前正式に引取り、ルリの義妹となった少女『ラピス・ラズリ』が変態に追われ、ボソン・ジャンプをしたりもした。

アオイ・ジュンと白鳥ユキナの結婚式が当然のごとく大騒ぎになった。

 他にも、ユリカに呼ばれたパーティで『てりょおり』が振舞われ、阿鼻叫喚の大騒ぎになったりした。


 そして今、結婚式の日より二年。大騒ぎの日々を経て、ルリは日溜りの中にいる。

穏やかな、優しい陽射しを浴びながら。


「は〜は、は〜はっ、きゃはは!」

娘の声がルリの意識を追憶より引き戻す。

「何時までも思い出に浸っていてはいけませんね…」



最初から聴こえてはいた騒音に、ルリは覚悟を決めて向き合う。



「さぁ、アキト!今度こそおいしいチャーハンよ!!味見してね!!」

「アキトさん!ビーフシチューが出来ました!!試食、お願いします!!」

「え〜と、あたしは鍋焼きうどんを作って見たんだけどよ、食ってみてくれるか?」


そこにはかつての『ナデシコ三強(何のかは聞かないように)』が料理を作り上げた姿があった。


 この店が三人のお料理教室に使われるようになったのは、何時からだったろうか?

いまいち良く思い出せないが、最初はユリカ一人の筈だった。それがいつの間にやら三人になっていた。

「…どーしていつも人の店の厨房で作る?その上何で俺が味見しなくちゃならんのだ?!」

「「「アキト(さん)だから!!!」」」

アキトの言葉に三人は即答する。

「……まてやコラ(怒)」

三人の答えにアキトは青筋と呼ばれる物をひたいに浮かべる。

彼が手にしているおたまが、微妙に震えている事を遠目ながらにルリは気付いてしまう。


「それだと、ここを使う理由を答えてないよ、ユリカ?」

何時の間にやらアキトの傍らにはラピスがおり、ツッコミを入れている。

さりげなくアキトの手を握っているのは何故だろう?


「そう言えば、どうしてここで料理を作ってるんだろうね、メグミちゃん?」

「え?どうしてでしたっけ、リョーコさん?」

「?なんでだっけ、艦長?」

無限ループ?状態に陥りながら、三人は議論を始めていく。

その様子を伺いながら、ルリはそっとため息をつく。

そんな彼女の視界に誰かの影がそっと差込み、意識はそちらへと向いていく。

  影を追い見上げた先には、アルバイトとして手伝ってくれている、アオイ・ユキナが立っていた。

「…あれ、どうにかするのは無理っしょ?」

ユキナは呆れた視線を彼女達に向けながら、諦めきった様子を隠し切れずに語りかけていく。

「まぁ、ユリカさんに悪意はありませんし、あの人達も『料理の一つも出来ないと大変だ!!』て、思ったんですよ」
「………そーなの?」
「多分……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

「…ルリ、あんた楽しんでない?」
「さぁ?」

曖昧に答えながらも、その調子は楽しげで優しいものだった。

 ふいに彼女は立ち上がり、騒ぎの輪に近づいていく。

「ちょっとルリ、今近づくのは…」

「……平和で騒がしくも飽きる事の無い日常。これって、幸せですよね、ユキナさん?」

微笑みながら振り向く姿は、ユキナが一瞬見惚れるほどの美しさ感じさせた。

「好きな人、大切な人と一緒に過ごせる、そんな世界を創り、守る為にあの人は大変な仕事を今も続けている…。

…私の尊敬するあの人の、一時の安らぎの場。笑顔でいられる場所。それで良いんですよ、今は…。だから、一生懸命やっている事に私は口を挟みません。だって、楽しいじゃないですか?笑顔でいてくれる、ただそれだけで…」



「でも、流石に度が過ぎれば止めますけどね?」













――ミスマル・ユリカ。それは私の大切な人、大切な姉の名。

 私は彼女が、大好きです。



     ―了―













≪多分、あとがき≫

皆さんこんにちわ、ADZです。

このお話は、TV本編とは違う終わり方をした世界でのお話です。

あえて言うならば、『SSゲーム第一作目のルリエンドをTV本編に混ぜ込みつつオリジナル設定を加えた世界』、と言った所です

…ちなみにこの話も、某所にあるSSの改訂版だったりします。

どうして改定作業に時間が(およそ二ヶ月)かかったのか、本人にも解りません(汗)

では何時かまた、次回作で(ぺこり)

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b83yrの感想

振られた女を魅力的に描写してあげる、良いですよね、こう言うのは

・・・・・・料理については・・まあ、ノーコメントって事で(苦笑)

ちなみに、『某所』が何処かは、ADZさんにメール送って聞いてみよう(笑)

 



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