「瑠璃さんって、歳に似合わず落ち着いてるよな」
お客さんの一人から、そんな事を言われるアキト
今までそれが当たり前で気がついていなかったが、言われてみれば確かにそうだ
「お世辞言っても何もでませんよ」
静かに微笑みながら答える瑠璃
18歳、普通なら高校生ぐらいの年齢だが、瑠璃のそんな笑顔は良い意味でもっと大人の女の物にもみえる
容姿だけなら、華奢な身体つきのおかげでもっと幼く見えるのだが、『表情』は落ち着きの有る大人の女の物
そんな瑠璃にはファンも多く、アキトとしては一寸複雑だ
自分の奥さんをそんな風に言って貰えるのは嬉しいが、嬉しさの反面、そんな瑠璃だからこそ独占欲も強く感じてしまう
そして、今でこそ、仲睦まじい二人であるが、当然、最初からこうだった訳ではないのである
瑠璃とルリ番外編
いらだち
ピースランドから帰ってきて、一緒に居る事も多くなったアキトとルリ
とはいえ、人の性格なんてモノがそうそう簡単に変わる物でもなく
「馬鹿ですか、テンカワさんは」
と冷たい目で言われてしまう
とはいえ、アキトも不快と言うわけでもない
以前とは違い、ルリの一見冷たい視線の中に、暖かさを感じる事も多いからだ
ルリが何を言っているかというと、ユリカとアキトの事である
「いい加減、はっきりとさせた方が良いんじゃないですか?、好きなら好き、嫌いなら嫌いって」
「いっ、いや、そう言われても(汗)」
「嫌いじゃないけど、好きとも言えないっていうなら聞き飽きました」
とアキトをにらむルリ
・・・・テンカワさんを見ているとイライラする
これが、今のルリの心境
イライラするのであれば、近づかなければ良いものを、それはそれで嫌
今のルリは、とても複雑な心境なのだ
「メグミさんとは別れたし、リョーコさんだって最近はあんまりアプローチをかけてこない、後はテンカワさんと艦長だけの問題の筈です」
一見、アキトとユリカの後押しをしているように見えるが、ルリは本当はそんな事を言いたい訳ではない
では、何を言いたいのか?
となると、実はルリ自身にもよく解らない
こんな事を言っている自分に、一番腹を立てているのはルリ自身なのだから
たじたじになってはいるが、ルリの態度に不思議と腹の立たないアキト
メグミにこんな態度を取られた時には、段々と気持ちが冷めていったというのに・・・・
メグミに振られた時、アキトは泣いた
でもそれは、『別れた』事への悲しみではなく、『メグミを泣かせてしまった事』への悲しみ、情けない自分自身への涙でしかなかった
「テンカワさんは本当は誰が好きなんですか?、艦長なんですか?、メグミさんとよりを戻したいんですか?、リョーコさんなんですか?」
「だから、前から言ってる、嫌いじゃないみんな好きだけど・・・付き合うほど好きな訳じゃないんだって・・・」
相変わらず、ルリをイライラとさせる答えを繰り返すアキト
だが、アキトの答えに何処かほっとしているルリ
オモイカネを助けてくれた時
ピースランドで、自分を守る為にアキトがボロボロにされた時
自分の為にボロボロにされたというのに、心配させまいと笑顔で居てくれた時
ルリの心の中で、『テンカワアキト』の存在はどんどんと大きくなっていった
最初は、『ただの優柔不断の馬鹿』でしかなかったというのに
ルリは、『テンカワさんには幸せになって欲しい』のだ
今まで、他人の事などどうでも良かったルリが
だからこそ、アキトが本当に好きなのは誰なのか気になる
アキトが五月蝿く言われながらも、ルリへの怒りをあまり感じないのは、そういう雰囲気がどことなく伝わってくるから
むしろ、アキトからしてみれば、口煩いが可愛い妹が出来たような気がして嬉しかった
ルリが『妹』から『恋人』へと変わる為にはまだしばらくの時間が必要になるのである
「はあ・・・・・また言っちゃいました・・・」
翌日の朝、ブリッジに向かいながら通路で一人沈んでいるルリ
結局、昨日も喧嘩別れ、いや、一方的にルリが言いたい事を言って別れるようなうな形になってしまった
「・・・嫌われちゃったかな・・・」
ルリとすれば、あんなにきつい事を言ってアキトに嫌われないか不安で仕方が無い、だが、つい言ってしまうのだ、アキトの顔を見ると、
