「はあ・・・」

ため息をつくアキト

別に、今の状況に不満がある訳でもない、ただ・・・


天秤

第3話


「やっぱ、どう考えてもおかしい、俺って夢でもみてるのか?」

ナデシコB艦長、ホシノルリの恋人となったアキト

だが、どう考えても、自分がルリに好きになって貰える程の男だとは思えない

艦長として凛として振舞うルリ

そんな時のルリは、アキトの事などまるで気にしていないようにすら見える

正直、少し寂しくなってしまったぐらいだ

『二人きり』の場合でも仕事の時には、あくまで『艦長』として振る舞うルリ

だが、『プライベートで二人きり』の時には、少しだけ覗かせる、16歳の少女としてルリの姿

・・・ルリちゃんはまだ16歳、本当なら人の命を預かる『艦長』なんて地位に居る歳じゃないんだ・・・

だからこそ、他人に甘えたい時もある・・というのは解らないでもない

だが、その甘えてくれる相手が、自分だと言う事がどうしても腑に落ちない

だがそれでも・・・

「う〜ん」

アキトの隣で寝返りをうつルリ

その寝顔は、本当に安らかで幸せそうで、アキトの心まで安らかにしてくれる

腑に落ちない、自分に自信がない事は事実だが、それでもルリを失う事はもっと嫌だ


 


アキトとルリの関係については、ナデシコのクルー達は誰も知らない

ユリカがアキトを追い掛け回して居た事を誰でも知っていた旧ナデシコとは違い、ここナデシコBでは、ルリはあくまでも艦長としてクルーの前では何時も通りに振る舞い、アキトもまた、自分達の関係を隠しているからだ

また、テンカワアキトが旧ナデシコでコック兼パイロットだった事を知る者もナデシコBのクルー達の中には居ない

ルリ自身も、旧ナデシコ時代の事はほとんど話す事はない、旧ナデシコは、あまりに特殊な例であり、その話をする事は今のクルー達の為には有害に思えるからだ

とくにハーリーのような将来のナデシコを背負って立つと期待されている人材には、旧ナデシコの話は『毒』が強すぎる

もし、マトモな軍人が旧ナデシコに毒された行動を取ればどんな事になるか・・・ルリにはその程度の事は解る、だからこそ、昔の話は出来るだけ避けている『ナデシコBのクルー達の命を預かる艦長』として

それでも、ばれる時にはばれるもので

「あれっ、なんで食堂勤務のコックが?」

オモイカネが艦内の確認をしていたマキビハリが見たものは、艦長室に入って行くテンカワアキト

それだけなら、ハーリーもなんとも思わなかっただろう、艦内食堂の仕事の事で、なにかあるのかと思うだけの事

しかし、たかが1コックが艦長室に一晩泊まっていくともなれば

ルリもアキトもお互いに『プライベートで二人きり』になりたい気持を随分と抑えている、お互いに自分の仕事に悪影響が出ないようにしてはいるのだが

ハーリーは、ふと、ある事を考えてしまう

「まさか・・・艦長・・・・」

「あの男に・・・何か秘密を握られて脅されているんじゃ・・・」

ハーリーには、ルリとアキトが恋人同士なのだという考えは出来なかったらしい

というよりも、『したくなかった』と言うべきなのかもしれない

いくらオモイカネとはいえ、艦長室の中までは監視出来ない、それ故に益々不安になるハーリー

こんな時、ハーリーが相談出来る相手と言えば

「艦長が?」

「はい、そうなんです、サブロウタさん」

「でも、脅されてると決まった訳じゃないんだろ」

「それは・・・そうなんですけど・・・」

不安で一杯のハーリー

サブロウタはそんなハーリーの姿をみると、つい、からかいたくなる

サブロウタがハーリーの話を聞いて真っ先に思い浮かんだ事は別の事

「それって、艦長が脅されてるんじゃなくて、そのテンカワアキトとやらと艦長がイイ仲って事なんじゃないのか?」

「えっ(汗っ)」

それはハーリーにしてみれば、ルリがアキトに脅されていると言う事よりもショックな事、だからこそ、無意識の内に考えから外していた訳で

「そっ、そんな訳ありませんっ、あんな冴えない男に艦長が惹かれる訳なんてっ!!」

失礼な事を言うハーリー、もっとも、ハーリーの言い分にもっとも同意しそうなのは、当のアキトではある

「いや〜〜、人の好みなんて解らんもんだぞ、冴えない男に母性本能で惹かれる女性だっているんだから(にやり)」

「そっ、そんな(汗っ)」

「じゃあ、直接本人に会って聞いてみようか」

にた〜りと笑みを浮かべながら、ハーリーを捕まえ肩に担ぎ上げるサブロウタ

「ちょっ、一寸っ、サブロウタさんっ、やめて、やめてくださいっ!!(涙)」

「さて、艦長とテンカワアキトとやら、どっちに直接聞いたら面白いかな♪」

「やめて〜〜〜〜(涙)」

・・・・サブロウタなんかに相談したハーリーが悪いのであろうか、やっぱ(苦笑)


 


「脅されている?、私がですか?、誰にです?」

本当に訳がわからないルリ

「いや、ハーリーが言うにはですね」

ハーリーから聞いた事を説明するサブロウタ

「アキトさんが私を?・・・・ぷっ」

あまりの事に、つい噴出してしまうルリ

「ごめんなさい、サブロウタさんやハーリー君には、ちゃんと説明しておくべきだったかもしれませんね」

ルリは、気を取り直して、自分とアキトが付き合っている事や、ナデシコBの規律維持の為に自分達の事を隠していた事を告げる

「ハーリー君、私の事を心配してくれたんですね、ありがとうございます、でも、私は今幸せですから」

なんの翳りも無い笑顔でハーリーに微笑みかけるルリ

「あっ、あのっ、本当に脅されたりしてる訳じゃないですよね、艦長」

そういうハーリーは、今にも泣きそうだ

「ええ、私は今とっても幸せですから、アキトさんの事もあるし、こんなに私の事を心配してくれる、『弟』もいますし」

『弟』扱い、ハーリーにとって、トドメの一撃

「うっ・・・・・うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!!(涙)」

ついにこらえ切れなくなったハーリーは泣きながら走り去っていく

「サブロウタさん、ハーリー君どうしたんでしょう?」

きょとんとするルリ

「まっ、まあ、思春期の男の子には、色々とあるんですよ、ええ(苦笑)」

・・・艦長、自覚なしにキツイ事するよなあ・・・

自分がここまでハーリーを強制的に連れて来た事を棚に上げ、そんなことを考えているサブロウタだった

「ところで艦長、テンカワアキトってどんな男なんです?、艦長程の人が気に入るような男だから、凄い男なんですか?」

「いえ、ごく普通の人ですけど」


 