「・・・・なんで私、テンカワさんにはあんな事言っちゃうんだろ・・・・」
ルリ自身、自分の気持ちがよく解らない
自分が毒舌だと言う自覚はあるが、仕事の事でならともかくプライベートな事では特定の相手に面と向かってあんなに強く言った事は無い
そんなルリを見つけ、アキトが近づいてくる
「ルリちゃんおはよう」
そして、笑顔で朝の挨拶
「あっ、おはようございます、テンカワさん」
ルリの方も、朝の挨拶を交わし、そんなアキトの笑顔を見てほっとする
・・・・良かった、嫌われずにすんだらしい・・・・と
「テンカワさん、あの・・・・・・」
・・・昨日は、あんなきつい事をいってごめんなさい・・・
と言おうとするルリだが
「アキト、ルリちゃん、おはよう〜♪」
何時の間に現れたのか、やたらと明るいユリカの声に邪魔をされる
「朝っぱらから、相変わらずテンション高いなお前は」
少々、呆れたようにアキト、とはいえさほど不快という表情でもない
「え〜〜、そうかな?」
ユリカの方は、ちっとも自覚のなさそうな返答
「まあ、いいか、さあ、今日も一日お仕事がんばろ〜、お〜〜〜」
と、通路の真中で拳を振り上げ、そのままブリッジへと向かってしまうユリカの背中を見ながら、アキトがぽつりと呟く
「ルリちゃん、ユリカの事どう思う?」
「馬鹿だと思います、テンカワさんと一緒で」
素直に思った事を即答
「あっ、あはは、酷いなそれは、・・・・否定出来ないけど」
困りながら笑っているアキト
「テンカワさん、艦長と付き合ったら大変そうですね、あのテンションの高さじゃ苦労しますよ」
つい、冷たい口調になってしまうルリ
・・・どうしたんだろう私は・・・謝るつもりだったのに、こんな事言う気無かったのに・・・
アキトのユリカへの態度をみて、湧き上がってきてしまった感情、それが、「ユリカへの不満」をつい口に出させてしまい、止まらなくなってしまったのだ
「大体、艦長は自分でチャンスを棒に振り過ぎるんです、テンカワさんの事を王子様とか、「アキトは私が好き」とか、そんな事言わなければ、テンカワさんと艦長は今頃普通に付き合ってたんじゃないですか?」
「う〜ん、やっぱり、ルリちゃんもそう思うのか・・・実は俺もそう思う」
あっさりと認めるアキト、ルリの胸がちくりと痛むが
「昨日、ルリちゃんに厳しい事言われたけど、それでもユリカと付き合う気にはなれないんだ、嫌いって訳でもないけど、ごめんね、俺の事を心配してくれてるのに」
すまなそうに謝るアキト
「あっ、あの(赤)」
アキトに謝られて、何を言ったら良いのかわからなくなってしまったルリ
「ユリカがルリちゃんぐらい、しっかりしてればなあ・・・・」
「えっ(赤)」
・・・・ちっ、違います、テンカワさんは、艦長の事を言ったのであって、私の事を言ってる訳じゃ(赤)・・・・
アキトが言った事に、内心、気が気でないルリ
「あの、俺、気にしてないから、昨日の事は」
実はアキトの方も最初からそれが言いたかったようだ
「だから、その、これからもよろしくね、ルリちゃん」
何がどうよろしくなのは良く解らないが、ともかく照れくさそうに言うアキト
「あの・・・はい(赤)」
結局、ルリはそう答えるのがやっとだった
「はあ、どうしてああも人のペースを乱すんですか、あの人は・・・・」
「う〜ん、なんだか気になるんだよなあ、ルリちゃんの事・・・」
上がブリッジのルリ、下が厨房のアキトの発言である
「大体、あんなにキツイ事いったんだから私の事嫌ったって・・・いえ、嫌われたい訳じゃないけど・・でも・・・」
「ルリちゃん、厳しい事も言うけど俺の事心配してくれてるって解るから、怒れないんだよなあ」
アキトとて人の子、ルリの言う事にむっとする事とて有るには有るが、ルリの真摯な態度には、なにか怒りきれない物を感じる
「テンカワさん、本当に誰が好きなんだろ・・・」
悩むルリ
そして、ふとある人物の事が頭に浮かぶ
「そうだ、あの人ならもしかして」
「テンカワが誰が好きなのかって?」
「はい、テンカワさんも、ホウメイさんの事は信頼しているみたいてすし、なにか聞いていないかと」
自由時間を利用して、アキトの目を盗んでホウメイに尋ねて居るルリ
「いや、あたしも聞いてないけど、でも、なんでそんな事を?」