さて、逃げ出してしまったハーリーの方では

「イテッ!!」

ろくに前も見ないで突っ走っていたため、ある男にぶつかってしまう

「いてててて・・・何処見てっ・・・あれ、君ってハーリー君」

「ごっごめんなさいっ、てっ、あっ、テンカワアキト!!」

そう、ハーリーにとって不倶戴天の敵、アキトである

「大丈夫かい、ハーリー君、怪我はなかった?」

自分の方がぶつかられた被害者だというのに、相手を見て、しかも、ハーリーが泣いているのをみて、心配になってしまうアキト

アキトの方はハーリーの事は知っている、戦艦に11歳のオペレーターが居れば目立つものだし、ルリに良く出来た『弟』として話を聞く事も多いからだ

・・・ルリちゃんの『弟』に怪我でもさせちゃったら、申し訳ないよなあ・・・

そんなことを考えながら、ハーリーに近づいていくアキト

「大丈夫です、大丈夫っていったら大丈夫ですからっ」

むくれているハーリー

アキトからしてみれば、ハーリーの心情なんて解らないわけで

「一応、医務室に行こうか、君の身に何かあったら、困るんだろ、ナデシコって」

アキトはルリに、「ハーリー君は昔の私のような物です、性格は私と違って素直で良い子ですけど」と聞かされている、だから、ハーリーの役割の重要度も解る

「いっ、いいからほっといてくださいっ!!」

アキトに怒鳴るハーリー

「いや、そうもいかないから」

と申し訳なさそうなアキト

「昔の私」ルリにそう聞かされているせいで、ハーリーが心配で仕方のないアキト

だが、恋敵からの慰めは、もっと惨めな気持にさせる物であって・・・

「・・・・なんでなんですか・・・」

「・・?」

「なんで艦長はあなたみたいな人が良いんですかっ!!」

「えっ、なんでそれをっ!!(赤っ)」

つい、言ってしまったハーリーと、驚いてしまうアキトだった


 


「ルリちゃんっ、大変だっハーリー君に俺達の事がばれたっ!!」

息を切らせ、艦長室に飛び込んでくるアキト

小脇に抱えられたハーリーは、必死に逃げようともがいているが、子供の腕力とアキトの必死さの前では、逃げる事もままならない

余談ではあるが、ルリはオモイカネにアキトだけは艦長室にフリーパスで入れるように命じている

「はい、丁度そのことでサブロウタさんの話をしていた所です」

落ち着いて返答をするルリ、だが、アキトの視線は

・・・タカスギサブロウタ!!、女癖が悪くてルリちゃんを狙っている男!!・・・

サブロウタの事は、ナデシコB艦内の噂でも聞いている、確かにプロスに聞かされた通りの女癖の悪い男

その姿を見たとたん、アキトの頭からはハーリーの事などすっぽぬけてしまう

「いたっ」

いきなり力の抜けたアキトの腕から滑り落ちるハーリー

サブロウタを睨み付けるアキトではあるが、彼はその視線に気が付かなかったらしい、サブロウタが気にしていたのは、むしろハーリーの事で

「おいおい、ハーリー大丈夫か?、もしかして、テンカワさんに直接艦長との事を聞きにいったのか?」

「う・・・・うわ〜〜〜〜〜んっ!!」

再び気まずい場所に戻されてしまったハーリーは、どうしてよいか解らずに泣き声を上げる

「あっ、ごっごめんっ、ハーリー君っ、痛かった?(汗っ)」

アキトの方は、自分がいつの間にかハーリーを落としていた事に気づき慌てる、ハーリーが泣いているのは、落とされた痛みからではなく、別の理由なのだがアキトがそれを知るよしも無い

「おいおい、泣いてちゃ解らんだろう、しっかりしろよハーリー(苦笑)」

流石に、ちとやり過ぎたかと気まずくなるサブロウタ

・・・そんな風に、子供みたいに泣いてたら艦長に嫌われるぞ・・・

「うっ・・ひっく、ひっく」

ハーリーの耳元でこっそりと囁くサブロウタ、そしてようやっと泣き止みはじめるハーリー、なんだかんだとサブロウタはハーリーの扱いが上手い

「え〜と、なんだかよく解らないんですけど、アキトさん、ちゃんと説明してくれませんか、ハーリー君がなんで泣いてるのか?」

ハーリーが泣き止んだ頃を見計らって、アキトに説明を求めるルリ、その視線はどこか冷たい物を含んでいる

「いっ、いや、俺にも良く解らなくて、歩いていたらいきなりぶつかって来ていきなり泣き出して、どっか当たり所でも悪かったのかと思って医務室に連れて行こうとしたら、俺とルリちゃんの事ばれてるし(汗っ)」

「ハーリー君、アキトさんの言う事は本当ですか?」

「・・・はい」

ハーリーには、それ以上何も言えないようだ

「そうですか、もし、アキトさんがハーリー君に暴力をふるったというのなら、私はアキトさんといえど罰しなければならない所でした」

「いっ!!、してないっ、俺はそんなことしないからっ(汗っ)」

アキトとしては、罰せられる事よりもルリに、『テンカワアキトは子供に暴力をふるうような男』として軽蔑され嫌われる方が辛い、実際にアキトはそんな男ではない

自分がしてしまった事のせいで嫌われるのはまだ仕方が無いと諦めもつくが、自分がしてもいない事のせいで嫌われるのは辛いものである

「では、改めて紹介しておきます、アキトさん、この子はマキビハリ、クルーの皆さんからはハーリー君と呼ばれて親しまれています、この試験戦艦ナデシコBのオペレーター、私にとっては弟のような存在なんで仲良くしてあげてくださいね」

「うっ、うんっ、解った・・」

アキトにはそれ以外答えようがない

「ハーリー君にも改めて紹介します、この方はテンカワアキト、艦内食堂のコックで私の恋人でもあります、仲良くしてあげてください」

ルリが何を考えてそんな事を言ったのかは解らないが、ハーリーにとってはあまりに辛い台詞

だが

・・・・ハーリー、これ以上醜態を晒すな、ここで艦長の事を祝福してやるのが『男』ってもんだ・・・

サブロウタに耳元で囁かれ・・・

「はい・・・解りました・・・」

辛い言葉を搾り出すハーリー、だが、この事がこの後、何処かルリに甘えている所のあったハーリーの成長に一役買うことになる


 


その夜の事、ベッドの上のアキトとルリ

「そうか・・・ハーリー君もルリちゃんの事好きだったのか・・・」

「はい、私もサブロウタさんに聞かされて初めて知りました、あの子の私への気持は、ただの『憧れ』だと思っていましたから」

アキトには良く解る、艦長として凛として振舞うルリの姿に惹かれる男は多いだろうという事は

なんだかハーリーに悪いような気がする、11歳にして戦艦のオペレーターを務める事が出来るほどの優秀さを持ったハーリーと、自分を比べてみれば・・・

「サブロウタさんに頼まれたんです、『ハーリーを振るならはっきりと振ってやってください、艦長』って、『その方が長い目でみれば、あいつの為になるから』って」

「そう・・・なんだ・・・」

自分の事を振り返ってみるアキト

旧ナデシコでは様々な女性に追いかけられていたアキト、だが、結局誰も選ばず・・・自分は『その場』の事だけを考えて、『長い目』でみれば、もっと女性たちを悲しませるような事をしてしまった・・・

ハーリーの為に、ハーリーを振ってくれとルリに頼んだサブロウタ、そして、しっかりとハーリーを振ったルリ

そして、辛さに耐えて、言葉を搾り出したハーリー

自分は、誰にも勝てていない・・・こんな事では・・・いつか・・・

「俺、ルリちゃんに相応しいって言われるだけの男になりたいよ・・・」

ルリを引き寄せ、抱きしめて呟くアキト

ルリは何も答えなかった・・・


後書き

ハーリーの不幸はこれでお終いです、この後、彼はそれなりに成長していきますから・・・・・誰だ、残念とか言ってる奴は(苦笑)

まあ、私のSSでハーリーがというか、ルリがアキト以外とくっ付く事などは絶対にないので、その辺りの事では読者の方達も安心出来るのではないかと(苦笑)

でも、この話でやりたいのは、『アキトの成長』なんですけどね

そうそう、天秤でルリとアキトがそういう関係になるのが早過ぎるんじゃないかって意見もあったんですけど

確かに、アキトのイメージって、『優柔不断』だし、そっちのイメージで見る分には、早過ぎます

でも、アキトって、本編ではメグミ相手にいきなりキスまでしてる男でもあるんですよ、『あのぐらいの事で、メグミ相手にいきなりキスまで進んでしまうアキト』って観点で見ると、ルリ相手にいきなりそういう関係に進んでしまうアキトもありえるかなと

次話へ進む

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