「・・・・・イライラするんです、テンカワさん一緒にいると・・・それでつい、酷い事もいってしまって・・・」
「一緒に?、それであいつと一緒に居たくないと?」
「そっ、そうじゃないんです、一緒に居るのが嫌とかじゃなくて、ただ、イライラすると(赤)」
・・ふ〜ん、なるほど
ルリの態度をみて悟るホウメイ
「で、テンカワの奴には誰を選んで貰いたいんだい?」
「それは・・・・・テンカワさんの気持ち次第ですから・・・・」
そう言う時のルリの態度をみて、それは確信へと変わる
「じゃあ、ずばりいってやろう、あんたはテンカワに自分を選んで貰いたいんだ」
「えっ(赤)」
図星を指されて焦るルリ
「だっ、だって私は子供です、テンカワさんに相手にしてもらえる訳が(汗っ)」
「やっぱり、それが本音かい」
「あっ(赤)」
まあ、今のルリのような態度をとっていれば、ホウメイでなくても誰でも解りそうな物ではあるが、当事者のルリだけは気がついていない
これが、「恋は盲目」と言われる物なのだろう
「良い事教えてやろう、もし、あんたが15〜6歳なら、多分テンカワはかなりの確率であんたの事を選ぶように思えるね、あたしには」
「そんな事無いです、だって私、テンカワさんに結構酷い事言ってます・・・・嫌われてもおかしくないぐらい・・・」
「逆だよ、あたしはあんたのそんな所を見ればこそ、言ってるんだから」
「・・・・何故です?」
不思議に思うルリ
「あいつは、自分の情けなさにコンプレックスを持ってるからね、だから、かえって情けない自分を安易に受け入れてくれる相手と付き合うのが怖いんだ、自分だけじゃなくて相手まで駄目にしてしまいそうで」
確かに、アキトにはそんな所を感じる時がある
「だから、あいつには馬鹿やった時には叱り飛ばしてくれるぐらいの相手が丁度良いんだよ、将来のホシノルリだったらぴったりだろ?」
「でも、今の私は・・・・・・」
「妹から始めてみな、テンカワの近くに居てやってあいつが馬鹿やった時は叱り飛ばしてやりな、それが本当にあいつの為になると思った時は」
「・・・・」
無言で真剣に聞くルリ
「それで、あんたの事を嫌うような男なら、気持ちも段々冷めていくさ、この後、何年かして、それでもテンカワがあんたを嫌いもせず、自分の気持ちも変わらないようなら素直に自分の気持ちを伝えてみれば良い、まどろっこしく思えるかもしれないけど、今のあんたには一番の近道だよ、それが」
「それが・・・近道・・・」
「どうだい、すこしはすっきりしたかい?」
「はい、ありがとうございます、ホウメイさん」
今までのもやもやが晴れたような気がして、素直にお礼を言うルリ
「もし、テンカワが他の女とくっ付いて悲しい時には、また相談においで、思いっきり泣けばかえって気持ちがすっきりする事もあるさ」
「さて、どうなるかねえ」
ホウメイは、ルリには勝算は薄いと思っていた
「本当を言うと、あたしゃ、テンカワの奴の方が心配だけどね、今の情けない男のままなら、きっと後であの子に言われるよ、私はなんでテンカワさんの事なんて好きになったんだろう?って(苦笑)」
今のルリぐらいの年頃の子は、熱しやすく冷めやすい事も多い、だから、時間が経てばアキトへの想いも冷めていってもおかしくは無い
だがそれもルリの成長の為には悪い事でもない、恋に恋をする事も失恋もルリの成長の為には良い経験、実はそれがホウメイの本音
だが、ホウメイの予想に反して、アキトはルリの想いにしっかりと応え、二人はその後結ばれる
ホウメイ最大の誤算は、ルリではなくアキトの方から告白したと言うことだろう、まさかアキトにそんな甲斐性が有るとは思わなかったのである(笑)
注 このSSは、大塚りゅういちの隠れ家の一番星トーナメント(2004年 5/2〜5/12)の特設支援用小説掲示板に投稿した、『いらだち』に加筆修正を加えたものです
後書き
『瑠璃とルリ』の前の世界で、ルリがアキトの妹から恋人へと変わっていくぐらいの時期の話です
評判が良いようなら、このシリーズ続けようかな、連載じゃなくて短編エピソードの積み重ねって形になりそうだけど
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